鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

さらば最高峰の演奏、N響

2007-06-25 | Weblog
24日はNHKホールでN響の定期演奏会へ行った。いつもは両脇の前は空席が目立つのにこの日は若い女性でほぼ満員で、どうやらピアニストの清水和音人気のようだった。ウラディーミル・アシュケナージ指揮のもと、清水和音ピアノでラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30」の華麗なピアノタッチが響きわたり、場内にはうっとりと聞き入る女性の姿が目立った。端正な顔立ちの清水和音の魔術的ともいえる演奏ぶりは素晴らしかった。登場して、ピアノの席につくや否や演奏に入ったのと、演奏が終わって燕尾服のズボンが汗のためか、光っていたのが熱演を物語っていた。
 休憩をはさんで後半はチャイコフスキーの交響曲「マンスフレッド」作品58.約1時間の大作で、チャイコヅスキーが恋人を見舞った翌年に作曲した、という。
あまり演奏されることのない曲目であるが、第4楽章でハープの澄んだ音色が響き渡るのと、最終場面でパイプオルガンが奏でられているか、と思うくらい壮大な音が会場いっぱいに響くのが良かった。
 演奏が終わって拍手に答えて、指揮者のアシュケナージがホルン奏者など優れた演奏者を立たせ、観衆の拍手を求めたのに続いて、コンサートマスターの磯崎史記を讃えていたのには驚いた。コンサートでコンサートマスターにそのようなことをするのを見たのは初めてのことで、よほど指揮者と波長が合ったのだろう。そういえば、演奏の最中に2度ばかり、アシュケナージがコンサートマスターの方を振り向いて、目配せしているようなシーンがあった。アシュケナージ氏は9月からN響の桂冠指揮者とあんり、N響音楽監督としてのは今回が最後の指揮となるだけに馴染んだコンサートマスターを起用したのだろう。最後の演奏を意識してか、アンコールの拍手に再登場した最後に指揮台にあった指揮棒と譜面を手に抱えて、退場した。
 鈍想愚感子もこの日がN響の会員として最後の演奏会になるので、早めにきて休憩室での室内楽の演奏を聴き、休憩時間には2階、3階の座席まで行って、上から舞台がどう見えるかを確かめた。いつも最前列から2番目の席で、団員の顔を眺めて演奏を聴いていたので、NHKホールの会場がこんなに拾いものだとは知らなかった。3階席の最後部からは舞台はとても遠く、とても顔の表情までは見えない。最後部のsらに後ろに臨時席まで設けられ、お客が入っているのには驚いた。N響人気の凄さを改めて思った。
 N響の前は読売交響楽団の会員として、1年間、そしてN響の会員として1年間、日本の最高峰のシンフォニーを十分に堪能した。今後はスポットで聴くことにし、しばらくは他のエンターティンメントにも食指を伸ばしたい。
コメント   この記事についてブログを書く
« 死に馬に蹴られた安倍首相 | トップ | 文句なしに面白い「ロスト・... »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事