音の向こうの景色

つらつらと思い出話をしながら、おすすめの名曲をご紹介

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リヒャルト・シュトラウス 二重小協奏曲

2012-03-22 00:32:54 | 協奏曲
 あたたかい風を感じて、大学院の卒業式を思い出した。華やかな式ではなかったけれど、とりあえず晴れ着を着て、博士号のお免状をいただいた。まあ、この紙をもらったからといって、別に生活は変わるわけではないと思っていたところ、家にゴキブリが出た。私も得意ではないほうだが、引っ越しを手伝いにきてくれていた友人・麻衣ちゃんが、恐ろしい金切声をあげた。「ちょっと、牧菜、理学博士でしょ!!」はからずも気圧されて、へっぴり腰で退治した。そうか、もう私はゴキブリにびびってはいけない資格を取ったのか。博士号取得後、最初の作業だった。
 そしてこの春、京大でのポスドクが決まった。「ポスドク」というのは、博士を取った後に研究員として勤める職のことで、研究者としてアカデミーに残る人は、大体このコースを進む。私は学部時代から、さっさとアカデミーを出ると言い続けていたのだが、魅力的な新しい研究室立ち上げの話を伺って、即、京都行きを決心してしまった。快く受け入れを決めてくださったボス・加藤和人氏に感謝しながら、うきうきと準備を始めた。
 京都では、友人の叔母様宅に居候をさせていただいた。場所は山科。京都駅から一駅。峠を越えれば、東山区だ。とにかく私にとって、はじめての関西、それも古都である。ただ外を歩くだけでも楽しかった。朝は早めに起きて、通勤路をなるべく徒歩にしようと試みた。天気が良いと、1時間半ほどかけて百万遍のキャンパスまで歩いたことさえあった。
 イヤホンでドヴォコン(ドヴォルザークのチェロ協奏曲)を聴きながら歩けば、鉄道会社のCMもかなわない。青空にどかーんと現れる平安神宮の赤い鳥居を眺めると、これ以上ないほど爽快な気分になる。聖護院あたりの人気のない裏道では、山伏さんたちと遭遇して、我知らず会釈をしたこともあった。京都は山が近くて、空が広い。東京とは少し違う時間の流れ方が、とても新鮮だった。
 朝、まだ誰もいない研究室にたどり着くと、私はよくリヒャルト・シュトラウスの二重協奏曲をかけて、仕事を始めた。新設されたばかりで、まだがらんとした研究室に、明るい陽射しが差しこんでくる。窓を開けると、緑の匂いがする。木管のやさしい音を聴きながら、パソコンに向かう。クラリネットとファゴットの打ち解けた会話が始まる。全楽章をリピートして聴いていると、そのうち研究補佐員の山本さんが出勤してきて、「これ、きれいな曲ですね」。私達も笑顔で挨拶を交わした。
 このクラリネットとファゴットのための二重協奏曲(コンチェルティーノ)は、リヒャルト・シュトラウスが最晩年に書いた、穏やかで美しい擬古典的な作品だ。彼の大編成でド派手な作品群ではなく、オーボエ協奏曲や、オペラ「カプリッチョ」の前奏曲の類に入る。室内オーケストラ規模の弦楽器とハープの伴奏で、2本の木管楽器が仲良くおしゃべりする。聴く分には、耳馴染みの良い、やさしい印象の作品だが、楽譜を見てみると様子が違う。パートによって書いてある拍子が異なったり、弦楽のパートがソリスト並みに技巧的だったり、なかなかの難物だということがわかる。さすがは、シュトラウス。
 さて、当時私のボスだった加藤和人氏の師匠は、生物学者の岡田節人氏だった。発生生物学の大家としても、文化人、音楽愛好家としても有名な節人氏に、京大にいる間、何度かお目にかかることができた。いつもヴィヴィッドなお洋服に目を丸くしていると、女性は鏡を見るから長生きするんじゃないか、とおっしゃる。鏡でよく自分の姿を見て、体の変化に気をつけること、そしてお洒落をすること。それが長生きの秘訣だと。80歳近い氏のエメラルドグリーンのジャケットを眺めながら、説得力があるなと思った。
 京大の理学系の学部では、どんな偉い教授でも「さん」付けで呼ぶらしい。これが私には大きなカルチャーショックだった。真理探究の上では平等だという通念があるようで、皆が「さん」付で呼び合っていた。節人氏に代表されるような京大の自由な雰囲気と、議論好きで闊達な研究者たちに出逢って、私は日々刺激を受けた。キャンパスにいると、「優秀な人」にも多様性があるのだなあ、としみじみ感じた。
 びしっと決めた格好で1日18時間研究室にいるような研究者もいれば、かなりラフな軽装でふらふらっと歩いている研究者もいる。自分の好きなことを、好きなスタイルでとことんやる人たち。音楽家に似ている。そして、自分の研究のことを、楽しげに話す彼らがキラキラして見えた。ベテランの大科学者も、若い大学院生も、ざっくばらんに話してくれた。私も、遠慮なく質問した。肩の力が抜けたおしゃべりの中に、ときには人類の夢が詰まっていた。二重協奏曲を聴くと、そんな京都での会話の数々を思い出す。
 そういえば一度、先述の節人氏が大学で講演をされた後、聴衆の若い学生から質問が出た。「今、大学に入りなおして勉強するとしたら、どの分野を選ばれますか?」学生の質問の意図は、分子遺伝学的な手法が発展した今、生物学だったらどの分野を選ぶか、ということだったのだが、節人氏は、何をいまさら、という顔をして答えた。「そりゃあ、芸術。音楽に決まってますわ…」
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