亜州南溟奇譚

人生途中でドロップアウトして南の国へ移住した中年男の日記。FC2ブログ「アジア南溟通信」の後編。

冷気茶室の跡地の薄暗い空間

2018-09-10 07:28:40 | 旅行
バンコク中華街にあるフカヒレ料理店にいた時の事である。生憎その日は満席で筆者ら夫妻はお勘定台の前に臨時に設置された席に座らされたのだが、さてビールを飲んで料理を待ってる際に店の大女将的なバアさん(80歳くらい)がお勘定台の向こうから女房に赤い袋を差し出してきた。

何だろうと思って女房が中を覗き見たのだが、すぐさまバアさんにサッと返す。どうしたんだと聞いたら「お金が入ってるのよ」と言う。それでバアさんを見るとか細いタイ語でなにかを話してるのだが、ある単語を聞きつけた筆者は「彼女はタイ人ではない」と答えたら・・バアさんは「なんだそうなのかい」と中国系らしく素っ気ない態度に変わった。

その単語は娼婦たちが客を店に連れて来てくれた時に払うバックマージンを表すもので、売春が盛んな国では今でも残っている習慣である。ただ40過ぎの女房を娼婦と間違えるくらいだからこのバアさんは相当耄碌しており、息子や孫たちが店を仕切っている今は無用の長物と化してるのにも関わらず現場にしゃしゃり出てきたのだろうが、その時ふと筆者の脳裏に30年前の光景が蘇ってきた。

そう・・ここら一帯は冷気茶室というが軒を並べる売春地帯だったんだ。そしてたしかこの辺りの店も一階は料理屋、二階は売春宿(冷気茶室)という形態の店ばかりで、筆者も腹が膨れたら二階に登ってシモの欲望を満たしていたんだよな・・と学生時代の古びた写真みたいな中華街ヤワラートの記憶が蘇えってきたのである。このバアさんの脳はこの時で止まったままなんだろう。

今じゃ考えられないが30年くらい前までのタイは借金のカタに親に身売りされた女たちが監禁されて毎日10人くらい客を取らされるのが当たり前、戦前の日本の女郎屋システムそのものが残っている人権蹂躙大国であり、特にここバンコクの中華街ヤワラートにある冷気茶室は一回の料金が75バーツ(当時300円)という最下等の娼婦が万人単位で春をひさいでいたのだ。

で、かくいう筆者も大学生時代はバンコクに沈殿してせっせと冷気茶室に通い詰めたクチで、いつも行ったのはテキサス(南星)という火鍋屋の向かいにあった通称エレベーター茶室だが、そういえばこのフカヒレ屋界隈の二階もオレは来たことがあったような・・と思い出して、すくっと立ち上がるや二階へ続く階段を上って行ったのだ。

この店の二階にはトイレがあるだけで、他のスペースは何故だか空いているのだが、内装とか個室の仕切りは変わっているものの薄暗いなか目を凝らして見ると、そう!間違いない!オレはここに来たことがある!ここにいたプンとかムンとかいうイサーン出身の太めの女を抱いていた時のことを思い出したのである。

チャイナタウンというのはどこもかしこも商業と飲食店と売春が混在しているものであり、華僑商人たちが売春宿へと出向き、そこで売られて来た女たちと戯れながら金の相場や投資案件について話をする、腹が減ったら下の階から出前を取って貪り食う・・そういう売春が日常生活の一部というのがごくごく普通だったのだ。

もちろん今じゃそんなの過去の遺物になってしまったが、しかしきっとその頃にフカヒレ屋の売上に貢献する娼婦たちにお駄賃をあげていた耄碌バアさんがトンチンカンな思い違いをやらかしたおかげで同時代の光景を見ていた筆者の古い記憶が偶然にも蘇って来たという事らしい。

30年経って戻って来た安っぽい売春宿の記憶。金は無いが体力だけあった筆者が貪るように抱いた女たち。あの退廃的な享楽と女たちとの切ない疑似恋愛の思い出。なんとも言えない胸を引き裂かれる思いになった筆者はガランと空いた二階の暗闇を見ながらしばらく佇んでしまった。

商売繁盛で一階じゃ相席までさせているのになぜ2階にテーブルを置いて客に開放しないのか・・。これ何事も損得だけで生きてる中国系にしてはどう考えても不思議なんだけど、そこで大阪・飛田新地や名古屋中村遊郭の建物をそのまま使っている料亭が今でも絶対に使えない開かずの間があるという話を思い出した。

売られて来た女たちの悲しみと男と女の情交の残滓といった情念が深く染み込んでしまった場所はもはや他の業種に転用が効かないという話だった。そう、確かにここにはそういった女たちが沢山いて、わずか15バーツ(60円)の実入りの為に必死に客の腕をとっては春をひさいでいたのだ。

そうか、苦界に身を沈めた無数の女たちの救われぬ情念はまだここに宿っているんだな・・。だから誰も寄せ付けられないのだ。そう思った筆者は薄暗い部屋に向かって手を合わせてしまった。




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