プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

とある不幸な放課後

2016-08-20 23:59:17 | SS






 ※初期設定内部を勝手に想像して書いてます。








 夜野みやびは不良が嫌いだった。明け方に神社の敷地内にひっそり捨ててあるがガビガビのエロ本よりも嫌いだった。

 無駄に髪を染め、重そうなアクセサリーをじゃらじゃらつけ、制服をだらしなく着こなし、群れて大声で騒いだりしている。夜野みやびはそういうのがとても嫌いだった。そんな目立つことしなくてもバカなのはわかるから、せめて静かにして目立たないようにしてほしいと思っていた。視界に入れたくない。

 だが、嫌いだけで物事が避けていけるなら苦労はしない。そして、みやびは今まさに不良に絡まれていた。

「(・・・・・・ああ、うざい)」

 髪を染め、重そうなアクセサリーをじゃらじゃらつけ、制服をだらしなく着こなし、群れて大声で騒いだりしているわかりやすい「不良」は今日はこの神社に出没した。
 神に祈る気もない人間には面白くもない場所だろうに、その連中はなぜか我が物顔でやって来た。街中では無視を決め込むところだが、この場所ではそういうわけにはいかなかった。鳥居を蹴飛ばし、賽銭箱にたばこの吸い殻を放り込んだり、いかにも頭の悪い行動はそれだけでも十分不躾だ。

 客商売の場でえばり散らすその態度には嫌悪しか湧かなかった。だから、誰もいないところで冷静に話をつけようと神社の裏に呼びだした。だがみやびは困っていた。

「お嬢さまに呼び出されちゃってなにされちゃうのかなー?」
「(口ききたくないし視界に入れたくないし触りたくないし)」

 こういう弱い相手の前で偉そうにしている手合いは、案外反撃に弱い。だから堂々と声をかければ少しはひるむかと思いきや、お嬢さま校の制服を着た女子ひとりに声をかけられたのはむしろうれしかったらしく、いかにも頭の悪そうな顔に軽薄な笑みを浮かべている。たばこのせいかむき出しの歯が黄色くてきもちわるい。

 相手はふたりで恐らく高校生だろう。いかにも「不良」なので区別もつかないが、前を開いた学ランの下は、意外と筋肉質で背も高いし、隙あらばこちらをどうにかしようという魂胆が霊感を使わずとも見え透いていた。もちろん戦えなくはないが、戦いたくない。それは正義の味方らしい博愛や平和主義によるものでなく、単に接触を持ちたくないからだ。それは、戦闘力で勝っているとわかっていてもゴキブリを見たら逃げたくなる心理となんら変わらない。

 呼んだはいいが、たばこくさい口臭を吸うのがいやでこれ以上言葉を交わしたくない。殴るのは抵抗感があるというより、そもそも触りたくない。なら蹴るか。だが、スカートだから下着が見えてしまう。そこまで考えたところでみやびは自分の浅はかさを悔いた。いっそジャージにでも着替えてマスクをしてから呼び出すべきだったか。

 だが、常連の参拝客に絡み嘲笑を浴びせたのはどうしても待ったなしで許せなかったのだ。みやびは覚悟を決めた。

「・・・神社で不躾な行動はやめてください」
「えー?ブシツケって?」
「参拝客の迷惑になるようなことです」
「んー、ならやめるかわりになにかしてもらおっかなー」

 にきびと雑な髭の剃り跡が残る顔をぐっと近づけられて、嫌悪感にみやびの足が下がる。だが、それを恐怖と捉えたのだろうか、片割れがぐっと腕を掴んできた。みやびは不覚にも、目をつぶってしまった。

「・・・・・・・・・?」

 だが、予測しうるあらゆる衝撃は来ない。それどころか、みやびの腕をつかむ力がずるりと弱まっていく。不審に思ったみやびがゆっくりと目を開けると、今さっき自分の腕をつかんでいた目の前の不良が白目を剥いている―そして膝から地面に崩れ落ちた。
 そこで、目の前の視界が晴れたことにより、その男の背後にもうひとりいたことにようやく気付く。その人物もまた不良だが、もといたもうひとりではない。目の前の不良が倒れるタイミングで高く掲げた足を下ろすその姿は、みやびの手を掴んだ不良に後頭部に蹴りを決めていることになる。しかも、うまいこと誰にもパンツを見せずに。

「・・・え!?」
「・・・ち、地野!?」

 みやびが驚くのと、不良が倒れるのと、もうひとりが息を飲んだのはすべて同じタイミングだった。苗字を呼ばれた乱入者は、サムライのようなポニーテールを翻すと、みやびのことは一瞥もせずしゃがみこみ、今蹴り倒した男の後ろポケットを探り出した。そのあまりにも意外な行動に、みやびももうひとりも固まる。地野と呼ばれたそのセーラー服の長身の少女は、既に気絶しているらしい不良のポケットからぺっちゃんこのマジックテープ財布を引っ張り出すと中身を確認し、目を細める。

「(え、カツアゲ?)」

 目の前で起こってることがあまりといえばあまりのことで、みやびはにわかに目が点になった。
 泣く子も黙る不良の地野まもるの名は、正義の味方仲間(らしい)として知り合う前から知ってはいた。かつて他校の熱血優等生である友人(ただし天然パーマ)がまもるを「わるい人ではない」と評していたが、性善説を地でひた走る彼女がそう言うからには少なくとも「いい人」でもないのだろう。そう思って積極的に関わりは持たなかったはずのまもるがなぜかここにいる。
 
 そして、ここまであからさまな犯罪行為を目の当たりにしたのははじめてだったのもまたみやびを驚かせていた。助けてくれたんじゃないんかい、声に出さずにみやびは思う。

「て、てめえふざけん・・・」

 みやびが目の前の現実に困惑していると、もうひとりの不良が勢いをつけてまもるに殴り掛かった。だが、まもるはまるで意に介さない。繰り出される拳を滑らかな動きでかわすと、カウンターの容量で腕を突き出した。しかしそれはパンチではない。
 相手の瞼の前で意図的に止められた拳にはライターが握られ、着火機構に指がかけられている。手を止めたということは実際に眼球を炙る気はないのだろうが、傍から見ているみやびにもその射抜くような目つきにはぞくりとするものがあった。

「・・・財布」
「・・・は」
「財布出せ」
「・・・ははは、はいっ」

 先ほどの勢いはどこへやら、まもるに睨まれた不良は気をつけの姿勢を取ると、かくかくとコマ送りのような動きで財布を出した。みやびが不快だと思いためらった、相手に触れ相手を制すということをまもるはしなかった。もちろん、蹴りは入れたが下着も誰にも見せていない。

「・・・ちょ」

 だが、それはそれ。倒れ伏している不良にも気をつけのまま震えている不良にもみやびは興味も同情もわかなかったが、神聖な神社の中目の前でカツアゲというのも看過しかねた。しかし、周りを意に介さないのはまもるも同じだった。みやびの存在をそもそも眼中に入れていないとでも言わんばかりに財布の中身をすべて抜き取り、空の財布だけを不良に雑に投げ返すと、一拍遅れてご褒美と言わんばかりのハイキックを食らわせた。
 伸びたふたり、そして呆然としているみやびに構わずまもるは誰からも背を向けた。そしてごそごそとポケットを漁り、たばこを取り出そうとしたところでなにかに気付いたように舌打ちし、ライターとともに仕舞い込む。

「・・・ち、ちょっと!」
「あ?」

 そこで、振り向いたまもるは、さも今みやびの存在に気づきましたという顔をした。いやそれはないだろ、とみやびは思ったが、敢えて口にするのも情けない気がして口をつぐむ。
 それを不審な行動と捉えたのか、まもるは舌打ちでもしそうな顔でみやびを睨む。もっとも、やたらに長い足から蹴りが飛んでくるなんてことは幸いにもなかったわけであるが。

「・・・なんだよ。あたしは用事が」
「・・・用事?ならなんでこんなところで油なんて売ってるのよ」

 目の前のカツアゲを咎めるべきか、なにはともあれ助けてくれたお礼を言うべきか、呼びとめたはいいがやっぱり迷ってしまったみやびは思わず憎まれ口を叩いてしまった。だが、言ってみて、改めて思う。参道からわざわざ離れたところにいたというのに、呼んでもいないまもるはなぜいるのか。

「・・・ああ、そうだ」
「は?」

 地野まもるという人物の意図が図りかねて止まったみやびに、まもるはまた、ああそういえばという顔をした。

「ちょっと付き合え、お嬢さま」
「え!?ちょっと・・・!」

 まもるはみやびの襟首を子猫のように掴むと、有無を言わせず引っ張った。転がって固まってる不良のほうがまずは会話に持って行っただけ交渉の余地があったのに、こちらは容赦がない。

「ま、待ちなさい・・・!だいたい、あなた・・・!」

 まもるは、みやびの声を聞いていない。実際に聞いていないのか、聞こえてて敢えて無視しているのかは不明だが、境内の前で少しだけ止まって、ふたり分の財布の中身をそのまま賽銭箱に放り込んだ時点でみやびはまもるを咎めるのをやめた。
 まもるの行為が悪どうかは、判断に迷うところだ。自分の懐に収めたわけでなくとも、人から金銭を奪ったことには変わりない。みやびを結果的に救ったとはいえ、暴力行為もあった。参拝の作法もなっていないし、なにより今みやびは現在進行形で拉致をされようとしている。

 だが、まもるが賽銭箱にお金を放り込んだ時点で、少なくともまもるが完全なる私利私欲で動いているわけではないことを知り、みやびは自分が異国に売り飛ばされたり、変な店で働かされたり、海に沈められたりということはなさそうだと察した。それはみやびが持って生まれた予知の力ではなく、今この場で起きた事実と、いちおうは正義の味方仲間という人間関係から構築した予想だった。もっとも、その妄想とも言っていい予想は、普通に生活して起こりうる事態の最低ラインをはるかに下回ったものではあったのだが、どん底以上に落ちることはないと思えば不思議と落ち着くものだ。
 だが、問答無用に不良に拉致されているという現実はどうあがいても変わらないのだが。そうみやびが思い直す頃には、既にまもるは犬のリードを引くようにみやびをさらい軽やかに石段を下るのだった。

 
 やはりみやびにとっては不幸な放課後であった。残念なことに、ガビガビのエロ本より嫌いな不良に、夜野みやびは目をつけられてしまったのである。





「いやああああああああ」

 それは正真正銘、かつ問答無用の拉致であった。
 まもるは長い足を窮屈そうに原付に収めると、風を切るように裏路地を疾走していく。まもるひとりで充分狭いマシンをふたり乗りしているのだからみやびは生きた心地を感じなかった。いや、まだふたり乗りと言える姿勢であればよかったのだ。それならばそもそも乗る前に拒否できていたはずだ。

「降ろしてええええ」

 そもそも、みやびは最初からまもるに人間扱いをされていない。猫のように首根っこを掴まれ犬のように引っ張られたかと思うと、現在貨物のように肩に乗せられている。申し訳程度にかぶせられたヘルメットは、ほとんどまもるの背中しか見えないみやびの視界をさらに乏しくしていた。ぎゃりぎゃりと地面を削るタイヤの音と焼けつくようなエンジン音とが、みやびの恐怖感を煽る。神社にやってきた不良には意地でも見せたくなかった下着が丸見えという可能性にすら思い至らない。

 まもるはまるでみやびの声を気に留めない。もちろん、みやびとて原付で無駄に巧みなライディングテクニックを披露するまもるに感心する余裕はなく、見えるのは街の景色でなく走馬灯のようにめぐる過去の記憶だ。

 うっすらと気が遠くなる中、みやびはバカ不良の財布の中身程度の値で売られることも覚悟した。





「先に並んでろ」

 夜野みやびの予想は基本的に当たらない。売り飛ばされることを覚悟したはずなのに、下ろされたのは見知らぬ街ではあったものの、いかにもな地下室や怪しい船が止まっている港ではなくどこにでもありそうなスーパーだった。そして自分が売られると思っていたみやびは今買い手としてレジに並んでいる。

「(高級油が特売・・・タイムセールおひとりさま二本限りって・・・)」

 まもるが神社にやってきたときはなぜこんなところで油を売っているんだと思ったが、実際は油を買うのが目的だったらしい。みやびは呆然としているうちに重たいボトルをふたつ両手にぶらさげ順番を待たされていた。油を押し付けたまもるは、別の商品を物色しているのかみやびの視界にはない。

 夕方のスーパーは賑やかで、主婦の姿が多い。制服を着ているのは少なくとも自分以外には見当たらず、みやびは若干の気恥ずかしさを覚える。そもそも、お嬢様育ちのみやびには、こんなところは普段ほとんど縁がない。

「(数量限定の油を私にわざわざ買わせたいってことは、自分も買うのよね・・・)」

 そんな大量の油などなにに使うのだろう。放火でもするのだろうか、とみやびは首をひねる。放火に使うにはガソリンや灯油のほうが現実的なことには、世間知らずのみやびには思い至らない。
 ともあれ犯罪行為に加担するのはお断りだ。みやびはようやく今起きていることを整理すると、レジを目の前にUターンを決める。だが、振り返った瞬間姿が見えないと思っていたまもるが並んでいてみやびの目の前に包丁を突き出した。みやびはまもるの顔を見てまずぎょっとなって、包丁を見て律儀にまたぎょっとする。

「これも買え」

 命令か、と反発心が湧いたのは包丁がプラスチックに包まれた売り物であることを認識できてからである。それにしてもどこまでも犯罪臭漂う購入物ラインナップにみやびは顔をしかめた。

「は?ふざけないで、なんであなたの言うことなんか聞かないといけないのよ」
「おひとりさま二本って書いてるだろ。人数合わせだ」
「だからってなんで私なのよ!?ほかにともだちとか、連れてこられる人いないの!?」
「ともだちねえ。奴隷になりたがるやつならいっぱいいるんだけどな」
「そんなこと聞いてないわよ!というか、なら私じゃなくてその言うこと聞いてくれる人連れて来ればいいでしょ!?」
「おまえは違うのか」
「・・・は」

 この一連の流れでみやびがまもるの奴隷になりたいと言っただろうか。いやない。ただ、あまりにもまもるが当たり前のように言うからみやびは一瞬考えてしまった。
 強引に引っ張られただけなのに、なんだかんだ言ってついてきたということは嫌がってないとでも思っているのだろうか。そうだとしたらやはり不良という生物は狂っている。奴隷という言葉を使う感性にも引いた。そんなものになりたい人種がいることさえ理解できない。

「だっ・・・誰が奴隷よ!そんなわけないでしょ!?」
「・・・わかった。いいから行け」
「だからなんでよ!?」
「ひとりでできないのか」

 ぐい、と包丁を突き付けられるのは嫌悪しかないのに、背後のレジに並ぶ列を見て、周囲の視線に気づいて、ここでごねて非常識扱いされるのは自分だとみやびは悟る。腹立たしくもあったが、よく考えればただ買い物をするだけだと思うと騒ぐのもばかばかしい。みやびは難儀しながら重いボトルを片手で持つと、できるだけ態度悪く振るまいまもるから包丁を奪う。

 奪ってから気づいたのだが、包丁にはきちんと紙幣と、小さい棒付きキャンディが忍ばされている。これがいわゆる飴と鞭のつもりなのかと愕然となる頃すでにまもるはみやびの視界から消え、レジの次の順番は望んでいなくてもやってくるのであった。





 買い物は終わった。これ以上まもるの理不尽に付き合う気は夜野みやびにはなかった。だが、それでもまもるを入口の外で待っていたのは、このままここで帰ってしまってはいけない、という妙な責任感のようなものがあったからだ。みやびは腹のうちにヘドロのようなストレスを抱え、それでも番人のようにまもるを待った。

 どれほど待っただろうか、まもるは片手にふたつの買い物袋をまとめて持ち、制服姿にもかかわらず口にたばこをくわえている。ただ普通にスーパーで買い物をするその姿が、果てしなく似合わない。
 見える場所にはいたが、自分から話しかけるのも癪で黙っているみやびをまもるは特に探す様子もなく、当たり前のように前後のかごに荷物を入れ原付に鍵をさす。がしがしとかかりの悪いエンジンに蹴りを入れるのを眉一つ動かさす繰り返すまもるを見て、みやびのヘドロのようなストレスはマグマのごとき怒りに変化した。

「ちょっと!」
「・・・あ?」
「人をこんなことにつき合わせといて、黙って帰る気!?」
「アホみたいな顔してアホみたいに突っ立ってるから声かけないでいただけだ」

 まもるはみやびの問いかけに、答えはするが、目線は原付から外さない。がつ、と大きな音がしてようやっとエンジンが唸る音がする。アホみたいな顔、という言葉に怒りとは違う熱が頬に灯った。油を持っているせいなのか、まもるはやたらにみやびに火をつけるのがうまい。みやびは油とおつりと、手を付けていない棒付きキャンディを袋にまとめ怒りの衝動のまま突き出した。

 まもるはやはり動じない。ようやくこちらを向いてもその表情が変わらないので、みやびにはその感情も意図も測り兼ねる。威嚇するような目つきが、年下のみやびに生意気な態度を取られて怒っていると言われたら納得するし、そもそもみやびに心が向いていないと言われたらまた信じられる、そんな。

 夜野みやびの予想はなにひとつ当たらない。まもるのことは、少しもわからない。真っ直ぐに向き合って、ただ、たばこだと思っていたくちびるに挟まれたものがキャンディの棒であったという事実が見えただけだ。

 まもるはお礼など言わない。黙って袋を受け取っただけだ。その態度がもう癪に触って仕方がない。
 マグマは、勢いを伴って噴き上げた。

「用は済んだでしょ!?私はもう帰る」
「黙って帰る気かってさっき自分で言っといて、あたしの話聞かずに帰る気か」
「・・・は?」
「おまえ、ひとりで帰れるのか」

 まもるは言葉尻を上げない。尋ねていない。すべての言葉を確認のようにみやびに告げる。
 そしてその態度が持つ意味にみやびは硬直した。みやびはここがどこでどれだけ神社から離れているのか、それすら知らない。

 夜野みやびはひとりでは帰れない。上がったマグマは、一瞬にしてひんやりとした恐怖心となって降りてくる。 

「おまえ、アタマ悪いだろ」

 まもるは問答無用の暴言を吐き、たばこに手を添えるような仕草で、キャンディの棒を握る。まもるの短い言葉はいちいちみやびを挑発するのに、正論を鋭く突いている。もうぶん殴ってやろうかと思ったが、ここでまもるをシメたところで帰宅難民に成り下がるだけだ。自らの手でみやびをこの状況に放り込んでおいただけあって、腹立たしくもまもるは正しい。

「・・・ぐっ・・・誰のせいで・・・」
「こういう手合いはもっと適当にあしらっとけばいいんだよ。さっきのアホどもとか、まともに相手にするからああいうことになるんだ」

 そう言うあなたはアホじゃないのか、とみやびが突っかかる前に、まもるは首を動かしみやびを促した。今度は座席に乗せてくれる気があるらしい。みやびは少し迷ったが、控えめに狭いシートに腰かけた。まもるがヘルメットを押し付ける。

 座ってから、ただでさえ狭い原付をまもるが運転するのだから後ろにずれたほうがいいだろうか、とみやびなりに気を利かそうとしようとしたが、みやびが動く前にまもるは動いていた。前に足を揃えるスクータータイプの原付を豪快にまたぐと、みやびの背後から手を伸ばしてハンドルを握る。

 中学生(当然無免許)と高校生(免許所持してるのかそもそも不明)のおんぼろ原付ふたり乗り(しかも前後にかご付きさらにスーパーの荷物あり)という行為がそもそも果てしなくダサく、お嬢様育ちのみやびの美意識から激しく逸脱したものだったが、そこは客観的な姿で見ていないのでまだみやびの心を乱さない。そんなことより、うしろからまもるに密着されてるみやびは中学生と高校生の差というものをひしひしと感じさせられていた。

「(・・・胸めちゃくちゃ当たってるんだけど)」

 いくらお嬢さま然としていても、その部分も、その部分に関する思考もしょせんは中学生である。図らずも不埒な思いに支配されるみやびに、まもるはまたああ、と思いだしたような声を出した。みやびとは真逆でまもるの態度はいつも勿体ぶっている。

「これ、持ってろ」
「ぶっ」

 自分は勿体ぶるくせにまもるはみやびの返事を待たない。持ってろ、というくせにまもるは背後から問答無用でみやびの口に棒付きキャンディを突っ込んだ。背後からの凶行にみやびは思わず振り返りそうになったが、既にタイヤは回り始めていた。

「今度は叫ぶなよ」

 口にキャンディを突っ込んだのは、貨物状態のみやびの絶叫を一応は聞いていたかららしい。そもそもきちんとシートに座っていれば叫んだりしなかった、とキャンディに舌を絡めたところで、みやびはようやく恐ろしい現実に気づいた。キャンディは口に入った時点で生温かかった。

「ちょっと!?これもしかしてあなたの食べか・・・」

 け、とあとたった一文字で完成する疑問をまもるは待ってくれなかった。ある意味、見事なまでの飴と鞭である。気がつけば原付離れしたスピードに乗せられ、みやびは狂気と死期が紙一重で己に迫っていることを実感するのだった。





 飴と鞭という言葉は理不尽である。夜野みやびなら、鞭に打たれるくらいならそもそも誇り高く飴を拒否することを選ぶ。だが、みやびはそんな己の気高さが世間知らずゆえの甘っちょろい妄想であったことを思い知らされていた。

 狂気の沙汰としか思えない運転の中(捕まらないのかという社会的な問題をそもそも想起できないレベルであった)やっと神社に戻って解放されると思っていたみやびは、またも残酷な現実に打ちのめされる。放課後のさらにあとで拉致されて既に夕暮れは迫ってきているというのに、まもるがバイクを止めたのはみやびの知らない住宅街、バイクとどっこいのおんぼろ共同住宅の駐輪場だった。昭和のドラマのセットのように色褪せたその外観は、夕暮れの街とマッチしているのに妙に異世界めいている。

「・・・うそ」

 あんまりである。
 あんまりな現実にみやびは座席に座ったまま口にくわえていたキャンディの棒をぽろりと落とした。バイクから降りたまもるは面倒そうな態度でそれを拾い、指先の巧みなコントロールでゴミ捨て場に放る。かごから荷物を引きずると、ようやくまもるはいつまでも立ち上がらないみやびを見た。

「・・・おい、ちびったのか」

 これまたあんまりな発言である。ゴミにはまるで姑のよう目ざといくせに、肝心のみやび相手にはろくでもない。冗談だとしても笑えないし、本気なら品性を疑う。

「オムツは買ってないぞ」
「そんなことしてないわよ!ていうかここどこよ!いい加減帰して!」
「ここはうちだ。通り道だから先に荷物置きに行くだけだ。早くしないと傷むものもある」
「・・・あなたの家?え?ここが?」
「シートの中にもう一袋入ってる。おまえも運ぶの手伝え」
「だからなんで手伝わなきゃいけないのよ!?」
「手伝えばそれだけ早く帰れる」
「・・・くっ」

 夜野みやびの予想は当たらない。真っ直ぐ帰してもらえると信じていたのに。否、信じていたかったのに。
 だがここで逃げても帰宅難民なことに変わりはない。そしてもしここで逃げたら、却って事態は悪化する気もした。仮にひとりで神社に帰れたとしても、ここで逃げたみやびに報復を加えるためまたまもるが神社に現れるというのはあり得る話だ。まもるとはもう付き合いたくないと心底思っているがゆえに、ここで不穏な別れ方をしたらかえって危険な気がした。

 そして、ここで待っていたら今度はいつまもるが下りてくるかわからない。シートの中をスーパーの帰りに開いているわけではなかったので、シートの中はスーパー以前からある荷物ということになる。つまり、傷まないものだ。スーパーの買い物をしまいこんだらなかなかまもるがみやびの元に戻らないという可能性は考慮できた。

 いろいろ考えて、非常に不本意ながら、みやびはまもるに従うことに決めシートの中の鞄を引っ張り出した。そんなみやびを問題なしと判断したのか、まもるは防犯意識の低そうなアパートに足を踏み入れる。その背中を猛烈に睨みながらみやびはついていく。

「で、あなたの部屋、どこなの」
「二階の奥」

 これまた中でなにかあったら一番逃げづらい場所ではないか。みやびの背中に嫌な汗が流れるのを感じる。やはり、先を行くまもるは介さない。
 錆びた鉄骨がむき出して激しく軋む外階段をみやびはこわごわ登りながら、こんなに狭く防音性のなさそうな場所なら、少なくともまもるの部屋に入ってなにかあったとき叫びさえすればなんとかなるのではないか、そう自分に言い聞かせていたみやびを、ふとまもるは振り返った。

「安心しろ。ここは防音だけははまともだ」
「余計こわいわよっ!」

 みやびは鋭い突っ込みを入れる。これまで欲しい情報をほとんど後出ししてきたまもるだけに、特になにも言っていないのにいきなりそんなことを言いだしたことにみやびは心の内を読まれたような恐怖を感じた。ここまで信用できない「安心しろ」がかつてあっただろうか。しかも、ただの『防音のまともなアパート』であるならともかく、『狭くてぼろぼろなのに防音だけはまともなアパート』である。恐怖は倍増だ。中であぶないクスリのパーティーでもやってるんじゃないだろうな、みやびの心に夏の夕立の雲のような勢いで妄想が膨れ上がる。

「ここ」

 まもるは言った通り、最奥の部屋の前に立つ。鍵を回し扉を開くと、カーテンを閉め切っているのか真っ暗の部屋の中灯りもつけずに中にずかずかと入り込んだ。

「・・・・・・・・・」

 みやびは、それでも、このミッションさえ終われば帰してもらえるはずだとドアをくぐる。驚くほど物がない玄関を過ぎ、まもるの後を追った。

 そもそも人の家にお邪魔するということに慣れていないみやびは、自分の緊張はそこから来ていることに気付いていた。なんだかんだ言って、荷物さえ置けばもう終わりだと思っていた。なんだかんだ言って、友人だってわるい人ではないと称していた。なんだかんだ言って、頭の悪そうな不良から助けてもらえた。カツアゲはしていたが、自分の財布に収めることはなかった。運転は荒かったが、同じ機に乗っている以上敢えて危険なことはしないと思っていた。
 いくら不穏な妄想をしても、どれだけまもるが偉そうでも、こわい思いをしても実際直接危害を加えられることはないという慢心に似た安心だって、実はあった。

 夜野みやびの予想は当たらない。だからここまで来た。だが、その予想こそが、当たらない。

「おい」

 ぱちん、と灯りがつく音がして、にわかに視界が開ける中見えたまもるが持っていたのは、先ほどみやびに購入させた包丁だった。ただ、さっきと違うのは、売り物としてプラスティックカバーに包まれているのではなく、きちんと切り刻むという用途を果たすべくその刃を煌めかせているということだ。

「なにを―」

 みやびの言葉は最後まで紡がれない。
 それはあまりにも問答無用だった。まもるは、みやびの肩を掴むと押し倒すようにその包丁を振りかざした。これまでの強引と呼べるくらいで済んでいた行動や、冗談や悪ぶった態度とはまったく違う、もっと純然たる殺意がみやびに降り注いできた。
 畳の上に押し倒されて、夜野みやびは地野まもるに殺される。スーパーに売っている安い包丁で、ぼろいくせに防音だけはまともなアパートであまりにもあっけなく、惨めで、情けない最期を迎える。

「っ―」

 みやびはもう思考を停止させた。これまで思考がいったいなんの役に立って来たのか。それなりに頭を使って考えたつもりでも、結果自分がよいと思う方向にはひとつも行かず、あげく、ここで死ぬ。重力よりも早く振り抜かれる包丁は、バイクに乗せられながら見た走馬灯のような景色よりもくっきりと見えた。

 夜野みやびの予想は、当たらない。

「この―」

 思考を放棄したら、なによりも体が動いていた。まもるは腕力に重力という力を加えてみやびに包丁を振り下ろしていたが、みやびはそれよりも早く自分に落ちてくる包丁を横から手の甲を当てて叩き折った。包丁の破片が吹き飛ぶ。その勢いで体をねじりもう片方の手でまもるが握っている包丁の柄に横から拳を叩き込み、体を捻ると同時に膝をまもるの脇腹にぶち込んだ。

 一瞬まもるの手を離れ宙に浮いた包丁の柄を迷いもせずがっつり掴むと、すでにマウントポジションを取ってすぐ下にいるまもる目がけて、折れた包丁を断頭台の刃のように振り下ろす。そこに迷いや恐怖などどこにもない。すでに、みやびにはまもるを刺し殺すビジョンが見えていた。正しいものが見えていたらあとは定められていたことのように体が動くのだ。

 殺される前に殺す、それは動物的な本能で、とても正しいことだから、もうみやびの中で確固たる事実になっている。夜野みやびの予想は当たらない。それは当たるはずの予知の力から目を反らして、経験と思考から算出した凡庸なものばかりはじき出すからだ。当たるものを自ら避けているのに、当たるはずなどない。

 夜野みやびは地野まもるを殺した。これは外れない。意思も、体も、正しい未来の奴隷と化す。みやび自身ももう逃れることはできない。

「―っは」

 はずん、と折れた包丁から音がする。固く突き刺さる感覚に手首、肘、肩と衝撃が電流のように伝う。そこで内臓が、スイッチを入れられたロボットのように動き、呼吸することを体が思い出して、眼球が沸騰しそうに揺れた。さざ波のように引いていた思考が蘇り、現実がみやびの中で浮上する。

 不良をうまくあしらえなかったことも、まもるとうまくやり取りできないのも、正しい未来を見ないようにしてきた結果だ。
 正義の味方という漠然とした運命のもとにみやびに降りてきた力は、未来予知。世界や時間が俯瞰から見えることもあるが、それは時にみやびの生物としての本能に肉薄して、危機に瀕した時は『正しく』相手を制し自分が生き残るビジョンを見せる。肉体はそれに隷属する。徹底的にみやびを生かすその能力はしかし必ずしもみやびの社会的な生活を営む上で味方にはならない。

「・・・っはー・・・はー・・・」

 それは恐怖だった。殺される恐怖ではない。嫌悪感を抱くものに触れられる恐怖でもない、危険な乗り物に乗せられる恐怖でもない、そんなもの、みやびの中で取るに足らない。だからここまで、ついて来てしまった。

 ほんのはずみで、自分が殺意を覚えているわけではない相手を殺すことは、夜野みやびにはとても容易い。理性や意思とは違うところで安易に殺人者に成り下がる恐怖から、今まで積極的に目を反らしてきた。反発をしているようで、実際はいろんなものから逃げていた。逃げられなかった。強者ゆえの恐怖は、みやびをずっと委縮させていた。

「・・・あ、ぁ」

 なにかがこみ上げてくる。吐き気や、汗や、震えや、うめき声が。自力ではどうにもできない。折れた包丁を握る手を、とても苦労してほどいた。夜野みやびは逃げられない。自分では、どうしたって。

「おまえ、やっぱりアタマ悪いだろ」

 だから、この凶刃から逃れるのは、テレポート能力なんか持ってるエスパーでもない限り不可能なのだ。みやびと、墓標のように畳に突き刺した包丁を見下ろしながら降ってくるまもるの声は先ほどと同じだったが、相変わらず感情の読めないその言葉は不思議とみやびの中に染み込んだ。

「とにかく奴隷になりたがってるように見えたから、ほんとにそうならあたしの奴隷にしたほうが安全だと思ってたけど、違うって言うから」

 みやびは奴隷だった。自分の能力の奴隷だった。それから抗って目を反らしても、正義感からも嫌悪感からも逃げられないまま、そして今、奴隷である姿を見せてしまった。

「倒すんならちゃんと戦えばよかったし、逃げるなら引っ込んでりゃよかったんだ。神社でもそうだし、あたし相手にもそうだ。半端に正義感振りかざすくせに普通にやろうとするからみっともないことになる」

 そう、能力も、正義感も嫌悪感も、みやびにとっては意思ではなく自分を隷属させ、支配するものだ。まもるの言葉は、射抜くように明確な真実だ。まもるははいつも正しいことを言っていた。ただ、受け手の今までみやびはそれに反発してきただけで。だが、今のみやびはとても無防備だから、恐ろしいという感情が失せていた。

 みやびの全力の拒絶、あるいは全力の応対は簡単に相手の命を奪う。いかなゴキブリのごとき嫌いな不良でも、否、嫌いだからこそまともな応対ができない。でも大切な参拝客に不愉快な思いをさせる連中を見逃すこともできない。逃げることもできない。きちんと応対ができるようにならなければ。それは人として正しいことだから。だから。だから。
 望んでいないことは息をするより容易いのに、望んでいることはみっともなくあがいて渇望しても、ただ従うだけで完遂できない。能力の隷属から逃れようとして、できもしない漠然とした正しさに必死にすがっていた自分は、結局無能な奴隷ではなかったか。

 自分では見えない鎖は確かみやびに食い込んでいて、まもるになにもかも見抜かれていた。見抜かれて、導かれて、そして。まもるはみやびに凶刃を振るった。だがそれが断ち切ったものはみやびの命ではない。そしてみやびが全力で振るった凶刃は空を切った。

 それはつまり、地野まもるは夜野みやびがなにをしたって。いくら命の危機に瀕して、望まないところで殺そうとしたって。

「おまえじゃあたしは倒せないよ」
「・・・っ」
「だから、安心しろって、言っただろ」

 神社で顔を合わせたあのときから、守られていた。顔を上げれば、まもるが先ほど押さえ込んでいた場所から一瞬ではとても逃れられない場所にいるとわかっていた。だがはっきり顔を見なかったのは、一滴だけこぼれたものを見せたくなかったからだ。
 この放課後、強引すぎで理不尽だと思っていたのにまもるについてきたのは、助けてくれたことに恩を感じたからでも、逃げ道を塞がれたと感じたからでもない。当たらない予想でも当てに行く予知でもない。みやびの中でようやく合点がいった。

 ここに来ることで、運命が、自分だけの力でどうにもならないところで初めて変わる『予感』がしていた。

「夕飯、食べていくか」

 まもるの言葉は相変わらず語尾は上がらなかったが、それははじめてみやびの意志を聞く問いかけだった。みやびは自然と首を縦に振っていた。反発心もなく素直に自分の意志でまもるに従っていながら、みやびはあらゆる隷属から自分が解き放たれていくのを感じていた。それが普通ではありえない力を持つものとしての経験の差なのか、生まれた年の差なのか、もっと違うものなのかはみやびにはまだわからない。わからなくてもよかった。ただ、確かにみやびはまもるに救われていた。

 先ほど自分を殺すはずだったはずのみやびに、まもるは無防備に背を向ける。先ほどまで振り回されて挙句包丁まで向けられたまもるに、みやびはもう反発心は湧かなかった。





 落ち着いてみればもうなにがあっても驚くまいと思っていたみやびだが、それでもやっぱり驚かされた。
 まもるが出したのは手料理だったこと、お金がかかったものではないが素直においしいと思えたこと、そしてなによりまもるの食べる姿勢や所作がとてもきれいだったこと。よい方面で驚かされると思っていなかったみやびは相変わらず当たらない予想に顔をしかめながら、ちゃぶ台を挟んで大して弾みもしない会話(まもるは基本的に会話を広げる努力をしない)をしたり黙ったりしつつ、ようやく地野まもるという人物に興味を持ち始めていた。

 まもるは聞けばある程度は答えてくれた。物のほとんどないおんぼろアパートで実際にひとりで暮らしていること。購入した大量の油は、もちろん放火ではなく料理や備蓄に使われること。そしてみやびがへし折った包丁は、純粋にみやびを殺害する用途に購入したものだったらしく、きちんと料理用の包丁は別にあること。
 スーパーにあるような安物の包丁で料理なんてしないと言うまもるにみやびは呆れた。高い包丁なら殺されていいというわけではないが、殺人より料理の用途に使う包丁が格上な基準は謎である。そして、それをみやびにわざわざ買わせる神経も。

「今度はちゃんと送ってやるよ」

 同じ時間を過ごしながらもまもるへの謎は深まっていくばかりで、みやびは最初は帰りたくて仕方がなかったはずなのに、すっかり夜になった駐車場で謎の名残惜しさを感じていた。待ち望んでいたはずの言葉が、どこかちくりと胸に刺さる。

「・・・ねえ、またこれ乗るの?徒歩じゃだめなの?」
「あたしが歩いて帰るのめんどくさいんだよ」
「めんどくさいならなんでこんな移動手段使うのよ。瞬間移動できるくせに」
「・・・いいから乗れ」

 多くを語らないまもるに、みやびはふと、まもるももしや能力に難儀している部分があるのかもしれない、と思った。それならいつか、まもるが自分にしてくれたように、力になれたら、漠然とそう思う。この疎ましく思っていた能力も、ものにすればまもるの力になるだろうか。隷属ではなく、自分の意思で。
 ただ、想像にすぎないだけに、今の時点で自分が手出しできるものではない、とも。

「・・・あんなスピード出すならもうほんと嫌なんだけど」
「あれはエンジンに悪いからもうやらない」

 みやびに、ではなくエンジンに悪いというのがなんともまた。それをツンデレと積極的な受け止め方ができるほど大人ではないみやびは、ふて腐れつつもまもるが放るヘルメットを受け取る。今度は、きちんと自分の望む意思で。

「エンジンに悪いなら最初から普通のスピード出せばいいじゃない」
「タイムセールに間に合わなかったらどうするんだよ」
「じゃあ帰りは!?」
「買った冷凍食品が溶けたらどうするんだ」

 不良でエスパーのくせに心配事がいちいち所帯じみすぎていて呆れる。そして冷凍食品の心配をしながら殺人を画策する神経はどうやったら身につくのだろう。
 だが、家や愛車がおんぼろで、買い物にこんなに手間暇かけてスーパーのタイムセールにわざわざみやびを連れていくあたりもそうだが、案外苦労人なのかもしれない。しかし苦労してるなら、同じカツアゲをしても神社でなく自分の財布に収めればいいのに、それもしない。

 友人が言っていた「わるい人ではない」がやや腑に落ちた気がした。気がつけばタイヤは回っていたが、今度は流れる景色と押し付けられる体温が心地よいと思えるスピードで、ダサい原付にダサい二人乗り、みやびは夜風と巨乳に挟まれながらどこか青春を感じていた。
 




「奴隷にしてください」

 神社に帰ってあとは日常に戻るだけ、と思っていたみやびを待っていたのはすっかり存在を忘れていた不良コンビであった。参道でなぜか揃って土下座までしている。生きていたのか、まだ神社にいたのか、と思うより先に、奴隷と言う言葉を使う感性にやはり引いた。不良の世界では案外ありふれた言葉なのかもしれないが、生憎みやびは不良ではない。

 だから不良は嫌いなのだ。みんな清らかで正しくやさしく生きて行けば、予想外の事態に遭遇することなく、予知の力は心置きなく不慮の不幸に向けることができるのに、こういう連中が視界に入るせいで。みやびはまもる相手では解消できなかったストレスが湧き上がるのを感じる。

「なんで奴隷なんかっ・・・」
「ずっと待ってたんです!どうか奴隷にっ!地野さんっ!」
「・・・は?」

 自分に言われていると思っていたら、後ろからのたのたと石段をあがってきたまもるに向けての言葉だったらしい。自分の勘違いに気付き赤くなるのをごまかすのと同時に、まもるの姿を確認しようとみやびは振り返った。
 まもるも自分に向けられる言動に気づいたらしく、もともとこわい顔で表情豊かとは言いがたいにしても、みやびが傍から見ても嫌だという顔をしていた。奴隷になりたいやつがいっぱいいるという話はあながち嘘ではなかったようだが、それをまもるが喜んでいるかと思ったらそうでもないらしい。みやびをわざわざ引っ張ってきたあたりからもわかることだが、まもるにも選ぶ権利はあるということだ。

「お願いしますっ!」

 だみ声のシンクロに、みやびは精神衛生上よくないものをもやもやと感じていた。まもるの一撃には人の心を掴む能力でもあるのだろうか。少なくともみやびは掴まれてしまったのだ。だから、この行動に理由をつけるなら、ただこの連中にムカついたからなんて若さとエネルギーと理不尽を持て余した不良のようなことを言うしかない。
 このやり取りには本来無関係のみやびは、ほとんど衝動で目の前の不良ふたりを蹴飛ばした。予知の力も正義感も自分を縛る枷もない素直なその一撃は、まもるには及ばずともとても鮮やかなものであった。

 神社で暴力などとか、相手を誤って殺してしまうのではないかと自分を律していた思考を一切ふっとばし、そして不良をまとめて沈めたみやびを迎えたのは、意外なほどの解放感、そして初めて見たまもるの笑顔。

「これでおまえもワルだな」

 感じたことのない感覚に頭がくらくらする中、まもるの口元に拳を当て吹き出すように笑う姿が意外とかわいい、と不覚にも思う。だが、そんなこと、気づかれたくなんてない。

「・・・あなたといっしょにしないで」

 夜野みやびは不良ではない。弱いものを見下して社会規範から外れなにをしでかすかわからない連中など、嫌悪の対象でしかない。神社に捨ててあるがびがびのエロ本の方が、まだ慎みがあるというものだ。その気持ちはやっぱり、殺されそうになって殺しそうになって人生が変わって青春したところで、変わらない。

 ただ、まもると立場がいっしょではないにしても、少なくともまもるへの見方は変わった。そしてそんな自分を知った。今度こそ自分の意志で、足で立ってまっすぐ向き合う。

「あと、おまえって呼ぶのいいかげんやめて」
「へえ」
「みやび。私の名前・・・夜野みやび」

 夜の風はぬるくて、神社に注ぐ月明かりは雲に覆われている。傍には頭の悪そうな不良がふたり転がって、お世辞にも美しくなんてないシチュエーションだ。まもるは先ほどの、不覚にもみやびがかわいいと思わせるような笑顔ではなく、唇の端を微かに上げ表情の読めない顔をした。ほとんど無意識のように胸ポケットに手をやり、そこで目当てのものが入っていなかったのか、なにも出さずにひとりで舌打ちをした。拉致される前も同じ仕草、それがなにを意味するのかわからないみやびには、その間が妙に痛い。

「みやび、ねえ。名前負けだな」
「あなたに言われたくないわ!」
 
 それだけためて嫌味かい、とみやびは思った。名前など自分で選べるものではないのに。だいたい、名前負けと言えばまもるのほうだ。せめるとかなぶるとか、そういう目つきをしているのにまもると言われても困る。しかもひらがな。
 思わず睨み付けたみやびを、まもるは見下ろしている。見下されていると思っていたが、見下ろされている。

「あなたに言われたくないって、そのまま返す」
「・・・は?」
「地野まもるだ」
「・・・・・・・・・」
「あなたって呼ぶな」

 まもるの低い声は、ゆったりと重さを伴ってみやびに下りてきた。その言葉はみやびへの拒絶で、意思を問わない命令だ。相手の否定を一切許さない奴隷に対するようなその口調は、それでも、いかなる嫌悪感もみやびに巻き起こさなかった。むしろそれは、拒絶と恐怖で武装してきたみやびに、不意に内からむず痒い熱を湧き上がらせた。

「・・・まもる」

 思っていたより、すとんと言葉が出た。隷属ではなく、受諾であったからだ。二人称を拒絶したまもるに対して、自分がそう呼びたいと思ったから。

「・・・呼び捨てかよ、おまえ。先輩に向かって」

 まもるは先ほどみたいな破顔などしなかったが、言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうだ。
 その態度が、不思議とどこかうれしい。まもるの意図はわからなくても、そこに恐怖が、ない。

「どこを先輩として尊敬しろって!?あつかましいのよ」
「夜にわめくな。アタマわるいと思われるぞ」
「思ってるのまもるでしょ!?」
「わかってるなら反省しろ」

 そこでまもるはゆらりと向きを変えると、不良を蹴り転がし、首根っこを掴みだらだらと石段に向かい始めた。女子ひとりと男子ふたりの差はもちろんあるが、夕方みやびを拉致したときとはえらい差である。まもるの力を考えると、あれでもいちおうやさしくされていたと思うべきなのか、とみやびは思う。

「・・・まもる、それ、持って帰るの?」
「その辺捨ててく」
「奴隷にしてあげないの」
「いるか?こんな連中。あたしはいらない」

 不毛な会話である。だが、この会話の中でみやびはふと思い出していた。まもるはみやびの安全のためならみやびを奴隷にしてもいいという旨の発言をしていたのではなかったか。
 結果的に奴隷のような身であったとはいえ、奴隷になりたいと思ったことはないし、奴隷になりたがる意思も理解できないと思っていたが、単純に選ばれる立場という点で言えば少なくともみやびはまもるに気に入られている。

 がびがびのエロ本よりも嫌いな不良に気に入られている。しかも普通に生きている上で想像しうる行為から安易にはずれ、予知の力を駆使してすら殺害に至ることができない地野まもるという人物に。そんな現実に、みやびはにやりと笑い、すでに去ろうとしているまもるに声をかける。

「まもる」
「あ?」
「お大事に」

 精一杯の皮肉と、ほんの少しの本音を織り交ぜて。
 みやびとて、やられっぱなしではなかった。予知の力を使ってもまもるを殺害できなかったが、脇腹に入れた膝の一撃は瞬間移動の力を持つまもるですら逃れることはできなかったのだ。自分の能力は完全ではないが、まもるとて同じ。それを知って、それを少しも見せようとしないまもるを見て、心配よりも罪悪感よりも、ほんの少しの親近感がわいたのは確かだったから。

「うるせえよ」

 振り返るまもるも、にやりと笑っていた。それは正義の味方らしからぬわるい笑顔だった。そして、それはお互いさまだった。案外、ふたりは似た者同士であった。

「ガキはオムツしてさっさと寝ろ」
「ちょっと、誰がガキよ!?」
「あたしの運転でちびって腰抜かしてたくせに生意気なこと言ってるんじゃねえよ」
「ちびってないわよ!変なこと言わないで」
「だから、夜に騒ぐな」

 抑揚のない声でみやびにアドバイスなのか嫌味なのかわからない言葉をかけまもるは去っていく。飴と鞭の嵐を食らい取り残されたみやびはそれでも、高揚感、そして予知の力を以てして次にあるかわからないまもるの来訪を、ほんの少しだけ待ち遠しく思った。

 





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 続きがあるかは不明。プロト内部のデータ教えてください・・・
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