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自称ダメ人間の最高峰が妄想を絞り出して書く微BL(*´◒`*)

iKON小説 [LOVE ME] 後編

2020年06月29日 | 1話完結小説
雨は休みの間中降り続き、月曜になってやっと青空がソウルの街に広がった。
ジナンはほぼ一日中、営業先を回り、最後の訪問先を出たのは、終業時間を過ぎた頃だった。
蒸し暑い重い空気が身体にまとわりついて来る。
カフェでアイスコーヒーをテイクアウトし、飲みながら部長に電話を掛ける。

「今、全件回り終わりました。今日はこのまま直帰しますね。ええ、お疲れ様でした。失礼します。」

ホッとしたと同時に、疲れが一気に押し寄せて来る。まだ月曜日だというのに・・・先が思いやられる、とジナンはため息をつく。
薬局の前を通りかかった時、店内から出て来た若い男とぶつかりそうになった。

「ああ、すみません。」

若者は何気にジナンの顔を見て、パッと表情を変えた。

「ああ、ジナン先輩でしたか。お疲れ様です。」
「おお・・・ドンヒョクか。」

薬局から出て来たのは、マーケティング部のキム・ドンヒョクだった。ジナンの属する営業部とは仕事上深く関わりがあるため、同期でなくても名前と顔はちゃんと一致しているのだ。

「今日は直帰ですか?」
「ああ。報告書は明日でいいや、と思って。この蒸し暑さで体力もたない。」
「ホントですよね。」
「お前は・・・?もう帰るの?薬買って、どっか具合でも悪いのか?」
「いやあ、僕じゃなくて同期のヤツが。風邪ひいて寝込んでるらしくって、今日も会社休んだらしいっす。心配になって電話したら、薬買って来いだのプリン食べたいだの甘えたこと言うから・・・。ホント、ク・ジュネのヤツ人使いが荒い。」
「ク・ジュネ?」

予想に反してジナンが大きな声で反応したので、ドンヒョクはびっくりして目を丸くした。

「え・・・・ええ・・・・何か?ジナン先輩知ってるんですか?システム開発部の俺の同期なんですけど。」
「ああ、知ってるよ。寝込んでる、って?」
「らしいです。熱高くて動けない、って。一応、熱冷ましと栄養ドリンクは用意したんですけど。」
「・・・俺が持って行こうか、家教えてもらえるかな。」
「えっ?ジナン先輩が?」
「俺の同期の・・・ユニョンとハンビンが休みの分フォローしてるだろうから、様子を伺ってみようかと思ってさ。」
「ああ、そうっすよね。じゃ、お言葉に甘えて・・・お願いしてもいいですか?」
「ああ。大丈夫だよ。あと何か頼まれた物ある?」
「プリンとか食う物はアイツの家の近所で買おうと思ってたんですけど。」
「OK。適当に買って行くよ。」
「じゃ・・・お願いします、助かります。」

人の良い笑顔を見せて、ドンヒョクが何度も頭を下げる。ジナンは、軽く手を上げて彼から受け取った薬局の袋を提げて歩きだした。

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ジュネの住まいは堂山という駅から歩いて5分程の場所にあるマンションだった。
地下鉄に乗り、やっとたどり着いた頃には日はとうに暮れていた。
どこからともなく聴こえるカラスの鳴き声が、日暮れの物哀しさを色濃くさせた。
5階でエレベーターを降り、少し緊張した面持ちでジナンは、呼び出しチャイムを押した。
2、3度押すと、しばらくして鍵が解除される音がして、ゆっくりとドアが開いた。

「ドンヒョクお前遅い・・・・。」

そこまで言いかけて、ジュネは玄関先に立っているのがジナンだと気付き、戸惑ったように黙り込んだ。

「熱あるんだって?ドンヒョクから薬受け取って持って来たんだけど。」
「何で・・・。」
「上がっていいか?寝てなきゃいけないだろ。」
「ああ、まあ・・・・・どうぞ・・・・。」

想定外の出来事に、ジュネは動揺している。それ以上に、夜になり熱が高くなっているのだろう、立っているのが辛い。
ジナンの話を聞くのも億劫だと言わんばかりにジュネは奥の寝室に入ってベッドに潜り込んだ。
ジナンは、とりあえず手際よくキッチンでタオルを氷水に浸して、寝室に入っていった。
黙々とジュネの額に冷たいタオルを押し当てるジナンを薄っすらと目を開けて見ていたジュネは、何か言いたかったがそれすら辛くてすぐ目を閉じた。

「熱・・・高そうだな・・・。薬、持って来るね。」

微かにジナンの声を聴いて、ジュネはその後安心したのか深い眠りに落ちて行った。

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キッチンで何か音がしているのに気付いてジュネが目を覚ましたのは、深夜の3時頃だった。少しだけ熱が引いたのか、身体が楽に感じる。
ゆっくりと身体を起こして、寝室を出ると、キッチンでジナンが料理をしているのが見えた。

「何やってんの・・・。」
「ああ、具合どうだ?お粥作ったから朝食べて薬ちゃんと飲めよ?」
「3時っすよ?今。」
「わかってるよ。俺も帰んなきゃ…明日も仕事だし。冷蔵庫に、スポーツ飲料と水と、プリンが何個か・・・あと少しだけスイカ冷やしてるから適当に食べな。」
「・・・・・・いや、待って、俺ドンヒョクに頼んだんだけど何でジナン先輩が来たのかまだ説明してもらってないけど・・・?」
「薬局の前でたまたま会ったんだ、ドンヒョクに。お前の話聞いて・・・・風邪だって言うから、ああ・・・・金曜日の夜雨に濡れたからかな、ってちょっと責任感じてさ。」
「何で・・・?」
「俺の方に傘傾けてたし、地下鉄の駅から家まで濡れたんだろうなとか思ったし・・・。」
「あれぐらいの雨で風邪引くなんて、俺病弱過ぎじゃん・・・。」
「風邪だから、って油断するなよ。病院行った方がいいかもね・・・。」
「あと1日休んだら多分・・・・復活すると思う。」
「だといいけど。」
「まさか看病してもらえるなんて思ってもみなかった・・・・。出来れば関わり持ちたくないと思われてるって・・・・。」
「具合悪いって知って、知らん顔出来ないよ。大した意味は無いけど・・・助けてやらなきゃって思った・・・それだけ。」
「先輩に意味なくても、俺にはある・・・・ような気がする。ハハ・・・。」
「帰るよ、そろそろ。」
「ああ・・・・うん・・・・。」
「・・・何か困ったことあったら、電話してくれ。」

ジナンはそう言って、小さなメモをテーブルの上に置いた。走り書きで携帯電話の番号が書いてある。
玄関で靴を履いたジナンの背中に、ジュネは声を掛けた。

「電話しますね。」
「・・・・ん、ああ。じゃあね。」

ジナンは振り返らずにそう答えて、玄関ドアを出て行った。ジュネは、椅子に腰掛け小さな紙きれを手にした。
さっきから高鳴っている胸の鼓動が、熱のせいじゃないことぐらいとっくに気付いていた。
こんな気持ちになるものなのか?相手は俺と同じ男なのに・・・?
ジュネはテーブルに突っ伏してしばらく動けなかった。

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2日欠勤して、ジュネは仕事に復帰した。2日の間に同僚がフォローし切れず溜まっていた仕事が山積みになっているのを、淡々と片付けて行きながらジュネはハンビンの姿をたまに目で追っている。
ジナンのことを考える時間が多くなっていると同時に、常に引っ掛かっているのがハンビンの存在だ。彼の本心が知りたい、と思っている。

「ハンビン先輩・・・ちょっといいすか。」

頭上から声を掛けられ、ハンビンは驚いたようにジュネを見上げた。

「・・・何?何かわからないとこでも?」
「仕事の話じゃないんで・・・・ここじゃちょっと。」
「え・・・何だよ・・・。」

訝し気にそう言ってハンビンは席を立った。いつも思うが、後輩とは思えない威圧感がジュネから出ているような気がして、後ろから付いて歩きながらハンビンは苦笑いしてしまう。
資料室に促された時には、殴られるんじゃないかとすら思えてしまう。
自分の方が先輩なのに、だ。
色々な想像を巡らせていたが、向かい合ったジュネは本当に真剣だった。

「何だ、こんなとこに来てまでする話、って。」
「先輩の本当の気持ちを知りたくて。」
「は?」
「ジナン先輩の事・・・散々振り続けてるんでしょ?これからもそうするつもりですか?」
「何でお前が気にするの?」
「断るんですか?」
「・・・・そりゃあ、アイツが諦めない限りは・・・。」
「付き合うつもりは無いんですよね?」
「そんな真顔で言うことか・・・・?ないよ、キム・ジナンは男だから。」
「わかりました。じゃ、俺が諦めさせますね、先輩の事。」
「はい?」
「俺の方を向かせればいい話でしょ。俺が、ジナン先輩の気持ちを奪います。俺のものにしてもいいですよね?」
「・・・・どうしたんだ、ジュネ。熱のせいか・・・?」
「完全復活してますよ、俺は。話は終わりました、先輩の気持ちを確認したかっただけなんで。後からやっぱり好きかも、とか言われたら殺意湧きますもんね。」
「お、おお・・・・頑張れ・・・・。」

何が何だかわからないまま、資料室に取り残されたハンビンは、5分程考えを巡らせていたが最終的に『何なの?』という台詞で締めくくって出て来た。

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『何か困ったことがあったら電話くれ。』

と彼に告げたことは覚えている。一度も電話が無いのは、『困ったこと』が無いからで、それなら喜ばしいことだ、と思ってやるのが普通だ。
しかしジナンは心のどこかで、何で電話して来ないんだ?という思いも捨てられなかった。熱が下がったとかお粥が美味かったとか何とでも内容は考えられる。
出勤していることは、ユニョンから聞いている。
溜まった仕事に追われて残業しまくっていることも聞いている。
ハンビンに、ジュネの様子を伺うのも違うし、そもそも何で俺がこんなにアイツのことを気に掛けないといけないんだ、という苛立ちすら生まれて来る。

同じようにジュネも、電話を掛けるタイミングを逃し、気に病んでいた。
お礼の一言でも伝えないと、ジナンが看病に来てくれなかったらこんなに早く仕事に復帰出来なかったかもしれない、と思う。
嫌がらせのように部長から課される無理難題を一つずつ片付けながら、気付けばジュネは2日も家に帰っていなかった。
ハンビンにあんな強気な宣言をしたものの、何一つ前に進めない自分が情けない。
ジナンが味わっている苦い想いを、自分も味わうのかと思うと急に怖気づいてしまう。

「ああ~、バカだ~やっぱ俺~・・・・・・。」

ジュネは独り言を唸るように口走ると、社内の自販機の横の長椅子に横たわった。
社内に残っている社員は恐らく数人だろう。
時計の針は、午後11時を回っていた。
真っ白い天井を眺めていると、やがて吸い込まれるように睡魔と闘う間もなく眠ってしまった。

頬に冷たいものを感じて、ジュネは飛び起きた。
だらしなく零れていた涎を慌てて袖口で拭うと、ジナンが缶ジュースを差し出して来た。

「んん、ああ・・・ジナン先輩・・・何でこんな時間に。」
「報告書と企画書にミスが見つかってね・・・。営業先から帰ったのが8時過ぎ。そこから報告書作り直してさっき企画書に移ったとこ・・・。やんなっちゃった。」

力なく笑ってジナンは長椅子の端の方に腰掛けた。くたびれた感じと、ぴょこんと一部撥ねた髪の毛が幼く見えてアンバランスだ。

「お前の方も大変なんだろ・・・。病み上がりなのにね・・・。」
「ああ、お礼の電話もしないで・・・ごめん・・・。」
「とりあえず元気になったみたいで良かったよ・・・。」
「おかげさまで。お粥めちゃめちゃ美味かったっす。」
「そう・・・?良かった。・・・じゃ、俺戻るよ・・・。」
「ちょ、ジナン先輩。」
「んん?」

ジュネに呼び止められてジナンは振り向いた。何故か、時間が止まった気がした。

「こんな時間に仕事してるのも俺達、何かの縁でしょ・・・?」
「・・・そう?」
「サウナ行きません?今から。」
「ああ、いいよ。」

何故か素直にそう返事出来た。ジナンは、不思議とジュネから距離を詰められることに嫌悪感を抱かなくなっていた。
2人連れ立って社外に出ると、少しだけ冷えた空気が心地よかった。

「今だから改めて聞かせろよ。」
「・・・・・え、何を?」
「あの夜・・・・ホテルで何したか、って。」
「記憶から消したいって言ったり聞かせろって言ったり、面倒くさい人っすね、アナタ。」
「裸だったのは・・・。」
「だから。言ったじゃん、ジナン先輩が風呂に入るって聞かなくて。泥酔してるから止めた方がいいって言ったら、お前も一緒に・・・って俺の服を脱がしたの。泡で滑って転びそうだったから、気を付けてちゃんと身体を洗ってあげましたよ。」
「はっ?」
「洗え、ってうるさかったから。とにかくうるさかったんです、マジ。ヤバい薬盛られてるな、と思ったんですけどまあ、風呂で赤ちゃんみたいに寝ちゃったんで、必死で身体拭いてベッドに運びました。それからは爆睡したんでしょ?俺も酒回って寝ちゃったんで知りませんけど・・・。」
「それで全部?」
「ですよ。」
「そうか・・・・。ある意味お前にはもう俺のダメな部分全部見せちゃってるんだなあ・・・。」
「ダメ人間の最高峰でしょ、あの夜のジナン先輩は。」
「お前の前でカッコつけても何の意味も無いってことか。」
「カッコつける気だったんですか?え?まさかずっとカッコつけてた?」
「・・・なわけないだろ。」

ジナンはそう言って軽く笑った。

「ハンビン先輩に、そういう姿見せたことあるんすか?」
「・・・・・・・ないよ。」
「裸、って意味じゃないですよ?」
「わかってるよ。ダメなとこだろ?」
「そうそう。・・・好きだから見せられないんですか?」
「よくわかんないけど・・・。アイツには荷が重そうだ、そういうのは。」
「俺にはいいんだ?」
「お前は元々完璧を求めてなさそうな気もするし。お前自身がどっか欠陥があるって言うか。」
「はあ?俺のどこが欠陥だってんすか。」
「さっき長椅子で涎垂らして寝てた姿は、完全に人間を捨ててた。面白くて俺しばらく笑ってたもん」
「人の事笑えないでしょ、アナタ。」
「お前に負けないぐらい俺も酷い。ハンビンは多分、あんな俺見たら引くんだよ。ま・・・もう既に引いているけどね。」
「そろそろ諦めません?」
「簡単じゃないんだよな・・・。」

ジナンは夜空を見上げる。ふと視線を下ろすとサウナの看板が煌びやかに映った。

「妥協して、って自分で言いたかないけど俺にしときません?」
「・・・・そうしようかな・・・。」
「え?」
「なんてね。簡単じゃない、ってのだから。」
「楽になればいいのに。俺結構打たれ強いから罵られても耐えますよ?口答えはしますけど、懐けば可愛くなります。」
「それって本気で口説いて来てんの?」
「逆にそれってハンビン先輩にいつも言われてる台詞なんですか?」

2人は顔を見合わせて思わず笑った。

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変わり映えのしない日常が、ものすごい速さで流されて行く。
気付けば梅雨らしい季節が過ぎて、真夏の強い日差しが外回りの営業職であるジナンを容赦なく照らす。
アイスコーヒーをカフェのテラスで飲んでいると、ジュネからメッセージが届いた。

『夜、飯行きません?』

サウナに行くような関係になり、ジュネとの距離は縮まったかのように思えたが、ジナンは一歩を踏み出せずにいる。気を使わない、親友のような関係が心地良くもあった。
ふと思えば、ハンビンのことを考える時間はほとんど無くなったし、社内で会っても一言二言言葉を交わすだけだ。以前のように胸が高鳴ることは無い。
叶うはずのない想いをただ意地で彼にぶつけていただけに過ぎないのかも、と今になれば思えた。

『いいよ。』

一言だけ、ジナンはメッセージを返した。ジュネが食事に誘って来る時は、大抵仕事の愚痴が溜まっている時だ。
彼のくだらない冗談で笑ったり、下ネタで盛り上がったり、職場の愚痴を黙って聞いてやるのは普通に楽しかった。生意気でカチンと来る時もあるけど、年下らしい甘え方をしてくるのは心地良かった。
ジナンは心のどこかで『好きだ。』という台詞を待っているのかもしれない。勢いで冗談のように口説いて来たあの時以来、ジュネはそのことに触れて来ない。
もちろんジナンからそんな話を持ち掛けるつもりも無かった。

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思ったより仕事が長引いてしまい、ジナンはシステム開発部のある階までジュネを迎えに行くことにした。最近は、残業することも少なくなっている、と聞いていた。
入口の擦りガラスのドアの影で、ジュネとハンビンが話しているのが見えて、ジナンは思わず立ち止まった。
他に人はいないのだろう、会話が廊下にまで筒抜けになっている。

「前にも聞きましたけどハンビン先輩。」
「何。」
「本当にいいですよね?ジナン先輩俺のものにしても。」
「まだ言ってるのかよ・・・。とっくにそうなってるのかと思ってた。ジナン最近あまり近づいて来ないし。」
「全然進展無しっすよ。いざとなったらダメなんですよね・・・・怖気づく、って言うか。」
「そうか・・・。」
「男同士だからなのか、異性に想いを打ち明けるより勇気がいるし、断られた時のダメージってデカいんですよね。断られて当然だ、って思えない俺もどうかしてんですけど。」

ジュネの声が苦悩しているのがわかる。

「俺は・・・アイツの気持ちに答えてやることの出来なかった男だから偉そうに言えないけど・・・ただ願うことは、ジナンが幸せであってくれたらいいな、ってことだけだ・・・。俺はそうしてやれないから、お前に託したいって思う・・・。ジナンを悲しませないでくれよ・・・?」

ハンビンの言葉が、ジナンの胸に重く響いた。言葉数が少ないハンビンから、直接聞くことの出来なかった本心。
彼が幸せを祈ってくれている、それだけで報われた気がした。

「すげえプレッシャーですけど・・・頑張ります、俺なりに。ああ、中2かよ、ってぐらいドキドキするんすけど・・・・。」
「お前の精神年齢は中2だろ。ちょうどいい具合に気持ち伝えられるよ。」
「・・・・!」

思わずジナンは廊下の隅で吹き出してしまい、慌てて口を手で塞いだ。
その気配に、ジュネとハンビンが不審に思い、ドアを開けて廊下に出て来た。目が合って、ジナンは気まずそうに笑った。

「仕事ちょっと長引いたから・・・ジュネどうしてるかと思って・・・。」

ハンビンは、ジュネに目配せをしてから、ジナンに『俺帰るから。』と肩をポンと叩いて告げて、エレベーターに乗り込んだ。
ジュネは、さっきの話を聞かれてたかどうか気になりながらも、明るく言った。

「俺も今さっき終わったとこなんで。」
「ごめん・・・さっきの話・・・・ちょっと聴こえて・・・。」
「あ・・・。聞いてたんだ・・・やっぱ。」
「聞き耳立ててたわけじゃないんだけど・・・。」
「単刀直入に言うよ。俺とちゃんと付き合って欲しいです。幸せに・・・出来るかどうか俺の度量でどうにかなるもんかわかんないですけど、アナタのこと真剣に、大事にしたいと思ってるから・・・。もうそろそろ・・・俺の方を向いてください。結構俺・・・限界なんで。」
「そろそろ・・・って言うけど・・・・結構前からお前の方向いてたつもりだったんだけど・・・。」
「え・・・。」
「幸せにして欲しいなんてお前任せにしない・・・。俺だってお前を幸せにする責任あるじゃん・・・。」
「・・・・え、じゃあ・・・。」
「今この瞬間から・・・俺達、恋人同士ってことだね。」
「本気でいいの・・・?」
「キスしたら満足か?」

ジナンは微笑んで、ジュネの首に手を回した。少し背伸びをするようにして、軽く唇を合わせる。意外にひんやりとしたキスだった。
唇を離したジュネは、エレベーターの横の非常口のドアを開け、非常階段へとジナンを押し込んだ。そして、少し強引なぐらいに身体を抱き寄せ、唇を寄せた。薄暗い空間は、2人の気持ちを昂らせるに十分過ぎる場所だった。

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カーテンを閉め忘れている大きな窓から、朝の光が差し込んできた。
青白い光がベッドの上の2人を浮かび上がらせた。
ジナンの自宅のダブルベッドに、2人は身体を寄せて眠っている。ジュネの逞しい腕が、ジナンの小柄だが厚みのある身体を抱き締めていた。
薄っすらと目を開けて、ジナンは窮屈そうに身を捩った。心地の良い疲労感で、動きたくない気分だ。

「ジュネ・・・。起きなきゃ・・・。」
「ううん・・・。もう今日は休みましょうよ。」
「何言ってんだよ、一応俺ら社会人だよ。」
「こんな幸せな時間・・・。」

ジュネはくぐもった声でそう呟きながら、ジナンの項に顔を埋めた。すっかり馴染んだ香水の匂い。きっと自分の身体にも染み付いただろうと思うと、ますます愛おしくなる。
項にキスを落としながら、ジュネはもうすっかり目覚めてしまっていた。
ただ出勤する気には到底なれない。

「シャワー浴びて出勤するにしても・・・まだ時間あるしなあ。」

ジュネはそう言いながら、ジナンの柔らかい身体を撫で始めた。昨夜、夢中になった行為が脳裏に蘇る。見たこともなかったジナンの表情を、何度も堪能出来た。
ジナンは何も言わずに身体の向きを変え、ジュネにふんわりとしがみ付いて来る。
同意した瞬間だとジュネは察した。
男の割には色白のジナンの肌に、ジュネは何カ所もキスを落とす。そうして彼の反応を見るのが楽しかった。

「朝っぱらからこんなこと・・・。」
「目の前にあるんだもん、俺の御馳走。」
「仕事になんないよ・・・俺。」
「加減はしますよ。」

ジュネはそう言って微笑んだ。加減など出来るはずないと、お互いわかっていた。
どちらからともなく唇を重ね合って、身体もぴったりと密着させる。朝の光の中で、昨夜のような濃厚な時間がまた訪れるのかと思うと、ジナンの全身は熱くなる一方だった。

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「何だよ、正の字もう増えないのかよお。」

心底残念そうに、ジウォンが嘆く。1人で訪れたハンビンから、ジナンの話を聞いたのだ。

「お前がいつまで経っても口説かれてくれないから、他所の男に行ったか。」
「俺の職場の後輩なんだけどね・・・。」
「身近なとこで済ますんだな。」
「そういうわけじゃないと思うけど。」
「安心したのか?もうしつこく口説かれなくて済むから。」
「ホッとしたのもあるし、若干寂しいのもあるし。正直今は、両方から惚気話聞くのにうんざり、って感じかな。」
「惚気話か。興味深いな。ジナンさんに今度恋人連れて来いって伝えてよ。」
「ああ、伝えるよ。」

ハンビンは、少し微笑むとグラスの中のビールを一気に飲み干した。いつもより苦い味がした。
メニュー板の『正』の字を、改めて眺める。
俺とジナンの歴史・・・って感じかな。
ハンビンはふっと笑って俯いた。
ジナン・・・お前が幸せになってくれて良かったよ・・・。
ハンビンは黒板のその文字を、携帯電話で撮影した。そして、ジナンにメッセージと共に送信した。

『お前がバーで俺を口説いた回数、マスターが数えてた。これも俺にとっては大事な思い出だから残しておいてもらうよ。この数を超えるぐらい毎日ジュネに好きだって伝えてやれよ。』

しばらくして、ジナンから返信があった。

『キム・ジウォンの悪趣味。でも俺にとっても思い出だからね。後悔は1つも無いよ。俺は幸せ見つけたから、お前のいい知らせも待ってるよ。』

メッセージに添えられた写真には、ジュネと2人で笑っている姿があった。
ハンビンは、店を出ると夜空を見上げた。丸い月が静かに街を見下ろしていて、夜風が心地良く吹いている。
大きく伸びをして空気を吸い込んでから、ハンビンはゆっくりと路地を歩きだした。

                       THE END

★後編最後まで読んで下さり感謝してます。拍手ボタン押して頂けると嬉しいです。拍手、メッセージで応援よろしくお願いします(^^)/

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《作者後記》

ONF以来の(笑)前後編モノ。
本日丸1日潰しました。家事もろくすっぽせず、ずっとPCに齧りついておりました。
こんな日もある。(休みの日は外に出ない、は通常運転です。)
ずっと書きたいと思っていたiKON小説。やっと書きました。
以前に1話完結で書いて、気付いたらハンビンさん脱退して。
それでもやっぱりハンビンさんのいるiKONの形をどうにか残したくて、お話にしました。
個人的にジュネ×ジナンのジナンフェと呼ばれるCPが好物です。
iKONは、ヤンチャな男子感の強いグループなのでスキンシップはそんなにあからさまではないのですが、127のテイルさんにも見受けられる小柄な故の女子っぽさが漏れるジナンさん(最年長)と長身で年下のジュネという組み合わせの妙。



ご存じない方のために。笑
動画お借りしました。作成者様素敵な動画ありがとうございます。
こんな感じの2人です。94年生まれのジナンさんと97年生まれ老け顔のジュネ。
あんまイチャこかない感じもしますが、ジナンさんが他のメンバと仲良くしてる時に、明らかに顔に出てるジュネの動画とかあって結構面白い2人ですよ。

最近洋楽貼ってないですよね。
今回は、珍しく邦楽を紹介します。
SIRUP(シラップ)というアーティストさんなんですが。
今、一番よく聴いています。



けだるい感じが日本人離れしてるっていうか、洋楽っぽいですよね。




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iKON小説 [LOVE ME] 前編

2020年06月29日 | 1話完結小説

オレンジ色の明かりが、少しだけ開いたカーテンの隙間から差し込む朝の青白い光に混ざって薄まっていく。
薄っすらと目を開けたジナンは、その光景をぼんやりと見ていたが、少しずつ自分の置かれている状況を飲み込めずに不安げに顔を上げた。
完全に裸であることを認識すると、恐る恐る視線を横に移す。同じように裸の広い背中が見えた。

「う・・・・・嘘・・・・。」

言いかけてジナンは自ら口を手で塞ぎ、音を立てないよう揺らさないように細心の注意を払ってベッドを降りた。寝ている男の顔を少し離れた場所から確認してみる。
誰だ・・・?
全く昨夜の記憶が無いことにジナンは恐怖を感じた。部屋の床に脱ぎ捨ててある服を搔き集め、ジナンは表情を歪めながら身に着けた。
何やったんだ、俺。
全然知らない男と何で・・・。
頭の中は大混乱だ。綺麗に整頓された室内を眺めて、ここがホテルであることもわかっている。蘇る可能性の少ない記憶を必死に辿るが、すぐに無駄だと諦める。
ジナンは音を立てないように部屋を出て、エレベーターを探して廊下を歩きだした。

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ホテルのロビーでチェックアウトを済ませ、高額な宿泊費を取られたことに苛立ちを覚えながらジナンは自動ドアを抜けた。シンとしていた辺りの空気が一気に動き出す。
太陽は結構な高さで街を浮かび上がらせ、喧騒はジナンの不安な気分を煽って来る。
ジナンは携帯電話をポケットから取り出し、時間を確認する。
9時15分。
曜日の表示の『日』という文字だけが、唯一彼を安堵させた。
ジナンはとりあえずこの場を、この街を離れたいと、バス停に向かいちょうど到着したバスに乗り込んだ。席に着いたと同時に、キム・ジウォンの番号を携帯電話で表示させた。
この時間に彼がすぐに電話に出ることは無いことを知っているジナンは、嫌がらせのように延々と呼び出し音を鳴らし続けた。バス停一駅分ぐらい進んだところでようやく寝惚けたような声のジウォンが電話に出た。

『あい。』
「ジウォン、昨夜俺どうなったんだ?」
『今何時だと思ってんの…。』
「朝の9時過ぎだよ。普通じゃん。」
『俺さっき寝たとこなんだってば。わかってんでしょう?』
「悪いと思ってるけど今マジで焦ってんだよ。お前の店に行ったのは覚えてるんだけど、その後が・・・。」
『何かあ・・・怪しいジジイと奥のテーブルで楽しそうに飲んでたよ。』
「ジジイ?」

ジナンはさっきのホテルのベッドに眠っていた男の顔を思い浮かべる。うつ伏せに眠っていたためはっきりとは見えなかったが、年齢はまだ若い男だった。

「そ・・・それで?」
『ジナンさんが泥酔することなんて無いと思ってたのに昨夜は何かヤバい状態だったから、そのジジイに変な物飲まされたんじゃねえかと・・・・まあ俺もやっぱ多少心配だからさあ・・・。』
「泥酔してたんだ?」
『自分では歩けない状態だったね・・・。でも何か若い男が急にどっかから出て来て・・・ジナンさん連れて店出てったんだよねえ。そこまでしか俺は知らないよ。』
「若い男・・・・。」
『・・・もういい?俺眠いんだけど・・・。』
「あ、ああ、ゴメン。その若い男ってお前んちの常連客?」
『何度か見たことある気もするけど・・・常連じゃないよ・・・。ああ、もう限界・・・おやすみなさあい。』

電話は一方的に切れた。
ジナンは余計に不安になる。
誰なんだ、あの男。行きずりの男と俺は・・・。
ゴツンとバスの窓に側頭部を打ちつけるほど、ジナンは酷く落ち込んだ。見覚えのある風景が、窓の向こうに広がっているのに、ジナンはバスを降りることも出来ずただぼんやりと揺れに身を任せるしかなかった。

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月曜日の昼過ぎ。
午後からの営業会議の資料に入っているはずの過去のデータが抜けていることを部長から指摘されたジナンは、大慌てで資料室に飛び込んだ。
人の気配を感知して自動的に明かりが点く仕組みになっている。整然とした清潔感のある資料室だったが、とにかく膨大な量のファイルが並んでいる。
ジナンはキョロキョロと目当ての資料ファイルを探しながら、ブツブツと毒づいていた。

「自分が誤ってデータ削除したんじゃないのかよ、あのオッサン。・・・・2010年から、と・・・ああ、この辺か。」

ジナンは立ち止まってファイルを物色している。スチール棚の上部までぎっちりと詰め込まれた資料を見上げ、ため息をついた。

「何であんな高いとこまで・・・・。女子社員とかどうやってあのファイル・・・。」

小柄なジナンは背伸びをして目一杯腕を伸ばして最上段のファイルに指を掛けた。
1冊を引き抜こうとすると、数冊がまとめて落ちて来そうになった。

「あっ、ヤバ・・・!」

両手を伸ばしてジナンが何とかファイルが崩れ落ちるのを阻止した瞬間、横からすっと手が伸びてずれたファイルを押し込んだ。

「お、ああ、ありがとう・・・助かりました。」
「何年の資料っすか?」
「ああ、2010年の年間推移・・・。」
「・・・・これですね。」

若い男が一冊の分厚いファイルを最上段からいとも簡単に取り出し、ジナンに手渡した。

「ありがとう。どこの部署・・・?」
「システム開発部のク・ジュネです。営業部のキム・ジナンさんですよね?」
「ああ、そうだよ。何で知ってるの?」
「IDカード。」

ジュネはそう言いながら、ジナンの首から提げられているIDカードを摘まんだ。ジナンは苦笑いするしかなかった。

「ああ、ハハ・・・だよね。」
「同じ会社だったんすね。どこかで見たことあるな、と思ったはずだ。」
「え?」
「ホテル代、払ってくれたみたいで。助かりました。俺半分出さなきゃいけないすかね?」
「えっ・・・?」

ジナンはそう小さく声を上げたっきり、ジュネを見上げて固まった。
ホテルのベッドで寝ていた横顔の男・・・・

「目覚めたらもぬけの殻で。あんだけ泥酔してたのに、早起きして静かに部屋出れるなんて結構慣れてんのかな、って。」
「なっ・・・慣れてなんかない!あんなこと・・・あんなこと初めてなんだぞっ。何で俺がお前とホテルなんかに・・・全く記憶に無いんだ、お前俺に何した!」
「何で俺が無理矢理、みたいなニュアンスになってんすか。何なら俺が変なオッサンからアナタを助けたぐらいなのに。お礼言われることはあっても、そんな犯罪者見るような目で見られる筋合いないっすよ。」
「・・・変なオッサンって何だよ・・・。」

ジナンはそう言いながら、昨日の朝にジウォンに電話で聞いた話をふと思い出していた。

「調子乗って飲んでたけど、オッサンに何か薬盛られてましたよ。アナタがトイレに立った隙にグラスに何か入れてたの俺見たんで・・・。どういうつもりでそうしたのか知らないけど、とりあえず助けた方がいいと思って、オッサンがその場離れた隙にアナタを外に連れ出して・・・。」
「そっ・・・それで何でホテル・・・。」
「泥酔してる見ず知らずの男をおぶって変なモーテルとか入ります?とりあえず一番近くのちゃんとしたビジネスホテル探したら、ダブルの部屋しか空いてなくて。アナタ置いて帰ろうとしたら泣きながら帰らないでくれ、って。」
「はあ?」
「勝手に服脱いで風呂に入りたいって暴れて。」
「嘘つくな。」
「何故か俺も脱がされて一緒に入れって。」
「作り話するなって!」
「俺に何の得があるんです?作り話アナタに話して。」
「もういい。悪かった、全部・・・忘れてくれ、マジで。社内で会っても声も掛けないでくれ、無かったことにしたいから。」
「風呂入っただけですけど・・・?」
「どっちでもいいからそんなこと!」

ジナンは顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、資料ファイルを小脇に抱えて資料室を飛び出した。心臓が早鐘のように鳴っている。大事な会議前にこんなにも動揺してしまっていることが既に絶望だ。
泣きそうになりながらジナンが廊下の角を曲がると、同期入社のキム・ハンビンにばったり出くわした。手に持った珈琲の入ったカップを落としそうになってハンビンは慌てている。

「び・・・っくりした、どうした・・・ジナン。」
「何でもない。・・・てか何でこんな時にお前に会うんだろう。」

ジナンはまだ顔を赤くしたまま呟いた。

「泣いたのか?・・・まさか部長?またターゲットにされたのか?」
「上司に何か言われたぐらいで泣かないから。」
「じゃあ何・・・。」
「放っといてくれる・・・?お前の優しさには特別意味がないことは嫌というほどわかってるから。」
「そんな言い方ないじゃん・・・。」
「付き合う気ないんでしょ?俺と。」
「・・・・こんなとこでする内容じゃないよ、お前・・・。誰か聞いてたらどうすんだよ。」
「散々俺を振るくせに優しいとこ見せんな、イライラするから。」
「心配はするよ、同期だしさ。」
「ああそうだよね、同期だもんね!」

記憶が無いほど泥酔し、あろうことか同じ会社の人間と一夜を共にしてしまった自分への苛立ちを、ジナンは同期入社のハンビンにぶつける。彼ならどんなに理不尽な感情も受け止めてくれるという絶大的な信頼がある。
受け止めてもらえないのは唯一、彼を好きだというジナンの恋心だけだ。
年齢は下だが同期で入社したハンビンとは、研修期間ずっと同じ部屋で寝泊りしていた。物静かで近寄り難いタイプだと最初は思っていたが、意外にも早く打ち解け合った。律儀に敬語を使うハンビンに、『同期だからタメ口でいいよ。』とジナンから歩み寄ったからかもしれない。
何でも卒なくこなすハンビンは同期の中でも優秀だったが、人一倍謙虚で優しかった。
ジナンは次第に彼に惹かれて行くのを感じた。酒を飲む度、冗談半分に『付き合おう。』と口説いた。もちろん『そのつもりは無い。』と秒速で返事が返って来た。
最初はそれで良かったはずなのに、月日が流れるにつれ、気持ちがどんどん膨らんで行くのをジナンは止められないでいる。
もはや冗談では済まないトーンで『付き合って欲しい。』と言うまでになっていた。
簡単に行くとは思っていない。
どんなに口説いても、自分のものにはならない男は、どんなに口説いても良くも悪くも態度を変えないでいてくれる。

廊下を黙々と歩くジナンの少し離れて後ろをハンビンはついて来る。
エレベーターを待つ時間、ジナンに追いついたハンビンは、不意に目の前にあるジナンの丸い後頭部にトンと手を置いた。

「話聞くぐらいしかしてやれないけど、いつでも聞くよ。」
「そういうこと言うな、好きになるから。」
「サラッと言うなよ、お前は・・・。」
「真剣に言ったら少しは本気で考えるの・・・?」
「ううん、ごめん。」
「でしょうね。」

エレベーターの扉が開くと、先に乗っていた社員達に軽く会釈をして、2人は乗り込んだ。廊下の角から黙ってそんな2人のやりとりを聞いていたジュネは、複雑な表情を浮かべて腕組みをした。

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梨泰院にあるバーのカウンターの中でグラスを丁寧に磨いていたジウォンは、今日最初の客がドアを開け店内に入って来たのを愛想良く迎えた。

「いらっしゃいま・・・・・おお、1人?珍しいじゃん。」

ジウォンに声を掛けられたハンビンは、カウンターの目の前に座ると、「ビール。」と少し疲れた表情を見せて行った。

「週末じゃないのに珍しいね、飲みに来るの。んでもって1人、って。大抵ジナンさんと来るじゃん?」
「1人で飲みたい時もある、ってこと。」
「まあ、そんな日もあるよね。」

ジウォンはそう言いながらハンビンの前に、背の高いグラスを置いて丁寧にビールを注いだ。黄金色の液体に泡が弾けていく。
ハンビンは一気に半分ぐらいを飲み干して、小さく息を吐いた。
ジウォンがそんなハンビンを見て、突然ニヤニヤしながら壁にあるメニューを書いた黒板を、トントンと指で弾く。オシャレなバーのメニューに似つかわしく無い、『正』の字が隅に大量に並んでいた。

「・・・・何、それ。」
「ジナンさんがお前口説いて撃沈した回数。」
「・・・・そんなに?」
「ここ来たら毎回、1時間に1回の割合で口説いてるからね。積み重ねってすげえな、って感動するわ俺。」
「他人事だと思って面白がらないでよ。」
「あの人のメンタルどうなってんだろうね。本気かどうかすらもう怪しいぞ。」
「多分口癖みたいになってんでしょ・・・。」
「この際だから1回ぐらい付き合ってやれば?」
「女の子だとしてもそういう付き合い無理なのに男相手にどうするの・・・無理に決まってんじゃん。」
「案外お前がOKしたらジナンさんビビったりしてね。」
「あの人意外と繊細だからね・・・。俺が断るの、本気で傷ついてんだよ実際は。申し訳ないとは思ってるけどさ・・・。」
「何でお前なんだろうね。他にもいるだろうに。」
「・・・俺もそう思うよ。」
「ジナンさんが女なら良かった?」
「さあね・・・。」

ハンビンは曖昧な返事をして、メニュー板の『正』の字を眺める。耳を赤くしたジナンの姿がぼんやりと浮かんだ。

『俺の方が年上だから思いっきり甘えさせてあげるよ。』
『俺、かなり尽くすタイプなんだよね。』
『浮気は多分しないと思う。』

一字一句まで覚えたジナンの口説き文句。回数を重ねるうちに、ネタなんじゃないかと思えて来て、ハンビンもつい面白がって即答で『断る。』とバッサリ斬ってしまう。
同性に告白するなんて、本当は人生を賭けた言動であるはずなのに、ジナンの人柄がそこまで事を重大に思わせないネックになっていることが、ハンビンは気の毒に思えた。

「ジナンさんが女だったらかなりモテる気がするなあ、俺。」

ジウォンが磨いたグラスをカウンターに並べながらそう言った。
ハンビンがふと顔を上げる。

「だってあの人隙だらけだもんね。」
「隙なんかある?」
「酒飲んだら基本隙しかないでしょ。そういや先週の週末、若い男におぶられて店出てったし。あれ女だったらアウトだろ。ああ、ジナンさんの場合は男でもどうだかわかんないけど。すっげえ焦って翌朝電話して来たけど、まさかあの男と何かあったのかね。」
「そんなわけないでしょ・・・。」

ハンビンは呆れたように笑ってジウォンを見た。

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「おい、人事検索システム一部障害出てるぞ。ジュネ、ホットスタンバイな。」

どこか遠くの方で自分の名前を呼ばれたような気がしたが、ジュネはぼんやりとパソコン画面を眺めているだけで、頭の中はキム・ジナンのことを考えていた。
厄介な男と関わってしまったという思いと、どこか興味をそそられるという思いが鬩ぎ合っている。おまけに偶然聞いてしまったキム・ハンビンとの会話に、もう気が気じゃなくなっている。

「おい、ク・ジュネ。」

頭上から声を掛けられてやっとジュネは意識を仕事に戻した。
ソン・ユニョンが憮然とした表情で立っている。

「ああ、はい、何すか。」
「何すか、じゃないよ。ホットスタンバイだって言ったろ?」
「ああ、ええ、今やります。やってます。」
「真剣に画面見てるからてっきり作業してると思いきや、上の空かよ。」
「ハンビン先輩どこ行きました?」
「聞け、俺の話。・・・ハンビンなら人事部のPC見に行った。俺が行きたかったなあ。」
「何でです?」
「人事部は美人が多い。」
「ああ、なるほど。」

ジュネは愛想笑いを浮かべてすぐに真顔に戻り、席を立った。ユニョンの『おい、どこ行くんだよ。』の言葉を軽くスルーして、ジュネはオフィスを出て行った。
吹き抜けのロビーを真下に見ていると、携帯電話を手にしたジナンが慌ただしく社外に出て行くのが見えた。営業部の忙しさは社内でも群を抜いている。
ジュネは業務用の携帯電話を取り出すと、キム・ジナンの番号を探した。

『・・・・もしもし?』
「ああ、ジュネです。ク・ジュネ。」
『えっ・・・何だよ。』
「今、上から見てたら忙しそうに外出てったんで。」
『そうだよ、忙しいんだよ。システム開発部は暇なのか?てか電話してくるな、仕事の用が無いなら。』
「じゃ、今度用事作りますね。」
『忙しいから切るよ。』

あっさりと電話は切れた。ジュネはしばらく携帯電話を眺めていたが、やがて諦めたようにオフィスに戻ろうと振り返ると、ちょうどハンビンが小走りに自分の職場に戻って来るのが見えた。

「あ・・・ハンビン先輩。」
「おお・・・復旧したみたいだ、お疲れ。」

軽く言葉を交わしてハンビンは通り過ぎて行った。ジュネとは同じ部署ではあるが、あまり深く関わることがないまま数年経っている。
ジュネが入社した時分の職場指導員はユニョンだったし、気さくで明るいせいで人気のあるユニョンと逆に、おとなしく仕事一筋な雰囲気のハンビンは近寄り難かった。
部署内の飲み会でも、ハンビンは静かに飲んでいるし、気付けば2次会の途中でいなくなっていることもしばしばだ。
ジュネにとって彼は、謎に満ちている存在であると同時に今は、同期入社で同性のキム・ジナンに口説かれている特殊な人物という位置づけだ。

「あ、ハンビン先輩、ちょっと。」

ジュネは反射的にそう口走って彼の後を追っていた。

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カロスキルにある小さな居酒屋で、ジュネはハンビンと向かい合って座っている。
さほど親しくない後輩のジュネに飲みに誘われて、ハンビンは最初戸惑ってはいたが、たまには同僚と仕事の話を真剣にするのもいいかも、と付き合った。
だが予想に反して、ジュネの口から仕事内容の話など微塵も出て来なかった。

「先輩は、同期の飲み会とかしないんすか?」
「時々あるけど。あんまり行かないかな。お前は・・・?チョン・チャヌと同期だよな?他には?」
「マーケティング部のキム・ドンヒョク。」
「ああ、そうなんだ。よく飲んだりするの?」
「しょっちゅう。ハハ・・・。どの部署の女子社員が可愛いか、って話で大抵終わるんですけど。」
「人事部の独り勝ちだろう・・・?」
「噂ホントなんすか?今日ユニョン先輩も言ってたし・・・ハンビン先輩システム復旧に走ったじゃないですか。」
「俺は真面目に仕事しに行ったんだよ。」
「先輩彼女いるんですか?」
「いないよ、唐突だなあ。仕事しかしてないもん・・・俺。」
「確かに。面白くなさそうですもんね、付き合っても。」
「え?」
「冗談。ユニョン先輩の半分ぐらい遊べばいいのに、ってみんな言ってますよ。」
「ユニョンはああ見えて真面目だよ。」
「モテないんすか?先輩。付き合って欲しいとか言われたり・・・。」
「俺?俺は・・・。」

ハンビンはそう言いかけた瞬間、ジナンの顔が浮かんで思わず笑いそうになった。入社してもう数年経つのに未だに口説いて来るのがあの男一人だということが可笑しくて仕方ない。

「ないね。改めて考えると情けなくて笑えて来たよ・・・。」
「ジナン先輩だけかあ。」

突然ジュネの口からジナンの名前が出て来て、ハンビンは飲んでいた焼酎を吹き出しそうになり咽た。

「な・・・・何でジナンの名前が・・・。」
「偶然聞いちゃいました、ジナン先輩が廊下でハンビン先輩に話してるの。相槌打つのと同じテンションで口説いてたからびっくりしましたけど・・・。」
「半分冗談だよ、彼の場合は。」
「100%本気に聞こえましたけど、俺には。」
「・・・・誰かに言ってないよな・・・?」
「言うわけないでしょ。でも実際・・・断り慣れてる感じがリアルでした。ずっと断るつもりですか?」
「・・・・普通そうだろ。」
「普通・・・そうですよね。でもぉ・・・俺はあの人とちょっと深く関わってみたけど、付き合ってみるのも無くは無いかなと思いましたよ?」
「深く関わった、って・・・?」
「詳しくは言えないですけど。興味深い人だなと思いました。」

ジュネはそう言いながらテーブルに頬杖をついてニヤニヤし始めた。
いったいジナンとの間に何があったんだ?
ハンビンは訝し気な表情で、そんなジュネを見据えていた。

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「あああ、マジでっ。」

チョン・チャヌが頭を掻きむしりながら独り言を言っている。向かいの席のジュネはPC画面から視線を外さずに声を掛けた。

「どうしたあ?バグった?」
「営業部の改変のサポートに行け、って部長が。何で俺が。」
「営業部?」
「殺気立ってるからヤなんだよ、あの部署。全員が機械に疎いから説明も何回も同じことしなきゃだし。」
「俺が行ってやるよ。」
「えっ?マジ?」
「その代わり、昼飯奢れよ?」
「もちろん、酒も奢るよ。サンキュー、ジュネ。」

チャヌは満面の笑顔を見せて、頭の上で大きなハートを作っている。ジュネは呆れたように笑うと、席を立って営業部に向かった。

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殺気立ってるとチャヌは言っていたが、言いようによれば活気があるという部署が営業部だ。シンとしているシステム開発部とは違って、『動いている』感がある。
時折冗談を交えながら、ジュネは各PCを開き、持ち主に説明もしながら作業を進めていく。
そんな姿に感心したようにジナンも黙って様子を伺っていた。

「じゃ、あとはジナン先輩のPCで終わり、って感じかな。」
「よろしく・・・。」

PC作業を終えた社員達は順番に取引先へと出かけて行った。オフィスに残ったのはジナンとジュネ2人だけになった。
優雅に椅子に座ったままジナンの傍に移動して来たジュネは、鼻歌交じりに作業を進めていく。

「ここは今までの画面と一緒っすね。このタブから入れるようになるんで、確認してもらっていいすか?」
「あ、うん。」

ジナンはマウスを握って画面を見つめる。その手の上からジュネが手を重ねてマウスを動かした。

「ちょ・・・・!何で重ねるんだっ。」
「ああ、ごめんごめん、そんな怒ること?」
「お前な・・・こないだの夜のことで俺の弱み握ってからかって来るんなら俺にも考えがあるぞ?」
「どんな?」
「いっ・・・・色々。」
「揶揄う気なんかありませんよ。ハンビン先輩の方が良かったですかね?」
「どういう意味だよっ。」
「いや、あの人真面目だからこんな冗談もしないでしょ。」

意味深に微笑んでジュネはシステムの説明書きをジナンのデスクにそっと置いて部屋を出て行った。
いつまでも握られた手の感触が残っている気がして、ジナンは執拗に手を擦ってジュネが出て行った方向を睨み付けた。

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窓際のテーブルで1人遅い昼食を摂っているハンビンの向かいに、トレーを置いてジナンが座った。
目を丸くしたハンビンがジナンを見つめる。

「どうしたのお前。食堂来るなんて珍しいじゃん。」
「ク・ジュネに何話した?」
「え?何、って・・・。俺は特に何も。」
「アイツ意味深なこと俺に・・・。」
「ああ・・・・聞いてたらしいよ、お前が俺に付き合えだの好きになるだの言ってたの。」
「はあ!?」
「偶然耳にした、ってさ。だから俺いつも言ったじゃん、社内でそんなサラッと俺口説くなって。」
「よりにもよってアイツに聞かれたの?」
「別に口外はしてないらしいよ。お前の責任・・・・。俺は関係ないだろ。」
「最悪じゃん・・・。」

ジナンは食欲を失くして椅子にふんぞり返って座った。ハンビンが思い出したように顔を上げる。

「ああ・・・俺もお前に聞きたいことあった。」
「・・・何。」
「お前、ジュネと何かあったのか?」
「アイツ何てった?」
「最近深く関わったことはあるけど・・・みたいなことを・・・。」
「アイツ殺し・・・。」
「何があったんだよ?」
「何もないよ。ただ酔っぱらって迷惑かけただけだ。変な想像するなよ?」
「・・・・してないよ、変なって何だ。」
「とにかく、ジュネと俺は何の関係も無い、それだけはお前に言っとくからっ。」
「よくわかんないけど、俺の部署の後輩と揉めないでくれよ?」
「揉めてないし、顔も見たくない。」

ジナンはふつふつと湧き上がる怒りを抑えながらそう言うと、ほとんど食事に手をつけず、席を立った。
ハンビンは心配そうにジナンの後姿を見送っている。
基本的に穏やかで母性の塊のような男だが、最近は苛立っていることが多い。彼をそんな風にさせるジュネとの関係が気になって仕方なかった。

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真っ暗でも空がどんよりと重い空気を含んでいるのがわかる夜だった。
繁華街には人が溢れていて、賑やかに思い思いの時間を楽しんでいる。
システム開発部のユニョンと、ジュネ、チャヌは3人で屋台で飲んでいた。ユニョンは既に酔っていて、身体の大きなチャヌに凭れかかっている。

「チョン・チャヌ。お前は本当に優秀な後輩だ。徹夜でプログラミングに明け暮れても、お前のふわっとした笑顔見ただけで俺は最高の癒しを受けてる気分だよ。」
「光栄ですぅ、ユニョン先輩~。」

彼によく合コンに連れて行ってもらっているチャヌは、ユニョンには絶大なる信頼を置いている。大型犬のように懐いている同期のチャヌを横目に、ジュネは呆れたように1人焼酎を煽っていた。

「ハンビン誘っても来ないだろうけど、呼ぶか?ジュネ。お前には俺が仕事を教えたけど、タイプ的にはアイツに付いた方が将来は安泰な気がするし、もっと打ち解けた方がいい、って俺はいつも思ってんだけど。」
「こないだ飲みに行きましたよ?」
「はあ?ハンビンと?」
「ええ。」
「何だそんな話聞いてないぞ?」
「いちいち報告する義務あります?」
「・・・・・チャヌ、お前の同期なのにジュネは何でこんなに可愛げがないんだ。」
「すみませえん。よく言い聞かせます。」

チャヌはにこやかにそう言いながらユニョンに酒を注いだ。本当に彼の扱いに慣れている、とジュネは感心するしかなかった。
そこに偶然、仕事帰りのジナンが通りかかったのを、半分眠りかけているはずのユニョンが目ざとく見つけた。

「キム・ジナン!」

突然屋台からフルネームを叫ばれて、ジナンはビクッとしてその声の方を見た。声の主が同期のソン・ユニョンだとわかると、少し安心したように微笑んで手を上げた。
しかしすぐ傍にジュネが同席していることに気付いて、ジナンはあからさまに表情を強張らせた。

「いいとこに来た!ジナン、たまには一緒に飲もうっ。」

千鳥足のユニョンになだれ掛かられて、ジナンは一緒になってふらつきながら何とか席に着いた。ジュネは、新しいグラスを一つ調達すると、黙って焼酎を注いでジナンに差し出した。

「ああ、ありがとう。」
「ジナン、面識あるっけな、うちの後輩達だ。チョン・チャヌとク・ジュネ。この2人が同期なんだよ。」
「営業部のキム・ジナン先輩ですよね、噂はユニョン先輩から聞いてます。カオス状態の営業部で唯一の良心だ、って。」
「ハハ、それって褒められてるんだよね?ありがとう。」

ジナンは小さな目を細めて笑顔を見せた。こんな風に笑うんだな、とジュネは初めて見る彼の笑顔をただ黙って見ていた。

「ジュネは面識あるか?ジナンと。」

ユニョンの言葉に、ジナンがドキッとしてジュネを見る。ジュネはこちらを見ずに、淡々と答えた。

「ああ、ええ。こないだ営業部に改変サポート行った時に・・・。」
「あ・・・そうだったね・・・・あの時は助かったよ・・・。」

あまりによそよそしくすると逆に不自然じゃないかとジナンは心配になったが、ユニョンもチャヌもさほど気にするでもなく楽しそうに飲んでいる。
ジナンはホッとして、改めてグラスの焼酎を飲んだ。ジュネが小皿と割り箸を差し出してくれる。

「ありがとう・・・。」

小さな声でジナンはそう告げた。顔も見たくないと苛ついた相手だったが、ここでは大人の対応をしなきゃ、と思った。
ジュネが変なことを言い出さないか、とそれだけが心配だったが、予想に反してジュネは静かにユニョンの話を聞くことに徹していた。

「お前たち・・・ジナンは本当にいい男なんだ。俺が入社して間もない時、研修で散々ポカして教官に怒鳴られまくってた時も、こいつは必ずフォローしてくれたし、黙って話も聞いてくれた。こんなちっこくて可愛い感じだけど、男気に溢れてて責任感も人一倍だ。ま、女子社員には俺の方が断然モテるけど、人としてジナンは優れてると思う。

割り箸を振りながらユニョンは、ジュネとチャヌに懇々と説いている。
ジナンは酒のせいなのか気恥しいのか、耳を真っ赤にしてユニョンの背中をバシバシ叩いていた。

「そんなに褒めんなよ、大雨になるじゃん。」
「バカ、俺は本心で言ってるんだよ。たくさんいる同期の中でもこいつとハンビンは、人間が出来てる!」

急にハンビンの名前を出されて、ジナンは笑顔を引きつらせてジュネを見たが、ジュネは聞いていないのか知らないフリをしているのか、メニュー表に目を通しながら『チャヌ、チャンジャ注文してよ。』と話しかけている。

結局2時間ほどその場所で飲んでいたが、ユニョンがとうとう本格的に寝てしまいそうになったため、御開きになった。
チャヌが当たり前のようにユニョンに肩を貸しながら、歩いている。

「ジュネ、俺ユニョン先輩送って行くね。」
「おお?家知ってんの?」
「だいたいの場所知ってるから、タクシー乗せて後は運転手さんに任すんだ。」
「慣れたもんだね。」
「毎度のことだから。へへっ、じゃ、ジナン先輩、失礼します。」

チャヌはユニョンの身体ごとお辞儀をした。その光景が微笑ましくてジナンは少し温かな気持ちになる。

「気を付けてな。タクシー代、これ使って。」

ジナンはチャヌのスーツのポケットに紙幣を捻じ込んだ。チャヌは『ありがとうございますっ。』と元気に礼を言いながら、反対方向の大きな通りに向かって歩きだした。
しばらくその様子を眺めていたジナンは、独り言のように『ユニョンは幸せだな。』と口にしていた。

「・・・何でですか?」

急に現実に戻されるジュネの声に、ジナンは我に返ったように彼を見上げた。

「いや・・・あんなに甲斐甲斐しい後輩がいてさ。」
「・・・俺がいるじゃないですか。」
「お前にチャヌの純粋さは微塵もないよ。」
「何気に傷つくなあ・・・。」

ジュネはそう呟いて、ジナンの隣に並んで歩きだした。

「お前、こっちなの?家。」
「まあ・・・こっち方面です。」
「地下鉄?」
「バスでもどっちでも帰れるんですけど。」
「ふうん・・・。今日・・・ありがとな・・・。」
「え・・・?何がです?」
「ユニョン達の前で、変なこと言わないでいてくれて。」
「ああ・・・・。」
「酒も入ってるし、絶対面白おかしく話すんだろうな、って心のどこかで覚悟してたけど。」
「俺バカですけど空気読めない男ではないんで。」
「・・・そうなんだな。知らなかった。」
「知ろうとしなかっただけでしょ。」
「真面目な話・・・。別にお前と揉めたいわけじゃない。普通の先輩後輩でいるのは問題ないじゃん・・・。」
「ですね。」
「反省してるんだ・・・・色々。だから・・・マジで、無かったことにして欲しいんだよ、あの夜のことは。」
「アナタが嫌な思い出だって感じるなら・・・・俺は従いますよ。」

そう言ったジュネの横顔が、どこか空虚に感じられた。言葉を探しているジナンの頬に、ぽつんと空から雨の粒が落ちて来た。
と同時に、あっという間にザーッという音と水煙で街は夜の通り雨に見舞われた。

「ちょっとここで待ってて・・・。」

ジュネは、閉店して明かりの消えた美容院の軒下にジナンを押し込むと、小走りにコンビニに駆けこんで行った。
恨めしそうに夜空を見上げているとすぐにジュネが傘を差して戻って来た。

「傘買ったんだ?」
「この雨に濡れるのはちょっとヤでしょ。」
「何で1本なんだよ。」
「俺が2本買うと最後になっちゃうみたいだったから、何か気が引けたっていうか。」

ジュネはそう言ってジナンに傘を差しかけた。ジナンは仕方なくその傘に入る。ビニール傘に弾く雨粒の音が、どこか耳に心地よかった。

「傘がちっちゃいの?お前がデカいの?」
「俺がデカいんすかね。」
「いいよ、俺の方に傾けなくて。お前半分以上びちょびちょじゃん。」
「俺そこから地下鉄潜りますから。ジナン先輩、傘使って。」
「え?」

ジュネはそう言うと、傘の柄をジナンに握らせ、自分は小走りに地下に向かう階段を駆け下りて行った。

「あ、ありがとう。」

ジナンは慌ててそう背中に声を掛けたが、雨の音で簡単に掻き消されてしまった。
雨の中を1人、歩きながらジナンは色々な思いを巡らせた。
ジュネの言葉が不意に脳裏に浮かんだ。
嫌な思い出、か・・・
傷つけたかな・・・
今までジュネに対して恥ずかしい思いと、怒りしか抱いて来なかったが、彼の気持ちを考えたことなど無かったことを少し悔やんだ。

                              後編につづく


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コメント

妄想小説が現実になったのかと錯覚する。

2020年06月16日 | 雑記
毎週火曜日更新のNCT127 『OFFICE Final Round 』が見目麗しいスーツ姿のメンバー全員イケ散らかした状態だってだけでも嬉しいのに、チョン・ユノさん(ジェヒョン)が社長に就任し(笑)、その際の台詞が

『父の会社を継いで頑張ります。』

だったことに震えている。笑
小説のモチベが上がる!


…かもしれない。←上がれ

コメント (6)

もう6月なので早々に諦めてみる。

2020年06月07日 | 雑記

6月になりました、皆さん。
2020年も半分が過ぎてるわけですよね。
その半分のほとんどをコロナウイルス流行による自粛生活で費やしてるという異常事態。
年の始めだったか、2020年末をもってこの小説部屋を活動休止にするかも(かも?)なんて言ってて、年内に全てのお話を完結させるぜ!なんて意気込んでた作者ですが、気付いたら6月でした。笑
あきらめます。←早くない?
このペースで年内完結なんて出来るわけないですよねえ。
諦めるのだけは鬼速い、潔い女すうぇんです。ありがとうございます。
なので予定では、2021年以降もこのペースでだらだらだらだら続けていくんだと思います。
だからあなたもずっと今のままですよ。フフフフフ←誰

昨日NCTのヘチャン君のセンイルだったのですが、彼がVLiveでサセン(私生活を脅かす病的なファン)について言及し、NCTのサセンリストという物がネット上に公開されて大騒ぎ(?)なようですね。
老眼が尋常じゃない私には(笑)あのリストの文字はしんどいし、SNSとかに疎いせいで全てを把握出来てるわけではないのですが、俗に言うマスターと呼ばれる人たちも何人かそのリストに含まれてる、という話もあって「?」となってます。
そもそもサセンとマスターの違いって何なんですかね?
マスターさんってバズーカ持ってアイドルの行くとこ行くとこ現れて神的な写真を撮って修正して(笑)ネットに上げている方達ですよね?マスターさんは芸能事務所側も上手く利用してて、共存してるようなイメージなんですけど・・・
サセンは、宿舎前にたむろしたり、宿舎に侵入したり、アイドル達を付け回してプライベートを邪魔したり、電話番号を入手して嫌がらせしたり・・・?
でもスケジュールを把握してアイドルに付いて移動する(タクシーで追いかけたり)マスターとサセンがどこで線引きされてるのか全くわかりません(笑)。


どっちにしても、一生に一度の20歳のお誕生日にVLiveでサセンに『本当にストレスなので止めて欲しい。』なんて言わなきゃいけないヘチャン君が気の毒だし、でも若いのに頭が良くて言葉を選んで慎重に話す子なんだなと感心したし。
直接注意しても相手は究極のドMみたいなもんで、喜ばすだけだしね。
難しい問題だけど、アイドル本人にこんなこと言わせずに、事務所が威厳を持って法的に対応するべきなんじゃないのと思いました。
サセンと言えば・・・・

その昔、まだSMEに所属してたか出たかぐらいの時代のSHINHWAのキム・ドンワンさんが、宿舎前のお花に水をやるついでにサセンに水掛けたとか(笑)、サセンの1人に携帯貸してって声掛けて喜んで渡して来た携帯から彼女のお母さんに電話掛けて『お宅の娘さんずーっと宿舎前で迷惑かけてるで。』って言ったとかwww
数々の伝説をお持ちなんですが、40歳にもなった今でも彼の一軒家にファン(?)が侵入して来たとかで先日その画像を公開してましたw←いや笑い事ちゃう
好きな芸能人に近づきたい、って気持ちは本当によくわかるんですけど、好きな芸能人を不快にさせたい、嫌われたい、って気持ちは全く理解出来なくて。どういう精神構造なんだろうな、と思っちゃいます。
ドンワンさん、山の一軒家で今養蜂をやってるので(芸能界のお仕事ももちろんしてます。まだアイドルですw)虫嫌いな私は早々に重婚を諦めざるをいけない状況になりましたが。←何を言ってるんだ
彼の幸せを心から祈っております。結婚しなくても1人で生きて行けそうな男なんで心配はしてないですけど・・・

昨日のヘチャン君の誕生日に続き、もうすぐムン・テイルさんのお誕生日ですよねえ。
満26歳になる記念日です。
うちの母娘は6月を『ムンテイル月間』と名付け、ムンテイルに想いを馳せる1カ月にしようと思ってます。
思えばジャニさん推しの私からすれば、彼の愛をないがしろにする(笑)ムンテイルは嫉妬の対象でしかないはずなんですけど、ジャニさんがああまで愛する男なんで、大事に思ってあげなければと改心します。←何の話
26歳にもなるならそろそろツンは少なめに、ジャニさんにデレて欲しいなと思う所です。
結局Johnil信者でした。←なるほど

本当に雑記でしたが、小説は今後も変わらず亀更新です。
自信満々に言うことじゃないですけど。笑
継続することに意味がある、と考えることにします。
自己満足なんで基本・・・。
これからも、まったりと楽しんで頂けたら嬉しいです。
WEB拍手の方で、お話の感想を書いてくださってる方々、お返事出来なくてごめんなさい。
ちゃんと読んで噛みしめて次のモチベにしています。
心身共に健全にKポアイドルを愛でて行く所存の私と、共に歩いてくださっていると心強く思います。
コメント (10)

NCT127小説 [Super Human] 第11話

2020年05月16日 | NCT127小説

抜けるような青空が広がった日曜日。
ここ最近は海外への対応や出張でまともな休日を送れていなかったユノだったが、ようやく予定の無い日曜日を手にした。
昼過ぎにやっとベッドを抜け、ジョンウを探したが既に家には居なかった。
家政婦の用意したフレンチトーストを自分の部屋の窓辺でぼうっとした表情で食べながら、先日の夜のジョンウの話をふと思い出す。
麻浦に行ってるのかもしれないな・・・
ユノはジョンウが好きになってしまったという、ナカモトという男を見てみたいと思った。
濃い目の珈琲をゆっくりと飲みながら、ユノは眩しい空を見上げた。

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麻浦のキッチンカーは意外にもすぐに見つかった。
日曜日ということもあり、住宅街の片隅のその場所は時折人が行き来している程度だったが、キッチンカーの前に幾つか出してある簡易テーブルには、客が何人か座って寛いでいた。
少し離れた場所に車を停車させ、ユノはキッチンカーの方をじっと見つめる。
車の中で頭にタオルを巻いた男と、ジョンウが並んで楽しそうに作業している。
外から覗き込んで時々声を掛けている若い少年のような人物も、知り合いなのだろうか。
ユノはしばらく黙って、彼らの様子を見守った。

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「あーあー、ぐっちゃぐちゃじゃん、ハイやり直し~。」

ユウタはそう言ってジョンウから金串を奪って鉄板の中のたこ焼きを、何とか形にしようと奮闘し始めた。見る間に丸く形成されて行くたこ焼きを見て、ミンヒョンがはしゃいでいた。

「うわあ、ユウタさんやっぱさすがですね。」
「当たり前だろ、何年やってると思ってんだ。」
「ジョンウくん、修行だね、修行。」
「僕は努力でセンスを超越するっ。」
「何言ってんの、意味わかんないんだけど。ははははっ。」

いつの間にかジョンウとミンヒョンは冗談を言い合うまでに仲良くなっていた。テヨンに連れられて初めてこの場所を訪れたミンヒョンは、たこ焼きの味にすっかり魅了され、テヨンがいなくてもユウタに会いに来ていた。
ジョンウもまた、仕事が終わった夕方以降や、休日にこうしてキッチンカーに無理矢理押しかけ、ユウタからたこ焼きの焼き方を伝授してもらっているせいで、ミンヒョンと顔を合わせることが多くなったのだ。

「簡単そうに見えるけど、結構技術がいるもんなんだよ。ジョンウの言う通り、努力しかないね。」

ユウタが優しい笑顔を見せて、そう言った。
その時、ゆっくりとユノがこちらに歩いて来るのが見えて、ジョンウがびっくりしたように声を上げた。

「おっ?兄さん?」

ジョンウの視線の先を追うように、ユウタとミンヒョンもユノの方を見る。
ユノは少し気まずそうに照れ笑いを浮かべて、会釈した。

「え・・・?ジョンウのお兄さんですか?」

たこ焼きを焼く手を止めて、ユウタがキッチンカーを降りて来た。黒いエプロン姿のユウタは満面の笑顔でユノに声を掛ける。
周りをぱっと明るくするような笑顔・・・ジョンウがそう表現した通りだ、とユノは思った。

「ジョンウがいつもお世話になってます。」
「いや、俺は何にも。日本の文化に興味持ってくれて、一緒に楽しんでくれてるんでありがたいです。」
「あ、チョン・ユノと言います。」
「ナカモトユウタです。日本の大阪から来ました。」
「ああ、大阪。出張で一度。スケジュールの都合で日帰りだったんですけど。」
「良かったらたこ焼き食べてってください。」
「ああ、ええ・・・。ユ、ユウタさんでいいんですかね。僕の方が歳が下だと思うので。」
「好きなようにどうぞ。じゃあ、俺は・・・ユノ、ってユンホ?」
「ユンオです。」
「ユンオなんだあ、何か可愛いなあ。じゃ、ユンオ君って呼んでいい?」
「ど、どうぞ。」

大きな瞳と明るい笑顔に圧倒されて、ユノは少し調子が狂ってしまう。人懐っこいという印象が真っ先に浮かんだ。フレンドリーさではヨンホといい勝負かも、と思う。

「ここ、テーブル空いてるから座ってよ。ジョンウ、お水出してあげて。」
「はあい。」

キッチンカーの中から明るい声が聴こえて、ユノは思わず吹き出しそうになる。すっかり店員のようだ。ジョンウから話を聞いた時、路上で屋台を出しているような部類の人と関わって欲しくないと咄嗟に考えた。ナカモトという男に特別な感情を持っていることとは別に、ジョンウをどう説得しようかと心の中で思い迷っていたのだ。
しかし、ここに来てユウタの第一印象と、ジョンウの楽しそうな様子を見て、いつの間にかそんなことを忘れ去っていた。

「はい、お水。」
「ああ、ありがとう。」
「本当に来てくれたんだね、兄さん。」
「起きたらもうお前いないしさ・・・案の定ここに来てたんだな。」
「休みの日は結構ここにいる。楽しいし。」
「お前が言った通りの感じの人だな、ユウタさん。」
「兄さん名前で呼ぶなんてずるいよ。僕なんかずっとナカモト先輩、だもん。」
「お前だって名前で呼んでもいいんじゃないか?」
「・・・でもね。みんな彼を名前で呼ぶから。苗字で呼んでるの僕だけだもん、何か逆に特別感ない?」
「・・・わからないでもないよ。」

2人が顔を突き合わせてこそこそと話していると、ミンヒョンが恐る恐るユノに声を掛けた。ちょうどユウタに呼ばれてジョンウが席を離れたと同時だった。

「あのお・・・。」
「はい・・・?」
「ソウル聖母病院で・・・・会いませんでした?」

突然そう言われ、ユノはじっとミンヒョンを見つめる。確かにどこかで会ったような気がする。

「病院で・・・会った・・・かな。」
「電話の途中で僕に、ここ何て言う病院ですか?って聞いて来た方ですよね?」
「あっ・・・・・あの時の?」
「うわあ、世の中って狭いですね。ジョンウくんのお兄さんだったなんて。」
「ジョンウの友達だったんだね。あの時はありがとう。」
「いえ・・・。病院に運ばれた人・・・大丈夫でしたか?」
「ああ。もう退院してバリバリ働いてる。君・・・名前は?」
「あ、僕イ・ミンヒョンです。」
「君はどうして病院にいたの?」
「ああ、足首をちょっと痛めてて、診察に。」
「そうなんだ。良くなった?」
「ええ。大丈夫です。」
「良かった。君もここの常連なの?」
「そうです。・・・て言ってもまだ最近ですけど。」

丸い目をキラキラさせながらミンヒョンが笑う。

「ここにいたら、何か力が抜けるって言うか。ユウタさんがめちゃめちゃ面白いし優しいし。たこ焼き美味いし。」

ユノはぐるりと辺りを見回した。特別景色が良いわけでもない平凡な場所だったが、どこか癒しがあるのはわかる。日常に上手く溶け込みながら、日本人が楽しい空間を提供してくれていることが、珍しくて面白い。
キッチンカーの方を何気なく見ると、ジョンウが真剣な顔をしてユウタに焼き方を教えてもらっているのが見えた。
ジョンウが笑ったり、何かに打ち込んだりする姿を、ユノは意外と見たことが無かった。
兄弟と言えど、中学生の頃までは別々の人生を歩んでいたのだ。
自宅にいる時のジョンウは遠慮してばかりで気の毒に思える。心から楽しそうな姿も見たことないし、特に母親には冷たくされている。
ジョンウを受け入れられない母親の気持ちもわかるユノは、母親の目の届かない所で彼をフォローしてやることしか出来ないのだ。
ジョンウがこんなに笑顔でいられる場所は、ここしかないのかもしれない。
ユノはそんなことを思いながら、ぼんやりと日曜の午後を楽しんだ。

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「やだよ、クラブなんてウルサイ場所。」

読んでいた本に栞を挟みながら、ドンヨンは床にちょこんと正座しているドンヒョクに言う。泣きそうな顔でドンヒョクは食い下がっている。

「お願いだからあ。最近うちの店売り上げ落ちてて困ってるんだよ。このままだと俺クビだしっ。」
「別のバイト探せよ。クラブだなんて治安の悪い。」
「うちの店は超健全だから。でね、今日は久しぶりにジャニー兄さんがDJやるの。だから兄ちゃん、盛り上げてあげてよ。」
「ジャニー兄さんってあれか?うちの会社の元社長の?」
「そうそう!肋骨折れちゃったとかでずっと休んでたの。まだ完全じゃないけど一番お客入るのジャニー兄さんの日だから、ってオーナーが無理矢理。」
「・・・じゃ一時間だけ行ってやるよ。ドリンク代お前のバイト代から引け。」
「うっ・・・。仕方ない・・・。てか兄ちゃんジュースしか飲まないからいいか。」

ドンヒョクはそう言って悪戯っぽく笑うと、痺れた足を擦りながら部屋を出て行った。
ドンヨンは普段クラブなどという遊び場には行かない。騒がしい場所が嫌いだし、酒も飲めないからだ。
ただ、ソ・ヨンホ元社長がDJをやるという話には興味がある。ドンヒョクから最初にその話を聞いた時は半信半疑だった。社内をスーツ姿で闊歩している彼とは懸け離れた印象だったからだ。だがドンヒョクから動画を見せられて驚愕した。
ビジュアルこそ上手く隠しているが、ソ・ヨンホに間違いない。ドンヨンはそれから独自にネットで彼のことを調べたり、ドンヒョクから話を聞いたりして、イメージだけを膨らまして来た。実際に彼を見てみたいとは思わなかったが、今日ドンヒョクの店の売り上げに貢献することを頼まれ、そこに彼が久しぶりに現れるというのは、運命のようにも感じる。
創業者一族でありながら、社長を解任されるという悲惨な経験をしたソ・ヨンホがどんな姿を見せるのか、少しどころか大きな興味を持った。
社内の噂では会長の意向で大宇建設で修業のため働かされているが、建設作業員として配属されているなどと信じがたい話まである。
思いを巡らせながらドンヨンは、自分の歪んだ好奇心に呆れて笑いそうになっていた。

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弘大にあるクラブ《M2》の周りは、いつになく賑やかだった。
日曜日は翌日の仕事に響くということもあり、客足が衰えるはずだが、今日はDJのJohnnyが久しぶりに出演すると噂になり、賑わっている。
そんな中に、テヨンに連れられたミンヒョンの姿もあった。

「韓国のクラブは初めてだなあ。」

ミンヒョンは好奇心いっぱいの表情で辺りを見渡している。テヨンはと言うと、どこか不貞腐れているような顔でズカズカと店内の奥へと進む。
ユウタに会いに麻浦に行ってみたものの、ジョンウにたこ焼きの焼き方を教えるのに懸命で少しも構ってもらえなかったのが気に入らなかったらしい。傍にいたミンヒョンを無理矢理引っ張って、弘大までやって来た。
重低音が振動となって身体を包み込んだ。
少し高くなったステージのブースに、DJが現れて観客が一斉にヒートアップした。

『来てくれてありがとう!待っててくれた?ぶっちゃけまだ骨くっ付いてないんだけど今夜は休んでた分盛り上げるつもりだから、みんなついて来いよ!』

リズムに合わせて客も空気も跳ねて、揺れる。ミンヒョンは、自然に耳に馴染む英語を聞けたことで嬉しくなって、楽しそうに飛び跳ねている。
テヨンは少し離れた場所からDJの男を見ていたが、やがて眉間に皺を寄せながら目を凝らす。
スーパーカーの男だ!
あり得ない高級車で麻浦に乗り付け、泥酔し潰れたテイルを軽々と抱き上げて連れて帰ったあの社長だ!
テヨンはあまりの彼のギャップにぽかんと口を開けて佇むしかなかった。
金持ちの道楽でDJやってんのか・・・・

『盛り上がれ!叫べ!』

煽っているDJの男を眺めているテヨンに、背後から誰か声を掛けて来た。

「あ、あの、イ・テヨンさんですよねっ?」
「え?あ、はあ・・・。」
「めっちゃファンです、何度も公演観に行きましたっ。キム・ドンヨンと言います、僕っ。」
「ああ、どうも・・・。」

こんな薄暗く人の密集している空間で、まさかバレエダンサーだとバレると思ってなかったテヨンは、挙動不審になり思わず後ずさりした。
ドンヨンは感激に打ち震えながらテヨンをじっと見つめて来る。

「すごいやっぱ節制してるんですねえ、筋肉とかわかります。まさかこんな所で会えるなんて、僕クラブに来たの初めてで。」
「何で今日なの・・・?」
「バイトしてる弟に頼まれて。休んでたDJが久々に出演してくれるから、盛り上げに来てくれ、って。僕なんか来なくてもこんなに盛り上がってんのに。ああ~でも来て良かったあ。あ、握手してもらっていいですか?」
「え・・・?ああ、もちろん・・・。ていうか、よく俺のこと気付いたよね、こんな薄暗いとこで。」
「オーラが半端ないんです、って。テヨンさん気付いてないんですか?自分で。」
「うん。」

テヨンは幼い子供のように頷いてドンヨンと握手をした。そしてふとフロアに視線を移したがミンヒョンの姿が見えなくなっていた。

「僕お酒飲めないんですけど、テヨンさん奢りますよ。バレエの話も聞かせて欲しいですし。」
「んああ、仲間と来てるんだけど・・・彼も一緒になら。見失ったから電話してみる。」
「どうぞどうぞ、僕そこで待ってますね。」

少し離れた場所で、ドンヨンは行儀よく立っている。クラブ初体験だとは聞いたが、本当にこういう場所に縁が無さそうなタイプだな、とテヨンは思った。
ミンヒョンの携帯電話を鳴らしてみたが、繋がる気配はない。テヨンは諦めて、ドンヨンの元に向かった。

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『めっちゃカッコ良かったですっ、Johnny兄さんっ。』

ミンヒョンはステージを降りて来たヨンホに徐に声を掛けた。英語だったせいもあり、ヨンホも気軽に応じた。

『ありがとう。うん?未成年じゃないよな?』
『違いますよ。幼く見られるけど・・・僕、マーク・リーです。』
『ああ、マーク。どこの生まれ?』
『カナダのトロントです。』
『いいとこだね。俺はジョン・スー。シカゴ生まれだよ。』
『英語で話が出来てすごく気楽です、韓国語時々わかんなくなって。』
『ああ、わかるよ。こんがらがるよな。マーク、1人か?』
『いや、先輩と来たんだけどはぐれちゃった。』
『良かったらVIPルームにおいでよ。俺ステージ降りるとスイッチ切っちゃうけど。』
『マジですか?行きますっ。』

丸い目を輝かせてミンヒョンはぴょんぴょん跳ねている。足首の鈍い痛みなどとうに忘れていた。小鹿のような彼を見て、ヨンホは微笑んだ。今初めて出会ったのに、弟のように可愛いと思えた。
生まれた国じゃない場所で生活している同志のような感情が生まれたのかもしれない。

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テヨンからの着信があったことに気付きもせず、ミンヒョンはヨンホとVIPルームで2人で飲みながら過ごしていた。
ミンヒョンも〈マーク・リー〉として接してくれるヨンホを勝手に兄のように思っていたが、時折デジャブのような物を感じ、頭を抱えた。

『マーク。飲み過ぎたか?・・・ってお前まだビール1杯じゃん。』
『ああ、いやジャニー兄さん。休んでた、って言ってたけど・・・何でなの?』
『ちょっとした事故で肋骨折った。救急車乗ったよ、生まれて初めて。ハハハっ。』
『あっ!』

突然ミンヒョンがそう叫んでヨンホを指さした。

『何?』
『ソウル聖母病院!ユノさんが傍についてた人だ!』
『何だ何だ、急に。お前あの時いたの?病院に?』
『初めて会った気がしないって思ってたんだ、デジャブかな?って。ユノさんにこないだ再会した時も思った、同じ感覚に今なってて。まさかこんな形で会えるなんて不思議だなあ。』
『運命かもね?』

ヨンホはそう言ってウインクして見せた。ミンヒョンはきゃっきゃきゃっきゃと燥ぎながら彼が元気になってくれて良かったなあ、と感じていた。
VIPルームの中はとても静かだった。ミンヒョンの中のVIPルームのイメージは、大勢の男女がぐるりと座っていて賑やかに飲んでいる光景だ。どれだけ時間が過ぎてもヨンホは静かに飲んでいるし、クラブの中にありながら自分の部屋のようだと思った。

『スイッチ切る、って言ってたけど本当なんですね。』
『この部屋は俺の部屋みたいなもんだから、誰でもは入れないんだ。静かに過ごしたいし、女の子はトラブルの元だしね。』
『DJが本職じゃないですよね?』
『ん、まあ、趣味?普段は会社員だよ。だから全く違う自分になってみたくなる。』
『へえ~、会社員なんですかあ。』
『マークは?』
『僕はバレエダンサーです。』
『おお?意外だね。』
『興味あります?』
『ごめん、勉強するよ。』

ヨンホはそう言って笑った。嫌味の無い人柄が露になる笑顔だ。韓国で暮らすようになってまだ年月の経っていないミンヒョンは、好奇心を隠し切れない。
ここ最近出会う人物は、皆魅力的に感じる。ユウタもジョンウもユノもヨンホもそれぞれ独特の空気感を持っていて、包み込むような優しさがある。

『お、一瓶空いちゃった。』

ヨンホがシャンパンボトルを覗き込みながら楽しそうに言った。

                                      つづく


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《作者後記》

ほぼ会話文だけになってしまいました。汗
なるだけ避けたいパターンなんだけど、気付けば会話文が多め。
こうなるととっても中身が薄くなってしまう気がして、小説を書いてるって気持ちじゃなくなってくるんですよね。
台本書いてるような感じ。笑
元々はこういう会話文だけで成り立つのが得意分野なんですけど、個人的に好きじゃないのでどうにも・・・
127小説は仕方無いにして、他のお話では会話文任せパターンは避けたいなあと思ってますが。←更新しろよ、ってw





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