NHK教育TVで「日めくり万葉集」第2弾が始まりました。
平日の午前中ということで 勤めの方は 見る機会に恵まれません。
また 見落とされた方も 居られるやも知れません。
そこで ここで取り上げて 訳し・「みじかものがたり」を 掲載したく思います。
ご覧下さい。
【六月二十四日】放映分
★我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを
《愛らしに 時節外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
―大伴家持―(巻八・一六二七)
【万葉歌みじかものがたり】《かくぞ黄変てる》
何につけても 思われるのは大嬢がこと
天候不順がもたらす 花時期のずれ
これすら こころ通わせの手立てとなる
我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを
《愛らしに 時節外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
―大伴家持―(巻八・一六二七)
我がやどの 萩の下葉は 秋風も いまだ吹かねば かくぞ黄変てる
《庭の萩 まだ秋風も 吹かんのに 下の葉ほれ見 紅こなっとるで》
―大伴家持―(巻八・一六二八)
こころ落ち着いた 妻問い
歌の遣り取り
情が 濃くなるにつれ
新たな 憂悶が 頭もたげる
(世の習いとは云え いつまでの妻問い
共住まいの 訪れが待ち遠しい)
ねもころに 物を思へば 言はむ術 為む術も無し
《しみじみと 恋し思たら 言い様ない 晴らす方法も 見当たらん》
妹と我れと 手携はりて 朝には 庭に出で立ち 夕には 床うち掃ひ 白栲の 袖さし交へて さ寝し夜や 常にありける
《手ぇを繋いで お前わし 朝が来たなら 庭に出て 夕暮れなると 床延べて 互いに袖を 交わし合い 一緒寝た夜 一寸だけ》
あしひきの 山鳥こそば 峯向ひに 妻問すといへ 現世の 人にある我れや 何すとか 一日一夜も 離り居て 嘆き恋ふらむ ここ思へば 胸こそ痛き
《山棲む鳥は 連れ逢うに 峰越すだけで 良えのんに この世生まれた このわしは なんで毎日 毎晩も 離れ暮らして 嘆くんか それを思たら 胸痛い》
そこ故に 心和ぐやと 高円の 山にも野にも うち行きて 遊びあるけど 花のみし にほひてあれば 見るごとに まして偲はゆ いかにして 忘れむものぞ 恋といふものを
《仕様無いよって 慰みに 高円山の 山や野に 出かけて行って 遊んだら 花が綺麗に 咲いてたが それ見る度に 益々に お前のことが 偲ばれる どしたら良んや 忘れんの 思う様ならん 恋云んは》
―大伴家持―(巻八・一六二九)
高円の 野辺の容花 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
《高円の 昼顔見たら お前顔 ちらつき浮かび 忘られんのや》
―大伴家持―(巻八・一六三〇)
家持の憂悶
やがてに 解かれる日が 近づき 現実のものとなる
――――――――――――――――――――
【新しい試みです】
「歌心関西訳」の作成過程をご覧ください。
これなら あなたも 訳せますよ。
<訳してみよう万葉集>へ
【万葉歌みじか物語】はこちら
<万葉歌みじかものがたり>へ
■リンク先
平日の午前中ということで 勤めの方は 見る機会に恵まれません。
また 見落とされた方も 居られるやも知れません。
そこで ここで取り上げて 訳し・「みじかものがたり」を 掲載したく思います。
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【六月二十四日】放映分
★我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを
《愛らしに 時節外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
―大伴家持―(巻八・一六二七)
【万葉歌みじかものがたり】《かくぞ黄変てる》
何につけても 思われるのは大嬢がこと
天候不順がもたらす 花時期のずれ
これすら こころ通わせの手立てとなる
我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを
《愛らしに 時節外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
―大伴家持―(巻八・一六二七)
我がやどの 萩の下葉は 秋風も いまだ吹かねば かくぞ黄変てる
《庭の萩 まだ秋風も 吹かんのに 下の葉ほれ見 紅こなっとるで》
―大伴家持―(巻八・一六二八)
こころ落ち着いた 妻問い
歌の遣り取り
情が 濃くなるにつれ
新たな 憂悶が 頭もたげる
(世の習いとは云え いつまでの妻問い
共住まいの 訪れが待ち遠しい)
ねもころに 物を思へば 言はむ術 為む術も無し
《しみじみと 恋し思たら 言い様ない 晴らす方法も 見当たらん》
妹と我れと 手携はりて 朝には 庭に出で立ち 夕には 床うち掃ひ 白栲の 袖さし交へて さ寝し夜や 常にありける
《手ぇを繋いで お前わし 朝が来たなら 庭に出て 夕暮れなると 床延べて 互いに袖を 交わし合い 一緒寝た夜 一寸だけ》
あしひきの 山鳥こそば 峯向ひに 妻問すといへ 現世の 人にある我れや 何すとか 一日一夜も 離り居て 嘆き恋ふらむ ここ思へば 胸こそ痛き
《山棲む鳥は 連れ逢うに 峰越すだけで 良えのんに この世生まれた このわしは なんで毎日 毎晩も 離れ暮らして 嘆くんか それを思たら 胸痛い》
そこ故に 心和ぐやと 高円の 山にも野にも うち行きて 遊びあるけど 花のみし にほひてあれば 見るごとに まして偲はゆ いかにして 忘れむものぞ 恋といふものを
《仕様無いよって 慰みに 高円山の 山や野に 出かけて行って 遊んだら 花が綺麗に 咲いてたが それ見る度に 益々に お前のことが 偲ばれる どしたら良んや 忘れんの 思う様ならん 恋云んは》
―大伴家持―(巻八・一六二九)
高円の 野辺の容花 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
《高円の 昼顔見たら お前顔 ちらつき浮かび 忘られんのや》
―大伴家持―(巻八・一六三〇)
家持の憂悶
やがてに 解かれる日が 近づき 現実のものとなる
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