実録深谷混声合唱団員~madamふかこの日々是合唱&ねこ(時にはごはん)

埼玉北西部にふんばる深谷混声合唱団のなんちゃってソプラノmadamふかこが合唱的的生活と日々の雑感をゆるっと綴ります。

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ビューティフル・ネーム(ゴダイゴ:1979年)

2016-07-27 17:06:15 | ふかこの自分音楽史
ふかこですが。
今日はふかこがすきだった歌のお話を少し。

ビューティフル・ネームという歌がありました。
タケカワユキヒデさんをリードボーカルにした、
ゴダイゴというロックバンドのヒット曲。
タケカワユキヒデさんの書いた曲は、
モンキーマジック とか、ガンダーラ とか
銀河鉄道999 とか、
どれも明るくて品の良いメロディの曲ばかりでしたね。
特にこの ビューティフル・ネームという曲は、
国際児童年の協賛曲ということで、
楽しいつくりの曲になっていました。

サビの部分、

every child has a beautiful name,
a beautiful name, a beautiful name

すべての子どもたちには、美しい名前がある…と、
児童コーラスが歌い上げて、
キャッチーで耳に残る歌でした。
名前=人間の尊厳であり、希望と未来の象徴としてとらえたものでした。


同じころヒットした曲に、
ジョン・レノンがオノ・ヨーコとの間に生まれた息子ショーンのために歌った
「ビューティフル・ボーイ」という曲がありました。
当時5才の息子に人生のことを切々と語った、美しい曲ですが、
「ビューティフル」という言葉には、
プリティとかゴージャスとかとはちょっと違う、
何か神々しい感じが伴うのかもしれません。


今日、こんな歌を思い出したのは、
神奈川 で19人もの重い障がいを抱えた方々が
頭のスイッチがどうかしてしまったとしか思えない一人の男の手によって
その命を奪われるという事件のせいです。
事件はこれから解明されていくでしょうが、
ふかこの気持ちに深く突き刺さったものは、
被害者の名前が、一切報道されないことです。
遺族の事情を慮って、個々の名前は発表しないことにしたのだそうです。
こうした事件の被害者は、二度死ぬ、と言います。
最初は、事件によって。
二度目はマスコミの報道で世間にさらされることによって。


でも。

これでいいのかな。
「19人の被害者」というひとくくりの言葉でかたづけられて。
役立たずだから、家族や世間のお荷物だから殺してあげる。
犯人はそういう理屈で殺した。
でも、殺された人たちは、
どんなにねたきりでも、
どんなに重い障がいがあったとしても、
きっとそれぞれ色々な個性があり、
色々な感情があり、
それぞれ生きてきた人生というものがあったはず。
それは、彼らの名前と一緒に語られるべきなのではないか。
この犯人を弾劾するべきは、
かれらの一人ひとりの名前でなくてはいけないはず。

だから、ふかこは、その名前が知りたいと、切実に思う。
こんな事件だからこそ、思う。
あなたがたの名前が知りたい。その、美しい名前が。

だって、くやしいじゃない。











コメント

昭和のハーモニーその4〜ステージ101

2016-07-19 19:23:22 | ふかこの自分音楽史
深谷混声合唱団のみなさん&そうでないみなさんも、こんばんわ。
ふかこです。
今日は久しぶりに音楽のお話をしようとおもいます。

先日亡くなられた伊藤ユミさんのおられた
ザ・ピーナッツからはじまって、
いろいろ思い巡らしてきた、昭和のハーモニーですが、
今回は伝説のショウ番組、
「ステージ101」のことをお話してみようと思います。

ステージ101は、
1970年から1974にかけてNHKで放送されていた音楽番組で、
101、というのは当時(現在でも)東洋一の規模とされた、
渋谷のNHKセンターにある101スタジオを使用しての
撮影であったことからネーミングされたものです。
アメリカの同種の音楽ショウに影響されて、
当時学生運動ですさんでいた若者たちに
豪華で良質な音楽を提供しようと企画されたものだったと言います。
中村八大・東海林修・宮川泰等を音楽監督にむかえたほか、
歌、ダンス、演技、すべてのぶんやに一流のスタッフを揃え、
すでに活躍していたいくつかのユニットのほか、
オーディションで集めた数十名の才能ある若者たちを徹底的にきたえあげ、
海外のヒット曲のカヴァーと番組オリジナルの曲を、
毎週毎週コーラスアレンジで聴かせてくれるという、
今では考えられないほどの手間暇と予算をかけてつくられた、
それはそれは豪華な音楽番組でした。

このコーラスユニットは「ヤング101」と命名され、
皆実力者ぞろいで、
当時中学の合唱部で歌にぞっこんになっていたふかこは、
それはもう、あこがれたものでした。
ただ、残念なことに、当時はまだビデオフィルムが高価だったために、
ほとんど映像が残っていなくて、
あの素晴らしいパフォーマンスの大半は、見ることがかないません。

それでもYouTubeで検索をかけると、いくつかのシーンは見ることができ、
あらためて個々のシンガーの音楽性の豊かさと、
アレンジや演出の素晴らしさを垣間見ることができます。
アメリカのドラマで「glee」というのがありましたが、
歌、アレンジ、ダンスとも
あれに近いパフォーマンスのレベルで、
いかにお金とヒトと時間を費やしたものだったかをおしはかることができます。
今でも歌われている、オリジナル曲の、
「涙をこえて」や、「怪獣のバラード」。
「プラウド・メアリー」「ライオンは寝ている」など、
当時はやっていた海外ポップスのカヴァーも素晴らしく、
毎週楽しみに見ていたものでした。

しかし、経営陣の交代やオイルショックによる経済危機などで、
この番組は四年ほどで終了を余儀なくされました。
以後、これほどのヒトとカネと時間をつぎ込んだ音楽番組は、
作られたことはありません。

番組は終わってしまったけれど、
ヤング101のメンバーの中からは、
日本のポピュラー音楽業界を支えていく人たちがたくさん出ました。
声優でミュージカル歌手の一城みゆ希さん、
ミュージカルスターの諏訪マリーさん、
歌のお兄さんの田中星児さん、
「タッチ」の作曲や、チェッカーズのプロデュースで有名な芹沢ひろあきさん、
デビューまえの太田裕美さんも!
書ききれません。
(ちなみにふかこは、イケメンで美声の藤島新というヒトが好きでした…)


あれだけ質の高い番組を、
日本のテレビ局は、
この先作ることができるのでしょうか、ね。


コメント

昭和のハーモニーその3〜男性コーラスの時代…ダークダックス、ボニージャックス、デュークエイセス

2016-06-16 15:18:52 | ふかこの自分音楽史
深谷混声合唱団のみなさん&そうでないみなさんも、こんにちは。
ふかこです。
あっというまに一週間が過ぎて、
明日はもう練習日。
合唱祭前の、最後の練習となりますね。

きょうはまた、少し音楽のお話をいたしましょう。

このあいだまでは女性のコーラスデュオの話をしてきたけど、
きょうは男性コーラスグループのこと。

1960年代、男性コーラス四人組👬👬というのが、
さかんにあって。

ダークダックス、ボニージャックス、そしてデュークエイセス。
ともに、1950年代に結成された。
ダークダックスは慶応大学、ボニージャックスは早稲田大学の
合唱サークルの出身。
デュークエイセスだけが、そういうのとあまり関係のない人たちのあつまり。
一見同じような構成で、同じようなスーツを着たおじさんたちの集まりだけれど、
それぞれ個性があった。


たとえば、ダークダックス。
https://youtu.be/1IiSuEHjpEU
彼らは叙情的。あまりテクニカルじゃないけど、
暖かくて柔らかいサウンドで、
ロシア民謡や、日本の歌をたくさん歌いました。
深混が愛唱歌にしている、「銀色の道」も、
彼らの持ち歌でしたが、
ふかこはとりわけ、この「北上夜曲」というのが好きでね。
東北に住んでいたので、北上線というのに縁があってね。
北上つながりで、心を惹かれたのでしょう。
🎼においやさしい白百合の 濡れているよなあの瞳……
幼心にちょっとときめいてね。 おませちゃんでした。


ボニージャックスなら、ロシア民謡。
https://youtu.be/BNZCBafYMC8
一週間。
テュラ テュラ テュララ〜〜 って、
よく歌いましたよね。
ともしび、とかも、彼らの持ち歌だったようです。
また、彼らは早稲田の出身でしたから、
合唱のスタンダード曲、
「遥かな友に」も、レパートリーにしていました。
それどころか、ボニージャックスというなまえも、
この曲の作曲者が命名したのだそうですよ。


デュークエイセスが、この中では一番、
ポップな感じがあったように思います。
「日本の歌シリーズ」というのがあったけれど、
「女ひとり」とか、
「筑波山麓合唱団」🎬とか、
軽やかで器用で、楽しいのがかれらのもちあじでした。
それに、一番テクニカルだったなあ。
たとえば、こんなアルバム。
https://youtu.be/MslqTTAJhtU
ミスター・ベースマン。🎸
この辺の古いジャズというか、黒人霊歌のようなものは、
彼らの歌で知ったような気がします。


それにしても、なぜあの時代、こうも男性コーラスがはやったのでしょう。
アメリカでも、ミッチミラー合唱団というのがあって。
https://youtu.be/9dY9gtYeHhk
「ミッチと歌おう」というテレビショーが、
日本でも放送されていましたね。
ちょうど同じ時代で、不思議ですね。
戦争が終わり、男の人がふつうにくらせるようになって、
なにか歌でも歌いたくなったのでしょうか………
よい時代でした。
よい時代の音楽は、明るくて、屈託がなくて、
希望に満ちているものです。
さて、今日この頃の音楽は…………どんなもんでしょう


それでは、また。
ふかこでした。





コメント

昭和のハーモニーその2~ベッツィ&クリス、シモンズ、そしてウィッシュ

2016-06-09 15:35:55 | ふかこの自分音楽史
深谷混声合唱団のみなさん&そうでないみなさんも、こんばんわ。
ふかこです。

早いもので、明日はまた合唱の練習日です。
…ということで、また、少し音楽の話をいたしましょう。

このあいだは、ふかこがはじめて触れたハーモニーということで、
ピーナッツのことを取り上げましたよね。
彼女たちのハーモニーは、リズムも音程も完璧だったけど、
ちょっと固めの、オリエンタルな声質で、
ちょっとこぶしがまわったりもして、
和風な曲もよくあいましたよね。

それが、1970年をまたいで、
全く新鮮な、ソフトボイスのハーモニーをもたらしたのが、
ベッツィ&クリス。
https://youtu.be/BMkJjevfaiY
「白い色は恋人の色」。
アメリカ生まれの白人さんの、地味目な女の子ふたりぐみ。
こんな柔らかい発声は、当時の日本人には不可能だったから、
楽曲のよさもあって、感動したものです。

当時、アメリカでは、ベトナム戦争に対する反戦運動が高まりつつあって、
ジョーン・バエズ、ブラザーズ・フォーなど、
反戦フォークソングが盛んになっていました。
とりわけ、ハーモニーの美しかったのが、
ピーター・ポール&マリー(PPM)
https://youtu.be/SkO10Karb7w
「悲惨な戦争」。
一番有名なのは、「パフ」かな。
ふかこの世代、というより、
ふかこのお姉さん世代の音楽でありましたが。

ベッツィ&クリスは、レコード会社が、
これらのサウンド面だけを輸入したものといえます。
柔らかいハーモニーでが珍しく、
清純な恋の歌ばかりなのが実に良かったです。

こういうのが流行ったというので、
日本人の同じような二人組がいくつか出てきましたが、
なんといっても、シモンズ。
https://youtu.be/pPGvI6unbSI
「恋人もいないのに」。
クリスタルボイスの二重唱を耳コピしたものです。

そして、マイナーながらすきだったのが、
ウィッシュ。
https://youtu.be/AeD3XrlCAkk
「お葬式」🙀
そのインパクトの強い題名と、
今日お葬式をします
わたしの愛が 死んだのです…
という生々しい歌詞がわすれがたく、
40何年たっても歌えました。
YouTubeで検索かけたら、けっこう同好の士がいましたよ。


まだカセットテープさえ手元に無かった時代、
もらいもののオープンリール式のテープレコーダーあいてに、
たった一本しかないテープが切れてしまいませんようにと祈りながら、
一人二重唱を楽しんだものです。
今は、ヴォイスレコーダーだの、
いろんなアプリだのがあって、
よい時代になりました。
昔の歌も、いくらでも楽しむことができます…

それでは、また。
ごきげんよう。
団員のみなさんとは、練習でおあいしましょう。
コメント

昭和的ハーモニーその1~ザ・ピーナッツ

2016-06-03 14:11:27 | ふかこの自分音楽史
深谷混声合唱団のみなさん&そうでないみなさんも、こんにちわ。
ふかこです。

今日は金曜日。
またまた合唱の練習日ですね。
だから、今日は、ちょっと、
音楽のお話をしてみようかと。

ふかこが触れた、はじめてのハーモニーって、
なんだったんだろうと振り返ると、

そう、これこれ、これですよ
https://youtu.be/W6jck5XEuyE
シャボン玉ホリデー。
1961年から10年間にわたって、ふかこの日曜の夕方のおたのしみでした。
ふかこのうちにテレビが来た時にはもうはじまっていたから、
この、 しゃぼんだま、るるるるるるる、 で始まるオープニングと
うめもり、おぶらあと(としか、ふかこには聞こえなかったの)
の、スターダストのエンディングが、
おそらく、ふかこがはじめて耳にしたハーモニーであり、
コーラスといえるものであったのではないのかと。

ピーナッツには、こんな名曲もあって
https://youtu.be/e9qvN5BNDIA
恋のフーガ
日本人にはあまりなじみのない、ポリフォニーの手法を使った、
斬新な曲でしたね。

一卵性双生児って、本当に何もかもがシンクロしていて、
山下達郎さんの一人アカペラみたいに、
完璧に同一の声のハーモニーでした。
1975年に、お姉さんの伊藤エミさんだったかな、
歌手の沢田研二さんと結婚されたのを機に解散引退されました。
沢田さんとはその後離婚、そしてエミさんは2012年に亡くなられたので
もう、再結成も、ありえませんね。

さいごに、
彼女たちの曲を、平成風にカバーしたのがこちら。

https://youtu.be/HEo3w-M_Ey0
ふか子お気に入りの、リトルグリーモンスターさんでした。

それでは、続きは、またこんど。


…………あれ?リンクうまくつけられてないかなあ?
すみません未熟者なんで…
ユーチューブでみてくださあい

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