実録深谷混声合唱団員~madamふかこの日々是合唱&ねこ(時にはごはん)

埼玉北西部にふんばる深谷混声合唱団のなんちゃってソプラノmadamふかこが合唱的的生活と日々の雑感をゆるっと綴ります。

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「島よ」Ⅰ を読み解こう〜その1

2018-06-16 08:55:50 | ミュージック
ふかこですが。

ブログ再開してから、病気の話ばかりになってしまったので、
今日は本業であるところの、
合唱曲のお話しをいたしましょう。


忙しさにかまけて、「島よ」の読み解きがストップしてしまっていましたからね。

本日は遅ればせながら、第1曲目をふかこなりにアナリゼしてみましょう。


「島よ」は以前に述べた通り、
1つの長めの詩を、作曲者がいくつかに区切り、
六曲からなる合唱組曲に仕立てたものです。

Ⅰ は、そのプロローグ。
作者の眼に映る島の姿を端的に示した数行の詩に、
作曲者がさらに深い意味を与えている一曲です。

ここで、あらためてこの詩を味わってみましょうか。

島にも色々あるけれど、
ここで歌われている島は、陸地から隔絶された、絶海の孤島。
昔、「パピヨン」という映画がありましたっけ。
そんなイメージですね。

さて、以前お話ししたように、
「島よ」はひとつのながい詩なんですけれど、最終の2連、
第6曲に当たる部分に、実は短く総括されているんでしたよね。
そこで、この最終連に、第1曲をあてはめてみると…

のがれようもなくひとりでいるものよ→(距てられただひとり耐えているもの)
心のなか 虚ろな海に
浮かんでいるものよ→(距てられただひとり耐えているもの)

こんな風に対応しているのがわかります。
つまり、「碧い日々」「時の波」とは、
心の中の虚ろな海、の、風景であり、
「島」とは単なる地理用語ではなく、
心象風景の中に孤独に浮かびあがる、自分自身の存在を投影したものなのですね。

「翼もなく 鰭もなく」と、魚や鳥と比しての不自由さを嘆いている部分は、
第2曲で歌われる

(島は夢見る)ある日ふと 魚のように漂うこと〜
ああだがどこにいけるというのだろう

に繋がっていることを意識したいものです。
「島」は何故、これほどの孤独に耐えてまで、
この場所に永延ととどまっているのでしょうか。
島から翼や鰭を奪ったものは何なのでしょう。
家族? 生活? 世間体?
それとも、もともとそんなものなど持ち合わせていなかったのか。
そして、ふかこにとっての最大の謎は、
ただ1人耐えている島を見つめる
「あまたの眼」とは何なのでしょう。
正直のところ、まだまだ考え中なのであります。





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