実録深谷混声合唱団員~madamふかこの日々是合唱&ねこ(時にはごはん)

埼玉北西部にふんばる深谷混声合唱団のなんちゃってソプラノmadamふかこが合唱的的生活と日々の雑感をゆるっと綴ります。

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ゆあちゃんのこと〜その2

2018-06-10 15:16:46 | 雑感
もう半世紀以上も昔の話。
ふかこが母に叱られて、
家を締め出されて玄関先で泣きべそをかいてたりすると、
近所のおばちゃんが声をかけてくれて、
母に玄関を開けさせて、一緒に謝ってくれました。
母よりずいぶん年上の人だったので、
あんまり叱りすぎなさんなよと、
やんわりたしなめる意味もあったでしょう。


そんな時代だったら、
ゆあちゃんが命まで落とすことはなかったでしょう。
ベランダで震えてる幼女に気づいた隣のおばちゃんが
暖かいご飯を食べさせてくれ、
近所の年寄りが夫婦に説教したことでしょう。


けれど、今は21世紀。
ヘタに他人の子にご飯をやると誘拐といわれ、
部屋をのぞけばプライバシーの侵害といわれ、
説教を垂れるほどの親密さを、
近所の若い衆になどもはや持てません。
そこで、必要なのは、
新しい哲学、新しいシステム、そのための新しい法律です。


そもそも、子どものいのちは、
まず、子供自身のものであり、次に社会のものであり、
けして親のものでなどありません。
日本では親権が尊重されすぎのようです。
このため特別養子縁組が容易に進まず、
虐待があっても親子をひき離せず、
子どもにとって最も不幸な結果になっています。
何度同じ不幸を繰り返せば、この国は変わっていけるのでしょう。


アメリカなどでは、虐待が疑われた場合は即座に親権が停止され、
有無を言わさず子供は強制的に児童相談所のようなところに保護されます。
普通のことなら推定無罪ですが、こと子どもの虐待に関しては
推定有罪であり虐待のないことの立証責任は親の側にあるので、
一旦虐待を疑われてしまったら、親は法廷で無罪の証明をして
子どもを取り返さないといけません。
子どもはどこまでも親をかばい、慕い続けるものなので、
それくらいの厳しさが求められるのです。


ゆあちゃんの事件のあと、
児童相談所への非難が多くあると聞いていますが、
現行の法律の中では、
明らかに虐待が認められても、
親権が停止されることはなく、
長期のカウンセリングが義務化されているわけでもないし、
面会を拒否しても逮捕されることもないので、
相談所のできることには限界があるのです。
現実に即した法律の整備と、
それに伴う施設やその職員、その他様々なシステムの変更と
予算の確保が早急に必要なのです。



それなのに。



何という政治の有り様でしょう



嘘つきと恥知らずの蔓延する国会に、
ふかこは吐き気すら覚えます。


あなたたちは、いったい、
何のためにそこにいるのでしょう。
あなたたちの手にある権力は、
あなたたちのものではないのですよ。
いい加減にしなさい。
お友だちでない人のことも
少しくらい考えてやることができないのか。
そんなノーミソなら、1キロ250円の安ミソと、とりかえてしまえ。


…………と言ってやりたくなるくらい、
悲しい、かなしい事件でした


















コメント

ゆあちゃんのこと〜その1

2018-06-10 10:01:57 | 雑感
ふかこですが。


両親に虐待されて亡くなった、
ゆあちゃんという5歳の女の子が残したノートの言葉が、
あまりにも痛ましいというので、
人々に反響を呼んでいます。

この両親、特に義父は、
しつけと称して、
わずか5歳の少女にひらがなの練習を強要し、
ダイエットを強制し、
とうとうゆあちゃんは命をうばわれました。
ノートには幼い文字で、両親に赦しを請う言葉が
書かれていたと言います。
その痛ましさに、ふかこを含めた世間は驚愕し、涙し、
怒りを抑えきれないのですが、
実はこのような虐待に、
「反省文」というのはけっこう見受けられるもので、
それが「躾」という親の言い訳の免罪符となっているのだとか。
ただ、それにしても5歳というこの少女幼さをかんがえれば、
その残酷さに身を切られるばかりです。


しかし、継父や継母、里親などによる虐待というのは、
古今東西の文学作品の中には限りなくあって、
有名なところでは、シンデレラとか、白雪姫とか。
松本清張さんの「鬼畜」とか。
それどころか、
グリム童話には実の親による子捨て、子殺しがいくらでもあるんですよ。
「ヘンゼルとグレーテル」だってそうだしね。
あれは口減らしのために、実の親が実の子を危険に満ちた森の中に捨てて、
二度と帰ってこないでってお話ですからね。
昔っから、そういう話は絶えずあったのでしょう。
ライオンやチンパンジーは、群れのボスが変わると、
前のボスの子供は全て噛み殺してしまうと言います。
そうしないと、子供が成長するまでメスが発情してくれないからです。
メスが発情してくれないと自分の遺伝子が残せません。
厳しい自然の中で生きて子孫を残していくためにそなわった
本能といえる行為なのでしょう。

くだんの事件の父親も、実子のことは可愛がっていたようです。
獣の本能のスィッチが入ってしまったのでしょうか。

コメント

染める、染めない、どっち?

2017-11-16 02:38:29 | 雑感
ふかこですが。


還暦記念で、髪を染めるのをやめることにしました。
ふかこはずいぶん前から、こめかみのところがまとめて白くなるたちで、
染めてもすぐに、その辺りが目立ってくるので、
どこかで染めるのをやめにしよう……と思っていたのです。


そこで、還暦になった8月、作戦実行。
髪型も、アシンメトリーなボブから、ベリーに近いショートへ、イメチェン‼️
……で、それから2回目のカットをしたのが、こちら。

まだ、白黒茶の、三色状態。
シャンプーしっ放しの写真なので、サマにならないけれど、
これでヘアワックスでクシャッとさせると、なかなかオサレ🤗
ありのまま、自然体でいられるって、きもちがよい😚

髪の色が変わると、似合う服の色形も変わってしまって、
今まで似合わなかったグレーや白、ベージュがいい感じになる一方、
鉄板カラーであったチョコレート色や暗いオレンジなどが冴えなくなったりして。
それに、白髪ですっぴんだと、いかにも構わないばーさん風になってしまうので、
外出するときは、 きちんとお化粧することにした。
おしろいはたいて、眉をスッと描いて、思い切って紅い口紅をひくと、
これもまた、なかなかオサレ。
グレイヘアに紅い口紅。焼きそばに紅生姜。なんでこんなにあうんだか🤗🤗🤗



ところで、どこぞの中学だか高校だかでは、
髪の毛の色は真っ黒以外ダメなんだそうで、
もともと茶髪の生徒は、黒く染めなくちゃいけないらしい。


学校の先生方が禁止したいものは、いったい、
髪の毛を染めることなのか、
それとも、黒くない髪の色であることなのか。

髪を染める行為の禁止なら、まだわかる。
染毛剤はキツイ薬なので、子供にはふかこだってさせたくない。
髪の毛も痛むし、アレルギーも心配だ。
皮膚炎やアナフィラキシーをおこしたら、到底自分では対処できない、
危険を孕む行為だからね。


だから、思う。
染めたいの、染めさせたくないの、どっちなの?


そもそも、髪の色なんて、本当は千差万別。
色彩見本のような黒い髪なんて、本当はないんだよ。
大体、人種が違えば別に黒髪はスタンダードではないし、
年齢によって髪色も髪質も変わる。
ありのままの自分を否定される子どもの気持ちをかんがえると、
ふかこは心が傷む。
ハゲは禁止だから、カツラをかぶれ、
肌が黄色人種にあるまじき白さだから、日サロ行けとか、
鼻の低いのは禁止だから整形してこいとかいうのと同じだよ。
おかしーだーろーーーーー
第一、そんな規則があるから、学校の先生方は仕事が増えて、ブラックな職場になる………


というようなことを、高校講師の息子に言ったら、
「でも、おかあさん、服装の乱れているような子は、
家庭でTPOというものを学ばずにきちゃって、
就職試験や入試の面接でもそのまま行っちゃったりするんだ。
場をわきまえるんだよ、ということを教える意味で、
服装指導みたいなことが必要とされているんだよ」
と、現場の切実な声を聞かせていたただきました。


でもねえ、息子よ、
見た目変化のある子は、なにかわかりやすい。
規則違反を咎める前に、ひとこと、
何かあったのか、と聞いてあげなさい。
きかないまでも、何かあるのかもしれないと、気にかけてあげなさい。
そして、ありがとう、わかりやすくて、と、感謝しなさい。
本当につらい子というのは見た目さえ変えられぬものだったりする。
そして、或る日突然、破綻する。
学校は刑務所ではない。
目の前の規則違反ではなく、そういう心のほころびに
気づいてあげられる教師になっていってほしいものです。……
コメント

ため息のふかこ〜国難突破解散……ですかあ(( _ _ ))..zzzZZ

2017-09-26 08:20:14 | 雑感
国会冒頭解散と言うことで。


やっぱり「仕事しない内閣」だったようで。



国難突破解散?????はあ❓❓❓
ナンノコッチャ
この、ウソツキめ。



国難ならば、選挙にカネや時間を費やしている場合か



そしたら、
(某国の)圧力に屈してはならないのでありますっ………て



物は言いようだな。感心を通り越して、呆れ果てました。



なんでもいい、少しは仕事せい‼️
せめて、給料分は、働け‼️
海外旅行ばっかしてないで。




そうして、
希望の党、ねえ。
今の感じでは、
国民の希望を繋ぐ、というよりもは、
選挙区でずり落ちそうな議員のセンセイガタの
希望をつなぐ、というか
クビをつなぐ、というか……

なんだか、あんまり、な。


まだまだ、日本国民には、
う⚫︎こ味のカレーか、カレー味のう⚫︎こかの
究極の二者選択を迫られる日々が続きそうです。
はあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜
コメント

言霊〜コトダマ〜

2017-09-21 01:13:20 | 雑感
サザンのヒット曲に
愛の言霊、というのがあったけれど。


日本には、古来、「言霊〜コトダマ〜」という思想、というか、
宗教、というか、
一種の哲学があって。

それは、言葉に宿ると信じられていた、霊的な力のことでね。
言魂、とも書く。


言葉にはそれ自体魂が宿り、良い言葉を発すると良いことが起こり、
不吉な言葉を発すると良くないことが起こると信じられていました。

さらに、
自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、
それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされるという信仰もあってね。
例えば、「古事記」の中にこんなお話がある。

『伊吹山に登ったとき、大猪に出会った倭建命(やまとたけるのみこと)は、
「これは(ただの)神の使いだから帰りに退治しよう!」と言挙げしました。
大猪は、実は神の化身であり、
この言葉は命(みこと)の慢心によるものであったため、
命(みこと)は神のたたりにあって病にかかり、
これがもとで亡くなってしまいました………』

言霊の思想は、単に万物に神様が宿るという考えを超えて、
心の存り様をも示すものであったようです。


ふりかえって、
この頃、偉い人たちの話す言葉は、
ひたすら、
声高に相手をののしり、恫喝し、
あるいは
平気で嘘をつき、騙し、あざむき、
憎しみと軽蔑に満ち満ちていて、
とうてい良い魂を宿しているものとはおもえません。

汚い言葉は、まだ心の中にとどまる内はおとなしく足元に丸くなっているだけですが、
いったん口に出して空気を震わせてしまうと、
それ自体が争いを呼び起こし、
次々と人々のうちの禍々しいものを呼び覚まし、
思いもしなかった状況をひきおこしかねません。
ヘイトスピーチは、向けられた相手を傷つけるだけではなく、
その言葉を発した自分自身の心身をも引き裂くのです。


コトダマとは、
言葉という、
人が人であること根元、
人と人を繋ぐ根本に対する、怖れとつつしみ。
この、日本古来の心のありかたが、
今、必要とされているように思えて、仕方ありません……
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