マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

ゴルフと洗濯・・・『穏やかな一日』 そして 『わたしは光として世に来た。』

2019-05-15 18:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

5月15日。水曜日。快晴。

      風薫る五月の穏やかな一日でした。


夫は。

   32人のゴルフ・コンペで・・・ 『優勝』
   
   『優勝品:牛肉600g』

   夫のゴルフの腕前はプロ並み?
   コンスタントに好成績を出すが、ハンディキャップが厳しく、優勝が難しい。
   今日は、”今日はいいかも!” 預言?を残して出かけ、『83』で優勝となった。

        夫が健康でゴルフを楽しむ姿が、頼もしい。有り難い。
        妻は優勝時に味わえる高級牛肉が、嬉しい。有り難い。


妻は。

   夏日到来で・・・    『大物洗濯』  
   
   『ぶどう棚にひらめくシーツ』

   薫る五月の風が家中に流れるようにと、迎夏準備。
   家族用と客用の毛布とシーツの大物洗濯 と 家中窓網戸洗い。
   家を取り巻く『新緑』に癒されながら、『働き人』、仕事がはかどった。    
 
     夫婦そろって今のところは健康が、有り難い。 神に感謝!

 

そして。

今日は5月15日。復活節第四水曜日。


『今日の入祭唱』

   『神よ、国々の中で、わたしはあなたに感謝をささげ、御名をほめ歌う。
    わたしは兄弟たちに御名を語り伝え、集会の中であなたを賛美します。』
                    詩編 18章50節&22章23節


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉

    『そのとき、イエスは叫んで、こう言われた。

 「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。
    
 わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。

     
   わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、
       わたしは光として世に来た。
 
 『闇の中に輝き出でる光』                昨夏巡礼時のガリラヤ湖畔。

  
  わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。

       わたしは、世を裁くためではなく、
  
  『光であるイエスのこの世の誕生』


       世を救うために来たからである。

    父の命令は永遠の命であることを、わたしは知っている。」』
               ヨハネ福音書 12章44-50節

 
              
        『イエスは光である。』

     イエスは『光』となって、この世に来て下さり、
 イエスを信じる者が、闇に迷うことのないように、道を照らしてくださるのです。
       イエスを信じる者は、闇から解放されるのです。

   
    『光』に従う時・・・

   私たちは、『救い』が与えられ、『永遠の命』 にまで導かれるのです。


  
 唯一。
     『光であるイエス』に出会った人が、聖書に書かれています。

       その方は、パウロ(サウロ)です。
     
       聖パウロの持ち物である『剣』を持つパウロ。


イエスとパウロの出会いは、劇的でした。


    『さてサウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、
      突然、天から光が彼の周りを照らした。
  
         サウロは地に倒れ、
 「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。

    「主よ、あなたは、どなたですか」と言うと、
                    答があった。

    「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
起きて、町には入れ、そうすれば、そこであなたのなすべきことが知らされる。」

  同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、
        ものも言えず立っていた。』

その後・・・
   『光』の試みで目が見えなくなったパウロは、
      イエス=『光』の指示に従って、イエスの遣わしたアナニアに出会います。


『すると、目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおりに見えるようになった。
        そこで、身を起こして洗礼を受けた。』
            使徒言行録 9章1-19節


     熱心なユダヤ教学者であったパウロ(サウロ)は、
 『光であるイエス』に出会うまでは、キリスト者を迫害していました。

       『光であるイエス』は、
 パウロのだけに見える『光』となってパウロに顕現し、
       罪深い迫害者・パウロを、ご自分の『働き人』として召し出されたのです。

   『あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、
         わたしが選んだ器である。』
           使徒言行録 9-15


      パウロは、『イエスの光』に導かれ・・・
           イエスの言葉に聞き従い、イエスの憐れみに依り頼み

        自分の『使命』を悟り、
  180度回心、イエスの洗礼を受け、『キリストの伝道者』となりました。


    人は、お人との出会いで、人生が変わるときがありますよね。
      結婚もそうかもしれません。出会いから始まります。

   
   イエスは、自ら『光』となって、私たちの人生を導いて下さるのです。
     『闇』にとどまることなく、『御父=永遠の命』まで導いてくださるのです。
   神=御父は、私たちの不十分さを裁くことなく、『無条件の愛』で私たちを許すのです。


     私たちは、
  『光であるイエス』 に導かれて、神まで到達! 神の愛と赦しを受けましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人との出会いは、偶然のようでいて、自分から引き寄せているのかもしれませんね。 お元気で!

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