音の向こうの景色

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メトード・ローズ・ピアノ教則本 上巻より 「ブーレ」

2013-01-30 22:31:20 | ピアノ
 久しぶりに、生まれ故郷の街を歩いた。「故郷」と仰々しく言っても、今住んでいるところから自転車で20分とかからないところだ。ただ、数年に一度も行かないので、まさに「近くて遠い」。この界隈には、ここ数年の間に新しい高層マンションが建ち、高級スーパーができ、だいぶ雰囲気が変わった。それでも、当時私たち一家が住んでいたマンションは、そのまま残っている。遊び慣れた近くの公園には子供たちの声が響き、20数年ぶりに訪れた小さな貝塚遺跡の展示も、変わらずにひっそりと佇んでいた。
 中学1年まで暮らした街、高輪。まぎれもなく、私の故郷。「家に帰る夢」に見るのは、決まって同じ道だ。田町方面から聖坂を登り切って、伊皿子の交差点へ向かって歩くと、視界が開ける場所。―ああ、もうすぐ家に着く― 母に手を引かれて信号が変わるのを待った。その場所に立って、目を上げると、なぜかほっとする。
 私が交わった最初の「経済社会」は、この伊皿子交差点付近の商店だった。まず、パン屋さん「パネーラ・キムラヤ」。おこづかいを握りしめて、お菓子を買いに行くと、おじさんは「いつも元気だねえ!」と目を丸くしていた。わたガムやトゥインクルチョコレートの売り場に背を向けて、初めてエンゼルパイを買ったときの「大人になった」感覚が、からだの奥に鮮明に残っている。
 道の反対側に、食料品店「いせや」さん。「スポロン」という三連の乳酸菌系ジュースがほしくて、私はよく冷蔵庫の扉の前でぐずぐずした。一人でおつかいに行くようになると、おじさんは静かにほほえみながら、豆腐をビニール袋で包んでくれた。成人式の日にこの街を歩いたときには、まだお店があった。私の振袖姿に、おじさんはまた静かにほほえんでくれた。
 長いこと「おだんごやさん」と呼んでいた和菓子の松島屋さん。明るく元気なお兄ちゃん(私が幼かった頃の「お兄ちゃん」だが)が継いだこのお店はまだ健在だ。お客さんが来ればここの豆大福、お祝いごとがあればここのお赤飯、夏にはここのかき氷と葛桜。「皇室ご用達」のお店だと知ったのは、割と最近のことだ。なんと贅沢だったのだろう。
 交差点の角にはお魚屋さん。背の高いおじさんはクールな風貌だったが、小2の社会の宿題につきあってくれた。私はお掃除の様子をじっと観察させてもらい、明らかに仕事の邪魔になるところに陣取って商品棚を写生した。その向かいはお肉屋さん。おつかいに行って、意味もわからず「ぶたばらさんびゃく」という呪文を唱えると、カウンター越しにおじさんのあたたかい笑顔がのぞいた。必ず少し多めに包んでくれた。
 そして、八百春のおばあちゃん。私が一人で行くと、いつも果物をおまけしてくれた。朝、学校へ行く時間に、おばあちゃんは交差点で待っていてくれる。バスと徒競走するために、私は横断歩道の手前でスタンディング・スタートのポーズをとる。走り出す背中に、おばあちゃんが声をかけてくれた。「今日もいいことあるよ!」絶対にいいことがある気がした。
 交差点から伊皿子坂を下りかけたところに、私が初めてピアノを習った先生のお宅がある。おそらく1年半ほどは通ったはずの、古いお宅の木戸がある。確かに覚えていることは、3つだけ。「めぐみ先生」というお名前だったこと、4歳の誕生日が来るまで習い始めるのを待ったこと、「メトード・ローズ」という濃いオレンジの本を使ったこと。
 表紙にバラの絵のついた教則本「メトード・ローズ」には、フランスの民謡や、フランスの物語を題材にした練習曲が詰まっていた。私は中でも、「ブーレ」というタイトルの曲が好きで好きで仕方なかった。ブーレというのは、17世紀フランスの舞曲だが、楽譜の下には「古い田舎の踊りの曲で、重い木沓を吐いて踊るのです。」とあった。オーベルニュの人々がこの木沓を鳴らして踊っているのを、以前何かの映像で見たことがある。
 バッハのチェロ組曲で有名なブーレは2拍子系だが、私が覚えた「ブーレ」は3拍子。左手の和声がIのまま、バグパイプ的に5度を弾くだけで変わらない。その土くささを幼稚園生なりに感じたのか、指が簡単で楽しかったのか、かなり粗っぽく弾いていた。大きな声でメロディーを歌いながら、いつまでも、いつまでも弾いていた。それが、楽しくて楽しくて仕方なかった。
 高輪を歩いていると、このブーレのメロディーが浮かんでくる。おそらく私にとっての「故郷」の一曲なのだ。そしてこの素朴な曲とともに、人の笑顔ばかり思い出す。なんとたくさんの人に愛されていたのだろう。なんと多くの人に支えられて育ってきたのだろう。聞くところでは、私はちょろちょろ走って電信柱にぶつかっては、街中に響く声で泣く、お騒がせ者だったらしい。大勢の大人の目に守られて、のびのび育てられたのだと気付く。
 ブーレを口ずさみながら、交差点を渡る。八百春のおばあちゃんの声が聞こえる気がして、ふと振り向く。「今日もいいことあるよ!」そうだ。今度は私が、誰かにそう言ってあげよう。
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