白い布と徒然の。

今日も明日も明後日も、何かを探すでしょう。

習作2【たとえば僕が死んだら】

2014年02月04日 | 練習テキスト
 涙は流れていなかった。どこか別の世界での話のような気がしていたし、アイツの遺体に会ったわけじゃないからだ。ただ、言いようもない虚無だけがあった。
 大学進学で離ればなれになってから、何年も経っていた。短いメールのやり取りはあったが、俺の心の中でのアイツは高校時代より小さくなっていた。それが歯痒くて、歯を食いしばった。

 事務所に戻ると、少女がくつろいでいた。こちらを一瞥して、目をテレビに戻す。
「おかえり。」
「ただいま。」
「はい、オレンジジュース。」
「100%?」
「メーカーが言うには。」
 俺はそう言ってオレンジジュースの『100%』と書いてあるあたりを彼女の頬に押し付けた。不機嫌そうな表情をする彼女の隣に腰を掛けて、隣にいる少女がテレビの中で演技しているのを眺める。
「・・・何かあった?」
「なんで?」
「ずっと黙ってるから、何かあったのかと思ったじゃない。」
「別に。」
「それならいいけど。」
「・・・伊織。」
「何よ?」
「俺が死んだら、泣いてくれるか?」
「そんな簡単に死なないわよ。」
「そうだな。」
「そもそも、あんたの人生がそんなにドラマティックなわけないじない。これからも今まで通り平々凡々と暮らしていくのよ。」
「そう?」
「私の人生ならドラマティックだけど。」
「俺が死んだら、伊織のドラマティックな人生のワンシーンになれる?」
「バカ言ってんじゃないわよ。」
「あはは。」
 きっと、伊織は泣いてくれるだろう。噛み潰そうとした嗚咽が漏れて、細工の良い顔をグチャグチャにして、泣いてくれるだろう。
 でも、いつか、彼女が大人になっても、泣いてくれるだろうか。俺にはそんなこと分からない。
 
 左を見ると、心配そうな目がこちらを覗きこんでいた。

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