犬養万葉今昔―犬養孝先生著「万葉の旅」を訪ねて

犬養孝先生名著「万葉の旅」記載の万葉故地309箇所を訪ね、先生が撮られれたのと同じ場所に立った写真撮影を目指す紀行。

■日めくり万葉集Vol・2(065)我がやどの

2011年11月19日 | 日めくり万葉集
NHK教育TVで「日めくり万葉集」第2弾が始まりました。
平日の午前中ということで 勤めの方は 見る機会に恵まれません。
また 見落とされた方も 居られるやも知れません。
そこで ここで取り上げて 訳し・「みじかものがたり」を 掲載したく思います。
ご覧下さい。

【六月二十四日】放映分

我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹がまひを

あいらしに 時節じせつ外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻八・一六二七)



【万葉歌みじかものがたり】《かくぞ黄変もみてる》

何につけても 思われるのは大嬢おおいらつめがこと
天候 不順がもたらす 花時期のずれ
これ すら こころ通わせの手立てとなる

我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹がまひを
あいらしに 時節じせつ外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻八・一六二七)
我がやどの 萩の下葉したばは 秋風も いまだ吹かねば かくぞ黄変もみてる
《庭の萩 まだ秋風も 吹かんのに 下の葉ほれ見 こなっとるで》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻八・一六二八)

こころ 落ち着いた 妻問い
歌のり取り
じょうが 濃くなるにつれ
新たな 憂悶ゆうもんが 頭もたげる
(世の習いとはえ いつまでの妻問い 
 ともまいの おとずれが待ち遠しい)

ねもころに 物を思へば 言はむすべ すべも無し 
《しみじみと 恋しおもたら 言いない 晴らす方法ほうほも 見当たらん》
妹とれと 手たづさはりて あしたには 庭にで立ち ゆふへには とこうちはらひ 白栲しろたへの 袖さしへて さし夜や 常にありける  
《手ぇをつないで お前わし 朝が来たなら 庭に出て 夕暮れなると 床べて 互いに袖を わし合い 一緒寝たよる 一寸ちょっとだけ》
あしひきの 山鳥こそば むかひに 妻問つまどひすといへ 現世うつせみの 人にある我れや 何すとか 一日ひとひ一夜ひとよも さかり居て 嘆き恋ふらむ ここへば 胸こそ痛き 
《山む鳥は 連れうに 峰越すだけで えのんに この世生まれた このわしは なんで毎日 毎晩も 離れ暮らして 嘆くんか それを思たら 胸痛い》 
そこゆゑに 心ぐやと 高円たかまとの 山にも野にも うち行きて 遊びあるけど 花のみし にほひてあれば 見るごとに ましてしのはゆ いかにして 忘れむものぞ 恋といふものを
仕様しょう無いよって なぐさみに 高円山の 山や野に 出かけて行って 遊んだら 花が綺麗きれえに 咲いてたが それ見るたんびに 益々ますますに お前のことが 偲ばれる どしたらんや 忘れんの 思うならん 恋んは》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻八・一六二九)
高円たかまとの 野辺のへ容花かほばな 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
《高円の 昼顔ひるがお見たら お前顔 ちらつき浮かび 忘られんのや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻八・一六三〇)

家持の憂悶ゆうもん
やがてに かれる日が 近づき 現実のものとなる


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