ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

企業内の知識流通にBLOGは使えるか?

2004年07月18日 | ビジネス
「know-who(ノウフウ)」の視点の大切さ。それは企業では身につまされる話で、結局、人と人との付き合いが一番大事だな、ということはよくある話。それは「HOW」を知っている人はもちろん、知らなくても「事前に根回しをしておかねばならない人」と、結局人とのパイプが重要なことというのは多い。

でそれがインターネットになるとどうなるか、ということで「ノウブログ」ということを大西さんが提唱されている。

大西さんの「ノウブログの時代」

今、企業のナレッジマネージメントの一環として社内にBLOGを取り入れようとしている、という話がある。これなどはまさに、社内の情報流通、知識流通の一環として行おうとする、まさに社内「ノウブログ」の例だと思う。

ただしこれには注意が必要だ。インターネット上の知識流通としての「BLOG」と社内での知識流通としての装置ではその特性が違うのだから。

インターネット上でのBLOGの流行の背景には、やはり「匿名性」というのが大きい。それは「2ちゃんねる」のような完全な匿名性ではなく、発言などがそれぞれのBLOGを通して蓄積されるという「曖昧な人格」「バーチャルな人格」が担保されつつ、かといって完全にその個人が特定されない、という「不完全な匿名性」である。このことによって「"私"であり、かつ"私"でない」私は他者からの不合理な批判からも回避しつつ、完全に責任を問われないまま発言が可能になる。そのある種「都合のよさ」がBLOGブームと、もう1つ盛り上がらないソーシャルネットワークとの差であろう。

しかし企業でこれを用いる場合は事情が違う。企業では責任が問われなければならず、またその成果として、評価を受けなければならない。つまり発言を行う場合には、リスクと報酬が存在するのだ。このことはインターネットの場合と、「発言のしやすさ」に対して決定的な違いを生む。

例えば、社内的に不適切な発言や表現があったとしてそれを人事担当者が見ているとしたら、もしくは何らかの発言をした場合にそれが間違っていたら、そう考えると発言をすることはリスキーなものになる。かといって、他者に適切なアドバイスをしたとしてそれを適切に評価する制度が整っているのかどうか。もちろんこうした要件を洗い出し、システム的にカバーする必要はあるだろう。

ただ正直な感想から言えば、BLOGが社内の知識流通の装置としてむいているかと聞かれれば、向いていないと思う。目的にもよるのだが、個人的にはMLのような「発言すること」に対する障壁の少ないものの方が社内での知識流通には向いているのではないか。

例えば喫煙所などでなされる会話というのは、知識流通という点でポイントの高い場合がある。しかしこれは普通の会話の延長上にあるがゆえに、「暗黙知」や個人のノウハウとして「閉じられている知識」が流通するのであり、「発言の場」を用意すれば明らかになるものではない。

もちろん、だからインセンティブを用意する必要がある、という意見はそれはそれで真っ当なのだが、欧米のような合理主義者ばかりではない日本ではその時点で無理があるような気がする。

もちろん「知識流通」というのは企業の無形資産を形成していくものであり重要ではあろう。しかし本当に求めるのであれば、「報酬」よりも「発言に対する障壁をどう減らすか」という観点から、どのような装置が適切かを考える必要がある。

今、インターネット上でBLOGがブームだからといって、何でもかんでも企業の情報シテスムに持ち込めばいいというものではない。



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