れきしどころ真理庵

江戸時代の江戸を中心に、医学史・蘭学史を調べています。日々の暮らしを歴史からみた写真日記。

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かつてくじ引きをした旧朝日新聞社社屋

2010-01-31 21:46:52 | 日常茶飯事記
有楽町SEIBUが今年いっぱいで閉店とのこと。
思い出のデパート故残念です。

かつて有楽町マリオンを造るに当たって、日劇と共に朝日新聞社の社屋もとり壊されました。
旧社屋最後のイベントとして小さなモーターショーが開かれることになり、自動車会社宣伝部にいた私は代表として、場所取りのくじ引きに行きました。
で、引き当てたのが一番人が集まりやすい位置!この時ばかりは褒められました♪

モーターショーが終わり程なくして社屋は解体。マリオンが建ったのですが、SEIBUと阪急の一翼を担ったSEIBUの閉店は、否応なく30年近い街の変遷を私にぶっつけました!

街は変わっていきます。その変化は人以上に早いかもしれません。
でも、変わらないものもあるのだと、「変わらないもの」を探し始めた私です。
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「オール読物」2月号に名前が載りました♪

2010-01-28 06:00:41 | 真理庵文庫・歴史&医学
寒中お見舞い申し上げます!
今年に入って大分日が経ってからの今年最初に日記になってしまいました。
今年も宜しくお願いいたします♪

で、今頃描いていて何なのですが、今年の目標は月に7つ以上記事をアップすることにしたいです。
まあ2月以降ということになりますが。。。
目標に向かって第一弾です♪



先日発売された「オール読物」2月号、北村薫氏が連載中の「いとま申して」の中に私の「坪井信道と安懐堂・日習堂の塾生達」が引用されています♪
立ち読みで良いので、168p読んでやってください!

※発売日雑誌を書店で購入したら、翌日文藝春秋から1冊届きました♪
北村さんは本当に律儀な方です!!


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12月のことでしたが、職場に北村薫と言う人から電話が入りました。
その人の問い合わせ内容は「日収堂はいつまであったか?」というものでした。
日習堂とは坪井信道が作った蘭学塾でトータルで2000名の塾生を輩出しています。
北村氏のご先祖様は宮本姓。
いきなり宮本某と言われてこちらも面食らってしました。(有名処に宮本姓は無し)

ただ、日習堂の最後は翌安政3年と記憶していましたので、「安政2年ならまだ塾はありましたよ。」とはお返事したのですが、明日佐倉の郷土史家に会うというせっかちな北村さんを説得できるほどの材料がありませんでした。
電話が終わると取り次いだTさんが嬉しそうに、検索画面を指し示して「北村薫って直木賞作家じゃん!凄いよ、これ!」と言ってニヤニヤしています。
正直北村薫さんのお名前は存じていました。公共図書館にいたときは人気作家の一人でしたが、ミステリーに興味にない私は読んだことがありませんでした(^^;)

仕事を終えたその足で目黒駅ビルのY堂という書店に入り、北村薫さんの言った「オール読物」1月号を購入。1階にあるパン屋のカフェテリアでサンドイッチ摘みながら読んでみました。
そこで予備知識を得て、有栖川公園の都立図書館に行きました。そこで以前読んだことのある坪井信道関係の本を引っ張り出して読んでみました。
やっぱり安政3年まで塾は存在していた。

私は単純に嬉しかった!
北村さんが私を捜し出したのは、日習堂について論文を書いたからですが、それを検索し探し出してわざわざ電話してきて下さったこが嬉しかったのです。


再び北村さんから職場に電話がありました。この数日で彼が識ったことをわざわざ知らせてくれたのです。
こちらからも12月25日に図書館に行った結果をお知らせしました。
そして分かったこと。宮本某(お知りになりたい方はオール読物をご覧になって下さい)は日習堂と順天堂と両方の塾に通っていたのです!
当時の蘭学塾ではこういったことは結構あって、その事は別段失礼でも何でもありませんでした。先生同士仲が良かったのです。


昨日の電話で北村さんの一生懸命さがよく分かりました。ミステリー業界ではすでに重鎮で、直木賞を今頃取ったのは遅すぎるくらいですが、こんなに謙虚な人なんだと好感を持ちました♪
遅ればせながら氏の作品を読んでみようと思っています。


そして、「仁」もそうですが、あの時代を生きた人々、蘭学者の末裔がこうして作家として活躍していることに感動を憶えました。
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