実録深谷混声合唱団員~madamふかこの日々是合唱&ねこ(時にはごはん)

埼玉北西部にふんばる深谷混声合唱団のなんちゃってソプラノmadamふかこが合唱的的生活と日々の雑感をゆるっと綴ります。

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「島よ」(伊藤海彦:作詞、大中恩:作曲)〜みんなで孤独を歌った時代&ひとりでみんなを歌う時代

2017-11-08 09:32:10 | ミュージック
ふかこですが。


再来週にふかや市民音楽祭をひかえ、
深谷混声合唱団は、いよいよ曲の仕上げに入ってきました。
「待ちぼうけ」
「いのちの歌」
「道化師のソネット」……
素晴らしい楽曲と巡り会えて、
今季は楽しい練習を重ねてこられましたよね。
それも、残すところあと2週間となって、
名残惜しくも、春の合唱祭に向けての選曲が気になっていた今日この頃……


と、思われますが。


ジャ〜〜〜〜ン‼️


選曲、決定👇👇👇

伊藤海彦作詞 大中恩作曲の、「島よ」。
これはもう、にほんのスタンダード、名曲中の名曲ですね。


作曲者の大中恩さんは、今でもご存命で、
そう、「^_^さっちゃんはねー さちこってゆーんだほんとーはねー」
を作曲された方でもあるんですよ
でも、さっちゃんとちがって、
この「島よ」は、骨太で、情熱的で、
それいけー、つっぱしれー、みたいな、かっこいい曲💪
1970年の作品とあって、時代は高度経済成長で。
時代の勢いを感じます。
今まで、深谷混声合唱団は、どちらかといえば、
叙情的で優しい曲をレパートリーとすることが多かったので、
この曲は新鮮に感じられることでしょう。


さて、詩に注目してみると、
実はこの詩は一つの長い詩なんですね。
それを、作曲者が6つに分解して、それぞれ曲にしている。
だから、各曲には題名がなく、ローマ数字でⅠ〜Ⅵの数字がふられているというわけです。
長い詩なので、普段読むことに慣れていない方には
荷が重く感じられるかもしれませんが、
詩の意図するところは、最終曲にあたる、最後の数行、

「島よ
おまえはわたしではないのか
散り散りの、人という名の
儚い島ー
私ではないのか
ー島よ」

に凝縮されています。

青い海の中、陸地からも他の島々からも隔離されて、
ただひとり雨風に耐え、
どこへ行くこともできない宿命に絶望しながらも、
しかし、鳥や魚のように自由に漂う憧れを捨てきれず、
海の彼方からやってくる何かを待ちつつ、
1日1日を重ねて行く島に、
作者は自分の姿を投影しているのですね……

作中、何度も繰り返されるのは、
島は孤独である、というメッセージです。

🎶距てられ ただひとり 耐えているもの
🎶島はさだめられたひとりを生きる
🎶島よ のがれようもなく孤りでいるものよ


この、「ひとり」というフレーズは、
この曲の発表された1970年前後の楽曲に多くきかれる言葉なのですが、
考えてみると、カラオケもスマホもiPodもないこの時代、
歌を聴くのも歌うのも、みんな一緒に楽しんだものでした。
歌声喫茶、
職場のコーラス、
新宿のフォーク広場ー
そういえば、遠足のバスでの定番レクは、尻取り歌合戦であったな。
由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」が流行ってからは、
「ルールルルル〜」
の永遠ループを、わけもなく楽しんだものでしたが、
この時代、つまり、歌とはそうやって楽しむものでした。


合唱の世界とて例外ではなく、
1970年前後、
放送局の委嘱作品など、盛んに新しい曲がつくられました。
戦後、優れた詩人や作曲家がたくさん出たこともあって、
🎶水のいのち
🎶筑後川
🎶大地讃頌
🎶落葉松 など、
日本の合唱曲のスタンダードとして歌われている曲の多くが、
この時代に生まれたものと言えます。

「島よ」も、そのような曲のひとつですね。


今日この頃は、合唱はあまり流行らないのか、
どこも団員集めに四苦八苦です。
合唱どころか、きょうびカラオケも下火で、
都会では、ひとりカラオケ、というのが流行りなんだそうです。
電話ボックスのようなところで(あわかいひとには、これも死語か)
ヘッドフォンして マイクにむかって立ちっぱなしで30分とか歌うのだそうです。
歌われているのは、「キミはひとりじゃない」みたいな歌ばかり。


なんかねえ……
なんだろうねえ………







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