鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

波及効果少ないネット

2007-06-07 | Weblog
 ネット社会となってきた。新聞やテレビを見ない世代が携帯は必ず見る、というのはネット社会の際たるものである。携帯は無線で電波が空中を飛んでいく無銭ネットワークであるがこれもネットワークとすれば、いまやPCと携帯のネットワーク社会が花盛りである。そのうちにPCベースのサイトが携帯サイトにとって代わられる時代がやってくるかもしれない。携帯でキャッチしたサイトデータを家なり、喫茶店なりの壁面のディスプレイに転送して、大きな画面で見ることができるようになればOne to OneのコミュニケーションがOne to them のto manyコミュニケーションに早変わりする。そんな技術開発はもうすぐにでもできることだろう。 ただ、問題はいまでも高い通信コストだ。10数年前に自動車電話が登場した時に1通話1分で300円かかる、と聞いて導入を諦めたことがある。イリジウムを使って世界のどことでも通話できる携帯電話ができて、その入会金が100万円する、と聞いて驚いた記憶がある。便利になったものだが、なんと高いものか、と思った。そして、どうして空中を電波が伝わっていくだけなのにこんなに高いのか、不思議に思った。当時の郵政省が電波を管理していて、その権利を得るのにそんなにお金がかかるわけがないし、技術開発に要したコストを回収するにしても高すぎる、と思った。その後、どんどん新技術も開発され、携帯電話も急速に普及して通信料金もかなりリーズナブルな水準になってきたが、それでもまだ高い。一度、きちんとした資料に基いた正確なコストを教えてもらいたいものだ。
 で、ネット社会なるものに思いを寄せると、このネット社会、莫大な情報、データ、イメージ、映像を伝播するのは事実で、従来の新聞、雑誌、ラジオ、テレビの四大メディアに比べるとメディアとしての自由奔放、自己増殖、アナーキーなどの点でいままでにないものを生み出そう、としている。いまの若者は新聞は読まないし、テレビも見ない、21世紀の新しい人類である。
 しかし、冷静に考えると、このネット社会、波及効果は意外と少ない。ネット社会で一番潤うのはだれだろうか、と考えると思い当たるところがないのだ。ネット広告が増える、とはいっても新聞、雑誌、あるいはテレビ広告が代わるだけのことだろうし、ネットのサイトの制作を請け負う会社が仕事をもらうといってもいままで新聞、雑誌で制作を請け負っていたのが代わっただけのことであるだろうし、ほとんどの制作はPC、携帯が備えているソフトウェアを少しいじくるだけで済んでしまう。つまり、自己完結してしまうのだ。強いて、ネット社会の到来で潤うところをあげれば。PC、携帯のハード、ソフトメーカー、そして膨大なデータ、イメージ、映像の送受信をコントロールするサーバーのメーカー、およびそれを管理・運用する受託会社、そして通信コストを得るキャリア(通信事業者)である。なんのことはない、広義のIT産業である。ITバブルがはじけた、といわれていたが、どっこいネット社会でちゃっかりまたぞろIT産業が息を吹きかえしている、ということだ。
 ネット社会の到来は形を変えたIT産業の復権なのである。
 
 
 
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