れきしどころ真理庵

江戸時代の江戸を中心に、医学史・蘭学史を調べています。日々の暮らしを歴史からみた写真日記。

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Brood

2008-01-28 00:01:07 | 日常茶飯事記
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Groene Soep

2008-01-27 23:59:21 | 歴史散策
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Stoof Vis

2008-01-27 23:57:54 | 歴史散策
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Herte Beest

2008-01-27 23:56:17 | 歴史散策
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洋学史研究会の新元会に行ってきました

2008-01-27 23:54:14 | 歴史散策
今日は舞浜のホテルサンルートで洋学史研究会の「新元会」がありました。
今年のテーマは「日米修好通商条約締結150年記念ー幕末の外交使節ーその人・その場所・旅ー」でした。
で、研究報告は3件
1.M.ウイリアム・スティール教授(ICU)
  「ハリスと日本の開国」
2.吉崎雅規氏(港区立港郷土資料館学芸員)
  「幕末江戸の外国公館」
3.片桐一男氏(青山学院大学名誉教授)
  「将軍謁見ーカピタンの拝礼からハリスの謁見へー」

その後「阿蘭陀正月」:長崎でオランダ人がお正月に食べた料理を復元したものを食べる会です。
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ちんちん電車のお話

2008-01-22 01:38:52 | 歴史散策
私がやっているコミュニティ「麻布六本木学研究会」の今晩の内容は「ちんちん電車」でした。
「Always 3丁目の夕日」でも出てきたそうですが、昭和30年代の東京にはちんちん電車の思い出が重なります。
ちんちん電車は、今は荒川線を残すのみになりましたが、昭和42年までは都内のあちこちを走っていた、庶民の足でした。たまたま知り合いの慶応大学の先生がカメラ小僧(当時中高生)でとっていた白黒(今となってはセピア色)写真をPCに取り込み、集会で披露しました。
集会にはいつもの倍くらいの人が集まり、盛況でした。
驚いたのはN先生のちんちん電車に対する思い入れの深さでした。当時の路線図(わざわざ車庫まで行ってもらってきた)や当時のパンフレット等40年以上たったいまでもちゃんと持ってらっしゃた。
その中の主に港区内の写真を紹介したのですが、それを見ると道路にほとんど車の陰が見えず、あんなに評判の悪かった電線もその割にうるさくなく、建物が低いせいか、空の大きさが目立ちました。
都会のはずなのに、街がとても静かに感じました。
(子供時代にちんちん電車に乗っていますので)懐かしく感じる部分もありましたが、それ以上に東京の街を再発見したような気分になりました。
そして、ちんちん電車がむしろエコ的意味合いから現代にこそふさわしい乗り物であるように感じられました。

ちんちん電車には、集会を始めるときに予想していた「郷愁」より、今後の可能性を感じました。

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篤姫より斉彬…より川本幸民!

2008-01-21 01:34:45 | 歴史散策
先ほどNHK大河ドラマを観ていました。
今年は「篤姫」とのことで、知り合いから是非観るように言われました。
「麻布六本木学研究会」というコミュニティをつくっていますが、篤姫の後半部分は江戸が舞台になるはずで、港区内に薩摩藩邸があり、いろいろと関わりは深いとのこと。こんどコミュニティの勉強会(町歩き)でとりあげてみては?と言われました。

お姫様も良いのですが、私はどちらかというと藩主斉彬に興味があります。ヨーロッパの技術を積極的に取り入れ、強い日本を目指した道半ばで倒れました。
川本幸民はもっと好き!元々三田藩士だったのに、斉彬に引き立てられ、薩摩藩士になりました。日本で初めてビールを造って試飲した人です。

大河ドラマでは「黄金の日々」一番好きでした。カンガス神父がフロイス役でご出演でした。懐かしいです。
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リバス神父との再会

2008-01-06 19:42:05 | 日常茶飯事記
先日不思議な手紙が夫の元へ届きました。
「武蔵関駅前局別納」の消印だったので日付は不明です。
差し出しは「ロヨラ・ハウス」。
いったい誰が?

カードはクリスマスには届かなかったグリーティングカード。
カードの表紙には、18人の老外国人が写っていました!
リバス神父からのメッセージが同封されていました。
以前の、遙か以前の、リバス神父らしい文章が印字されていました。

狐につままれたような気分でした。
リバス神父はご病気がひどくなり、
母国で療養されているとおききしていたから。。。

「会いに行こう!」と言いだしたのは息子でした。
「(お元気かの)真偽のほどは分からないけれど、
リバス神父が会いたがっているのだから行こう!」
息子は私たちをせき立てました。
そして昨日連絡を取って今日お目にかかることになったのです。

幼児洗礼をリバス神父に授かった息子は中2の時
リバス研に入ると言い出しました。
大学生以上しか入会を認められていない研究会に
大人びいているとはいえ、果たして息子がついて行けるのか。
言い出したらきかない息子でしたので、
こちらの心配をよそに実行してしまいました。
息子は大学生に混じって過ごすことに
むしろ喜びを感じていましたし、
シスターにも可愛がられました。
リバス研は息子のより所になりました。
…ところが肝心のリバス神父の病状は
どんどん悪くなっていったのです。

当時パーティーで神父様にお目にかかったときの
違和感を私は忘れません。
あの陽気なラテン人神父が能面のように無表情だったのです!

その後しばらくして神父は病気療養のため
帰国なさったとお聞きしました。
もしかしたらもうお目にかかれないかもしれないと
私たちは思いました。

「鬱病は今年の4月27日(モンセラトの聖母の祝日)に
奇跡的に治って、その日以来とても元気に過ごしています」

半信半疑でした。鬱病が完治した人を私は知らなかったから。

ロヨラ・ハウスで私たちを迎えてくださったリバス神父は
発病する前の生き生きとしたいたずらっぽい神父様に
戻られました。
78歳の年には見えないお若い様子でした。
焦げ茶色だった髪は白髪というより金髪になられ
目の大きな品のいいおじいちゃまになられました。
そしてその記憶力!
昔のお写真のメンバーを一人一人説明できました。
(なのに、私たちの結婚式のことも、
息子の初聖体のことも覚えていらっしゃいませんでした)
私たちの近過去を思い出されるのはいつのことでしょうか。
あるいはリバス研のことは思い出されることなく、
十数年前からいきなり現在に飛んでしまわれるのも
あるいは幸せなことかもしれないと
帰りの車中家族で話しました。

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明けましておめでとうございます

2008-01-01 23:37:40 | 日常茶飯事記
12月に入ってノートブック型のパソコンが壊れて以来
なかなか更新ができず、見にいらっしゃった方は
がっかりなされたことと存じます。
iMacですが、製品としての善し悪しと言うことではなく、
机の高さとの関係や目線の動かし方と言った
日常の行動の変化が結構疲労に関わっていることを知りました。
すぐに肩がこったり、目が疲れたりで
なかなかiMacを使いこなせないのです。

そうこうしているうちに12月が終わってしまいました。

で、今年の抱負は、11月に遡って、
あの頃のペースにエントリーを戻すと言うことです。

努力はしておりますので、温かい目で見守ってやってください。

今年もどうぞ、「れきしどころ真理庵」を宜しくお願い致します♪
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