お父さんが駆けつけた。
東京に戻ったばかりのお母さんの弟も戻ってきた。
おばあちゃんはもう疲れて動けないから来れない。
お母さんは小さな氷を食べている。
ちょっとずつ。
空気のような言葉で
コオリ
と言う。
辛そうに、空気のような声で何か言っている。
口元に耳を近づけて何度も聞きなおすと
『お葬式・・・〇〇院・・・』と言っている。
お母さんは膵臓がんの告知を受けた日にその足でお気に入りのお寺の住職に会いに行った。
自分のお通夜とお葬式をここでしたいとお願いしに。
お通夜で孫や近所の人に死顔を見られたくないから、家に帰るのではなく
お寺においてほしいとの事だった。
お母さんの意識が無くなってから、父が病室で
「お葬式をお母さんは身内だけでと話していたけど、自分の立場上、
今後の近所とのお付き合いも考えて知らせないわけにはいかない。自宅でやりたい。」
と言っていたのをやはり聞いていたのだろう。
(自分の最後を自分できちんと決めた人の意見を、自分の今後の心配して勝手に変更する気??)
その話し、納得できず、そうはさせないと思っていたのでその時父に返事はしていなかった。
「お母さん、お葬式もお通夜も〇〇院(お寺の名前)でね。身内だけでやるから安心してね。」
というと2度お母さんがうなずいた。
続いて
『・・・おばあちゃん』
これは、お母さんが面倒を見ていた認知症の父の母なのか。今は父がみているが性格が合わず
激しく罵り合っているから心配なのか。
それとも、残していってしまう実母のことなのか。
正直今もわからない。でも。
「おばあちゃんね、私もがんばってお世話させていただくから大丈夫だよ。」
どちらもと言う意味で。
またお母さんは数回深くうなずく。
これが久しぶりで最後のお母さんとの意思のある会話だった。