映画のせかい

私が最近見た映画 ※ネタバレあり

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アイ・アム・サム #275

2005-03-30 | あ行の映画
2001年 アメリカ 133分

7歳程度の能力しかないサムの子供が生まれた。母親は産んだ後逃げてしまうが、サムは一人でその女の子を育てる。二人は幸せに暮らしていたが、娘が7歳になるとき、つまり子どもの能力が父を超えようとしているとき、二人はソーシャルウォーカーによって引き離されてしまう。

サムはビートルズが大好きで、子どもの名前もビートルズの歌から取っている。物語の節目節目でかかるビートルズソングは、時を越えてまるでこの映画のために作られた歌のようにも聞こえる。

さて、この映画の感動は「純粋さ」に尽きる。サムとルーシーの親子がお互いを思う気持ち、そこには何の利害関係もなく、"all you need is love"なわけである。サムを演じるショーン・ペンはもちろん、ルーシー役のダコタ・ファニングもキレイな目で演じることが素直に伝わってくる。

で、私個人的な感想になるのだが、子どもの純粋さ、これは素直に感動する。だがその裏には、時期的なもの、つまりそういう時期があっていいよなあ、ああいう気持ちを忘れてはいけないよなあ、という気持ちと、どうせ何時か失くしてしまうんだろうな、という気持ちが混じっている。子どもの時期に限定されるため、それが強調され感動するのだ。もちろん全員が純粋な気持ちを失くしてしまうわけではないのだろうが、大人が見た子ども、は、自分もかつてそういう時期があったなあ、という気持ちになってしまう。

では、サムに対してはどうだろう。知的障害者であり、子どものまま大人になった純粋さを失くさなかった人である。私はサムのような知的障害者を見るとき、7歳児を見るように見るべきなのか、それとも大人として見るべきなのか、悩んでしまう。大人として見たほうが、なんとなく本人に敬意を示しているような気がするけれども、実際はどうなのだろうか??劇中、サムが弁護士に食事代を払おうとする場面では、サムは自分は大人だと主張する。だが、私はこのことに対する答を持ってない。感動したあとで、それでどうなのか考えてしまう。この映画を見た人に限らずどなたかコメントいただきたいと思う。

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