音の向こうの景色

つらつらと思い出話をしながら、おすすめの名曲をご紹介

岩谷時子/平尾昌晃 「ともだちがいる」

2014-01-30 22:37:14 | オペラ・声楽
 昨年末に、女声合唱団を立ち上げた。私は事務局と練習ピアノ担当で、月3回、幸せな時間を過ごしている。互いに見ず知らずだった20名ほどのメンバーは、回を追うごとに会話を増やし、今や和やかに歌っている。指導する駒井さんが軽口をたたいて皆を笑わせ、皆がそれに応えて面白いことを言い返す。笑顔になれば自然と声がのびる。合唱ってこんなに楽しいものだったかな、とつくづく思う。
 中学3年間、1月の末にクラス対抗の合唱コンクールがあった。私は中1、2と指揮をし、中3のときはピアノを弾いた。毎年懸命に頑張ったのだが、クラスを引っ張る人間としては、最悪だった。拍子に合わせて腕を振り回す「指揮」が下手くそだっただけではない。「大勢で歌を作り上げるということ」そのものに対する考えが間違っていた。
 練習が始まるともう、音を正しく歌うということ以外、頭になかった。少人数で練習して音程が下がっている人は名指しで注意したし、ピアノを強く叩いて苛立ってばかりいた。「マジメに取り組まない輩」に腹を立て、練習に来なかったクラスメイトの名前を教室の後ろの黒板に書き出したこともある。そもそも自由曲の選び方からして、なっていなかった。自分に指導力がないことを棚に上げて、「難しいハーモニーは歌えないに決まっている」と高をくくっていたのだ。
 中3のときは、音楽的技術は諦めて情緒的な内容で勝負しようと考えて、曲を選んだ。大中恩の「月のうさぎ」。ドラマティックに作られた素晴らしい曲で、内容はお釈迦様に身を捧げた兎の話だ。起承転結がはっきりしていて、皆が感情移入しやすいという点では悪くなかったのだが、結局勝てなかった。優勝したのは、湯山明の「宝石の歌」を歌ったクラス。和声の難しさと、アカペラ部分があるという理由で、曲選びの早い段階で私がさっさと候補から外してしまった曲だった。そのときにはまだ、まったく気づいていなかった。心から人を信じれば、その人は想像以上の力を発揮してくれるのだということを。
 高校時代、ミュージカルの部活での合唱指導も、まあ酷いものだった。後輩の言葉を借りると、「いつも音楽室のドアを開けて『キタナイ~』と言って、ぴしゃりとドアを閉めて去っていく」ばかりだった。同級生が必死になって、後輩たちの間に「連帯感」を生み出そうしているのを、冷めた目で見つめていた。裏で彼らに「私達がせっかく作り上げた輪を乱さないで」と窘められても、「下手なものに下手と言って何が悪い」と開き直っていた。自分の書いた編曲の拙さなど、1ミリも頭をよぎらなかった。
 大学に入ってコーラスグループを組んだときも、状況は一向に変わらなかった。歌えるメンバーが揃った分、私の受容性が激減した。練習に集まったメンバーが音楽づくりに関係ないことを喋るのを見るだけで嫌気がさした。自分自身が弾けるかどうかは二の次で、なぜ一生懸命考えて歌おうとしないのかと仲間を責めた。それぞれが、それぞれのやり方で歌を楽しんでいるということが、微塵も理解できなかった。たぶん自分がこの世で一番エラいと思っていたのだ。勝手に、孤独だった。
 プロの音楽家を志す仲間たちと一緒に舞台をやるようになって初めて、音楽に対する「温度差問題」を感じずに済むようになった。企画をするにも、舞台の裏方をするにも、演奏するにも、彼らの容赦ない情熱に「ついていく」という喜びがあった。私が楽しくなってきゃぴきゃぴしていると「仲よしこよしでやってるわけじゃないんだ」と、叱られたことさえあった。何時間も飲まず食わずで合わせをし、ときには喧嘩腰で議論した。いずれにしても、私は居場所を見出した思いで、やっと息をついた。
 しかし、あれから10数年。音楽の企画でお金をいただくようになり、お仕事で演奏家を派遣するようになり、たくさんの音楽家と一緒に時間を過ごすようになって、やっとわかるようになった。目標達成のために全員が決死の覚悟でいる必要なんてない。肝心なのは、各人が気分よく能力を発揮できる環境であり、あたたかい人間関係であり、心からの信頼とそれに応えようとする想いなのだ。それぞれが羽を広げられることなのだ。
 中1の合唱コンクールのとき、となりのクラスが歌っていた「ともだちがいる」。悪友Cの指揮で、みんながニコニコと練習しているのを聞いて、衝撃を受けた。昭和50年度のNHK全国学校音楽コンクールの課題曲だった合唱曲だ。岩谷さんのやさしい詩と、平尾さんの素直なメロディーと弾むようなリズム。1組のみんなは、歌う喜びを自然に共有していた。私にはそれがとても不思議で、ただただ、うらやましかった。そのときすでに、自分の方向性は間違っていると、心の奥では感じていたのだ。それでも私は長いこと、「みんなを信頼する」という勇気が持てなかった。
 ♪みどりの風の中 わたしたちはいる 目と目でほほえむ ともだちがいる ―――あの歌詞の意味が、やっと、本当にわかる気がする。言葉を交わさなくとも、微笑み合う仲間がいる。プロだろうとアマチュアだろうと、本番があろうとなかろうと、一緒に歌を歌い、音楽ができるということは、この世の奇跡ともいうべき時間なのだ。♪光と風の中 わたしたちはいる やさしくよんでる ともだちがいる――― あの日講堂で聞いた「ともだちがいる」は、今、私に教えてくれる。人と共に生きる喜びと、人を信じるうれしさを。 ♪ちいさな思い出は 青い海こえて 心と心 つないでくれる―――
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