マリアテレジアの独り言

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聖フィリッポ・ネリ司祭 そして 私たち

2014-05-26 21:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
5月26日。復活節第六月曜日。
カトリック教会では記念日です。   
        『聖フィリッポ・ネリ司祭』         

イタリア人           『喜びの聖人』&『イタリア第二聖人』と称される。
  1515年(約500年前) ~ 1595年(79歳)

       『聖人』と称される方とは?
今日は改めて考えました。検証です。 ご一緒によろしくお願いいたします

まずは・・・
      「聖人」とは?
最高の人格を備え、高い学識や深い信仰を持つ人。
カトリック教会で、殉教者や、信仰と徳に特に秀で教皇によって公式に列聖された人。
                                        広辞苑より。

次には・・・ 
       聖フィリッポ・ネリの 『生い立ち』 は?
公証人の父。貴族階級家系の母(弟の出生による産褥で死亡)。4人兄弟姉妹の長男。
17歳: 伯父の富裕な商人の家を継ぐべく、養子に出る。
18歳: 神への祈りに生きるべきであると確信し、ローマに出る。

聖アウグスチノ修道会にて学びつつ、病院や救貧院での奉仕を始める。
修道院において聖職者になるための勉強をする時間が、祈りの時間を削ることになる。と考えるようになる。
修道院での勉強に終止符を打ち、カタコンベで独り祈り、奉仕をする生活を始める。
聖セバスチャンのカタコンベにて、自らがペンテコスト(聖霊降臨)と表現する、神秘的な体験をする。
ここから、彼の宣教活動が始まる。
信徒たちの集まりを組織し、教会の『小祈祷所(オラトリオ)』で集会を持ち、信徒達とともに、病院や救貧院に奉仕に出かけた。

40歳: 司祭叙階。
      なるほどね~。
最近の日本の司祭も、社会に一度出た方が司祭叙階をなさるケースが多い。とか。
現代社会では、なお一層のこと、社会と繋がってこその信仰。 司祭の社会理解は、欠かせないことかもしれませんね。 

それでは・・・
      聖フィリッポ・ネリの 『思想』 とは?
  『宣教活動は司祭と信徒の共同のものである』 と考えた。
      なるほどね~。
現代では、バチカン公会議後は、当たり前となってきた『思想』の 『信徒使徒職』。
500年前程前に、『思想』を考えついたのはすごい。 そして 社会が受け入れられず、迫害に耐えたのもすごい。 

では・・・
      当時の社会情勢は?
ルネッサンスと宗教改革の影響により、
若者は、宗教離れと享楽主義が多く、退廃的で非宗教的になっていた。
聖職者も、一般の民衆から離れた、貴族的な司祭像があった。

では・・・
     フィリッポ・ネリの 『手法』 とは?
若者の中に自ら飛び込んでいく、新しい形の聖職者像をつくりあげた。
奉仕に「喜び」を見出せるような、音楽や歌唱を取り入れることで、明るさを演出した。
この手法は、教会離れが進んだ当時のローマの若者にとって、新鮮であった。

そして・・・
      ネリ自身の 『モットー』 は?
神への従順。神のみ旨への謙遜。神以外のすべてのものからの離脱。』
   隣人愛。福音的な単純さ。喜びにあふれる神への奉仕。
                              以上。ウィキペディアと私の意見もあり。

ではでは・・・
私達も聖書を開いて・・・
         『今日の御言葉』
『パウロや弟子たちは、祈りの場所があると思われる川岸に行った。
神をあがめるリディアという婦人はパウロの話を注意深く聞いた。』
                        使徒言行録 16章13&14節 
これから・・・
私たちはどうする?        
        『信仰は聞くことから始まる』  
                   ローマ人への手紙10章13~21節
   信じるためには、第一に、『御言葉』を聞かなければなりません。
   『神様の御言葉』に出会うなら、そのとき信仰が生まれますよね。

最後に・・・
『有名なお話』を一つ。 分かち合いです。

 アメリカに住んでいたある信仰深いおばあさんが、思わぬ病気で1年近く入院しました。
この人は健康な時も伝道熱心でしたが、病気で入院しても、どうしたら伝道できるかなぁと一生懸命に考えました。
 そして祈っているうちに、神様はこのおばあちゃんにすばらしい知恵を与えました。

    おばあちゃんはアルバイトの大学生を雇うことにしたのです。
 「一日三時間から四時間聖書を読んで聞かせてください。」 と頼みました。
   「私は病気になって聖書を読めないから、私の横で読んでおくれ。
   一週間で幾ら幾ら、一ヶ月で幾ら幾ら払います。」 と雇いました。

      「お安いご用ですよ。」
 学生は、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネと、聖書を順番に読んでいきました。
   このおばあちゃん、わざと聞こえないふりをして
「ちょっと学生さん、よく聞こえないわね。そのところもう一度読んで下さるかしら」と。
   初めのうちは何も起こらなかったのですが、
     二,三回続くうちに、
大学生は『御言葉』を読んで感動し、聖霊の促しによって悔い改めへと導かれ、主を信じるようになった。
  おばあちゃんはこの方法で、一年間に十人以上の学生を救いに導いた。 との話です。
            めでたし! めでたし! 

確かに・・・
     毎週集まる 『聖書通読会』 の私の仲間達。
 『御言葉』から離れることなく、信仰がどんどん深まります。 目に見えます。
      めでたし! めでたし!    

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。 夫婦間でも、子供とも、『聞くことで相互間の愛が生まれる!』 との話ですよ!

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