万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

蛍袋(ほたるぶくろ)

2012年06月03日 | Weblog



白い蛍袋の花が旺盛に咲いています。
                赤い花はいつの間にか影がなくなっています。


 昨日6/2は終日時間に追われる一日でした。心中涙で曇る一日でもありました。

 宗方のT.Oさんが5/31に行年65才で逝去になられその葬儀にお参りいたしました。1年半ばかり前に悪性腫瘍が発見されて以来、ご家族が献身介護に努められました。殊にご長男のSさんは勤務している製薬会社から医学博士の学位を取得せよとの指令で大学の医学部博士課程に在籍して研究中のことでしたが、敢然としてお父さんの看護をするために会社に退職届けを出して帰郷されたのです。郷里で看護に努められながら博士論文の製作をも励まれ今春大学へ提出されたのです。その論文は審査の上、見事、学位が授与されたのでした。重患のお父さんの喜びは如何ばかりであったでしょうか。T.Oさんは息子Sさんの学位記の額を自らの手で仏間のお仏壇の真向かいの鴨居に掛けられたのです。恐らくは当家のご先祖にお知らせしようとの思いだったのでしょう。
 去る5/11に寺の本堂でT.Oさんのご親戚のご法事がありました。Tさんは軽自動車を運転してお参りに来られました。
「如何ですか?」とお声をかけると「ご院家さん、しんどいです、抗がん剤で歯が抜けてしまいました」と、しかしそのお顔はいつもと変わらない笑みのこぼれる表情でした。
 Tさんは大変親孝行な方でした。Tさんの二人のご子息もまた、親孝行なご兄弟であられます。

 午前中にTさんの葬儀をご自宅で執行し、午後からは波方常念寺前坊守様の門信徒葬に出勤すべく「しまなみ海道」を渡りました。

常念寺前坊守様はご夫君の前住職様が早世されその時には現住職様がまだ少年時代であられたかと思います。寺の運営と教化を一身に受けられて励まれ寺を守られた方でした。今朝の葬儀のTさんと同じようなご病気でした。お二人とも私より少し若い世代だけに深い重さを感じずにはあれません。
 ご住職様の最後のご挨拶はしみじみと法味溢れるものでした。前坊守様は「倶会一処」(くえいっしょ)のお言葉を殊に有難く味わっておられたと触れておられました。

 随分早い時期から拙寺のブログ「大三島のつれづれ」を見ていますと、お聞きしたことがあります。忘れ得ない思い出となりました。


           芬陀利華 (ふんだりけ)     川上清吉作詞 山田耕筰作曲

      1、よしあしの 間(はざま)をまよい
        より処(ど)なき 凡夫(ただびと)すらや
        みほとけの 誓いをきけば

      2、おおいなる みむねをうけて
        現世(うつしよ)の にごりえに咲く
        かぐわしき 芬陀利華(しらはちす)かも

      3、世のひとの うちにすぐれて
        上もなき 人とたたえん
        みほとけの かくそは告(の)れ

                原文は親鸞聖人の「正信偈」のご文
                   一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願
                   仏言広大勝解者 是人名芬陀利華
コメント
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