田中眞紀子(シンガー・ソング・ライター)

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学芸大学の朝日、再び  その1

2010-05-19 05:18:19 | Weblog
眠い。
まだ眠い。

ライブ後、朝帰りして、床に着いたのが朝9時であったが、身体は泥のようなのに頭はビンビンにさえ切っていて、眠ったことになっていない。
完全に自律神経が狂ったな、こりゃ。
まぁ、あんなヘビーな時間を過ごしたら、身体もおかしくなるわな。
休みを2日取って正解だった。
ちゃんと心身ともにケアしておかないと、、、

現金なもので腹はすくから、夜ノコノコ起き出して食べたら、ぐっと眠気が襲ってきて、それから眠るわ眠るわ。
腹減って、起きて食って、また眠るを繰り返し、火曜日になってしまった。
さぁこれから、一生懸命働いて、社会復帰を果たすのだ。
職場に入った時、夢の世界から現実に降りて来た、と思った。
それは、結構良い感じだった。
そして帰宅後、まだ眠い。


今回の自分ミッションとしては、実は実にハードルが低く、歌詞を見ないで歌うこと、という、ほぼ当たり前みたいな事だった。
しかしながら、絶対に越えなければならない第一関門。
私のライブにおける音環境は、今まで、森閑とした静寂の中、私の声とピアノがすぅっと浮き上がるような感覚で歌っていた。その土台である‘森閑とした静寂’(辞書で調べたらどうやら森閑=静寂らしいが、重ねて使ってしまいたいくらいの深い静けさとお考え下さいな)を、他者の力でぶっ壊されるのである。そりゃもう、何かにつかまっていないと奈落に落ちてしまいそうな、激しい拒絶反応が本能的に起こるのだ。
しかも困ったことに、それを私が依頼しているのである。
まさに本能と理性の鬩ぎ合いのような葛藤を味わう。
大袈裟とおっしゃるなかれ。その森閑とした静寂の中に、ライブという極限の状態で、私は16年物長きにわたり住まっていたのだ。
そんな激しい拒絶反応に耐えながら、歌詞覚えの悪い私はとてもまともに言葉を繰り出す自信がなく、1月におけるリョウ君とのデュオも怠雅とのデュオも歌詞を見ながらのライブであった。
しかし、今回、共に2度目のステージになり、楽器主体の彼らは初めてのステージのどこか探りながらの状態から脱して、もっと主張が強くなるだろう。自分の経験からわかる。いや、そうでなければならない。
それに対し、私が意識を歌詞カードなどに向けていたら、自分のワンマンであるにも関わらず私が埋もれてしまうだろう。
なんとしても乗り越えなければ、今回のステージには挑めないし、それを越えなければ次に進めない。

特に1部の怠雅とのデュオは、緊張のひとときだった。
私が物凄いあがり症なのを知っている怠雅は、それが移るのが嫌だからか(笑)控室にギリギリまで入って来なかった。
ライブ後の2日間、ほとんど寝ていた理由の一つに、足がフラフラに萎えていたのがある。両足の太ももとふくらはぎが、とってもとっても筋肉痛だったのだ。衣裳を3つも入れたキャリーバックを転がしていたし、あれだけピアノを弾いたから、腕がパンパンになるかもと思っていたが、さにあらず。
つまり、その緊張と戦うために、物凄い力で足を踏ん縛っていたのだな、これが。
ちなみに。
指打撲はあれだけ弾いたのに大したことなかった。いかにチバ氏のレコ発ライブでぶっ叩いてたかが、今更ながらわかろうというもの(笑)。

それでも、後2曲となったとき、思わず‘もう終わっちゃってつまんないな’と本音が出たのは、本当に本音だ。やっとこの環境が面白いと思い始めた時に終わっちゃったんだな。
本人には言ったが、それまで、スタジオの練習でも1月のライブでも、怠雅に背を向けて弾いていたので、後ろから襲われるような感覚だったのだが、ゲネプロもアピアでの本番でも怠雅の姿が目に入り、何というか敵を目で捕らえて勝負できる(笑)ので、精神的にかなり楽だったのもある。
まぁ、このデュオはフットワーク軽く行動できるだろうから、私がこの環境に本能的に慣れれば、何かが変わってくるだろうと思っている。

ちなみにこっちのデュオは次が決まっていて、8月28日に原宿でライブをやります。
なんでも早川義夫さんと三角みづ紀さんのユニットと私の3組だそうで。
詳細は後日。
ご期待下さい。


続く。。。