実録深谷混声合唱団員~madamふかこの日々是合唱&ねこ(時にはごはん)

埼玉北西部にふんばる深谷混声合唱団のなんちゃってソプラノmadamふかこが合唱的的生活と日々の雑感をゆるっと綴ります。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

埼玉県合唱祭見聞記2018

2018-06-20 08:55:50 | ミュージック
深谷混声合唱団のみなさん&そうでないみなさんも、
こんばんわ。
ふかこです。


6月17日は、埼玉県合唱祭でした。
ふかこのいるあたりは沈んでいるのですが、
実は埼玉県は、音楽大学もある南部を中心に合唱大国で、
埼玉県の合唱祭は毎年、6月の週末、
5日間にわたって行われています。

これは、今年のプログラムね。

それでもって、わが深谷混声合唱団は、
例年さくらめいと (熊谷文化創造館)での出演を希望して、
まあ、ことわられたことはありません。
今年は、第3部の出演で、午後5時集合、
出演は6時半頃だったでしょうか。
第3部は観客も少なくなってしまうし、食事会なども組みにくいので、
本当はもう少し早い時間帯が良いのですけれどね……


さて、この合唱祭では、上手な団体がたくさん出演するので、
例年ふかこたちは早めに会場に行って演奏を聴くことにしています。
この日も第2部の後半、午後3時半頃には会場に着き、
着席したその瞬間、
カシャカシャと照明器具が揺れる音がしてきて、
誰かが、地震❗️と叫んだ瞬間、
ふかこのケータイに緊急地震警報が入りました😱
大した揺れではありませんでしたが、
より震源に近い自宅のほうでは、突き上げるような感覚があったそうです。
翌日には大阪で大きな地震があって、驚きましたが、
それについては、また、のちほど……



さてさて、この合唱祭はとてもバラエティにとんでいて、
児童合唱団から、学生合唱団、シニア合唱団、
男声合唱、女声合唱、混声合唱、
数人規模の小さな合唱団から50人を超えるような大所帯の合唱団、
多声部の宗教曲をアカペラで軽々と歌いこなす玄人並みのチームもあれば、
昨日出来たばかりのような、初々しい合唱を聞かせてくれるコーラスグループ、
はてはミュージカルの部活まで、大変楽しいのです。
上手なチームは、たいがいシンプルな黒シャツに黒パンツだったりするので、
見当がつきます。
シニアチームは、ラメやスパンコールで光っとります
深混は地味目なので、ちょっと憧れます。



歌声を聴いて、文句なしにいいなあとおもうのは、
やはり中学生や高校生の演奏です。
毎回言ってますが、シミもしわもない声帯から、
まっすぐに響く素直な声の美しさよ❗️❗️
ふかこも、中学時代は、あんな声を出せていたんでしょうか……


それから、上手とか下手とかいうのではなく、
「正しい合唱」というか、「this is 合唱❗️」とでもいいたくなるような、
合唱団がいくつかありましてね。
たとえば、開智未来中学高校の合唱部。
まだできたての合唱部なのか、1ダースほどの少人数で、
なんと、スタンダード中のスタンダード、
滝廉太郎の「花」を聴かせてくれました。
今時の中学生の合唱部ときたら、ラテン語の多声部アカペラでも、
連続不協和音でも、なんでも歌いこなしてしまうのですが、
本当のところ、日本人で女学生で(変声前の男子2名発見!)合唱ったら、
もう、「花」ですよ。原点ですよ。……でしょう?
こちらの合唱部の歌には、そんな、由緒正しさがあって、
しかも楽しそうで、清潔で、ホント、おばさん、こういうの、大好き😘
もう1曲、「君といた海」の選曲も、とてもよかったです。


ほかに、印象に残ったところを、いくつか。

🎶エーデルワイス(鴻巣、女声)
言葉の表現が繊細で、生き生きしていて、真似したいと思いました。

🎶熊谷市立大里中学校音楽部(女声)
ここは、ミュージカルを見せてくれます。昨年もそうでしたね。
今年は、舞台の一番後ろにソロ、ピアノがあって、一番前に群舞という演出でしたが、
やはりソロは前に出て歌った方が良いですね。
こういう大きい会場で、マイク無しの時には、時間差も出ます。
ソリストの方、とても上手だったので、残念です。

🎶混声合唱団 獅子(所沢、混声)
I thank You God for most this amazing day ……というアカペラの曲ですが…
一体、何声で構成された曲なのでしょう。
ラスト、音が複雑に絡まりあう中に、ピンと倍音が響いてきて、感動しました。

🎶熊谷高校音楽部(男声)
一頃よりもはへってしまったのですが、それでも20人の男声合唱。
う〜〜ん、もっと響くのではないかなあ。
響かせられると思うよ。だって…………

🎶Chor Ursa Major(さいたま、男声)
こちらは、男声わずか8人❗️
でも、ホールを1つの楽器のように響かせて、
昭和の名曲「なごり雪」をしっとり聞かせてくれました。
どこかの音高か音大のOBの方でもあるのでしょうか。
こういう合唱団は、県北には望めないなあ。
もう一曲の、「こころようたえ」、
こちらも楽曲も歌唱もとてもよくて、感動しました。
ふかこ的には、今回は、こちらに金賞をさしあげたいとおもいます。


……などと、偉そうに書き連ねてしまいましたが、
わが深谷混声合唱団の演奏はどうだったのか……
アルトだけが2人もお休みでちょっとバランス悪かったかもしれません。
どこかの誰かのブログに
「バランスが悪い。リズムがばらけてる。もっと練習せい!」
などと、書かれているかもしれません。
はああああああ😔😔😔😔😔
コメント

「島よ」Ⅰを読み解こう〜その2

2018-06-16 08:56:37 | ミュージック
ふかこですが。

前回は、「島よ」Ⅰを、詩の面からアプローチしてみたのですが、
今回は音楽としてあじわってみましょう。

出だし、重々しく不安定な低音の前奏に続いて、
アルトが美しい旋律を歌います。
黒々とした夜の海に浮かぶ小舟が、
島の港のあかりにむかって、ゆっくりこいでいるようです。
ふかこは、いつも、昭和30年頃の日本映画のタイトルバックのようだと思ってしまいます。
この後、伊福部昭のあの名曲とともに、ゴジラがぬうっと海の中から出てきて、

🎶ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやってくるwwwwwwww😱😱😱😱😱

あ、いや、失礼いたしました。脱線しちゃいました


アルトのハミングに続くのは、ゴジラのテーマではなく、
「島よ!」という呼びかけでしたね。

赤い矢印をかきこんでみましたが、
バスからはじまって、男声↗︎女声と、
「島よ」という呼びかけが
木霊のように音が高くなるように繰り返されていきます。
オトモダチがのんきに
「おーい、島ちゃーん❤️」と声をかけているのではなく、
大勢の人間が一斉に語りかけてくるような緊張感のある、「島よ」です。
音が高くなっていくと、自然なクレッシェンドがつきますので、
何かが遠くの方から一気に近づいてくるような感じがします。
ドローンか何かで、ズームアップされる感じですね。
島よ、のshiという子音の繰り返しが、
「シーッ🤫」と言っているようにも聞こえて、
他人には見せたくないものを見られているような、
一種の緊張感が走ります。
同じ言葉(島よ)が8回も繰り返され、男女の声が入り混じるので
大勢の群衆に取り囲まれているような感覚にとらわれます。
「あまたの眼」という一行が、頭をよぎります。
作曲者の想像力の豊かさに圧倒される、二小節です。

そのさきは、詩の一行一行にメロディが対応して変わっていきます。

楽譜の読めない方でも、グラフィックとしてわかる変化です。

テンポも変わっていきますね。


…………………まるで、詩の朗読をきいているようです。

そして最後、
また、「島よ」と繰り返されるのですが、今度は

最初とは、逆に、女声↘︎男声と、音が下がっていきますね。
音が下降していくことで、今度はデクレッシェンドの効果が生まれ、
やってきた何者かが、今度は遠ざかって行くように感じられます。
単に同じことの繰り返しではなく、
その奥にある意味を感じ取って歌えたら良いのですが。

文字の上では、
単に「島よ」という言葉でサンドイッチされた一連の詩にすぎませんが、
作曲者がこれに音という想像力を加えることによって、
見事に、聴覚のみならず、視覚的な効果をあたえているといえます。
3D、というやつですね。

そして最後は、再び詩の意味に立ち返ってくるような気がします。

「島よ」と呼びかけているのは、
本当のところ、誰なのでしょうか。
島が自分自身だというのならば、
よびかけているのも、また、
そんな自分を見極めようとする自分自身でしょうか。
それとも、他者に何とか繋がろうとしてうごめく、
無数の孤独な群衆なにでしょうか………


明日はもう、埼玉県合唱祭本番です。
答えの出ないまま、ふかこは歌います……

コメント

「島よ」Ⅰ を読み解こう〜その1

2018-06-16 08:55:50 | ミュージック
ふかこですが。

ブログ再開してから、病気の話ばかりになってしまったので、
今日は本業であるところの、
合唱曲のお話しをいたしましょう。


忙しさにかまけて、「島よ」の読み解きがストップしてしまっていましたからね。

本日は遅ればせながら、第1曲目をふかこなりにアナリゼしてみましょう。


「島よ」は以前に述べた通り、
1つの長めの詩を、作曲者がいくつかに区切り、
六曲からなる合唱組曲に仕立てたものです。

Ⅰ は、そのプロローグ。
作者の眼に映る島の姿を端的に示した数行の詩に、
作曲者がさらに深い意味を与えている一曲です。

ここで、あらためてこの詩を味わってみましょうか。

島にも色々あるけれど、
ここで歌われている島は、陸地から隔絶された、絶海の孤島。
昔、「パピヨン」という映画がありましたっけ。
そんなイメージですね。

さて、以前お話ししたように、
「島よ」はひとつのながい詩なんですけれど、最終の2連、
第6曲に当たる部分に、実は短く総括されているんでしたよね。
そこで、この最終連に、第1曲をあてはめてみると…

のがれようもなくひとりでいるものよ→(距てられただひとり耐えているもの)
心のなか 虚ろな海に
浮かんでいるものよ→(距てられただひとり耐えているもの)

こんな風に対応しているのがわかります。
つまり、「碧い日々」「時の波」とは、
心の中の虚ろな海、の、風景であり、
「島」とは単なる地理用語ではなく、
心象風景の中に孤独に浮かびあがる、自分自身の存在を投影したものなのですね。

「翼もなく 鰭もなく」と、魚や鳥と比しての不自由さを嘆いている部分は、
第2曲で歌われる

(島は夢見る)ある日ふと 魚のように漂うこと〜
ああだがどこにいけるというのだろう

に繋がっていることを意識したいものです。
「島」は何故、これほどの孤独に耐えてまで、
この場所に永延ととどまっているのでしょうか。
島から翼や鰭を奪ったものは何なのでしょう。
家族? 生活? 世間体?
それとも、もともとそんなものなど持ち合わせていなかったのか。
そして、ふかこにとっての最大の謎は、
ただ1人耐えている島を見つめる
「あまたの眼」とは何なのでしょう。
正直のところ、まだまだ考え中なのであります。





コメント

「島よ」Ⅳを読み解こう!②

2017-12-01 07:47:30 | ミュージック
………で、「島よ」第4曲の続きなんですけどね。

夕暮れの赤々とした陽の光に蘇った炎の記憶。
しかし、一瞬の後空は変わり、
島の時間は、また穏やかな時を取り戻します。
それが、第4パート。
メロディもリズムも一新されたアダージオ。
ゆったりとした伸びやかで美しい旋律です。

🎶
菫(すみれ) 紫 薄墨色
空は変わり 風はひそみ 夜へ傾くときのなかで
島は新しくなる
呼び覚まされた声を孕(はら)み
島は鮮やかに生きはじめる



菫 紫 薄墨色って、こんな感じかなあ。
ほんと日暮れどきって、刻々と空の色が変わって言って、
特に冬の季節のそれは本当に美しくって、
まるでカクテルみたいに色の層を作って、やがて闇に沈んで行くんだよね。

その刻々たる変化の中で、
島は新しくなる、ふたたび鮮やかに生き始める、と詩人は歌っているのだけれど、
これって、どういう意味❓

ヴィジュアル的には、
闇=死の中に一度沈んだ島が、
あたかも新しい島が生まれたかのように、
翌朝、朝の光の中、またその姿をあらわすことへの期待でしょうか。

さらに、
島=人 というテーマからアプローチするなら、
呼び覚まされた声とは、生きる情熱であり、
生まれたばかりの赤子の持つ、果てしない可能性と希望であり、
さらに青春期の、恐れを知らない熱く煮えたぎるようなエネルギー、
それらを孕むとは、
それらが自分の奥深くに、ひっそりと、
まだ息づいてあることを自覚することにほかなりません。

逃れられない日常を惰性的に生きている自分だけれど、
日暮れ前の一瞬の光景の中に、
自分が自分であることの証明のように、
熱く燃えたぎる情熱が未だに存在することを思い出すのです。
そして今日の一日が終わり、新たな日々がまた始まって行く……
人生は、その繰り返しなのいかもしれません。


メロディをたどっていくと、
ソプラノとバスの幅の広いユニゾンが

🎶島は新しくなる……島は鮮やかに生き始める

と伸びやかに宣言するのを支えるように、
アルトとテノールの内声のハーモニーが

🎶呼び覚まされた声を孕み

と、柔らかく説明していきます。
穏やかで、凛々しくて、
希望に満ちたエンディングです。


夜の練習がまちどおしくなってきました。
本日は上柴公民館での練習です。
七時からは自主練習で、クリスマスソングを歌いますよ。

それでは、また。
ふかこでした。







コメント

「島よ」Ⅳを読み解こう!①

2017-11-30 23:18:44 | ミュージック
ふかこですが。


今日は木曜日。
あすはもう、次の練習日……って、マジっすか?
はやいなあ。はやすぎるよ、時間が過ぎてくのって。
いつからこんなに、はやくなっんだか……
このぶんじゃ、知らないうちに、
あれれれれ?????アタシ死んじゃってる❓…ってなことに
なってそうですが。


ま、それはともかく、
🎶島よ の第4曲の練習が、
明日あたりから本格的にできそうなので、
その前にちょっとしっかり楽譜を読み込んでおきますか


前も言ったと思うのですけれど、この 🎶島よ という曲は、
1つの長〜い詩を6つのパートに分けて作曲されています。
それぞれ独立した曲として演奏できますので、
10分程度の音楽祭では、全曲演奏されることはなく
何曲か抜粋して披露することになるのですが
最も耳にする機会が多いのが、この第4曲の部分です。
その前の3曲は、島の現実、というのか、
大洋にポツンと浮かんでどこにも行くことができず、
風雨にさらされるがままの現状に甘んじるほかない島の姿が語られています。

それに対して第4曲では、まったく違う太古の島の姿、
そしてその記憶を失うことなく日々を新たにする島の姿が語られます。

それでは、詞と曲をすこしずつみていきましょう。
曲は詞の内容から、間奏で4つのパートにわかれています。


第一パート、

左手のピアニシモの低音の連打で始まる前奏は、
地の底から響いてくる地鳴りのようであり、
南洋の島々に住む先住民族のまつりの太鼓のようでもあります。
装飾音を伴う右手の音が徐々に高くなり、期待を持って歌がはじまります。

🎶波の果て 陽が落ちるとき 赤々と身を染めて
島は思う 遠い昔 炎だったことを
熱く溶けた 叫びだったことを


つまり…

こんな夕暮れの一瞬、島の記憶にスイッチが入って、
実は自分は熱い炎から生まれたことを思い出すのね。

そして、メロディが変わって第2パート

🎶落日を身に浴びて 島は聞く
沸き立つ海の その底を揺るがす響き
島は聞く 忘れていた はるかな生命(いのち)
母なるマグマの一つの声を


今度は耳に残る記憶、聴覚の記憶がよみがえる。
マグマという具体な言葉が提示されて、
ああ、これは火山の噴火から出来上がった島なのだなということがわかります。


その、太古の火山活動の様子を描写する第3パートは、
さらに強烈です。

間奏は上昇するアルペジオ。吹き上げるマグマを彷彿とさせます。
スタカートは、火の粉を表しているのでしょうか。
その、炎のようなピアノに続く、男声の力強い雄叫びから、
このパートは始まります。
🎶
ああ 溢れ こみ上げ ほとばしるマグマ
焼けただれ 飛び散る溶岩
灰と煙と 煮えたぎる海
駆け登り 走り 空を引き裂き
限りなく 落ちて 落ちて 落ち続ける灼熱の雪崩


音が飛び散っているので難しく感じますが、
実はこのメロディ、ピッタリと詩に寄り添っています。
駆け上り、とあれば、メロディもかけのぼり、
走り、とあれば、メロディも細かく走る。
限りなく落ちて、からは、メロディも下降に転じ、
落ち続ける、のところでピアノの左手がどんどん低い音をひいていきます。
そして、灼熱の雪崩、からは、
ピアノもがらりとかわって、穏やかなアルペジオに転じ、
第4パートへと移行してゆくのです。
(この項つづく)




コメント