あの日から12年。17日の早朝5時52分の冷たい雨の中で、「1・17」のあかりが浮かぶ中で、12年間の思いを抱え、鎮魂の祈りが捧げられました。
12年前の大震災で得た教訓を残して・・・・等といろいろの話がなされます。
私には、震災の教訓で学んだことで、目に見えることで今も続けて、行っていることはありません。 これでは良くないのでしょう。
私は、あの経験をしても、今では、新たなる非常時に備えてと用意していた”非常用袋”はどこへいったやら。
仮設住宅で一杯になった公園にはその跡は何もなく、当時仮設住宅に移って来られた人達を励まそうと始めたラジオ体操が、今でも毎朝のラジオ体操となって引き継がれています。
ラジオ体操は、今は住民の集まりの場となり、私も毎朝参加しています。
しかし、震災で学んだことで、目にはみえないけれど、今も信じていることがあります。 「人の優しさ」です。
人は、人の大事の時には必ず、心をかけ、手伝いに走る優しさをもっているのだということを、大震災の経験から、今も信じ続けています。
これこそ、最高の最善の震災から、私が学んだことだと思います。
たとえ世の中に一人であっても、「人の優しさを信じ続けて行く」ことを、私の震災の鎮魂歌としましょう・・
12年前の大震災で得た教訓を残して・・・・等といろいろの話がなされます。
私には、震災の教訓で学んだことで、目に見えることで今も続けて、行っていることはありません。 これでは良くないのでしょう。
私は、あの経験をしても、今では、新たなる非常時に備えてと用意していた”非常用袋”はどこへいったやら。
仮設住宅で一杯になった公園にはその跡は何もなく、当時仮設住宅に移って来られた人達を励まそうと始めたラジオ体操が、今でも毎朝のラジオ体操となって引き継がれています。
ラジオ体操は、今は住民の集まりの場となり、私も毎朝参加しています。
しかし、震災で学んだことで、目にはみえないけれど、今も信じていることがあります。 「人の優しさ」です。
人は、人の大事の時には必ず、心をかけ、手伝いに走る優しさをもっているのだということを、大震災の経験から、今も信じ続けています。
これこそ、最高の最善の震災から、私が学んだことだと思います。
たとえ世の中に一人であっても、「人の優しさを信じ続けて行く」ことを、私の震災の鎮魂歌としましょう・・