音の向こうの景色

つらつらと思い出話をしながら、おすすめの名曲をご紹介

ゴットシャルク ブラジル国歌による大幻想曲

2009-01-05 23:35:27 | 協奏曲
 元旦に初詣に行って、思い出した。19になる年のお正月、母と伯母に連れ出されて、近くの神社に厄年のお払いに行った。神主さんの祝詞は面白いし、あの厳粛な雰囲気も好きなので、私なりに真剣にセレモニーを堪能した。お払いが終わって、「清清しい気分だねえ」などと明るく言い交わしながら本殿を出ると、参道には初詣客の長い列が続いていた。と、その瞬間、私は境内の階段の上で滑り、ずだだだだーーーんと、轟音を立てて、足から落ちた。数段だったが、木の板に全身を打ちつけて、ものすごい音がした。
 静まり返る神社。私はしばらく何が起こったのかわからずに、地面に寝そべって青空を眺めていた。どこも痛くない。しかしふと自分は、めでたい正月早々、大勢の目の前で境内から落ちたのだという事実に気づき、笑いがこみ上げてきた。そそくさと立ち上がると、参拝客全員が口を開けて呆然と私を見ていた。落ちた「私」は厄落とし~、だ。しかし、こんなに派手に落とすとは思いもよらなかった。ご参拝のみなさまに「もれなく厄のお裾分け」状態ではないか。言うまでもなく、私にとっては素晴らしい一年となった。
 こんな風に、目立とうというつもりはないのに目立ってしまうことはよくあるのだが、自分が派手好きだと思ったことはあまりない。持ち物の好みもシンプルなほうだし、人前に立つより裏にいるほうがいい。しかし、編曲の好みは、基本的に派手好きのようだ。最近自分でもそれが、ちょっとわかってきた。
 先日、自分の編曲したクリスマスソングを演奏してもらったのだが、コンサート終演後に演奏者達から「あの編曲は…派手ですよね。」と言われて、驚いた。「一段ごとに盛り上がっていくから、もう、なんだか、引き返せない感じで…。弾いちゃいました。」弦楽5部+フルート+ピアノの伴奏で、ソプラノに歌ってもらうという形だったのだが、確かに、弦楽器みんな、最終的にすごい音量で弾いていた。言われてみれば、あの「引き返せない」感が、好きなのかもしれない。
 小学生のとき、学校で歌っていた「あいのわざ」という賛美歌。ハモリがダサくて、子供の頃は大嫌いだったのだが、数年前にコンサートにかけた際に、思い切って自分のイメージで編曲してみた。紅白のトリのような雰囲気で、最後は大いに盛り上げて満足していたら、聴きにいらしていた小学校時代の音楽の先生に「あれは、派手ね。」と笑われてしまった。
 「クラシックでない歌を、アコースティックな編成をバックにして盛り上げる」という構図に、子供の頃から強い憧れを持っていた。6年生ぐらいから高校時代までよく見ていた、深夜の「ミュージック・フェア」。それからNHKの「ときめき夢サウンド」。いつも編曲のかっこよさに舌を巻いた。弦楽器群をバックに歌われるポピュラーソングは、たまらなかった。なんでもない軽妙な曲でも、壮大な「泣ける曲」になってしまったりする。素朴な唄が派手になればなるほど、爽快だった。曲が華やかになるのが、大好きだったのだ。
 ところで、身近な曲をド派手にする、といえば、真っ先に思いつく一曲がある。ゴットシャルクの「ブラジル国歌による大幻想曲」だ。サッカーの試合で流れる、あのブラジルの国歌によるファンタジー。もともと、ヴェルディの合唱曲のように盛り上がる国歌だが、これがピアノ協奏曲になっているのだ。ショパンのようにキラキラと煌く「ブラジル国歌」。リストのパラフレーズのように、オクターブで連打される「ブラジル国歌」。短調になってオペラのワンシーンのようにシリアスになる「ブラジル国歌」。ちょっとやりすぎじゃないか、というぐらい。正直言って、若干コミカルにさえ聞こえるほどだ。
 高校生の頃、これを聴いて触発されて、ピアノの前に座り「むすんでひらいて」を弾き始めたら、やめられなくなってしまった。夢中になって、心のおもむくまま、自分の手が動く限りの「むすんでひらいて」を弾き続けた。どうやら1時間ぐらい鍵盤を叩いていたらしい。居間へ戻ると、母は驚き呆れた顔で「ずいぶん壮大になってたわね…」と言った。私は爽快な気分だった。いいじゃない? 派手好きでも。今年も、大いに派手に行こう。
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