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SOK 「なんだ。泣いてるやつばっかじゃん」

2018-08-03 21:47:06 | 日記
6-3 南としみ 
「なんだ。泣いてるやつばっかじゃん」




公園にたどり着いたとき、あの子がいたの。
としみちゃんは何してるの?って聞かれたから、二人で並んでベンチに腰掛けて、その日に撮った風景の写真をカメラごと渡して見せてあげたわ。


あの子・・・普段はあんなに騒いで うるさいのに、そのときばかりは、どういうわけか静かにカメラを受け取ってね。
なんにも言わずに、画面に表示されてる写真を一枚一枚じっくり送っていって。。

急に震え出したと思ったら、泣き出しちゃったの。
しかも子どもみたいに声出して。
あの子・・・すごく変な子だから、感じるんでしょうね。
写真を見ただけで。
私が何を考えて その写真を撮ってたか。

それ見てたら、私もつられて泣いちゃった。






ありがたかったな。。。

もし あの場でね。「死ぬなんて間違ってる」とか「つらかった気持ちはわかるけど」なんて言われてたら、即 心を閉ざしていたかもしれないの。
嘘をつくことにあまりに慣れていたから「急に何言ってるの?勘違いしないで」って笑ってごまかして、
一人になってから〝やるべきこと〟を実行にうつしていたかもしれない。
でも、誰にも私の気持ちなんて 分かるはずがないもの。分かったつもりにも なってほしくない。


だけど、あの子はね。
ただ、一緒に泣いてくれたんだ。







しばらく2人でひたすら泣いて。
頭痛くなるまで泣いて。


そしたら、なんか・・・疲れてきちゃったの。
泣くのって、結構 体力使うんだよね。




どちらからともなく、「なんか、疲れたね」って。
このまま寝ちゃったら気持ちいいかもね
そうだね
とか、どうでもいい話して。。


何もないのよ?
何もかもなくなってしまったことは変わりない。
彼を失って何もなくなったけど、でも私は生きてるなって。
こうして写真も撮れるし、それを誰かに見せることもできるし。
運良く気持ちが共鳴する人が現れたら、一緒に泣くこともできる。
少なくとも、それだけは分かった。


そのとき、ひなから着信があったの。
「クリスマスイヴだっていうのに、揺勢のやつ、何時に帰るか連絡すらよこさない。今日もきっと帰ってこないつもりなんだ」
って電話の向こうで泣きそうな声だったの。
なんだ。泣いてるやつばっかじゃん。




そしたら、なんだか おかしくなって。ちょっと笑っちゃった。
シャンパン買って、駆けつけてやることにしたんだ。

「その子も泣いてるの?」って聞かれたから、
「泣いてるけど、ひなは ちゃんと自分で美味しいもの作って、食べて、自分で元気になれる子だよ」
って教えてあげた。
あの子 美味しいものが好きだから、ソッコーでひなのところへ行くために消えちゃった。
「私も後で向かうから」って言い終わる前に。






・・・そっか。じゃあ、この中で一番最初にあの子に出会ってるのは私なんだね。
・・・いつだろう?出会ったの。
あれ・・・?
そうだな。一番古い記憶だと・・・小学校の高学年くらいかしら?
ちょうど、うたげさんちの梢ちゃんと同じくらいだね。


うちの母と私の間ではね、すっと私書箱のことを「サンタさん」て呼んでたの。
毎年クリスマスに取りに行くと、お菓子の詰め合わせが入ってて。
ときどき、洋服が入ってるときもあった。
その服っていうのも、フリフリのレースが付いてる〝ザ・女の子〟っていう感じの服でね。
どう考えても私には似合わないから、着ることはなかったな。
かといって捨てるのも もったいないから、どんどんタンスの肥やしになってった。


毎年クリスマスが近づくと、欲しいものをサンタさん用の手紙に書いて、枕元に置いて寝てた。
でも、よそのうちの子は欲しいって言ったものを確実にもらってるのに、
うちは何をお願いしても、毎年必ずお菓子でしょ。
成長していくにつれて、なんでだろ?って疑問を抱くようになった。

5年生のクリスマスだったかな。
母に「サンタさんのところへ行きましょう」って言われて、
そのときは、どうしても行きたくなかったから「お腹が痛いから行かない」って嘘ついたの。
もう理解してたんだ。行ったところで結局、私の欲しいものを聞き入れてくれる人なんていないって。
布団にずっとくるまってたけど、眠たくはなくて、母が出かけて帰って来るまで目を開けてた。


母がお菓子を持って帰って来たら「そんなもの食べたくない」って言ってやろうと思ってた。
それまでまともに母に逆らったことなんてなくて。その場面を想像しただけで どんどん心拍数が上がってきて。


しばらくしたら、私のいる部屋に近づいてくる足音がしたから、いよいよその時がきたって思ったの。
そしたらね、「それ食べていい?」って知らない女の子の声が聞こえてきて。
てっきり母の足音だと思ってたのに、女の子?
もう訳がわからなくてさ。
布団をめくったら、幻聴じゃなくて本当に女の子が立ってたの。
部屋の隅にあった小さいクリスマスツリーの傍らにはカモちゃんがいて、丸い飾りを弄んで遊んでた。
しかも、どういうわけだかお菓子がすでに枕元に置いてあった。
「それ、食べていい?」
って もう一回聞かれたから、「私は食べないから全部あげる」って返事したのね。
「やったー!」
って言ったかと思ったら、あの子が すごい勢いでお菓子の袋開けて、あっという間に平らげちゃった。
一人で全部よ!?
お菓子っていっても詰め合わせだから、普通は一気に食べられる量ではないんだけどね。

そこから毎年クリスマスになると現れて、私の代わりにお菓子食べてくれるようになった。
いつの間にか、クリスマスに限らず現れるようになってった。



あの子が現れるタイミングは、たいてい 何かを食べようとするとき。
仕事でクライアントからボロッカスに叱られた時とか、あの人に会えるはずだったのに約束がキャンセルになってしまった日とか。
いつもだったら手間のかからない簡単なものでお腹を満たしちゃう私も、そういうしんどい日こそ、あえて手のかかるものを何品も作るんだ。
そういうときは、たいていあの子がやってきて、一緒に食卓囲んでる。
食べることって、やっぱり生きることなんだなって思う。
お腹が満たされると、つらかった気持ちとか、多少やわらぐじゃない?
こういうのって、私は母から受け継いでるみたい。

子どもの頃は 私が泣いて帰ると、いつも母が、私の好きなものを作ってくれた。
母は口数が多い方ではないし、気の利いたことは言えないから、それが母なりの精一杯の愛情だったんだと思う。
そういえば母も、何かしんどいことがあった時こそ 美味しいもの作ろうとしてたなって。
一人暮らしをするようになって思い出した。

母はいつも周りに気を遣ってばかりで、ちっとも楽しそうに見えなくて。
そういうところが大嫌いだったはずなのに、気がついたら同じような生き方してたんだよね、私。

クリスマスイヴに久しぶりに電話で話したよ、母には。
だって、あの子がしつこかったもんだから。今すぐ家族に電話して、メリクリくらい言ってやれって。
私だけじゃないのよ?ひなもなの。
ひなちゃんの実のお父さんお母さんは、もう亡くなってるかもしれないけど、育ての親がいるじゃないかって。
私もひなも すごく気まずかったというか、照れ臭かったんだけど。
なんだかんだ声を聞くと、やっぱりホッとするよね。




あの子には家族なんていないからね。誰かと食卓囲むだけで幸せなんですって。
ひなが作ったものを、すんごく美味しそうに食べてた。
「どうせ揺勢は食べてくれないと思ってたけど、こんなに美味しそうに食べてくれる人が他にいるなら、最初からもっと楽しい気持ちで作ればよかった」ってひなが言ってたくらい。

そうだよね。楽しい気持ちで作るから、楽しい人が集まってくれるんだって、そのとき気づいたの。
それって写真も同じかもしれないな・・・って思ったら、次の瞬間!驚きの電話がかかってきたの。
カメラマンの先輩からだったんだけど。
あの五十嵐乱さんが、私を指名して写真集を作りたいって言ってるって。
思わず
「は?」
って言っちゃった。一体なんの冗談だろう?って。

〝最後の独身〟とか〝抱かれたい男ナンバーワン〟とか言われて、あっちこっち引っ張りダコの、
あの五十嵐乱が!?なんで私に!?
って普通思うじゃない?
先輩から聞いた話では、バラエティ番組とかにいっぱい出てるうちに、アーティスティックな活動に立ち戻りたくなったんだって。
しかも今回は「若い女性の感性で撮ってほしい」っていう五十嵐さんの強い要望があって。
その先輩は顔がすごく広いからね。
先輩が知ってる若い女性カメラマンの作品をいくつか見繕って五十嵐さんに見せたそうなんだけど、
「こん中に南って人のやつある?これかぁ」って。で、ぜひこのカメラマンにって言ってくれたんだって。



信じられなかった。
正直、五十嵐さんの20年ぶりの記念すべき写真集なんて、はたして自分に作れるのかどうか怖くなってきたし。
だけど、そんなチャンス一生に一度あるかないかわからないし。
ついさっきまで死のうと思ってた人間が、一体どうなっちゃったんだかね。
人生って・・・わからないよね。

電話を切った瞬間に、ひなとあの子に何が起きたか説明して、どうしよう!どうしよう!?って。
なぜか、ひなが居直ったかのように
「やってやろうよ!誰も見たことのない五十嵐乱を見せてやろうじゃん」って勇ましく言うの。
私よりも先に覚悟が決まったような顔して。
学生時代から、ひなって そういう所あってさ。
一見、ひなが頼りなさげで 私が助けてやってる風なんだけど、ここぞというときは、いつも ひなの方が肝が据わってるの。


高校2年の文化祭以来だったな、私とひながタッグを組むなんて。
そのときもね、有志でファッションショーやったんだ。
あの頃は学校もゆるい時代だったから、泊まり込んで作業した日もあったな。
実は、ひながヘアメイクに興味を持ったのは、私が引き込んだからなんだ。
私、作業の早さには自信あったんだけど、芸術的なセンスでは ひなには敵わなくて。
自分はこっちに進む才能ないんだって悟った。

あの文化祭のときと、今回のイベントのノリは、ちょっと似てるかも。
あのときもね、なぜか服にすごく興味のある子と、モデル志望の子が、偶然 同じクラスに揃ってて。
半分遊び、半分真剣にファッションショーの準備に取り掛かったんだ。

ところがね、モデルをやるはずの子が、当日突然 熱出しちゃって。
どうしようって、メンバー全員大ピンチ!
そこで、ひながモデルをやるっていう方向に大急ぎで路線変更することになったんだ。
髪をセットするスピードだったら、私はひなより断然早い。
ひなは抜きん出たセンスを持ってた。
だからそれを掛け合わせたんだよね。
ひなが指示を出しつつ、私がそれに従ってスプレーをガーってかけて。
控え室が狭いもんだから、一瞬スプレーが充満して、部屋の中が真っ白になってたな。

準備が完了して、手作りのランウェイにひなが現れたときの、あの男子の惚けた顔。私には忘れられない。



卒業後、結局 私の方は、カメラの方に進んじゃった。
ひなの感性を私は心底リスペクトしてたから、仕事辞めたって聞いたとき、実は結構ショックだったんだよね。


ひなって、昔から自覚のない小悪魔だったんだ。
料理も上手かったし、気まぐれでクッキー焼いては そのへんの男子に配って、勘違いさせてた。
まったく悪気がないから、後で私がこっそりフォローしてね。
私にとっては、ひなはそういう存在なんだ。

それがなんで、クリスマスに たった一人で泣いてるんだろう?っと思ったら やりきれなかった。
ひなに想いを寄せては破れていったクラスメイトの男子たちは どうなるんだ!?と。
本当のひなは こんなもんじゃないぞ!ってところを、私も もう一度見たかったし、ひなにもそう思ってほしかった。
ひなの方も私に同じような感情を持ってたみたい。

二人だったら、何かやれそうな気がした。
だから、ヘアメイクは絶対に赤粧ひなでお願いしますって、五十嵐さんにもワガママ言わせてもらった。



五十嵐さんの写真集が完成する頃には、私もひなも体はヘトヘトだったけど、心はすんごく満たされてたなぁ。

その一方で、私たちが五十嵐さんのことで必死になってる間に、あの子があちこちで すごい友達いっぱい作っててさ。
かなでちゃんも、ゆうかも、ころもさんも、もちろん うたげさんも。
あの子の話聞いてるうちに、みんなに凄く会いたくなったんだよね。
でも、これだけのメンバーを集めておいて、ただ お茶しておしまい?ってのも・・・何かもったいない気がしたし。
ゆうかと かなでちゃんの間では「ステージに立って歌と演奏をやりたい」っていう構想は練られてて、
私とひなは、五十嵐さんとお仕事した直後でテンション高くなりすぎて、このままの勢いでさらに何かやりたいってウズウズしてたし。
そこへ、衣装が作れるころもさんと、会場のカフェバーを解放してくれるうたげさんが加わって。
このメンバー全員が輝けることしようって考えたの。
それが今日のイベントになったのね。


この中の誰が一人欠けても実現しなかった。
だから みんなに感謝してるんだ。
あの子がもし この打ち上げの席にいたら、どんな話したんだろ?

って言っても、ついさっきまで ここにいたんだけどね。
最後まで衝撃的なんだよ、あの子は。
ジャンル:
小説
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