気まぐれ徒然かすみ草Ⅱ

近藤かすみの短歌ブログ
遅れてきた私
留守電に聞きなれぬ声ご予約の「大人の友情」取りおいてます

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歌集 ペルセフォネの帰還 水原茜 つづき

2010-07-21 20:10:20 | 日記
真実をはつか避けゐる気のすれば坂をゆくバスふいにかたむく

首都の夢みたかもしれぬ中之島水たうたうと獅子(ライオン)の橋

花屋には旅人の木が売られゐて冷たき手触りひと日のこれり

迷走ののちの春なりペルセフォネの帰還をまねてみどりをまかむ

ときにふかく思惟の貌する三歳とならびて春のクレーンをみる

あふぎみるものに焦がれて雨の日を八百年の楠に逢ひにゆく

眼も口も埴輪となれば菜の花のやうにはかなく笑へるひと日

草もみぢが冬の陽にもゆ散歩道ささやかなことにひとは救はる

とほくちひさくなりゆく母か木枯らしの吹く日に携帯の契約をとく

渡りきるまでのはなやぎ戯れて合流地点の飛び石わたる

(水原茜 ペルセフォネの帰還) 

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二首目は、大阪中之島の難波橋のこと。水の都大阪にふさわしい歌だ。
四首目。あとがきによると、ギリシャ神話から題材を取った歌で、集題となった。
「ハデスにより冥界に攫われていたペルセフォネの帰還は、母デメテルに女神の役割を想い出させ、大地には再び春が訪れる」とある。作者の親子関係にも何か変化があったのだろうか。
八首目。こんな何気ない歌に私はこころを惹かれた。
十首目。これは出町柳の風景だろう。わたしもほぼ毎日、この川の合流地点の様子を見ている。家族で列になって渡った日もあった。あの華やぎがいまは懐かしい。
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歌集 ペルセフォネの帰還 水原茜

2010-07-21 00:42:52 | 日記
左右対称(シンメトリー) 秒針ほどに狂はせてひなぎくの赤ひなぎくの白

アッシジにフランチェスコの鐘鳴ればつづきのやうなるあの世とこの世

水の入る地下牢ふかくつながれて気の狂るまでの石の冷たさ

褐色のむぎの穂波をあやしつつ風はかへりぬ淡海のうみに

稚児車(ちんぐるま)の綿毛もかれて高原は雪ふるまへの充足に入る

たうとつな和解のやうに秋がきて精霊蝗虫みうしなひたり

病むことのない魚たちが液晶の画面におよぐ病院空間

子のこころ見うしなひし日の痛恨がフードコートの卓上にある

渡来人の古墳ちひさくこんもりと笑ふがごとく雨に坐れり

あやまたず子と離りゆく鳥獣 子のゆきしことひとには告げず

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水原茜さんの第一歌集『ペルセフォネの帰還』を読む。
奥付を見ると京都にお住まいだが、関西歌会などでお会いしたことはない。人と交わることがお好きでない方かもしれない。
歌集には、イタリアの旅行詠、家族の歌、ギリシャ神話から題材を取ったものなどが見られる。
八首目、十首目のような家族詠に惹かれるものがあった。おそらく思春期から成人する前後の時期なのだろう。子どものことは、いくつになっても悩ましい。年齢が高くなるにつれて、親の手は届かなくなる。子どもには子どもの選んだ道があり、それを覚悟して歩むのを見守るしかなくなっていく。十首目の下句「子のゆきしことひとには告げず」がいまの私には深く滲みるように感じられた。
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今日の朝日歌壇

2010-07-19 18:45:45 | 日記
米寿なる母は転寝するときもハエタタキ持ち時時叩く
(山梨県 笠井一郎)

大病を二つ乗り越え老い母は流行りの服で温泉にゆく
(横浜市 滝妙子)

罪と罰カラ兄さかなに長電話わが母いまだ青春の中
(日野市 泉祐記子)

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一首目。働き者のお母さまの様子がハエタタキの具体で鮮明になった。
二首目。一首のなかにお母さまの人生の紆余曲折が濃縮されて上手く嵌まっている。
三首目。こちらは、文学好きのインテリのお母さま。カラ兄という乱暴な省略語もおもしろい。

それにしても、新聞歌壇の歌は、ある意味「別物」だと感じる。
結社の歌会、超結社の歌会に出る歌に、この種の歌を見ることは少ない気がする。ステージが違うのだろうか。ますますわからなくなる。
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短歌人7月号 同人のうた その4

2010-07-17 00:20:41 | 日記
足洗えばわずかに白き部分ある俺の貧しき土不踏にも
(八木博信)

けまん草をゆすりて風の通りゆくもうこの辺で切りたき電話
(藤澤正子)

万華鏡まわせばかしゃり絵が変る廻せば変る人生なきや
(野地千鶴)

効率性えらばずどんな所へも余生といふは列車にて行く
(三井ゆき)

庭に咲くフランネル草三四本剪(き)りてもちゆく誕生日の母に
(小池光)

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一首目。八木博信さんは密かに敬愛している歌人。毒のある歌に魅力がある。「俺の貧しき」という表現に彼らしさが出ている。
二首目。上句と下句は、そんなに関係はない。下句、だれもが経験のあることだ。
三首目。この歌から連想したのが、斎藤史の「おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は」。だれもが、こういう気持ちを持つだろうし、共感できる。
四首目。そうか、列車というのはゆったりしていて、余生にふさわしいのかと納得させられた。
五首目。小池さんの今月の一連は、九十九歳のお誕生日を迎えられたお母さまを見舞ったときの歌。どれもしんみりと身に滲みる。フランネル草には赤が多いらしいが、やはりこの歌には白のフランネル草が似合う。
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短歌人7月号 同人のうた その3

2010-07-15 01:18:56 | 日記
二人してエリカの花を見に行けり黄金週間それのみに過ぐ
(西勝洋一)

疑われるおぼえあらぬにまたしても万札もどすこの券売機
(吉岡生夫)

パソコンもケイタイなども持たざれど心に愛する人一人あり
(篠原和子)

セーターの一瞬の闇くぐりぬけ春の雲うく空窓にあり
(宮崎郁子)

湖の水面に揺るる二羽の鴨こくんと頷き共に潜りぬ
(岡崎宏子)

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短歌人七月号同人1欄より。

一首目。この単純さよし。まことに羨ましい。
二首目。たしかにこういうことはよくある。吉岡さんは本当に善良を絵に描いたような人。機械が悪いに決まっている。
三首目。なんと幸せな人生。こう生きたいものだ。
四首目。上句、セーターの一瞬の闇がいい。春の雲のようにやわらかいのだろう。
五首目。岡崎さんは琵琶湖近くのマンションに引っ越しをされた。二羽の鴨の心が通じているように感じる。
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