憂鬱な大学生の日記

東京で一人暮らしの大学生の心のはけ口。それがココ!!

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夢と目標は同じか。

2006年03月28日 | ちょっとマジメな話。

今日はこの前高校の友達の家に行ったので、じゃあ今度は僕ん家に来いよってことで来てもらいました。
最近はよく会ってますね(笑)まぁ、以前に比べてですが


さて、なんか急に彼からでた言葉があった。
「夢と目標は同じものだと思う?」
さぁ、いったいどうなんでしょうか。なんかこの言葉が気になってしまったのでちょっと書いてみたいと思います。

まず、はこの二つは違うものだと思っているらしい。
そして、イチロー違うものだと言ってるということを聞いた。

彼(友人)は、「」は叶いそうで叶わないものであるという意見だった。そして、「目標」は叶うものであり叶えるべきものであると。そして、「」は「want」であり、「目標」は「should」であると。

まぁ、確かに「」という言葉には華やかで明るいイメージがあるとともに、叶えきれないようなイメージが付きまとってるような気がする。一方、「目標」という言葉にはちょっとお堅いイメージでクリアしなければならない、かつ、できるであろうことのようなイメージがあるのは事実だろう

では、なぜイチローはこの二つは違うものだと認識しているのだろうか。その回答で明確なものは友人からは得られなかったが、「」はゴールであってはいけないと思っているのだろうかと思う。「」が「目標」であったならば、それは達成されてしまうものである。そして、つまり、達成されてしまうということは「」を失ったことになってしまう。さらには「目標」をも失ってしまうことになる。イチローという人間は小さな目標を重ねることに主眼を置いて生活している気がする。そして、小さな目標の積み重ねにおいてこの前のシーズン最多安打数をクリアしたりしたのではないだろうか。そして、「」が達成されるということは、次にやることがなくなってしまうことを意味してるのではないだろうか。「」がゴールだとするならばゴールの先には次はないのだから

さて、イチローが思っていると思うことを僕が勝手に想像して書いてみました。そんなこんなでふと「」という言葉の意味ってなんなんだろうということになった。大辞泉によると「将来実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのが―だ」「少年のころの―がかなう」」という意味だ。おそらくこの意味が今議論されている「」の意味だと思う。
つまり、実現させたい事柄ということは「目標」ではないのか?これまた大辞泉によると「行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。「―を達成する」「月産五千台を―とする」「―額」」とある。そして、目的という言葉にリンクがあったので飛んでみると。目的という言葉は「実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。「当初の―を達成する」「―にかなう」「旅行の―」」とある。また、「目的」と「目標」の違いについて「「目的(目標)に向かって着実に進む」のように、めざすものの意では相通じて用いられる「目的」は、「目標」に比べ抽象的で長期にわたる目あてであり、内容に重点を置いて使う。「人生の目的を立身出世に置く」◇「目標」は、目ざす地点・数値・数量などに重点があり、「目標は前方三〇〇〇メートルの丘の上」「今週の売り上げ目標」のようにより具体的である」とある。ということは「夢」はやや「目標」に比べ長期的であり、抽象的であるという違いであろうか。

まぁ、誰もがそんな違いの議論じゃないことは納得だろう。


さて、僕はなんと思うか。僕のブログなんだから僕の意見を載せなくてはね。
僕は、というより、今の僕自身に関しては「」と「目標」は同じであると思う。人生でこんなことがしたいとか、あれがしたいというのはやはり「」であって、それを達成したいと思う。そこまで強い意志があるかどうかはまた別の話としてねそれを達成したいと思っているのだから、達成されるもの(つまり、ここでは「」)というのは自然と「目標」となるのではないのだろうかと思う。よって、同じものであるような気がするのである。

ただ、この文章を書いていて、悲しいなと思ったことがある。それは「」=「やりたい仕事」。つまり、「」が「仕事」になってしまっているのだなぁと思わされてしまった。なんか心に潤いがないなと思わされる結果に・・・・・
「やりたい事・好きな事」を「仕事」に出来るのが一番だろうなとは思う。そして、社会を知りだすと「仕事」をしなければならないことを悟る。お金が必要になってくる。お金を得るためにはおそらく「仕事」をしなければならないのだろう。そこで、「やってて楽しいこと」・「仕事を仕事と思えないような仕事」に従事するのがいいのだろう。、「やってて楽しいこと」・「仕事を仕事と思えないような仕事」というものが「やりたい事・好きな事」であったならそれは「夢」なのかな。

でも、「」って「仕事じゃないよね。なんか。そうであって欲しくないな。例えば、エベレストに登りたいとか。これって「仕事」で達成しようとする人もいると思うけど、山登りが趣味である人にとってエベレストに登ることは「仕事じゃないよね。でも「」なんだよね。



今、「」探しをしている自分。でも、「夢」探しのはずが、「仕事」探しになってる。天職探しと言えばカッコはいいが。僕って・・・・なんか違うのかななんか、むちゃくちゃな気がする


万が一最後まで読んでくれた人がいたら折角なんで、僕への意見やらこの文章への意見、「夢」と「目標」の違いについてなどなどコメントお待ちしております。僕になんか新しい考察とかも与えていただけるとこれまた幸いです。では、よろしくお願いします。

ありがとうございました。

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4 コメント

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答えが解らない方がいいものもある (佐藤 信次)
2006-03-29 12:39:42
俺の夢は当初から「世界征服」やけど、勿論『ふぇ』と言われるだろう。

しかし、独裁するという訳ではなく広い意味においての征服なのだ!

その夢である世界征服の為に選んだ手段がたまたま写真になり、[目標」をまず「カメラマン」になる事と打ち立て、次に「会社」→「企業」→「数奇的企業」→「何代目かに世界征服」とするつもりでいる。

各時点において具体的な計画をたてて目標に向けて進んで挫折し、叩かれたり折られたりしながら到達する。それを繰り返すにおいてどれだけ地盤(練習)(学習)を積んでおくかによって到達への高さが変わると思う!

簡単に言うとピラミッドみたいなもんやね。

バベルの塔は崩れて結果的に無くなったけど、ピラミッドは今もなお残っている。

夢をつかむ為にはひたすらそっちに向いていなければチャンスが落ちてきても受け取る機会を失ってしまうし、チャンスを受けてもそれを使い切れなければ逃げて行く。目標の為に小さな目的を積み重ねていく。野球でいうなら「ヒットを打つ」→「勝利」→「優勝」それを積み重ねたら必然的に「偉大な記録」になり、世界の人々が賞賛するプレイヤーになる。その為には書ききれない程の研究や練習やコミュニケーションなどを積み重ねている筈である。

話は戻って、本当に望む夢は地球上だけでも戦争や内紛がなくなればと偉大な先人が言う通り、「想像してごらん」



to 佐藤信次さん (maimai)
2006-03-29 14:52:04
わざわざコメントありがとうございます。



そうですね。僕のやり方として、自分で実現可能そうな目標を作り、それを達成することで勝手に自分に自信を与えて少しづつ成長していく方法をとってますね。そういう意味では僕もピラミッドなのかもしれません。





チャンス。受け取ったチャンスという品物には「チャンス」ということは全く書かれていないので、それをチャンスだと気づくかが分かれ目になっていくのかなと思います。そのためにアンテナを沢山張っておく必要があると思います。そこで、夢の方向を向き続けていくことも必要ですよね。



僕個人の場合はまだまだ方向さえも見えてきてない状況な気がします。路頭に迷ってる。なんとかしたいですね。
Unknown (suzuki)
2006-03-29 14:53:51
バトンやってるんでお願いしますね☆頑張ろう若造!!!
to suzuki (maimai)
2006-03-29 18:16:07
漢字バトンでしょ??ちょっと待っててね☆

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