「なぜこうするか分かる?」
東京都品川区のウェブシステム開発会社「カナミックネットワーク」のオフィス。同社社員で講師役の釜谷紀弘さん(39)が、両脇でパソコンを操る男女二人に問い掛ける。
二人は職業訓練の一環で、職場実習を受ける訓練生だ。公共職業訓練は施設内が中心だが、即戦力を求める企業側の意向に沿う形で、二〇〇四年度から職場での体験実習「デュアルシステム」を一部カリキュラムに取り入れている。
デュアルはドイツの訓練制度を参考にしており「より実践的な能力が身に付く」(厚生労働省能力開発課)と、国が一押しする訓練システムだ。
主に事務、販売、介護、情報処理などのホワイトカラー系訓練(委託訓練活用型デュアル)で、国・都道府県が専門学校など民間教育機関に委託。座学三カ月の後、再委託された企業で職場実習を一カ月受ける四カ月コースが標準だ=図。
実際、就職しやすくなる成果も出ている。〇七年度に雇用・能力開発機構が行った離職者訓練のうち、委託訓練活用型デュアルの就職率は77・0%と、民間委託訓練全体の就職率71・4%を上回った。
カナミックで職場実習中の横浜市の山口令湖さん(33)は「実際に顧客に対応できて、その要望に応えるところまで学べる」と、実践的な内容に満足げだ。
訓練生に好評なデュアルだが、受け入れ企業のメリットは乏しい。国は民間教育機関に対し、訓練生一人当たり二十万円を上限に支給しているが、企業に実習費を支払う規定はない。カナミックの場合も社員の講習に対し金銭的な見返りはない。「労働政策研究・研修機構」人材育成部門アドバイザリー・リサーチャーの稲川文夫さんも「知識や技能のない人材を受け入れる企業側の負担が大きい」と指摘する。
雇用・能力開発機構は「デュアルは実習先企業への人材供給につながる」とアピールするが、訓練生が企業にそのまま就職するケースは10%程度だ。民間教育機関「早稲田電子IT教育センター」公共訓練事業部の中島康裕部長も「求める人材とのスキル差から、受け入れをやめた企業もある」と打ち明ける。
そんな事情でデュアルのすそ野は広がっていない。〇七年度の国・都道府県実施分をあわせた訓練生は二万七千二百十九人。離職者訓練生全体の19%にとどまる。デュアル実施企業は、良質な人材の獲得を狙う中小企業が大部分だったが、経済情勢の悪化で、訓練生を受け入れる企業が減少する懸念も出ている。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科の寺田盛紀教授(職業教育学)は「デュアルを広げるには、企業にとって直接のメリットが必要。訓練生を受け入れた企業への課税を控除する仕組みや、一定の受け入れ実績のある企業を社会的に評価するシステム導入などが求められる」と強調する。
◇
もともとデュアルは職業能力を開発する機会に恵まれなかったニートやフリーターが対象。実習を通じ、職場での人間関係の不安を解消しようという狙いもある。単純労働を強いられ、仕事上のコミュニケーション能力に不安を持つ元派遣労働者にも有効という見方も出ている。だが、職場の人間関係で引きこもりになった千葉県の無職男性(37)は「職場実習でコミュニケーションスキルが身に付くというのは短絡的。その人の抱える問題に応じた訓練の仕方が必要」と訴える。
(服部利崇)
2009年2月21日 東京新聞
東京都品川区のウェブシステム開発会社「カナミックネットワーク」のオフィス。同社社員で講師役の釜谷紀弘さん(39)が、両脇でパソコンを操る男女二人に問い掛ける。
二人は職業訓練の一環で、職場実習を受ける訓練生だ。公共職業訓練は施設内が中心だが、即戦力を求める企業側の意向に沿う形で、二〇〇四年度から職場での体験実習「デュアルシステム」を一部カリキュラムに取り入れている。
デュアルはドイツの訓練制度を参考にしており「より実践的な能力が身に付く」(厚生労働省能力開発課)と、国が一押しする訓練システムだ。
主に事務、販売、介護、情報処理などのホワイトカラー系訓練(委託訓練活用型デュアル)で、国・都道府県が専門学校など民間教育機関に委託。座学三カ月の後、再委託された企業で職場実習を一カ月受ける四カ月コースが標準だ=図。
実際、就職しやすくなる成果も出ている。〇七年度に雇用・能力開発機構が行った離職者訓練のうち、委託訓練活用型デュアルの就職率は77・0%と、民間委託訓練全体の就職率71・4%を上回った。
カナミックで職場実習中の横浜市の山口令湖さん(33)は「実際に顧客に対応できて、その要望に応えるところまで学べる」と、実践的な内容に満足げだ。
訓練生に好評なデュアルだが、受け入れ企業のメリットは乏しい。国は民間教育機関に対し、訓練生一人当たり二十万円を上限に支給しているが、企業に実習費を支払う規定はない。カナミックの場合も社員の講習に対し金銭的な見返りはない。「労働政策研究・研修機構」人材育成部門アドバイザリー・リサーチャーの稲川文夫さんも「知識や技能のない人材を受け入れる企業側の負担が大きい」と指摘する。
雇用・能力開発機構は「デュアルは実習先企業への人材供給につながる」とアピールするが、訓練生が企業にそのまま就職するケースは10%程度だ。民間教育機関「早稲田電子IT教育センター」公共訓練事業部の中島康裕部長も「求める人材とのスキル差から、受け入れをやめた企業もある」と打ち明ける。
そんな事情でデュアルのすそ野は広がっていない。〇七年度の国・都道府県実施分をあわせた訓練生は二万七千二百十九人。離職者訓練生全体の19%にとどまる。デュアル実施企業は、良質な人材の獲得を狙う中小企業が大部分だったが、経済情勢の悪化で、訓練生を受け入れる企業が減少する懸念も出ている。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科の寺田盛紀教授(職業教育学)は「デュアルを広げるには、企業にとって直接のメリットが必要。訓練生を受け入れた企業への課税を控除する仕組みや、一定の受け入れ実績のある企業を社会的に評価するシステム導入などが求められる」と強調する。
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もともとデュアルは職業能力を開発する機会に恵まれなかったニートやフリーターが対象。実習を通じ、職場での人間関係の不安を解消しようという狙いもある。単純労働を強いられ、仕事上のコミュニケーション能力に不安を持つ元派遣労働者にも有効という見方も出ている。だが、職場の人間関係で引きこもりになった千葉県の無職男性(37)は「職場実習でコミュニケーションスキルが身に付くというのは短絡的。その人の抱える問題に応じた訓練の仕方が必要」と訴える。
(服部利崇)
2009年2月21日 東京新聞