marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

「死者の告白」:世界のベストセラーを読む(939回)クリスマスは何故おめでたいのか

2021-12-22 08:00:00 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教

▶「死者の告白」(奥野修司 著:講談社)霊の存在を行け止める・・・この地上で起こっていること、霊は人に出入り憑依していると。多くの霊が憑依して本人が知らない方言まで話すことは、事実としてしか思われない。事故でなくなった男子高校生、残された妻を心配する津波の高齢犠牲者。ついた霊が住職の読経で「光」の方へ向かうとその女性は我に返ったという。。。墓場に繋がれ自分を傷つけていた狂人から悪霊を取り除き、我に返らせる(ルカ8:26~)、その他、悪霊を取り除き多くの病人を直し正常に戻すイエスの業。病気ばかりではない、今朝のニュース。悪霊に憑依されたとしか思われない、放火殺人が又、起こったばかりである。そして、公演中の神田沙也加さんの自死。若い命が何故。▶今年のクリスマス礼拝は12月19日、各教会でクリスマスの礼拝が行われた。司会担当。イブは12月24日夜・・・。クリスマスは、25日とされているのでその日に行うところがあるかもしれないが、聖日を起点にしているのでそれに近いその前の日曜にクリスマスの礼拝が教会で行われる。カトリックは、日常の朝早くはもちろん夜も通しで礼拝を持つところもある。▶何故、クリスマスはおめでたいのか? どんな宗教の人でも、心に灯がほんわかと起こる暖かな思い、これは事実であろうと思う。僕らの生きている意味などを考え始めた暗いかっこ悪い青春時代に、此の世のことなどさっぱり分からず、何故にこんな受験勉強に喜びをもちろんのこと見出せるなんてことは全くなく、不遜にも人生の意味とやらを考え真っ暗な思い、これが又、日本海側のどんよりした冬空にシベリアからの電線をビュービューと鳴らす音に全くの打ちのめされた気分を助長させるのであったが、ラジオから流れるクリスマスの讃美歌「神の子は今宵しも」が流れて聞き入った時の思いは忘れられない。▶キリストの誕生は、聞くことの初めはある媒体からであろうと、誰かれから言われたものではなく最終、自分のことばで受け止め会話することである。なぜなら、死亡率100%は確実に自分でもあるのだから、人生をとおして次の世界に行くまで自分から逃れることはできないのであるから。歴史は長く、多くの哲学も産み、世界を動かしてきた今も生きているという彼、否、天地創造の神、人をも創造されし彼の父の派遣者は、この世界に実に多く今も存在するのである。▶イスラエルの教師、ニコデモに言われた「この地上で起こっていることが分からないのか、地上のことが分からなければ天上のことも分からないだろう」とお叱りを受けた、その地上で起こっていることは、日々、我々の普段の生活の中で実際起こっていることなのである。▶あなたは、このことを信ずるか。我(イエス)を誰と思うか・・・・