まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

厳寒の日に

2020-02-02 09:00:39 | くらし

今日は母の命日、2014年平成26年2月2日に亡くなった。
97歳、6日後に98歳の誕生日を迎える時だった。

90歳の12月3日、それはそれは寒い早朝、廊下で倒れ、
それ以来7年間意識なく寝たきりで施設でお世話になった。脳出血。

5年間は毎日母に会いに施設に行った。時には父が行ったこともある。
寝たきりでも「母さん」と声をかけると、パチッと目を開ける。
パチッと目を開けたままじっと顔を見る。目で追いかけるときもある。
手を握ればぐっと力強く握り返す。
強いときは健康なとき、弱いときはどこか具合が悪いとき。バロメーターだった。
父が亡くなって横浜の自宅に帰ってからは、一月に1週間だけ佐渡に帰り会いに行った。
それが2年間。
母は7年間をそんな状態で過ごした。

2014年1月、最後の入院。
この入院では医師は退院の見込みを言わなかった。
母は目を開けることも少なくなり、手もかろうじて握り返すだけになった。
そして2月1日、母は「今夜あちらに逝きます」と全身で伝えた。以心伝心。
「母さん分かった。今晩泊まるから安心して」
と私は病院から宿泊セットを借りて母のベッドの横で一緒に寝た。
本当にこの時の体験は不思議で、その時の感情は今も鮮明に覚えている。
2日になって、いよいよかなというとき夫にも来てもらい二人で見送った。
3時29分かと記憶している。
厳寒の日に倒れ厳寒の日に逝ってしまった。

母にとっては意に沿わない薄情な娘だったと思うが、これで勘弁してもらっている。
母がよく言ってたこと。
「75まではまだよかった、80まではまだよかった、85まではまだよかった。
85過ぎたらもう思うようにならん」

今年は7回忌になる。早いものだ。

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2 コメント

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同じ日だったのね。 (koro)
2020-02-02 14:56:56
父が逝った日は今日のように暖かく晴れた、冬とは思えないような日だった。
いつもは、毎週来なくていいと言う母が、今日は早めに来てくれと言った。
気分転換にと部屋、布団、パジャマを変え、「疲れた?少し寝たら?」、「おう!」目を閉じ添い寝をしていた私もあれ!と気づかないくらい静かに逝った。
母には前の晩、明日庭に菊を植えろと言ったそうな。
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なんとなく (mannmo)
2020-02-04 07:17:18
そうだったの。
そばにいるものにはなんとなく伝わってくるものがあるのね。
良き最後でした。
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