つれづれなるままに

ひぐらしパソコンに向いて・・・・・・・

仁和寺、東福寺、京都タワー

2017年06月09日 | Weblog
仁和寺というと徒然草を思い出す。
高校時代の古文の教科書の徒然草の中に仁和寺云々とあったことだけは覚えているのだが、勿論それ以上のことは記憶にない。
ただそれだけのことで、いつか仁和寺へ行ってみたいと漠然と思っていた。
金閣寺とは近いので、今回行ってみることにしたのだが、期待外れであった。

二王門はは立派であるが、五重の塔はあまり美しいとは思えず、何よりも寺でありながら、春・秋の名宝展を除く通常期に拝観できる仏像が見当たらなかったのは残念であった。
すぐ近くの金閣寺の混雑とは別世界の静けさであった点は良いのだが。。。
(帰宅後に調べてみたら、徒然草の件は、「仁和寺にある法師、年よるまで岩清水を拝まざりければ、……」という章であった)

東福寺は鎌倉時代に創建された京都五山の一つである。
この寺も特に目的があって訪ねたわけではなく、奈良へ行く際にJR奈良線に乗ると最初の駅が東福寺で、寺を何度か遠くから見たことがあり、一度は行ってみようと思っていた。

三門は室町初期に再建されたもので、現存する最古・最大の門(国宝)である。


通天橋という橋で建物が結ばれており、ここから見る「通天橋の紅葉」は京都を代表する紅葉の名所だとか。
開山堂は変わった形の建物で、前にある庭園は静寂に包まれていた。


京都タワーは53年前の1964年に完成したそうである。
計画が明らかになった当時、京都の社寺を初め多くの市民から「景観を壊す」という反対の声が上がり、大きな話題になったことを覚えている。
今となっては周りの景色に十分馴染んでいるという声が殆どらしい。
タワーができてから10年ほど後に一度タワーホテルに泊まったことがあるが、タワーに上ったことはなかった。
今回の旅行では2日目の午後に伏見稲荷大社へも行くつもりであったが、午前の金閣寺などで疲れてしまったのと、金閣寺同様またはそれ以上の混雑が予想されたので伏見稲荷は取りやめ、代わりに前日の夕刻に見た京都タワーに登ってみることにした。


100m上から見る京都の町は特別面白い風景ではないが、京都が周囲を山で囲まれた盆地であることがよく分かった。

写真右の大きな伽藍は東本願寺、左上には西本願寺が見える。

もう京都はおしまいにしようと言いながら帰路に就いた。

コメント (6)

金閣寺

2017年06月08日 | Weblog
5月31日の午前中は金閣寺と仁和寺を拝観した。

金閣寺は高校の修学旅行と、その後も一度は行った筈なのだが、写真も記憶も残っていない。
写真やテレビなどで何度も見ている景色なので新鮮な驚きは少ない。
悪趣味な建物という評価もあるようだが、やはり美しいと思った。






覚悟はしていたが混雑は予想以上であった。
観光客が多いことは勿論だが、池の周囲のスペースが狭いことも混雑の理由だと思う。
修学旅行生と外国人が多く、場所によっては立ち止まれない所もあったが、写真を撮れないほどではなかった。


中国人も多いが、欧米人が予想以上に多かった。


何かで見たが、外国人には金閣寺と伏見稲荷の人気が凄いらしい。

金閣寺は昭和25年に放火で焼失し、今の建物は昭和27年から30年にかけて再建されたものだが、このことは入り口で貰ったパンフレットには一言も書いてない。
これでは外国人はもとより、日本の若い人も1397年に建立された建物を見ていると勘違いしないだろうか。
コメント

護王神社

2017年06月07日 | Weblog
5月30日の京都は最高気温32度で暑かった。
この日は御苑の中にある仙洞御所の見学も予約していたのだが、2ヶ所の見学でバテてしまい、仙洞御所はドタキャンした。(翌日は桂離宮も予約していたが、こちらは数日前にキャンセル済)

御所の帰りに偶然「護王神社」という神社の前を通った。
覗いてみると「足腰の守護神」と書いてある。
足腰の衰えを感じる身としては素通りするわけにはいかず参拝してきた。


神社の縁起を見ると奈良時代の天皇に仕えた能吏 和気清麻呂を祀る神社だそうである。
和気清麻呂が天皇の位を奪おうとした弓削道鏡の刺客に襲われ足の腱をられたときに、多くのイノシシに助けられて再び歩けるようになったという故事に因んで建立された神社とのこと。
そのため、社殿の前には狛犬ではなく狛イノシシが建っているし、境内のいたるところにイノシシが置かれていた。


数年前から時々膝の痛みに悩まされているが、今回の京都旅行中は全く痛まなかったのは護王神社の御利益か?
なかなかユーモラスな神社であった。
コメント

京都御所

2017年06月06日 | Weblog
5月30日、京都迎賓館に続いて京都御所を見学した。
迎賓館から御所の入り口までは1km程度なのだが、真っ白な玉砂利が敷き詰められてただでさえ歩きにくい上に、気温30度を超える炎天下、下からの照り返しも加わって、入口に着くころには汗びっしょりになってしまった。



京都御所は昨年7月から事前申し込み不要の通年公開になったので、時期によっては混雑も予想されるが、この時期のウイークデイは空いていた。

紫宸殿は御所で最も格式の高い正殿で、明治・大正・昭和三代の天皇の即位式はここで行われたという。
有名な「左近の桜」、「右近の橘」は何代目の樹なのだろう。


清涼殿は平安中期以降の天皇の住まいだったが16世紀末からは住まいは御常御殿に移り、ここは儀式の場になったのだとか。
中央の畳が敷かれた場所は天皇の日常の御座。

紫宸殿にしても清涼殿にしても、同時代の中国や西欧の宮殿に比べて何と質素なことか!
更に、団体見学の案内人が「天皇家は貧しかったのです」と説明している声も聞こえてきた。

御所を出たところに初めて見る「せんだん(栴檀)」の木があり、花が満開であった。


“栴檀は双葉より芳し”と言うが、ネットで調べてみるとあれは間違いで、本来の栴檀は日本にはない上に、インドにあるという栴檀は実は双葉の頃は芳しくないのだとか。
元々は「栴檀は双葉にならぬうちは香りがないが、成長して大きな木になると香気が出るのだ」というインドの古いお経の文言を、平家物語の作者が間違えて伝えたのが間違いのもと、という記述があった。
これも一つの「説」なのであろうか。
コメント (2)

京都迎賓館

2017年06月05日 | Weblog
5月30日に京都迎賓館へ行ってきた。

京都迎賓館は、京都御所や仙洞御所と共に、京都御苑の敷地内にある。
建物は平屋であるため、全体の様子を見ることはできない。
見学者の入口は地下駐車場にあるが、警備上の理由で撮影禁止であった。


「藤の間」は最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や歓迎式典に使われる部屋。
60名~120名の会食ができるそうである。
壁は綴れ織りによる日本画。
写真には写っていないが左手にある舞台では舞・能や琴の演奏、雅楽などが披露されるとか。


「桐の間」は和食による「和の晩餐室」。
最大24名までの会食ができ座席は“掘り炬燵式”になっている。
ここでは芸妓・舞妓による舞や琴の演奏が披露されるとか。


この部屋に通じる通路の一角は料亭の玄関を想わせる造りになっていた。


庭園の池には鯉が泳ぎ、「舟遊び」をする「和船」(池の左上に小さく見える)もあったが、外国人に「舟遊び」というには少々無理があるように感じた。


恐らく部屋を飾る装飾品や美術品などは日本の美術工芸の粋を集めたものだと思うが、その方面の知見に乏しい凡人には地味な印象が強い。
外国の賓客はどのように感じるのだろうか。


===========================================
一通り見学した後は、よく言えば「簡素な和の美」、悪く言えば外国の賓客をもてなす施設としては「ちゃち」という印象であった。

ところで・・・、
迎賓館は内閣府が管理する施設である。
賓客の接遇に使用されないときは公開されているが、確実に見学するためには予約が必要である。
インターネットでも予約できる点は良いのだが、見学料金として1,000円必要。
宮内庁が管理する桂離宮や仙洞御所は予約は必要だが、見学料はなし。
また、同じく宮内庁が管理する京都御所は予約は不要で、勿論見学は無料。

共に国の施設(即ち国民の財産)でありながら、一方は有料、他方は無料とする根拠は何なのだろう。




コメント