Kポアイドルで妄想BL小説書いてみる@すうぇん

自称ダメ人間の最高峰が妄想を絞り出して書く微BL(*´◒`*)

iKON小説 [LOVE ME] 前編

2020年06月29日 | 1話完結小説

オレンジ色の明かりが、少しだけ開いたカーテンの隙間から差し込む朝の青白い光に混ざって薄まっていく。
薄っすらと目を開けたジナンは、その光景をぼんやりと見ていたが、少しずつ自分の置かれている状況を飲み込めずに不安げに顔を上げた。
完全に裸であることを認識すると、恐る恐る視線を横に移す。同じように裸の広い背中が見えた。

「う・・・・・嘘・・・・。」

言いかけてジナンは自ら口を手で塞ぎ、音を立てないよう揺らさないように細心の注意を払ってベッドを降りた。寝ている男の顔を少し離れた場所から確認してみる。
誰だ・・・?
全く昨夜の記憶が無いことにジナンは恐怖を感じた。部屋の床に脱ぎ捨ててある服を搔き集め、ジナンは表情を歪めながら身に着けた。
何やったんだ、俺。
全然知らない男と何で・・・。
頭の中は大混乱だ。綺麗に整頓された室内を眺めて、ここがホテルであることもわかっている。蘇る可能性の少ない記憶を必死に辿るが、すぐに無駄だと諦める。
ジナンは音を立てないように部屋を出て、エレベーターを探して廊下を歩きだした。

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ホテルのロビーでチェックアウトを済ませ、高額な宿泊費を取られたことに苛立ちを覚えながらジナンは自動ドアを抜けた。シンとしていた辺りの空気が一気に動き出す。
太陽は結構な高さで街を浮かび上がらせ、喧騒はジナンの不安な気分を煽って来る。
ジナンは携帯電話をポケットから取り出し、時間を確認する。
9時15分。
曜日の表示の『日』という文字だけが、唯一彼を安堵させた。
ジナンはとりあえずこの場を、この街を離れたいと、バス停に向かいちょうど到着したバスに乗り込んだ。席に着いたと同時に、キム・ジウォンの番号を携帯電話で表示させた。
この時間に彼がすぐに電話に出ることは無いことを知っているジナンは、嫌がらせのように延々と呼び出し音を鳴らし続けた。バス停一駅分ぐらい進んだところでようやく寝惚けたような声のジウォンが電話に出た。

『あい。』
「ジウォン、昨夜俺どうなったんだ?」
『今何時だと思ってんの…。』
「朝の9時過ぎだよ。普通じゃん。」
『俺さっき寝たとこなんだってば。わかってんでしょう?』
「悪いと思ってるけど今マジで焦ってんだよ。お前の店に行ったのは覚えてるんだけど、その後が・・・。」
『何かあ・・・怪しいジジイと奥のテーブルで楽しそうに飲んでたよ。』
「ジジイ?」

ジナンはさっきのホテルのベッドに眠っていた男の顔を思い浮かべる。うつ伏せに眠っていたためはっきりとは見えなかったが、年齢はまだ若い男だった。

「そ・・・それで?」
『ジナンさんが泥酔することなんて無いと思ってたのに昨夜は何かヤバい状態だったから、そのジジイに変な物飲まされたんじゃねえかと・・・・まあ俺もやっぱ多少心配だからさあ・・・。』
「泥酔してたんだ?」
『自分では歩けない状態だったね・・・。でも何か若い男が急にどっかから出て来て・・・ジナンさん連れて店出てったんだよねえ。そこまでしか俺は知らないよ。』
「若い男・・・・。」
『・・・もういい?俺眠いんだけど・・・。』
「あ、ああ、ゴメン。その若い男ってお前んちの常連客?」
『何度か見たことある気もするけど・・・常連じゃないよ・・・。ああ、もう限界・・・おやすみなさあい。』

電話は一方的に切れた。
ジナンは余計に不安になる。
誰なんだ、あの男。行きずりの男と俺は・・・。
ゴツンとバスの窓に側頭部を打ちつけるほど、ジナンは酷く落ち込んだ。見覚えのある風景が、窓の向こうに広がっているのに、ジナンはバスを降りることも出来ずただぼんやりと揺れに身を任せるしかなかった。

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月曜日の昼過ぎ。
午後からの営業会議の資料に入っているはずの過去のデータが抜けていることを部長から指摘されたジナンは、大慌てで資料室に飛び込んだ。
人の気配を感知して自動的に明かりが点く仕組みになっている。整然とした清潔感のある資料室だったが、とにかく膨大な量のファイルが並んでいる。
ジナンはキョロキョロと目当ての資料ファイルを探しながら、ブツブツと毒づいていた。

「自分が誤ってデータ削除したんじゃないのかよ、あのオッサン。・・・・2010年から、と・・・ああ、この辺か。」

ジナンは立ち止まってファイルを物色している。スチール棚の上部までぎっちりと詰め込まれた資料を見上げ、ため息をついた。

「何であんな高いとこまで・・・・。女子社員とかどうやってあのファイル・・・。」

小柄なジナンは背伸びをして目一杯腕を伸ばして最上段のファイルに指を掛けた。
1冊を引き抜こうとすると、数冊がまとめて落ちて来そうになった。

「あっ、ヤバ・・・!」

両手を伸ばしてジナンが何とかファイルが崩れ落ちるのを阻止した瞬間、横からすっと手が伸びてずれたファイルを押し込んだ。

「お、ああ、ありがとう・・・助かりました。」
「何年の資料っすか?」
「ああ、2010年の年間推移・・・。」
「・・・・これですね。」

若い男が一冊の分厚いファイルを最上段からいとも簡単に取り出し、ジナンに手渡した。

「ありがとう。どこの部署・・・?」
「システム開発部のク・ジュネです。営業部のキム・ジナンさんですよね?」
「ああ、そうだよ。何で知ってるの?」
「IDカード。」

ジュネはそう言いながら、ジナンの首から提げられているIDカードを摘まんだ。ジナンは苦笑いするしかなかった。

「ああ、ハハ・・・だよね。」
「同じ会社だったんすね。どこかで見たことあるな、と思ったはずだ。」
「え?」
「ホテル代、払ってくれたみたいで。助かりました。俺半分出さなきゃいけないすかね?」
「えっ・・・?」

ジナンはそう小さく声を上げたっきり、ジュネを見上げて固まった。
ホテルのベッドで寝ていた横顔の男・・・・

「目覚めたらもぬけの殻で。あんだけ泥酔してたのに、早起きして静かに部屋出れるなんて結構慣れてんのかな、って。」
「なっ・・・慣れてなんかない!あんなこと・・・あんなこと初めてなんだぞっ。何で俺がお前とホテルなんかに・・・全く記憶に無いんだ、お前俺に何した!」
「何で俺が無理矢理、みたいなニュアンスになってんすか。何なら俺が変なオッサンからアナタを助けたぐらいなのに。お礼言われることはあっても、そんな犯罪者見るような目で見られる筋合いないっすよ。」
「・・・変なオッサンって何だよ・・・。」

ジナンはそう言いながら、昨日の朝にジウォンに電話で聞いた話をふと思い出していた。

「調子乗って飲んでたけど、オッサンに何か薬盛られてましたよ。アナタがトイレに立った隙にグラスに何か入れてたの俺見たんで・・・。どういうつもりでそうしたのか知らないけど、とりあえず助けた方がいいと思って、オッサンがその場離れた隙にアナタを外に連れ出して・・・。」
「そっ・・・それで何でホテル・・・。」
「泥酔してる見ず知らずの男をおぶって変なモーテルとか入ります?とりあえず一番近くのちゃんとしたビジネスホテル探したら、ダブルの部屋しか空いてなくて。アナタ置いて帰ろうとしたら泣きながら帰らないでくれ、って。」
「はあ?」
「勝手に服脱いで風呂に入りたいって暴れて。」
「嘘つくな。」
「何故か俺も脱がされて一緒に入れって。」
「作り話するなって!」
「俺に何の得があるんです?作り話アナタに話して。」
「もういい。悪かった、全部・・・忘れてくれ、マジで。社内で会っても声も掛けないでくれ、無かったことにしたいから。」
「風呂入っただけですけど・・・?」
「どっちでもいいからそんなこと!」

ジナンは顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、資料ファイルを小脇に抱えて資料室を飛び出した。心臓が早鐘のように鳴っている。大事な会議前にこんなにも動揺してしまっていることが既に絶望だ。
泣きそうになりながらジナンが廊下の角を曲がると、同期入社のキム・ハンビンにばったり出くわした。手に持った珈琲の入ったカップを落としそうになってハンビンは慌てている。

「び・・・っくりした、どうした・・・ジナン。」
「何でもない。・・・てか何でこんな時にお前に会うんだろう。」

ジナンはまだ顔を赤くしたまま呟いた。

「泣いたのか?・・・まさか部長?またターゲットにされたのか?」
「上司に何か言われたぐらいで泣かないから。」
「じゃあ何・・・。」
「放っといてくれる・・・?お前の優しさには特別意味がないことは嫌というほどわかってるから。」
「そんな言い方ないじゃん・・・。」
「付き合う気ないんでしょ?俺と。」
「・・・・こんなとこでする内容じゃないよ、お前・・・。誰か聞いてたらどうすんだよ。」
「散々俺を振るくせに優しいとこ見せんな、イライラするから。」
「心配はするよ、同期だしさ。」
「ああそうだよね、同期だもんね!」

記憶が無いほど泥酔し、あろうことか同じ会社の人間と一夜を共にしてしまった自分への苛立ちを、ジナンは同期入社のハンビンにぶつける。彼ならどんなに理不尽な感情も受け止めてくれるという絶大的な信頼がある。
受け止めてもらえないのは唯一、彼を好きだというジナンの恋心だけだ。
年齢は下だが同期で入社したハンビンとは、研修期間ずっと同じ部屋で寝泊りしていた。物静かで近寄り難いタイプだと最初は思っていたが、意外にも早く打ち解け合った。律儀に敬語を使うハンビンに、『同期だからタメ口でいいよ。』とジナンから歩み寄ったからかもしれない。
何でも卒なくこなすハンビンは同期の中でも優秀だったが、人一倍謙虚で優しかった。
ジナンは次第に彼に惹かれて行くのを感じた。酒を飲む度、冗談半分に『付き合おう。』と口説いた。もちろん『そのつもりは無い。』と秒速で返事が返って来た。
最初はそれで良かったはずなのに、月日が流れるにつれ、気持ちがどんどん膨らんで行くのをジナンは止められないでいる。
もはや冗談では済まないトーンで『付き合って欲しい。』と言うまでになっていた。
簡単に行くとは思っていない。
どんなに口説いても、自分のものにはならない男は、どんなに口説いても良くも悪くも態度を変えないでいてくれる。

廊下を黙々と歩くジナンの少し離れて後ろをハンビンはついて来る。
エレベーターを待つ時間、ジナンに追いついたハンビンは、不意に目の前にあるジナンの丸い後頭部にトンと手を置いた。

「話聞くぐらいしかしてやれないけど、いつでも聞くよ。」
「そういうこと言うな、好きになるから。」
「サラッと言うなよ、お前は・・・。」
「真剣に言ったら少しは本気で考えるの・・・?」
「ううん、ごめん。」
「でしょうね。」

エレベーターの扉が開くと、先に乗っていた社員達に軽く会釈をして、2人は乗り込んだ。廊下の角から黙ってそんな2人のやりとりを聞いていたジュネは、複雑な表情を浮かべて腕組みをした。

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梨泰院にあるバーのカウンターの中でグラスを丁寧に磨いていたジウォンは、今日最初の客がドアを開け店内に入って来たのを愛想良く迎えた。

「いらっしゃいま・・・・・おお、1人?珍しいじゃん。」

ジウォンに声を掛けられたハンビンは、カウンターの目の前に座ると、「ビール。」と少し疲れた表情を見せて行った。

「週末じゃないのに珍しいね、飲みに来るの。んでもって1人、って。大抵ジナンさんと来るじゃん?」
「1人で飲みたい時もある、ってこと。」
「まあ、そんな日もあるよね。」

ジウォンはそう言いながらハンビンの前に、背の高いグラスを置いて丁寧にビールを注いだ。黄金色の液体に泡が弾けていく。
ハンビンは一気に半分ぐらいを飲み干して、小さく息を吐いた。
ジウォンがそんなハンビンを見て、突然ニヤニヤしながら壁にあるメニューを書いた黒板を、トントンと指で弾く。オシャレなバーのメニューに似つかわしく無い、『正』の字が隅に大量に並んでいた。

「・・・・何、それ。」
「ジナンさんがお前口説いて撃沈した回数。」
「・・・・そんなに?」
「ここ来たら毎回、1時間に1回の割合で口説いてるからね。積み重ねってすげえな、って感動するわ俺。」
「他人事だと思って面白がらないでよ。」
「あの人のメンタルどうなってんだろうね。本気かどうかすらもう怪しいぞ。」
「多分口癖みたいになってんでしょ・・・。」
「この際だから1回ぐらい付き合ってやれば?」
「女の子だとしてもそういう付き合い無理なのに男相手にどうするの・・・無理に決まってんじゃん。」
「案外お前がOKしたらジナンさんビビったりしてね。」
「あの人意外と繊細だからね・・・。俺が断るの、本気で傷ついてんだよ実際は。申し訳ないとは思ってるけどさ・・・。」
「何でお前なんだろうね。他にもいるだろうに。」
「・・・俺もそう思うよ。」
「ジナンさんが女なら良かった?」
「さあね・・・。」

ハンビンは曖昧な返事をして、メニュー板の『正』の字を眺める。耳を赤くしたジナンの姿がぼんやりと浮かんだ。

『俺の方が年上だから思いっきり甘えさせてあげるよ。』
『俺、かなり尽くすタイプなんだよね。』
『浮気は多分しないと思う。』

一字一句まで覚えたジナンの口説き文句。回数を重ねるうちに、ネタなんじゃないかと思えて来て、ハンビンもつい面白がって即答で『断る。』とバッサリ斬ってしまう。
同性に告白するなんて、本当は人生を賭けた言動であるはずなのに、ジナンの人柄がそこまで事を重大に思わせないネックになっていることが、ハンビンは気の毒に思えた。

「ジナンさんが女だったらかなりモテる気がするなあ、俺。」

ジウォンが磨いたグラスをカウンターに並べながらそう言った。
ハンビンがふと顔を上げる。

「だってあの人隙だらけだもんね。」
「隙なんかある?」
「酒飲んだら基本隙しかないでしょ。そういや先週の週末、若い男におぶられて店出てったし。あれ女だったらアウトだろ。ああ、ジナンさんの場合は男でもどうだかわかんないけど。すっげえ焦って翌朝電話して来たけど、まさかあの男と何かあったのかね。」
「そんなわけないでしょ・・・。」

ハンビンは呆れたように笑ってジウォンを見た。

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「おい、人事検索システム一部障害出てるぞ。ジュネ、ホットスタンバイな。」

どこか遠くの方で自分の名前を呼ばれたような気がしたが、ジュネはぼんやりとパソコン画面を眺めているだけで、頭の中はキム・ジナンのことを考えていた。
厄介な男と関わってしまったという思いと、どこか興味をそそられるという思いが鬩ぎ合っている。おまけに偶然聞いてしまったキム・ハンビンとの会話に、もう気が気じゃなくなっている。

「おい、ク・ジュネ。」

頭上から声を掛けられてやっとジュネは意識を仕事に戻した。
ソン・ユニョンが憮然とした表情で立っている。

「ああ、はい、何すか。」
「何すか、じゃないよ。ホットスタンバイだって言ったろ?」
「ああ、ええ、今やります。やってます。」
「真剣に画面見てるからてっきり作業してると思いきや、上の空かよ。」
「ハンビン先輩どこ行きました?」
「聞け、俺の話。・・・ハンビンなら人事部のPC見に行った。俺が行きたかったなあ。」
「何でです?」
「人事部は美人が多い。」
「ああ、なるほど。」

ジュネは愛想笑いを浮かべてすぐに真顔に戻り、席を立った。ユニョンの『おい、どこ行くんだよ。』の言葉を軽くスルーして、ジュネはオフィスを出て行った。
吹き抜けのロビーを真下に見ていると、携帯電話を手にしたジナンが慌ただしく社外に出て行くのが見えた。営業部の忙しさは社内でも群を抜いている。
ジュネは業務用の携帯電話を取り出すと、キム・ジナンの番号を探した。

『・・・・もしもし?』
「ああ、ジュネです。ク・ジュネ。」
『えっ・・・何だよ。』
「今、上から見てたら忙しそうに外出てったんで。」
『そうだよ、忙しいんだよ。システム開発部は暇なのか?てか電話してくるな、仕事の用が無いなら。』
「じゃ、今度用事作りますね。」
『忙しいから切るよ。』

あっさりと電話は切れた。ジュネはしばらく携帯電話を眺めていたが、やがて諦めたようにオフィスに戻ろうと振り返ると、ちょうどハンビンが小走りに自分の職場に戻って来るのが見えた。

「あ・・・ハンビン先輩。」
「おお・・・復旧したみたいだ、お疲れ。」

軽く言葉を交わしてハンビンは通り過ぎて行った。ジュネとは同じ部署ではあるが、あまり深く関わることがないまま数年経っている。
ジュネが入社した時分の職場指導員はユニョンだったし、気さくで明るいせいで人気のあるユニョンと逆に、おとなしく仕事一筋な雰囲気のハンビンは近寄り難かった。
部署内の飲み会でも、ハンビンは静かに飲んでいるし、気付けば2次会の途中でいなくなっていることもしばしばだ。
ジュネにとって彼は、謎に満ちている存在であると同時に今は、同期入社で同性のキム・ジナンに口説かれている特殊な人物という位置づけだ。

「あ、ハンビン先輩、ちょっと。」

ジュネは反射的にそう口走って彼の後を追っていた。

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カロスキルにある小さな居酒屋で、ジュネはハンビンと向かい合って座っている。
さほど親しくない後輩のジュネに飲みに誘われて、ハンビンは最初戸惑ってはいたが、たまには同僚と仕事の話を真剣にするのもいいかも、と付き合った。
だが予想に反して、ジュネの口から仕事内容の話など微塵も出て来なかった。

「先輩は、同期の飲み会とかしないんすか?」
「時々あるけど。あんまり行かないかな。お前は・・・?チョン・チャヌと同期だよな?他には?」
「マーケティング部のキム・ドンヒョク。」
「ああ、そうなんだ。よく飲んだりするの?」
「しょっちゅう。ハハ・・・。どの部署の女子社員が可愛いか、って話で大抵終わるんですけど。」
「人事部の独り勝ちだろう・・・?」
「噂ホントなんすか?今日ユニョン先輩も言ってたし・・・ハンビン先輩システム復旧に走ったじゃないですか。」
「俺は真面目に仕事しに行ったんだよ。」
「先輩彼女いるんですか?」
「いないよ、唐突だなあ。仕事しかしてないもん・・・俺。」
「確かに。面白くなさそうですもんね、付き合っても。」
「え?」
「冗談。ユニョン先輩の半分ぐらい遊べばいいのに、ってみんな言ってますよ。」
「ユニョンはああ見えて真面目だよ。」
「モテないんすか?先輩。付き合って欲しいとか言われたり・・・。」
「俺?俺は・・・。」

ハンビンはそう言いかけた瞬間、ジナンの顔が浮かんで思わず笑いそうになった。入社してもう数年経つのに未だに口説いて来るのがあの男一人だということが可笑しくて仕方ない。

「ないね。改めて考えると情けなくて笑えて来たよ・・・。」
「ジナン先輩だけかあ。」

突然ジュネの口からジナンの名前が出て来て、ハンビンは飲んでいた焼酎を吹き出しそうになり咽た。

「な・・・・何でジナンの名前が・・・。」
「偶然聞いちゃいました、ジナン先輩が廊下でハンビン先輩に話してるの。相槌打つのと同じテンションで口説いてたからびっくりしましたけど・・・。」
「半分冗談だよ、彼の場合は。」
「100%本気に聞こえましたけど、俺には。」
「・・・・誰かに言ってないよな・・・?」
「言うわけないでしょ。でも実際・・・断り慣れてる感じがリアルでした。ずっと断るつもりですか?」
「・・・・普通そうだろ。」
「普通・・・そうですよね。でもぉ・・・俺はあの人とちょっと深く関わってみたけど、付き合ってみるのも無くは無いかなと思いましたよ?」
「深く関わった、って・・・?」
「詳しくは言えないですけど。興味深い人だなと思いました。」

ジュネはそう言いながらテーブルに頬杖をついてニヤニヤし始めた。
いったいジナンとの間に何があったんだ?
ハンビンは訝し気な表情で、そんなジュネを見据えていた。

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「あああ、マジでっ。」

チョン・チャヌが頭を掻きむしりながら独り言を言っている。向かいの席のジュネはPC画面から視線を外さずに声を掛けた。

「どうしたあ?バグった?」
「営業部の改変のサポートに行け、って部長が。何で俺が。」
「営業部?」
「殺気立ってるからヤなんだよ、あの部署。全員が機械に疎いから説明も何回も同じことしなきゃだし。」
「俺が行ってやるよ。」
「えっ?マジ?」
「その代わり、昼飯奢れよ?」
「もちろん、酒も奢るよ。サンキュー、ジュネ。」

チャヌは満面の笑顔を見せて、頭の上で大きなハートを作っている。ジュネは呆れたように笑うと、席を立って営業部に向かった。

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殺気立ってるとチャヌは言っていたが、言いようによれば活気があるという部署が営業部だ。シンとしているシステム開発部とは違って、『動いている』感がある。
時折冗談を交えながら、ジュネは各PCを開き、持ち主に説明もしながら作業を進めていく。
そんな姿に感心したようにジナンも黙って様子を伺っていた。

「じゃ、あとはジナン先輩のPCで終わり、って感じかな。」
「よろしく・・・。」

PC作業を終えた社員達は順番に取引先へと出かけて行った。オフィスに残ったのはジナンとジュネ2人だけになった。
優雅に椅子に座ったままジナンの傍に移動して来たジュネは、鼻歌交じりに作業を進めていく。

「ここは今までの画面と一緒っすね。このタブから入れるようになるんで、確認してもらっていいすか?」
「あ、うん。」

ジナンはマウスを握って画面を見つめる。その手の上からジュネが手を重ねてマウスを動かした。

「ちょ・・・・!何で重ねるんだっ。」
「ああ、ごめんごめん、そんな怒ること?」
「お前な・・・こないだの夜のことで俺の弱み握ってからかって来るんなら俺にも考えがあるぞ?」
「どんな?」
「いっ・・・・色々。」
「揶揄う気なんかありませんよ。ハンビン先輩の方が良かったですかね?」
「どういう意味だよっ。」
「いや、あの人真面目だからこんな冗談もしないでしょ。」

意味深に微笑んでジュネはシステムの説明書きをジナンのデスクにそっと置いて部屋を出て行った。
いつまでも握られた手の感触が残っている気がして、ジナンは執拗に手を擦ってジュネが出て行った方向を睨み付けた。

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窓際のテーブルで1人遅い昼食を摂っているハンビンの向かいに、トレーを置いてジナンが座った。
目を丸くしたハンビンがジナンを見つめる。

「どうしたのお前。食堂来るなんて珍しいじゃん。」
「ク・ジュネに何話した?」
「え?何、って・・・。俺は特に何も。」
「アイツ意味深なこと俺に・・・。」
「ああ・・・・聞いてたらしいよ、お前が俺に付き合えだの好きになるだの言ってたの。」
「はあ!?」
「偶然耳にした、ってさ。だから俺いつも言ったじゃん、社内でそんなサラッと俺口説くなって。」
「よりにもよってアイツに聞かれたの?」
「別に口外はしてないらしいよ。お前の責任・・・・。俺は関係ないだろ。」
「最悪じゃん・・・。」

ジナンは食欲を失くして椅子にふんぞり返って座った。ハンビンが思い出したように顔を上げる。

「ああ・・・俺もお前に聞きたいことあった。」
「・・・何。」
「お前、ジュネと何かあったのか?」
「アイツ何てった?」
「最近深く関わったことはあるけど・・・みたいなことを・・・。」
「アイツ殺し・・・。」
「何があったんだよ?」
「何もないよ。ただ酔っぱらって迷惑かけただけだ。変な想像するなよ?」
「・・・・してないよ、変なって何だ。」
「とにかく、ジュネと俺は何の関係も無い、それだけはお前に言っとくからっ。」
「よくわかんないけど、俺の部署の後輩と揉めないでくれよ?」
「揉めてないし、顔も見たくない。」

ジナンはふつふつと湧き上がる怒りを抑えながらそう言うと、ほとんど食事に手をつけず、席を立った。
ハンビンは心配そうにジナンの後姿を見送っている。
基本的に穏やかで母性の塊のような男だが、最近は苛立っていることが多い。彼をそんな風にさせるジュネとの関係が気になって仕方なかった。

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真っ暗でも空がどんよりと重い空気を含んでいるのがわかる夜だった。
繁華街には人が溢れていて、賑やかに思い思いの時間を楽しんでいる。
システム開発部のユニョンと、ジュネ、チャヌは3人で屋台で飲んでいた。ユニョンは既に酔っていて、身体の大きなチャヌに凭れかかっている。

「チョン・チャヌ。お前は本当に優秀な後輩だ。徹夜でプログラミングに明け暮れても、お前のふわっとした笑顔見ただけで俺は最高の癒しを受けてる気分だよ。」
「光栄ですぅ、ユニョン先輩~。」

彼によく合コンに連れて行ってもらっているチャヌは、ユニョンには絶大なる信頼を置いている。大型犬のように懐いている同期のチャヌを横目に、ジュネは呆れたように1人焼酎を煽っていた。

「ハンビン誘っても来ないだろうけど、呼ぶか?ジュネ。お前には俺が仕事を教えたけど、タイプ的にはアイツに付いた方が将来は安泰な気がするし、もっと打ち解けた方がいい、って俺はいつも思ってんだけど。」
「こないだ飲みに行きましたよ?」
「はあ?ハンビンと?」
「ええ。」
「何だそんな話聞いてないぞ?」
「いちいち報告する義務あります?」
「・・・・・チャヌ、お前の同期なのにジュネは何でこんなに可愛げがないんだ。」
「すみませえん。よく言い聞かせます。」

チャヌはにこやかにそう言いながらユニョンに酒を注いだ。本当に彼の扱いに慣れている、とジュネは感心するしかなかった。
そこに偶然、仕事帰りのジナンが通りかかったのを、半分眠りかけているはずのユニョンが目ざとく見つけた。

「キム・ジナン!」

突然屋台からフルネームを叫ばれて、ジナンはビクッとしてその声の方を見た。声の主が同期のソン・ユニョンだとわかると、少し安心したように微笑んで手を上げた。
しかしすぐ傍にジュネが同席していることに気付いて、ジナンはあからさまに表情を強張らせた。

「いいとこに来た!ジナン、たまには一緒に飲もうっ。」

千鳥足のユニョンになだれ掛かられて、ジナンは一緒になってふらつきながら何とか席に着いた。ジュネは、新しいグラスを一つ調達すると、黙って焼酎を注いでジナンに差し出した。

「ああ、ありがとう。」
「ジナン、面識あるっけな、うちの後輩達だ。チョン・チャヌとク・ジュネ。この2人が同期なんだよ。」
「営業部のキム・ジナン先輩ですよね、噂はユニョン先輩から聞いてます。カオス状態の営業部で唯一の良心だ、って。」
「ハハ、それって褒められてるんだよね?ありがとう。」

ジナンは小さな目を細めて笑顔を見せた。こんな風に笑うんだな、とジュネは初めて見る彼の笑顔をただ黙って見ていた。

「ジュネは面識あるか?ジナンと。」

ユニョンの言葉に、ジナンがドキッとしてジュネを見る。ジュネはこちらを見ずに、淡々と答えた。

「ああ、ええ。こないだ営業部に改変サポート行った時に・・・。」
「あ・・・そうだったね・・・・あの時は助かったよ・・・。」

あまりによそよそしくすると逆に不自然じゃないかとジナンは心配になったが、ユニョンもチャヌもさほど気にするでもなく楽しそうに飲んでいる。
ジナンはホッとして、改めてグラスの焼酎を飲んだ。ジュネが小皿と割り箸を差し出してくれる。

「ありがとう・・・。」

小さな声でジナンはそう告げた。顔も見たくないと苛ついた相手だったが、ここでは大人の対応をしなきゃ、と思った。
ジュネが変なことを言い出さないか、とそれだけが心配だったが、予想に反してジュネは静かにユニョンの話を聞くことに徹していた。

「お前たち・・・ジナンは本当にいい男なんだ。俺が入社して間もない時、研修で散々ポカして教官に怒鳴られまくってた時も、こいつは必ずフォローしてくれたし、黙って話も聞いてくれた。こんなちっこくて可愛い感じだけど、男気に溢れてて責任感も人一倍だ。ま、女子社員には俺の方が断然モテるけど、人としてジナンは優れてると思う。

割り箸を振りながらユニョンは、ジュネとチャヌに懇々と説いている。
ジナンは酒のせいなのか気恥しいのか、耳を真っ赤にしてユニョンの背中をバシバシ叩いていた。

「そんなに褒めんなよ、大雨になるじゃん。」
「バカ、俺は本心で言ってるんだよ。たくさんいる同期の中でもこいつとハンビンは、人間が出来てる!」

急にハンビンの名前を出されて、ジナンは笑顔を引きつらせてジュネを見たが、ジュネは聞いていないのか知らないフリをしているのか、メニュー表に目を通しながら『チャヌ、チャンジャ注文してよ。』と話しかけている。

結局2時間ほどその場所で飲んでいたが、ユニョンがとうとう本格的に寝てしまいそうになったため、御開きになった。
チャヌが当たり前のようにユニョンに肩を貸しながら、歩いている。

「ジュネ、俺ユニョン先輩送って行くね。」
「おお?家知ってんの?」
「だいたいの場所知ってるから、タクシー乗せて後は運転手さんに任すんだ。」
「慣れたもんだね。」
「毎度のことだから。へへっ、じゃ、ジナン先輩、失礼します。」

チャヌはユニョンの身体ごとお辞儀をした。その光景が微笑ましくてジナンは少し温かな気持ちになる。

「気を付けてな。タクシー代、これ使って。」

ジナンはチャヌのスーツのポケットに紙幣を捻じ込んだ。チャヌは『ありがとうございますっ。』と元気に礼を言いながら、反対方向の大きな通りに向かって歩きだした。
しばらくその様子を眺めていたジナンは、独り言のように『ユニョンは幸せだな。』と口にしていた。

「・・・何でですか?」

急に現実に戻されるジュネの声に、ジナンは我に返ったように彼を見上げた。

「いや・・・あんなに甲斐甲斐しい後輩がいてさ。」
「・・・俺がいるじゃないですか。」
「お前にチャヌの純粋さは微塵もないよ。」
「何気に傷つくなあ・・・。」

ジュネはそう呟いて、ジナンの隣に並んで歩きだした。

「お前、こっちなの?家。」
「まあ・・・こっち方面です。」
「地下鉄?」
「バスでもどっちでも帰れるんですけど。」
「ふうん・・・。今日・・・ありがとな・・・。」
「え・・・?何がです?」
「ユニョン達の前で、変なこと言わないでいてくれて。」
「ああ・・・・。」
「酒も入ってるし、絶対面白おかしく話すんだろうな、って心のどこかで覚悟してたけど。」
「俺バカですけど空気読めない男ではないんで。」
「・・・そうなんだな。知らなかった。」
「知ろうとしなかっただけでしょ。」
「真面目な話・・・。別にお前と揉めたいわけじゃない。普通の先輩後輩でいるのは問題ないじゃん・・・。」
「ですね。」
「反省してるんだ・・・・色々。だから・・・マジで、無かったことにして欲しいんだよ、あの夜のことは。」
「アナタが嫌な思い出だって感じるなら・・・・俺は従いますよ。」

そう言ったジュネの横顔が、どこか空虚に感じられた。言葉を探しているジナンの頬に、ぽつんと空から雨の粒が落ちて来た。
と同時に、あっという間にザーッという音と水煙で街は夜の通り雨に見舞われた。

「ちょっとここで待ってて・・・。」

ジュネは、閉店して明かりの消えた美容院の軒下にジナンを押し込むと、小走りにコンビニに駆けこんで行った。
恨めしそうに夜空を見上げているとすぐにジュネが傘を差して戻って来た。

「傘買ったんだ?」
「この雨に濡れるのはちょっとヤでしょ。」
「何で1本なんだよ。」
「俺が2本買うと最後になっちゃうみたいだったから、何か気が引けたっていうか。」

ジュネはそう言ってジナンに傘を差しかけた。ジナンは仕方なくその傘に入る。ビニール傘に弾く雨粒の音が、どこか耳に心地よかった。

「傘がちっちゃいの?お前がデカいの?」
「俺がデカいんすかね。」
「いいよ、俺の方に傾けなくて。お前半分以上びちょびちょじゃん。」
「俺そこから地下鉄潜りますから。ジナン先輩、傘使って。」
「え?」

ジュネはそう言うと、傘の柄をジナンに握らせ、自分は小走りに地下に向かう階段を駆け下りて行った。

「あ、ありがとう。」

ジナンは慌ててそう背中に声を掛けたが、雨の音で簡単に掻き消されてしまった。
雨の中を1人、歩きながらジナンは色々な思いを巡らせた。
ジュネの言葉が不意に脳裏に浮かんだ。
嫌な思い出、か・・・
傷つけたかな・・・
今までジュネに対して恥ずかしい思いと、怒りしか抱いて来なかったが、彼の気持ちを考えたことなど無かったことを少し悔やんだ。

                              後編につづく


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