とりあえず俺って何様?

つらつらと好きなことを書きながら
とりあえず自分自身を見つめてみようって感じです

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「言論の自由」は誰のものか?

2007-02-17 | 雑  記
地域通貨monに関しては、他の仕事も忙しくてあまり進んでいませんが、いずれまた、このブログで報告できることもあるでしょう。

とりあえず、NPOや代表者たちが債務整理に入っていて支払い能力がどれ程あるのか見極めが難しいところですが、monの換金をしてもらえていない加盟店さんや、フリーペーパーの制作に携わって未払いになっている皆さん、その他NPOに出入りしていた業者さんなど、少しでも支払いを実現させなければならない中で、相変わらずNPOの態度ははっきりしていません。

のらりくらりとした態度をとり続けている限り、僕や被害者の皆さんの追及は止むことはないでしょう。

*  *  *  *  *  *  *


音楽ジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道さんが、雑誌『サイゾー』にコメントした記事に対して、オリコンが5000万円もの多額な慰謝料を求めて起こした裁判で、2月13日、東京地裁で第一回口頭弁論が開らかれた。

烏賀陽さんも反訴を起こし、これから長く続く裁判がようやく始まった。

42人の傍聴席に対して傍聴希望者が70数人だったというから、それなりに注目されたということで、まずは順調な出だしだったようだ。僕は仕事の都合で裁判には行けなかったが、その夜に文京シビックセンターで開かれた報告集会に参加することが出来た。報告集会も、立ち見になるほどジャーナリストたちが集まり、会議室が狭苦しく感じる中で進められた。

この裁判は、出版責任のある『サイゾー』を訴えるのではなく、記事に数十行のコメントが紹介されたフリーランスジャーナリストが訴えられたという「異常」なものであり、烏賀陽さんも孤独な気持ちで闘わざるを得ない。そうした中で、多くの支援を感じられたのは、彼にとっても少しは救いになったのではないかと思う。
まだまだ長い裁判になると思うが、訴えられた当初に比べ少しばかり明るい表情も見られたので、その点はホッとした。

詳しくは、烏賀陽さんのホームページ「うがやジャーナル」や、「My News Japan」「JANJAN」などのネットメディアで読んでほしい。


この「オリコン烏賀陽裁判」の本質は、「言論・表現・報道の自由」というものを、企業側が押さえ込もうとしていることだ。
この裁判に限ったことではない。「武富士三宅裁判」も本質は同じだ。

都合の悪いことを書く人間を、巨大な資本で訴えて黙らせようとする。

訴えられた側は、例えばその弁護士を頼むだけでも大きな資金が必要となる。名誉毀損で訴えられた金額が大きければ大きいほど、その裁判に準備しなくてはいけない弁護士への着手金や、反訴のための準備金が必要となるからだ。もちろん訴える企業も巨額を投じることになるが、それで示談に持ち込めば訴えが認められたことになるし、何よりも抑制効果が見込める。
ジャーナリストやマスコミが訴えられることに萎縮すれば、その企業にとっては裁判費用よりも大きな「広告効果」を得られるわけです。

報告集会でも「新聞などの大手メディアは、自分たちが直接関係する『言論の自由』にはうるさいくせに、他人の『言論の自由』には無頓着だ」ということを発言があったが、まったくその通り。
民放テレビ、大手新聞社、大手出版社も、もっとこの問題を当事者意識を持って取り上げるべきだろう。

烏賀陽さんと同じようなケースを認めてしまえば、例えば一般人の人たちがジャーナリストやメディアに情報提供する際も、コメントや情報提供が難しくなる。それが徐々に浸透していけば、いずれ大手メディアですら、報道するための情報収集が困難になっていく。

「言論の自由」は、今さら言うまでもないが、僕たちメディア側にいる人間にとって非常に大切なもの。しかし「言論の自由」は、僕たちメディア側の人間たちだけのものではない。
「言論の自由」は、僕たちに情報提供をしてくれる一般市民の人たちの大切な権利でもあるのだ。
「武富士三宅裁判」から「オリコン烏賀陽裁判」までの大手メディアの反応を見ていると、そのことを忘れている気がしてならない。

「言論の自由」が誰のものであるのか、いつも「言論の自由」を享受している僕たちメディア側の人間たちは、そのことをもっと強く意識すべきだと思う。

そして、例え一市民の問題であれ、しがないフリーランス・ジャーナリストの問題であれ、全てのメディアの人間たちが自分たちの問題として当事者意識をもって、「言論の自由」を脅かす存在に対峙すべきではないだろうか?

*  *  *  *  *  *  *


烏賀陽さんも、きっと孤独感に悩まされていると思う。
そして、周囲の反応の鈍さに苛つくこともあるだろう。
僕も地域通貨の問題を掘り下げていると、行政の反応の鈍さなどについイライラとしてしまうことがある。

しかし、面倒ではあるが、自分に降りかかった問題は自分で解決するしかない。
人のことを見くびって理不尽な問題を突きつけてくる相手には、徹底的に抵抗していかなくちゃ、相手は調子に乗ってさらに大きな問題を起こす。

一人一人が当事者意識を持って自分の問題として解決していく決意をすれば、それは大きな力になるはずだ。


「言論・表現・報道の自由」を冒涜する輩に対して、自ら強く抵抗していくことを、新たに決意している次第です。

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