咲いた万歩

さいたま市在住。 デジカメ片手に、四季折々の花木草を眺めつつ、 万歩ウォーキングで健康な日々。

スーパーアリーナから北袋町を歩く

2018年06月11日 | 日記
6月7日のブログは国道17号赤山通り信号交差点からさいたまスーパーアリーナの北(赤矢印)まで歩いて終った。本日のブログはその日の続きを綴ります。

東に進むと右に曲がる。
階段のスペースを通過して振り返る
南に向いて左(東)を見る。

さいたま新都心駅方面に向かい、階段下りる
JR線路敷きを見る。
下り階段を進んで振り返る。高所作業風景
最後急階段を下りる。

階段下の三差路信号交差点を直進する。

右に振っ上を見る。右を見る。振り返る
南に進み、歩行者デッキの階段を上がりながら北を見る
東を見る。西向きでデッキに上がって半回転する。
さいたま新都心駅改札前コンコース西から東へ通過する。

東口に出て、階段下りながら振り返る

旧中山道を与野駅方面に向かい、信号交差点直進して左を見る
新築中のビルを見る。2017年9月のストリートビューを見ると2階建て家屋があった。
今年2月9日新都心駅ホームから解体作業を見た。
5月21日にはこのようになっていた。
振り返る。


旧中山道を南へ向かい、信号交差点直進して造幣さいたま博物館の看板を見る。東を見る。振り返る
旧中山道にもどって与野駅方面に進み、事業計画のお知らせ標識を見る
株式会社しまむら新本社建築工事用地を見る
振り返る

ケヤキ並木を進むと、アジサイが咲いている。
後方に埼玉県立小児医療センターの一部が見える。
浦和方面を見て振り返る
ここ左を見る。左後方を見る

右前方にはラフレさいたまが見える

三差路を直進して左を見る。振り返る
左手の看板を見る
奥に見える建設工事をアップする。

事業計画のお知らせ標識を見る
地上15階の共同住宅用地を見る
南に進み、マンション建設予定地の看板を見る。

6月5日読売新聞埼玉版の関連記事によれば、県内最大級の分譲マンションが計画されている。
SHINTO CITY広告の現地周辺街区イラスト
三差路信号交差点で左を見る
面取りされた角からマンション建設予定地を見る。
信号交差点を直進して振り返る。2013年4月の写真
旧中山道を横断して振り返る。

2012年8月2011年11月そして2011年3月の写真。
さいたまスーパーアリーナの北(赤矢印)からこのように歩いてきた。
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2 コメント

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三菱マテリアル研究所さんの旧建物。 (みやのこ)
2018-06-13 07:14:45
おはようございます。
私がはじめて国電(当時)与野駅まで自転車で遠征したころ、参道と中山道の分岐点を過ぎ、
カタクラパークさん(現在の大宮ほこすぎ橋のある地点)と、東芝サービスセンターさん(いまの東横インさん)から大原の陸橋(新都心大橋)に至るまで、並木道が印象的でしたけど、小口油脂(マルキュー)さんや、三菱金属(三菱マテリアル)さんなど、いまだに私は覚えていて、三菱金属さんの古めかしい研究所の建物(1939年竣工)は、武州・大宮の南端にあったランドマーク的な建物だったのを、未だに忘れられないです。

今でも帝都・東京の日比谷公園北から、警視庁本庁舎へ向かう途中にある法曹会館ビル(1936年竣工、三菱銀行本店さんなど三菱系の建物を設計した藤村朗翁が、設計を担当)さんや、もと三菱商事ビル(1938年竣工、いまの丸の内2丁目ビル(もと三菱重工本社ビル)の北側部分にあった)さんと同じスタイルだったので、共通したスタイルが印象的でした。

それ故に、再開発のため解体・撤去工事中の姿を見たさい、武州・大宮のランドマーク的な建物だったのが消えてしまうのに対し、ひじょうにショックだったのを今でも記憶に残ってます。

以上をもちまして、失礼します。
三菱マテリアル跡地 (咲いた万歩)
2018-06-13 15:56:35
こんにちは。
風格のあった三菱マテリアルさんの建物が解体され、跡地の工事が数年間続いておりましたが、最近の変貌ぶりを見て、万年塀で囲まれていた会社敷地はこんなにも広かったのかと感慨にふけっている今日この頃です。

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