marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(157回目)とにかく神様と永遠に生きたい

2016-10-24 22:43:04 | 日記
◆世界のベストセラー聖書を読む◆ 
ずっと書いてきて、やっぱどんどん難しいことを書いていってしまうではないかと憂慮し初心に戻ろうと思うのだ。僕の心から願っていることは、偉そうにというか、誰でもが とにかくずっと天地創造の(パラダイスにおられる)神様と永遠に生きたいなと思っていることなんだな。そんだけ~なのだ。
イエスという方がそう述べているからなんだ。私を信じなさいと言ったからなのだな。んで、だれもが自分には天国に入ることは、わからんというか、そもそもそれがどういうところかしっかり分からんのでモヤットして人生を送っていることなんだな。それなら、まだしも人生悩んだりするからな、とくに若者よ人生に悲観するな(もし、あなたがそうならばであるけど)、絶対に死んだりするなよ(もし、あなたがそうならばであるけれど)。とにかくイエスという人に早く会え!! それにしても、ストレートにいかない、いろいろしがらみの考えがいろいろ沸いてくるでしょう。それなのだな、実は神様が一番はじめに私のほかに神があってはならない、偶像を作ってはいけないよという戒めは、すべてのしがらみからの脱出だ、最後は古い自分からもね・・・。ずっと、ヨハネ伝を読んできた。今までの回を読んでちょうだいね。
◆イエスに会うとね、人が生きるのに永遠に続き流れている普遍的な音楽でいうと低音がずーと響いて流れているいうような考えがあって永遠の住まいにというか世界というか、その方向に向かう流れがあって・・・そういうどっしりした自分の中の流動的な何かに載るというイメージなのね。むろん、会話がないといけないけれど、それはイエスご自身となのか、聖書からの声なのか、あるいはいろいろ関連の諸々の書物であるのかいろいろだけれども、いつもとにかく私につながっていなさいと彼(イエス)は言っているからね。そこで、僕はイメージとしてこんなこと考えた。
◇僕らは、大きくとも小さくともとにかく氷山だ。それは沖に流されていく。流されるのは人生という大海だ。きれいな海原だけではなく、いろいろゴミも流れてくることも、泥水になることも、陽に照らされ、暴風雨にもさらされ、けれどその固まりの重心は小さくなっても変わらない。そして最後はすべてなくなる(死を迎える)。けれどその重心は地上における魂の重心でもあったから、信じていた天の世界に昇って帰って行くというイメージなのだ。そして、僕個人は、真の僕自身になって、すべてのしがらみを脱ぎ捨てて天のパラダイスに永遠に生きていくというイメージなのだ。それにしても、事実きょう、今生きている僕は偉く疲れてしんどい、頭もそんなに冴えていない。なんだこのていたらくな肉体は!と考える。最後に自分自身から脱出する(死ぬ時)としてもだ・・・。そこでだ、都合のいいようにというか、イエスが僕の不完全のために十字架にかかられたということなのだ、信ずることなのだと。それがパスポートなのね、天国に入るための。それが新しい約束、契約だから新約(聖書)なのだ。
◆ところで、その道の方のお話聞いていくとね、自分をゆだねなさいとか、空っぽにしなさいとかのメッセージに出会うことがあるでしょう! いつも思うけど、これ危ないと思うのね。そのあとの基点がしっかり話されず、きちんと了解され意識(つまりこれが 自分の言葉で読む)ということなのだが僕が言うのは。自分の言葉で読む これ、結構むずかしいと思うのね。氷山が溶けたら重心までどこか消滅するというのではね・・・。イエスに会うことは、真のPUREなしっかりした自分に出会うようにしてくださることなのよ。本当に! 自分のアイデンテティーがしっかりすることなのです。すっきりすることなのだ。だから、イエスは、「自分の足で立ちなさい」と言われる訳なのだ。イエスは問う「治りたいのか」と。僕らは「見たら分かるじゃないか」と居直っているのではないのかしら。その辺のメンタルな自問も緻密にイエスの声として、ささやかな声を聴いてみることが必要と思われれるのね。・・・

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