コタルのルン

スコティッシュフォールド、コタロウとの日々を綴る徒然日記です。「スコティッシュ・マメゾウ日記」から改題しました。

上野村いのぶた焼肉ツー@仕事先

2013-09-22 | バイク、ツーリング
9月に入り1か月点検に出してからも、
週末に仕事が入ったり、台風が来たりと、なかなか乗る機会がなく距離が伸びなかったGS-A。
都合がついて、ようやく日帰りツーに。
集合場所への途上で1000kmに。


今回は、上野村のJAがやっている猪豚焼肉センターへ。
8月のソロツーで通りかかったのだが、時間と天候で寄れなかった店だ。
JAがやってるというところ、「焼肉センター」というネーミングに魅かれ、
仕事先のメンバーを誘って出かけた次第。


メンバーは、VFR800のS村君、CB400のK部長、F800GS-A私の3名。
関越の花園ICからR11定峰峠を抜け、R140で秩父~大滝村へ、
R210で中津川沿いに渓谷を遡り、志賀坂金山林道でR299志賀坂峠から上野村へ下る。


志賀坂金山林道の登り口にあるのが、ニッチツ鉱山だ。
亜鉛や鉄などの採掘で栄えた鉱山で、昭和40年代の最盛期には3000人が暮らす街があったらしい。
小中学校もあった立派な街だったらしいが、現在は鉱物の採掘は終了し誰も住んでいない廃墟となっている。
しかし、会社の事務所は残っており、まだ石灰等の採掘が続けられている。
この日も、工場らしき建物から音がしていた。
ここ、廃墟マニアと呼ばれる人たちの間では有名な場所らしい。
以前NSGGのツーで通った時に、そのうちゆっくり立ち寄ってみたいと思っていたのだ。


道路沿いにあるこの「秩父鉱山簡易郵便局」は、まだ営業している。
誰も住んでいない街の郵便局って、誰が使うのだろう。
他にも、社宅などの廃墟が山の斜面に広がっており、
なかなか、興味深い場所だった。

志賀坂金山林道は、先週の台風の名残か、ところどころに木の枝が落ちており、
場所によっては、道路に土砂が流れ出しているところもあったが、
問題なく通ることができた。


峠の八庁トンネルを抜け小休止していると。
なんとこんな山中に消防車の音が近づいてくる。


パーキングスペースには、埼玉県警山岳救助隊のランクルが止まっている。
(埼玉県警に山岳救助隊があったことも驚きなのだが・・)

最初は山麓に出動した消防車の音が聞こえているのだと思っていたのだが、
志賀坂峠に向かう途中で、志賀坂峠方向よりサイレンを鳴らしながら2台の消防車両が登ってくるのに会った。
え・・?峠の途中で事故も見なかったし、山火事の様子も無かった。
何だったのか?
山岳救助隊も出動しているようだし・・


さて、上野村に下り、昼すぎには「JA焼肉センター」へ。
上野村ではイノブタを養殖しており、村の名産となっている。


メニューの「食ってみろ!トリプル1700円」という挑戦的なコピーに触発され、トリプルを注文。
ロース、バラ、ホルモンの3種盛りだが難なく完食。フツーに楽勝なのである。
他の二人はツイン(ロースとレバー)1100円を頼んだが、まだまだいけると言っていた。
イノブタ肉は、くせも無くなかなか美味しい。
併設のJAマートで冷凍肉を売っていたので、お土産にホルモンを調達。
ネギと炒めるとうまいんだよなー。

食後は、ぶどう峠方向に少し入った「しおじの湯」で入浴。
塩之沢峠を抜け、下仁田ICから上信越道に乗り帰路へ。

自分は、関越の渋滞表示を見て、北関東道~東北へとルートを取ったのだが
東北道も北関東道の合流から羽生あたりまでの渋滞にはまる。
素直に関越で帰った方が早かった・・


群馬あたりは、既に稲穂も色づいていた。
先週の台風の後、一気に秋の気配に。
バイクに良い季節になったなあ。

重く感じたクラッチレバーは、
調整可能タイプに交換し、気にならなくなった。

本日の走行:346.6km
燃費:24km/l
コメント (3)   この記事についてブログを書く
« 猫又へ。第一歩 | トップ | 秋の野尻湖、エルボスコへ »
最近の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
日曜日 (鯛)
2013-09-26 07:50:40
車で那須の温泉に行きましたが、行きは高速でのトラック火災、帰りも自然渋滞で、散々でした。
渋滞 (yama)
2013-09-28 20:07:41
最近高速の渋滞が長いような気がします。
バイクの方が気楽に出かけられます。
車で渋滞にはまると、つらいですものね。
なかなか日程が合わないNSGGですが、
常陸そばツーには参加したいと思ってますので、
よろしくお願いします。
Unknown (アッキードF19で小沢一郎を撃退希望)
2019-09-05 07:06:39
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事における たくさんのJAL123便の元気な生存者及び、ご搭乗の昭和天皇が、日本の埼玉県警察本部交通課の警察官ら(虐殺を行った埼玉県警察の警察官の氏名所属警察署等はお問い合わせがあれば軍から開示します)の襲撃(日本語で おまわりさん?らの手により)により焼かれる等の手口で
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ainugakuin/e0011938_16494167[1].jpg
といった惨憺たる虐殺死体と化した

一方、救助に奔走したのは米国のみであった

なお、米国機関で改めて調査を行ったところ、御巣鷹での救助に行って日露勢力に撃墜された米軍機は乙女湖に沈められていることが新たに分かった。乙女湖に沈められている救助の米軍機の上に、攻めてきて墜落したソ連軍機mig25が沈められた状態となっている。
また、乙女湖への水棺を目撃した地域住民や登山者が日本の山梨県警察及び警察予備隊北富士に惨殺され、クリスタルライン沿道に埋設されている惨殺遺体は500体を越える大変な事態となっていたことが新たに分かった。例えば、日本の警察予備隊北富士に虐殺されクリスタルライン沿道に埋められていた惨殺遺体を米軍で調査したところ、東京23区内にある有名高校の女学生17名と引率の先生3名であることが分かった。
また、昭和天皇がご搭乗されていたことが新たに分かった。
JAL123便にミサイルを打ち込んだF4は日本の警察予備隊習志野の小林パイロットであった。
http://adoi.hatenablog.com/entry/2019/08/24/170856

コメントを投稿

バイク、ツーリング」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事