マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

神の命令・・・『愛児イサクの献供』・・・『御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。』

2019-01-11 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

1月11日。金曜日。

今年第一回目・・・『聖書100週間・聖書通読会』
 
  2人欠席。10人で・・・  ”今年も頑張りましょう!”

    根気強く。淡々と。全力で。励ましあって。
仲間と共に読み続ける。仲間がいるので続く。仲間は素晴らしい。


  今日の『通読範囲』は『創世記20章~25章18節』

信仰者の永遠の課題・・・  
   『アブラハムの愛児イサクの献供』
  
 『アブラハムとイサク』        レンブラント28才の作品


      『神はアブラハムを試された。
神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が「はい」と答えると、神は命じられた。

あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリアの地に行きなさい。
わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす捧げ物として捧げなさい。」』
                          創世記 22章1-2節

単純な人としての疑問がわきますよね。
神様が、独り子を差し出すことを要求なさるのだろうか?
    『あなたの初子をわたしに捧げなければならない。』出エジプト記 22-28
神様は、人の子まで、初子として捧げることを要求なさるのだろうか?


    神の『試し・試練』は、『神からの問い』です。


『お前は、信じた神に自分をゆだね、この世のすべてに神の働きを見続けるのか?
  それとも、  この世に執着して、神を忘れるのか?』


『お前は、いつの間にか、神の声を聞くことをやめ、自分の声を聞きいていないか?

 お前は、この世に執着して、いつの間にか、神を人生の喧噪の中に見失っていないか?』


  『お前は、結局、自分のために神を信じているのではないか?』
 サタンにも見透されます。『ヨブが利益もないのに神を敬うでしょうか?』
                      ヨブ記 1章9節
  
  今日は、
     神からの『問い』は、直接、アブラハムに向けられました。
  『あなたの愛する独り子イサクを焼き尽くす捧げ物として捧げなさい。』

『神を本当に愛するなら、己の最も大事なものを犠牲にして捧げなくてよいのか?』


    信仰は、『神の試し』の中で、強くなっていくのです。


  
    『誘惑』とは、
  『神の賜物に執着して神を見失う誘い』
  
  『蛇の誘い「園の中央に生えている木の果実を食べても決して死ぬことはない」に負けるアダムとイブ』

   神の命令=園の中央に生えている木の果実を食べてはいけない。死ぬ。=
    を無視し、おいしそうな果実を食べたアダムとイブは、
   『エデンの園』から追放され、死をまとう身となりました。

 誘惑とは、 『神の命令を自分流に解釈して、命令から逃げる誘い』です。  


    『誘惑に打ち勝つ方法』は『沈黙・沈心』です。

神は、アブラハムに、『命令』から『実行』までに、三日間の猶予、を与えました。
  『独り子イサクの献供』の命令を受けたアブラハムは、
 息子を捧げる場・モリアに到着するのに、3日間かかりました。

アブラハムは、妻や息子との会話をすることなく、3日間の『沈黙』の中で、
  『神の命令』を、自分の生き方への『真実の問いかけ』として、
      一人、孤独に、格闘して、
そして、『結論』=『独り子イサクの献供』 が出せたのでしょう。


 神からの『試し』は、『神との本当の出会い』をするための、『神の賜物』です。


   この世で、己の愛するものに執着する『誘惑』に打ち克ち、
    己の大事なものを、葛藤の後に、放棄した時、
      人は、神と本当に出会うのです。
      人は、神と人格的交わりを知るのです。

 信仰には、『神の御旨をめぐらす』ための、『沈黙』が大切なのです。

    迷子になった12歳の少年イエス。
   やっと探し当てた母マリアにイエスは『一言』
 『どうしてわたしを探したのですか。
私が自分の父の家にいるのはあたり目だということを、知らなかったのですか。』

『神殿の12歳の少年イエスと母マリア』

 しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。
    母はこれらのことをすべて心に納めていた。』
            ルカ福音書 2章41-52節


   母マリアも、『イエスの言葉』が理解できないとき、
     その意味を、イエスに問いただすことなく、
  『沈黙』のうちに、すべてを心に納めていたのです。


人の心を推し量るのは難しい。至難の業です。会話によって少し理解できていきます。
  同様に。いえいえ。もっと。
神の御旨を推し量るのは難しい。至難の業です。会話ではなく、沈黙のうちに、少し理解できていくのです。

 

    かくして・・・

アブラハムは、悟って、神の前に跪きました。

 『あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。』
                        ヨブ記 42章2節

    悟って・・・

アブラハムは、神と人格的交わりを知ることができ、神に言ったのです。
  

  『今、この目であなたを仰ぎ見ます。
  それゆえ、塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます。』

                        ヨブ記 42章5&6節

    
    かくして・・・

主はその後のアブラハムを以前にも増して祝福された。 ヨブ記42-12

アブラハムは、イサクによって、①『星の数ほどの子孫の祖』となれたのです。
アブラハムは、神への従順によって、②『信仰の祖』となれたのです。

            以上。私の今日の感想、発表でした。お粗末様でした。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
一日が終わり、夕食が終わり、ホッとする私は、ブログの完成が翌日になってしまいます。ごめんなさい。 お元気で!

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2 コメント

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Unknown (軟弱のリュウ)
2019-01-12 21:03:49
こんばんは!
10歳年上のいとこは、事情あって10歳頃から20歳頃まで
ウチで居候してましたけど、クリスチャンです。

今年、いとこより貰った年賀状は、謹賀新年 のあと、
『愛は忍耐強い。愛は情け深い。‐‐(後略) コリント 十三・十四』と書いてありました。
こっちはコッチで年賀状は毎年お経等より引用して、
それを意訳して出してます。
互いにチグハグ??ですけど面白いものです。
ちなみに、そのいとこの息子さんの名はイサク、
どんな漢字やったかちょっと今ど忘れ。
Unknown (マリア)
2019-01-15 23:20:43
リュウ様 こんばんは。
コメントありがとうございます。楽しかったです。うれしかったです。なのにお返事が遅くなったご無礼を深謝です。

リュウ様の年賀状拝見しました。お従弟様の年賀状は『愛の讃歌』ですか。どちらも、ご自分の信仰を表して…素晴らしいです。私も来年は…なんて思ってみたりです。

お従弟さんの息子さんのお名前は「イサク」ですって!なんてすてきなんでしょう。どんなお気持ちで命名なさったのでしょう?お聞きしたいものです。私は息子に、洗礼名で「ヨセフ」とつけただけで、姓名には及びませんでした。
どんな漢字なのでしょう?分かったら教えてくださいください。楽しみにしています。

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