マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

祈る事と待つ事

2015年10月16日 | キリスト教


「 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」

                                                  マタイ 7章 7節

神よりの約束を頂くと、忍耐が始まる。そのとき私たちのすることは、神が、神が良いと思われる方法で、知恵と愛を持って、

必ず私たちの祈りに答えられることを握ることです。また、気落ちせず祈る生活をすることです。この諦めず、

祈り求めて行くときにその祈りが真実正しいのかが調べられ、神のみ心に従ってその祈りは与えられるのです。

さてここで主イエスは、「あなた方の父は、願う前からあなた方に必要なものご存知だ」と言っておられます。

にもかかわらず、「祈ること」の大切さを教えておられるのです。信じることと祈ることとは、表裏の関係にあります。

全能の神を信じる者はその神に祈るのです。イエスは求める者は受け、探す者は見つけ、

門を叩くものは開かれると約束されています。

私たちは不条理で納得いかないことの多い生活の中にも神が必要に応じて導き、助けてくださることを信じて

生きていく者です。ですから、その動機や思いの中には良いことも間違っていることもありますが。

「イエスのみ御名」によって安心して祈ることができるのです。

 

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