れきしどころ真理庵

江戸時代の江戸を中心に、医学史・蘭学史を調べています。日々の暮らしを歴史からみた写真日記。

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今年もお世話になりました

2006-12-31 10:18:59 | 日常茶飯事記

今ミスチルのアルバム『しるし』を聴きながら
今年最後のエントリーをしています。

ブロガーになって3ヶ月半。
実は3ヶ月は試行期間と思い
周辺の人には殆どブログを始めたことは言っていません。
ですからアクセスしてくださっている方々の多くは
(面識が無い故)私がいったいど
う人物であるかは
ご存じない上でお読み頂いているのだと思います。
その出会いの不思議にご縁を感じます。
お越し頂き有難うございます。
また、今までに何度もアクセスしてくださっている方もいらっしゃるでしょう。
ご縁ができて嬉しいです!
この3ヶ月半に出会った多くの方々に感謝致します♪

今年の一番大きな出来事はブログを始めたということにつきます。
今ブログ人口は数千万人いるそうで、
今頃ブログを始めること自体かなりな後発組ではありますが
それでもそれなりの勇気(?)が必要でした。

アメリカのように殆どが実名でのブログと違い
日本では実名を明かさないことで
ご自分の思いを表明していらっしゃる方が大半とおききします。
まあ、これは今に始まったたわけではなく、
江戸時代中期以降、独自の江戸文化ができ
そこで洒脱滑稽な読み物が出来上がっていくのですが
その一端を担ったのは実は江戸詰の武士だったと聞いております。
勿論実名で書くことはできませんから
町人風のペンネームを作り
エログロナンセンス本やらお上を揶揄する文章まで
多岐に渡って書いていたようです。
中には幕府の締め付けが厳しくなって
手ぐさりの刑になったりした人もいたようです。
そう考えると、日本はアメリカとちがった形で
ブログ文化が発展していくような気がしてなりません。

実はこれまでニュースレターの形で何年にも渡って書いてきました。
ですが、そのことに一つの限界を感じ
(物理的にも印刷・郵送代がかかるわけで)、
ある年代以上の人を切ってしまうことは残念ではありましたが
お世話になった方々もかなりの方が鬼籍に入られたこともあり
思い切ってブログによる発信に変えさせて頂きました。

タイトルにあるとおり「れきしどころ」として
歴史中心のブログになるはずでしたが
書き始めてみて名前との乖離が激しくなっていくのを
日々感じております。
ですが、当分この名前は変えないつもりです。
…と申しますのも、日々起こった出来事はその時点で「過去」になるわけで
過去の蓄積が「歴史」であるのなら
今年起こった「ライブドア事件」にしても「村上ファンド」にしても
いずれは歴史的事実として残っていくわけで。。。
(相変わらず、コジツケでごめんなさい)

来年以降なるべく歴史散策をして
本来イメージしてきた「れきしどころ」に近づけようとは思いますが
もし、何か大きな出来事が起こって話題が歴史から逸れても
お許し下さい。

今年1年いろいろ有難うございました!
また来年も宜しくお願い致します♪



写真は今年「街並みを描く会」に出品した作品。
「桜の季節に」です。
中央の女性は私ではありません、念のため。
(おいおい現在の私をスケッチにてご紹介いたしますね。お楽しみに♪)


 


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ザビエルとその弟子

2006-12-30 22:53:29 | 真理庵文庫・歴史&医学

12月3日にザビエルについて書きましたが
そこでもう少し詳しくお話しすると約束しておきながら
今年も2日を残すのみとなりました。
本人尻に火がついた思いでお約束果たすべく
ザビエルについて書いています!

加賀乙彦先生は「群像2004年4月号」に
「ザビエルとその弟子」を発表なされ
その年の7月には単行本として発行されました。
この小説は【夢幻能】の手法を使った斬新な小説とのうたい文句でしたが
私には不満の残る作品でした。
今一歩ザビエルの全体像が見えてきませんし
周囲の反対を押し切ってまで中国行きを決行する意味が今一歩はっきりせず
明瞭さに欠けて感じました。(何か頑なに意地を張ってるように感じた)
氏はこれ以前に『高山右近』を出しており、
こちらは明瞭簡潔、同じ晩年を描いたものながら、
生き生きし、
かつ重厚感も感じました。
実際世間の評価もバブル崩壊後のお父さん世代に評価されて
自分の信念と会社(あるいは社会)の板挟みなっている人々から支持されました。

で、今秋、『ザビエルとその弟子』はお能とオペラの形で上演されました。
私はお能の方を見ましたが
これは本来お能の脚本として書かれるべきものであって
小説としてはやっぱり無理があったのでは?との思いを強くしました!
実際【夢幻能】の世界は素晴らしかったです!

どういう手法で発表するかということは
やっぱり素材によって変わってくるのでは?と思いました。
(どなたかオペラをご覧になった方、ご感想をお知らせください!)

ここ数日寝込んでおります。
やっぱり40代には30代だったときのように
「夏休みの宿題を1日で終わらす」は無理のようでした。。。トホホ。

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年末といったら第九でしょう!?

2006-12-29 23:46:08 | 日常茶飯事記

先日トリトンスクエアで行われた
「中央区第九の会発足記念演奏会
」を聴きに行ってきました。
というと、わざわざ遠いところまで行ったように聞こえますが
会場がすぐ側だったので息子と二人でぶらりと寄ったということです。

この会は今月1日、「何で第九発祥の地、中央区に第九の会がないの?」
という素朴な疑問から急に発足したとのことで
1回デモンストレーションをしてみようということらしかったです。
ですが、ソロの部分はちゃんとプロの声楽家が歌いましたので、
やっぱり生の歌声は迫力が違います。

ところで、「第九発祥の地」というのはどういうことかと言いますと、
昭和13年に歌舞伎座で初めて「年末の第九」が演奏されたそうです。
全国に先駆けて行われたのに、肝心の中央区には第九合唱がないということで、
今回は2年後の2月に歌舞伎座で復活させることを目標に行われるとのこと。

3年間ママさんコーラスをやった者には
ちょっとそそられる内容でした。
歌舞伎座というめったに立てない舞台に立ってみたい!
気持ちをくすぐられています。

募集は未だですし、参加費用等もはっきりしないので
その点が分かってから決めるつもりですが
中央区に関わりのある方(在勤在住)で興味のある方、
年明け以降に下のサイトに見に行ってみてください。

http://www.cso-arts.net/dai9/

 

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江戸大殉教

2006-12-27 10:07:34 | 歴史散策
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司亮一著『男爵九鬼隆一』

2006-12-26 00:55:34 | 真理庵文庫・歴史&医学

世間には「年末進行」という言葉がありますが
別段仕事に「年末進行」が入っているわけではないのです。
ですが、ここのところ私の毎日は目が回りそうな感じです。
何故かと言えば私自身が自分に課したことを
年内に終わらせようとしているから。
今の私は夏休みの宿題を8月31日だけで終わらせようと
躍起になっている子どもの心境です!

司亮一氏のこのご本も、
本来なら『川本幸民』に次ぎに続けて読むべきでした。
そういう流れで行った方が、本当は自然でした。
ですがそれができず今頃になってしまいました。
その点をまず司氏にお詫び致します。
(司氏にそういったお約束をしたわけではありません。
ですが、物事は一番ホットな時にやるべきでしょうし、
それが親切というものでしょう)

この『男爵(バロン)九鬼隆一』は、
司氏として初めての歴史小説(orノンフィクション?)です。
ですから本来なら「バロン」、『川本幸民』と読むべき処を
私は2作目から読み始めました。

『川本幸民』がほぼ川本幸民のみでまとまっていたのに対して
「バロン」の方は、九鬼隆一を中心とした群像小説です。
いつもながら司氏の参考文献の多さには脱帽です!
濃度が凄く濃い、エキスをぎゅっと煮詰めたような小説で、
面白いのですが、読む側にとっては盛りだくさんすぎて大変な作品です。
勿論処女作としてここまでの作品が描ける司氏の力量は大したものですが、
この1作で少なくとも3~5作分のエッセンスがある。
多分職業作家ならこんな勿体ないことはしたくてもできないでしょう。
また、(処女作故でしょうが)司氏は書いていて
魅力ある人物を次々に発見してしまって、
どの人も捨てがたかったのでしょう。
その感覚、読んでいて良く分かりました!
「あとがき」で北氏がお書きになっていらっしゃいますが
これは「偉人伝」ではないと。
その通りかもしれませんが、
それゆえ皆自分に正直でキラキラ(あるいはギラギラ)輝いて見えました。
司氏はそれを「業」と書きましたが、
出世欲にしても権力欲にしても、はたまた性欲にしても
エネルギーの塊のような人間がゴロゴロしていた時代があったのだと、
そのパワーに目を見張りました! 

この本を読めば、その後長編「白洲次郎」を書かれるに至った
経緯が分かるような気がしました。
また、次回作が福沢諭吉ということも納得のいくことです。

個人的には九鬼初子の狂乱、精神病院での入院生活は興味深かったです。
実は学生時代心理学を専攻し、
ゼミは精神医学それも東大系の先生でしたから、
基を辿れば呉修三や松沢病院は慣れ親しんだ言葉です。
また和田三郎(岡倉天心の息子)が長じて精神科医として
(岡倉天心の元カノ)初子の前に現れわれるのは凄い皮肉というか、
運命のいたずらを感じました。

また、九鬼周造の人生も面白かった!
実は深川をやっているうち、「粋って何?」という疑問にぶち当たり
『「いき」の構造』を読み出したのですが、手に負えませんでした。
その著者のことを(こちらか見れば)事も無げにお書きになってしまう司氏に
敬意と同時に(年が近いせいか)嫉妬してしまいました!

私の手元には本名北康利でお書きになった『白洲次郎』がまだあります。
この本今年中に読めるか、
あるいは2007年最初の本となるか、微妙なところです。
きっとまた、ため息つきながら、嫉妬してるんだろうな~、氏の才能に。。。



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御降誕祭に

2006-12-25 20:25:23 | 日常茶飯事記

クリスマスおめでとうございます!!!

昨晩の麹町付近はとても静かでした。
たまたま車を駐車した駐車場が番町だったので
かつて住んだ静かなお屋敷町のたたずまいが
クリスマスイブの雰囲気にピッタリしていて嬉しかったです。
「静けさ」と「平和」このどちらも今とても大切なものです。

昨晩御ミサにあずかりましたが、
フォークミサでしたので、
普通のミサより聖歌がくだけているというか、
クリスチャンでない人でも知っているような
一般的な曲が多かったです。
また、曲数自体も多い。
ですから久しぶりに「歌ったな~♪」って思いました。
(その分神様への語りかけあるいは内面との語りかけはできませんでしたが…)

息子が高校生の時
合唱祭に向けて保護者による合唱団が作られ、
3年間参加し続けました。
ですので上手じゃないけれど歌うことは大好きです♪

母校併設の教会、23年前結婚式を挙げた教会、
そして息子が初聖体をさずかった教会、
息子が成人式ミサを授かった教会で
再び歌ってみようかしらと思いました。

写真はイグナチオ教会ではなく、高輪教会。
江戸大殉教の碑を探しに行った時撮影しました。

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病院と仲良し〔06年のトピックス③〕

2006-12-25 17:03:32 | 日常茶飯事記

先日新橋にほど近い大学病院に行ったとき
主治医から「来年はこれ以上『病院と仲良し』にならないようにしましょうね」
と言われました。
「これからは徐々に薬の量の減らしていって、
いずれはここに来なくても良いように」と。

そうなんだよね。
確かに数年前まで(病院併設の)医学研究所勤務だったし、
病院は慣れ親しんだ場所ではあるけれど、
患者としてここに来なくても良い訳だし。。。
まさか1年がかりになるなんて、
去年の今頃は全く思ってもいなかったわけで
複雑な思いがしました。

1月に胃潰瘍に十二指腸潰瘍併発なんて
素人がきいても、ストレス以外の何者でもないことは
明らかなんだし。。。

髪を切ったのも結局この事につきます。
職場変えられたらそれが一番いいのかも知れない。
でも、年齢考えたら怖くてできません。
次に雇ってくれるところあるのかって。
いっそのこと「起業します!」なんて言えれば良いんだけれど。。。
こちらは年齢と言うより、今現在パワー不足で勇気がないです。
以前小さいながら学習塾をやっており、
その地域ではそこそこ知名度もありました。
でも当時は30代前半、勢いだけで徹夜も大丈夫の時代だったし、
頑張りがきくときかないとの違いって大きい。

人生の端境期。
人は更年期ってそれをよぶけれど、
一度立ち止まって考えよと言うことかなと思っています。

写真は石川島播磨重工のビルの壁面。雪だるまさんになってました。

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クリスマスイブ

2006-12-24 23:23:43 | 日常茶飯事記

先程、四ッ谷駅前のイグナチオ教会から戻ってきたところです。
今日は忙しかったですが、
やりたいと思っていたことは全部できましたので、
その点では満足な一日でした。

まず研修のレポートを仕上げ、それを添付ファイルにして送りました。
学生であるならこんなの当たり前のことですが、
学生だった年齢×2の現在、「レポート提出」っていう言葉の響き、
ちょっと嬉しかったりして♪
これが師走じゃなかったら最高なんだけれど。。。
ましてや締め切りがクリスマスって、親切なんだか意地悪なんだか。。。


こんなことをしていたので、
クリスマスの準備はまったくなっていませんでした。
ですが嬉しいことに、
息子が大きくなってくれましたので
(彼が子ども頃やってみせておいて良かった♪)
準備は彼が計画してくれて、レポート提出後私も加わることで、
ギリギリ夕方に済みました。

で、夜八時半の御ミサにあづかることができました。

写真はミサ直前、四ッ谷駅前から撮った上智大学11号館の「十字架」

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絵画展に出しました〔06年のトピックス②〕

2006-12-24 00:39:08 | 日常茶飯事記

今年漫画の世界では、芸術系が受けたようで、
『ハチミツとクローバー』や『のだめカンタビーレ』は
映画化やTV化されています。

『ハチミツとクローバー』は美大系で
息子から貸してもらったとき
青春群像的なストーリーが正直羨ましかった!
だって私も美大行きたかったもの!!!

『中央区の街並みを描く会』に出品し始めて3回目になります。
で、この絵は最初に描いた絵です。
絵の具は何とサクラ絵の具!!!
冗談でしょ!?とおっしゃいますな!
本当なのです。
第一紙も四つ切りのふつうの画用紙です。

何でこんなにお金をかけなかったかというと、
1回こっきりになったら、勿体ないと思ったのです。
展覧会の時はマット無しで昔使った額をそのままに出しました。

で、2004年晩秋の展覧会に絵は飾られたのですが、
100点以上の作品を観ながら
やっぱり「本気度が違う!」って反省しました。
上手いヘタもあるけれど、それより本気なのかと。
手元に戻ってきたとき
きちんとマットも付けてもらい、新たに額も買って額装しました。

で、きちんと額装されてこの絵は半年間区役所の会議室の壁を飾りました。
それで終わりの筈でしたが、
中央区のホテル・旅館組合から引き合いがあって
その後半年(昨年8月から今年の2月まで)
築地のビジネスホテルの客室に飾られました。

永いブランクがあって久しぶりに筆をとりましたが
(作品の上手下手は別として)絵は皆さんに好まれたらしく
外を回り続けました。
これは私にとった初めての経験でした。

今まで文章を書くにしても絵を描くにしても
自分がどうしたいかが大きく
他の人のことなんて考える余裕はありませんでした。
だからこと若い頃の絵は
「暗い絵ですね~」と、言われたものです。
心象をそのまま描いたらこうなったという作品でした。
だからあまり共感を得ませんでした。

この絵はへたっぴ~です。
ですが、不思議と皆さんに好まれて外回りの多い作品になりました。

その後本来好きだった透明水彩の絵の具に変えて
昨年、今年と描いています。

今思うのは、明るい絵を描きたいということです。
心弾むようなうきうきするような絵を描いてみたい。
別に媚びたり、サービス精神旺盛だったり、
そうしたいと言ってるわけではありません。
自分が和む絵は人も和ませるような気がするのです。

3年前母が脳血栓で入院しました。
長嶋監督が倒れられた直前のことです。
幸い1ヶ月で退院できましたが、
その時思ったのはなるべくシンプルな題材の絵を描いてみたいな~♪
ということでした。
その後両親に『自ら逝ったあなた、遺された私』を贈ったのですが、
父は手にしたようですが、
母には「込み入った話は読みたくない」と言われました。
いつか、近い将来、シンプルでハッピーな本を書いて
母にプレゼントできたらと思っています。

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髪を切ったこと〔06年トピックス①〕

2006-12-23 15:11:03 | 日常茶飯事記

暮れも押し迫ってきましたので、今年を振り返る意味も込めて
【06年トピックス】を挙げていきたいと思います。

で、まず8月末に「髪を切ったこと」を挙げます!
って、こんなことがなんでまず一番に来るのかと言えば
10年以上ほぼロング(長いときは腰のあたりまで
)に伸ばした髪を
8月末にバッサリ切ったわけで
これは、私的にはかなりインパクトがあった出来事でした!

随分印象が変わったと皆さんから言われました。
(どういう訳か直後には言われずに
1,2ヶ月たってから遠慮がちに言われたのが印象的でした。
もしかしたら髪が長い方が似合っていたのかも。。。)

髪を切ってよかったどうかは分かりませんが
それまでイッパイイッパイだったところが
なんかストンと落ちたような気がしました。
昔からオンナの髪はある種の「縛り」や「執着」と関わってきたようですが、
今更ながら仏門に入る人が剃髪する意味がよく分かった気がします。
私の場合失恋して髪を切ったことは一度もありませんが
何かを変えたいとき髪を切ることは
良いことだと思っています。

でも、長い髪に馴染みがあるので、
また来年になったら伸ばし始めるつもりです♪

写真は護国寺・東京カテドラル庭のルルドの泉。

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小西聖子著『犯罪被害者の心の傷』

2006-12-20 23:42:25 | 真理庵文庫・その他

画像をアップしただけで日にちがたってしまいましたが、
実は画像をアップした時点で後悔し始めていました。
この事を話すべきなのか…と。

暫く惑った結果(あるいは挙げ句)、お話しを始めようと決めました。
この『犯罪被害者の心の傷』は実は2冊あります。
1996年発行のものと、今年7月発行されたものとです。
私は2冊とも読んでいます。
何故同じ本にこだわるのか、不思議に思われるでしょう。
厳密に言うと今年版は『犯罪被害者の心の傷〔増補新版〕』です。
いったい何が変わり、変わらなかったのか?
手に取ったとき既に予感はありましたが、
「まさかそこまでは書くまい」と言う気持ちもあり、
揺れ動きながら新版を開きました。。。

今から3年前の秋、私はEさんの周辺にいた人から
この本のEさんに関する部分のコピーをもらいました。
それだけでは不十分と思った私は図書館で1996年発行の方を
全ペ-ジ読みました。
Eさんのことを知ったのは偶然でした。
後で分かったのですが、Eさんは年齢もちかく、
また学生時代過ごした場所も似近い場所でした。
多分どこかですれ違っていたに違いない…。
このことを知って嬉かった!と同時に改めて大きな悲しみを感じました。
何故なら分かったとき、Eさんはもうこの世にはいなかったからです。

実はこの3年間、Eさんのことも含め
私はあえて自身と向きあわざるをえない状況を作ってきました。
自分はどういう風に幼い頃を過ごしてきたのか
自分と両親・兄弟の関係はどうだったのか
自分は小学生の頃・中学生の頃・高校生の頃・大学生の頃どうだったのか
「心の旅」は過去をチラ見しながら、現在と日常生活の中で繋がっていきます。

先日今年出た[増補新版]を最初から最後まで読み直しました。
で、やっぱり小西聖子先生は素晴らしい人だし、正直な人だと感じました。
Eさんの「その後」が加えられていたのです。
p116に「Eさんのその後」が述べられています。

Eさんのカウンセリングは終結し、やがてパートナーと共に外国に行ったと。
ただし症状が全部消えたわけではなかった。相変わらず抑うつ的だった。
それでも【低め安定】でいっているようだった。。。
そんなときEさんが自殺したとの連絡を受けた。。。

カウンセリングが終結している以上
勿論カウンセラーとして小西先生が上記のことに責任を負う必要はありません。
ですが、小西先生はあえて、Eさんの「その後」をお書きになった。

世間には(ことスクールカウンセリングでは)二言目には
「カウンセリングを」とか「カウンセラーにみてもらって」とか、
カウンセリングがなかなか定着しなかったこの国は
流行出すと一方向に走ってしまうのか
今度はカウンセリング連呼の国になっています。
当たり前ですが、何事にも「限界」があるのです。
カウンセリングにできることとできないこと、両方あるのです。

私は【サバイバー】です。
Eさんの受けた虐待とは違いますが、
それでも、「よく生きてきたね~!大したものだ!!」って、
自分のこと、ほめてやろうと思います。
こんなところでカミングアウトしてどうするの!?とは思います。
このブログ、そういうつもりで作ったわけではありませんから。
ですが、あえて現在から目を背け、
過去(「歴史」)に没頭してきたことを思うと
そこにはやっぱり【サバイバー】の自分がいたと思います。

今年に入ってからのことですが、
生前のEさんを知っている方から、
「今だから言うけれど、初めてあなたにお会いしたとき、
あまりにEさんに印象が似ているので驚いた!」と言われました。
写真のEさんと私はあまり似ていません。
ですから、雰囲気のどこかに似たところがあるのでしょうね、きっと。
聡明で生真面目で、遠慮がちに生きたE さん。
私はもうちょっと大ざっぱに生きてみたいと思います。
「生きていてごめんなさい」ではなく
「生かされていて、有難う」って言えるようになりたいものです。




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文章の師

2006-12-18 23:50:49 | 日常茶飯事記

植村達男氏に出会ったのは四半世紀以上昔のことです。
当時大学生だった私は就職を控えブラッシュアップのために
千駄ヶ谷にある津田英語会に再び通いました。
(1回目は高校生の時。AFS試験を受験しようと思って)

植村さんとは同じクラスになり、ご本を頂戴しました。
『本のある風景』(1978年、勁草書房)という自費出版されたご本でした。
以来氏は何冊もご本をかかれていらっしゃいますが、
凄いなと思ったところは「週末文筆家」を貫いたところでしょう。
本業は保険会社の社員で、そちらも勿論おろそかにせず、
永いこと調査室の部長さんをなさっていらっしゃった、
「二足の草鞋」を使いこなしたマルチ人間の一人と思っています。
で、現職は神戸大学東京オフィスの責任者で、
丸ノ内の事務所(帝劇ビル地下2階)にいらしゃいます。

私が文章を書くようになったのも植村氏に出会ったからと思います。
(実は周辺に作家がい、その人の影響も勿論ありましたが、)
植村氏は社会に出た、本業(作家・文筆家)以外の人間が
いかに文章を書き続けるかの良いお手本であると思います。

このことを思い出したのも今日アップされた植村氏のブログに
『本のある風景』のことが載っていたから。
懐かしさもあり、書いてみました。
ちなみに赤い靴の少女の記事のU氏とは植村氏のことです。
(10月30日の続「赤い靴の少女」きみちゃん像)
植村氏のブログはこちらです。

http://www.selpro.jp/producer/books-secondhandbooks/

写真は港区内の公園にいたフクロウ。

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IR担当

2006-12-17 23:56:06 | 日常茶飯事記

昨日『ヒルズ黙示録・最終章』のことを書きましたが
その中で印象に残った言葉があります。
それは最後のページ(p222)に出てくる
東京地検特捜部長大鶴基成氏の「額に汗する人」発言に対する反論として出てくるもので、
「巨大借金を抱えたまま人口減少するこの国で「額に汗する人」では国際競争に勝てない」
というものです。

同様のことを田中氏もブログの中で書いていらっしゃいました。
(2006年12月12日)

「私たちが好むと好まざるとにかかわらず、外国人投資家はじゃんじゃん入ってきているわけです。そういう意味では、ニューヨークもロンドンも東京も場所は違えど、同じ投資家が市場に参加していますから、彼らに配慮してあげないとソッポを向かれてしまいます。2004年から日本企業がヨーロッパ市場を中心に盛んに資金調達を行うことができたのも、ひとえに彼らが日本買いをしてくれたおかげ。外国人投資家と真摯に向き合わなければソッポを向かれて資金調達ができなくなってしまいます。これではシャレになりません。ですから、「欧米型資本主義は悪だ!」とか「企業は株主のものではなくてステークホルダーのものだ!」とか、感情的なことを言っても何も解決しないわけです。」

ライブドア事件は単に一つの新興企業が犯した罪というより、世代間闘争的側面を露呈し、
オールドエコノミーに慣れ親しんだ世代の感情論だけでは
もはや日本を動かせなくなっている事実を突きつけたのでしょう。

上記の文章は読み手の年齢によって、受け取り方が真二つになるような気がします。
共感できるか反発を感じるか。

私の場合、大学卒業後最初に入った自動車会社は10年前外国企業の傘下に入りました。
10年前に既に外国人社長を迎えるといった経験があるせいか免疫はできましたが、
未だに外国人投資家や海外からのM&Aを「黒船」と感じている人は多いと思います。
私もすんなり自分がかつて勤めていた会社が【外資系】になったことを
受け入れたわけではありませんでした。
でも、比較的早く納得した方だと思っています。
というのは、広報部にいたIR担当者が私の知り合いで、
彼からもっと以前いずれ外国企業に飲み込まれてしまうであろうことを
ほのめかされていたからです。
(はっきり知らされていたわけではありません、こちらが感じていたのです!)

バブルがはじけて間もなく、彼がIR担当になったことを知りましたが、
当初IR担当って「株屋さんとお付き合いするところ」って、思いました。
何か本流じゃないような思いがありました。
今IR担当は企業では重要な役割に変わりました。
一番「旬」な部署なのではと思います。
明らかに時代は変わったということでしょう、きっと。



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ヴィヴィアン・ウエストウッド展のころ

2006-12-16 23:23:03 | 真理庵文庫・その他

去年の今頃、六本木ヒルズ最上階森美術館で
ヴィヴィアンウエストウッド展をやっていました。
観たいと思いつつ、年末はいつも忙しく
結果的には2005年には観られませんでした。
で、観なかったのかといえば、そうではなく、
年が明けて今年の1月14日か15日、
会期最後の前日に見に行きました!
ヴィヴィアンらしい初期の過激なファッションから始まり
最近
のむしろ古典的なものまで、
鮮やかな色遣いと、誇張された女性美を楽しみました。

その翌日か翌々日、六本木ヒルズのライブドア本社に
東京地検特捜部が家宅捜索に踏み込んだわけで、
もし1日ずれていたら私はヴィヴィアンの展覧会どころではなかったと思います。
ギリギリであっても見に行って良かったと思いました。

ところで、大鹿靖明著『ヒルズ黙示録・最終章』を読みました。
前作『ヒルズ黙示録』の続編ですが、前回のハードカバーと違い、
今回は朝日新書から出されたせいか、最初軽い読み物みたいな感じを思いました。

が、実際はライブドア事件裁判のことがかなりな比重を占め、
また付随するというか、ライブドア事件と裏表の関係にある村上ファンドの
これから行われるであろう裁判も視野に入れて、
事件のお金の動きや人の動きを克明に追っています。
自社株売却スキームの図表(p187)があったのですが、
正直投資事業組合が複数
関わっており、訳が分かりません。
田中さん・保田さん、助けて~って思ってしまいました。。。トホホ。

ライブドア・村上ファンド両方の事件の裁判が終わり
金銭の流れの全容が分かった時、
一つの時代の象徴の全体像が初めてみれるのかもしれません。

それにしても、私にとって今年は六本木ヒルズに始まり
(多分)六本木ヒルズに終わる1年であるような気がしてなりません。

写真は去年のお茶の水駅ビルのクリスマスツリー。


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オシャレな恋愛

2006-12-13 23:50:59 | 日常茶飯事記

今日の画像は青木純さんのところの「ファッションの始まり」です。
お猿さん(or人間のご先祖か?)が2匹池の畔にい、
お猿君(♂)はお猿ちゃん(♀)に関心があるのですが、
それを上手く表現できず、お猿ちゃんに軽くあしらわれますが、
たまたまお猿君が渡した花が頭に載って
それを川面で確かめたお猿ちゃんからキスされるといったもの。
恋愛って本来この程度に他愛ないものなのでしょう。

25秒という短いアニメーションですが、
「コタツネコ」「走れ」に次いで好きな作品です。
「走れ」は画像がまだアップされておらず
アップされたらご紹介致しますね。
(動画は観られます http://www.aokijun.net/movie.html

この文章、昨日書いていました。
ところがPCの調子が悪くなってアップできませんでした。
ですので、昨日は画像しかありませんでしたが、
文章入りですので宜しくお願い致します。

原因が分からず息子に電話で相談したら、
「(「箱入り」娘だった)PCもおばあさんになったんだよ」とにべもなく言われ、
我が事を言われたようで、ちょっとむっとしてしまいました。
今後も中途半端なブログがアップされるかもしれませんが、
お許し下さい。

 

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