萌えなじみっ!!SSブログ

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マスカルポーネ・シュークリーム(びぜんや様)

2012-05-20 | 

 やっぱり、わたくしがひとりでここに来るのは無茶だったでしょうか。

 苗穂か、琴似か、メイドの誰かに一緒に来てもらうべきだったのかもしれません。

「揚げたての山賊焼、いかがですか!」

「伊那谷名物、ローメンの実演販売を実施中です!」

「すいません、ザザムシの瓶詰めちょうだい」

 ここは萌留駅前にある、萌留市唯一のデパートです。

 そこで「信州物産展」が開催されているとクラスメイトから聞きまして、来ているのですが……。

 洋服売り場の落ち着いた雰囲気とは大違いな、催事場の雰囲気にたじろいでしまいます。人が多くて、エネルギッシュで……

 ここはやはり、出直して来るべきでしょうか。苗穂と一緒に……

 そう思って踵を返したとき、わたくしは見慣れた顔をエスカレータの降り口に見つけました。

 人込みのなかでも分かる、背の高いシルエット。

「ゆうさま!」

 わたくしは駆け寄って、思わず声をかけてしまいました。ひとつ年上の幼なじみの、ゆうさまに。

「雪! 珍しいところで会うな」

「ゆうさまこそ。今日はみさきさんたちは一緒じゃありませんの?」

「せたなにちょっと買物を頼まれただけなんだ。七味唐辛子と、辛味大根、あとワインだってさ」

「七味唐辛子、ですの?」

「長野の名物なんだってよ」

「ゆうさま、さすが博識ですわね」

「や、せたなに聞いた話だけどな。それより、雪こそ何でここへ? 祭は一緒じゃないのか?」

 ゆうさまはいつものように優しい笑顔で、わたくしに訊ねてきます。

「今日はシュークリームを買いに来たんですの。祭ちゃんは、今日は道都まで試験を受けに行っていますのよ。疲れて帰って来ると思うので、ごほうびにシュークリームを買って、待っていてあげたら喜ぶと思ったのですが……」

 わたしは催事場を振り返り、言葉を切りました。

 萌留じゅうのご婦人方が集まったような賑わいはまだ続き、揚げ物とお菓子と漬け物と、その他諸々が混じった匂いが離れた場所まで漂ってきます。

「……そうか、雪には入りづらいよな。言ってくれれば俺が代わりに買ってくるぞ」

 ゆうさまはそれですべてを察し、言ってくださいました。

「ありがとうございます。けど、ゆうさまにすべてをお願いしたら、わたくしが祭ちゃんに買ってあげることにはなりませんから……」

「じゃあ、一緒に行くか。僣越ながら、エスコートさせていただきますよ、雪お嬢様」

 ゆうさまが、いたずらっぽく笑います。

「お願いします、ゆうさま。ふふっ、ゆうさまって、まるでヒーローみたいですね。わたくしのピンチに颯爽と駆けつけてくれて」

「馬鹿なこと言ってないで、行くぞ。催事場は戦場だ! くれぐれもはぐれるなよ! シュークリームを手にするまでは、帰れないと思え!」

 ゆうさまはわたくしに照れた顔を読み取られないように、会場へと顔を向けて、言いました。

「イエッサーです、ゆうさま」

 わたくしはそんなゆうさまに微笑んで頷くと、はぐれないようにゆうさまのシャツの裾を少しだけ掴んで、ごったがえす会場に向かったのでした。

 

「あー、疲れた疲れた」

「ありがとうございます、ゆうさま。おかげでシュークリーム、買えました」

 買い物が終わり、わたくしとゆうさまは、人込みから逃げるようにデパートの屋上に向かいました。

 夏はビヤガーデンになりますが、この時期はベンチと自動販売機があるだけの殺風景な屋上。手すりの上で、カモメが羽を休めています。

「七味も大根もワインも買えたしな。ついでにジャムも買ってしまった」

 ゆうさまは、わたくしが開けるのに苦労していた、ペットボトルのお茶のキャップを代わりに開けてくださいます。

「ゆうさまの分もシュークリーム、余計に買ってきましたから。ここで、召し上がりませんか? ここのシュークリーム、玉子の味がしっかりしていてとても美味しいんですのよ」

 わたくしはそう言って、お店で別に包んでもらった袋を、ゆうさまに差し出しました。

「悪いな。……ふぅん、軽井沢の店なのか。さすがお嬢様、シュークリームもわざわざ軽井沢のものを食べるんだな」

 ゆうさまはシュークリームを見て、呟かれます。

「いえ、そんな訳ではないんですけど。このお店のシュークリームには、ちょっとした想い出があるんですの」

「想い出?」

 ゆうさまは袋を開ける手を止めて、わたくしを見ました。わたくしはその視線を横顔に受けながら、続きを話します。

「幼いころ、夏休みに家族で軽井沢の別荘に行ったことがありますの」

「そういや何度か行ってたな、子供の頃。北海道から軽井沢に避暑に行くなんて、お嬢様方は不思議なことをするもんだと、子供心に思ってたもんだ」

「軽井沢は中央政財界の重鎮や文化人の方々、それに皇族も見えられる特別な避暑地ですから……」

「あー、なるほど。そこの『避暑地外交』に参加するのは、札幌家にとって必要なことってわけか」

 さすがゆうさまは賢明でらっしゃいます。わたくしたちが信州に行った理由を、理解してくださいました。

「もっとも、小学校の高学年くらいからはお稽古ごととかも忙しくなって、軽井沢に行ったのは二、三度だけでしたけどね。あまり、子供にとって面白いところでもありませんでしたし」

「……だろうな」

 萌留市内で一番高いデパートの屋上に、港からの潮風が流れてきます。それは、人込みに揉まれて火照った肌を心地よく冷ましてくれました。 

「ですから、一度祭ちゃんと脱走したことがあるんです。表通りにあるシュークリーム屋さんまでの小さな脱走でしたけど、ふたりだけでお菓子を買いに行くのは初めてで、お父様にもお母様にも、苗穂にも琴似にも告げないで外出するのは初めてで……」

「雪と祭にとっては初めての『いけないこと』だったわけだ」

「はい。はじめての大冒険でした」

「そうして食べたシュークリームは、さぞかし旨かったんだろうな」

 ゆうさまはそう言って、シュークリームの紙包みを開きました。

「はい。ですから、今でも想い出に残っていて、このお店が萌留に来ていると知って、思わず苗穂にも琴似にも告げないで出て来てしまいました」

「なるほど、想い出の味か」

 ゆうさまは納得したようにそう言うと、大ぶりなシュークリームにかじりつきました。

「ん、さすが。旨いな。味が濃い」

 ゆうさまは、納得したように頷きます。

「雪の分もあるんだろ? 食べなよ」

 わたくしはゆうさまに促され、自分のシュークリームの包みを広げました。

 紙包みの中で眠っていた、シュー皮の香ばしい薫りと、カスタードの甘い匂いが広がります。その懐かしい匂いに包まれながら、わたくしは少し戸惑います。

 家でシュークリームを食べるときは、フォークとナイフを使うんですが、もちろんそんなものは、この屋上にはありません。

「……えーと」

 わたくしは少し戸惑ったあとで、ゆうさまがこちらを見ていないのを確かめて、ゆうさまがしたのと同じように、シュークリームにかじりつきました。

「おいしいですわ」

 外でシュークリームにかじりつくなんて、ひどく大胆ではしたないことをしているようで。そのシュークリームは、祭ちゃんと別荘を脱走したときと同じ、いけない味がしました。

「お、そっちのも旨そうだな」

 いつの間にか、ゆうさまがわたくしの方を見ていて、笑顔を向けられます。ゆうさまがこっちを見ていないと思って食べたのに……。わたくしはちょっとどぎまぎしながら、

「こちらは胡麻シューですのよ。ゆうさまもひと口、如何ですか?」

 ゆうさまに食べかけのシュークリームを差し出しました。

「お、おう」

 今度はなぜか、ゆうさまがどぎまぎした顔をされて、

「…こういうことを素でやられるから怖いんだよな」

 何か呟かれます。

 でも、それは一瞬。

「ん、旨いな、こっちも。せたなたちにお土産に買って帰ろう」

 ゆうさまは満面の笑みをわたくしに向けてくださって。

「ぜひ」

 大好きなゆうさまを独り占めしてしまう、とても素敵なひととき。祭ちゃんがこのことを知ったら、きっと、すごくヤキモチを妬いちゃうでしょうね。

 でも、そんな時間は長く続かなくて。

 屋上から見下ろす萌留駅に、銀色の特急列車が弧を描くようにして入ってくるのが見えて、わたくしは本来の用事を思い出します。

「いけない。そろそろ、祭ちゃんが帰ってくる頃ですわ」

「そうか。雪が家で待ってないと、祭のやつ寂しがるんじゃないか?」

「絶対に、口ではそう言いませんけどね」

 後ろ髪を引かれる気持ちで、わたくしは席を立ちます。

「想像できるよ。……なんて言ったらまた祭につっかかられるんだろうけど」

 ゆうさまは苦笑いし、立ち上がって背伸びしました。

「送っていくか?」

「いえ、大丈夫です。タクシーで帰りますから」

「じゃ、下まで一緒に行くよ。シュークリーム、潰れないように気をつけろ」

「はい」

 わたくしはゆうさまの言葉に頷き、シュークリームの箱を胸に抱きます。

「祭ちゃんの驚く顔を見るのが、今から楽しみですわ」

「その場にいられないのが、ちょっと残念だよ」

「ゆうさまもいらっしゃいますか?」

「遠慮しとく」

 祭ちゃんのように、自分を律して、追い込んで、時には他人に誤解されても高みを目指すことはわたくしには出来なくて。

 でも、そんな祭ちゃんが帰って来られる場所は、祭ちゃんがほんとうの祭ちゃんに戻る場所は、わたくしの傍しかないと思うから。

 わたくしは祭ちゃんの喜ぶ顔を想像して、少し頬を緩めながら、タクシーに乗り込み、デパートでの小さな冒険を終えたのでした。


著者:びぜんや様

 


マネーの猫(びぜんや様)

2012-03-21 | めろん

 十円玉が一枚と、一円玉が三枚。

 がまぐちをひっくり返して、テーブルに転がり出たのはそれだけで。

「び、貧乏にゃ。ピンチにゃ。夕張めろんは今日、財政再建ネコミミに転落したにゃ……」

 めろんは、それだけを呟くのが精一杯で、テーブルに突っ伏したにゃ。

「金、貸そうか。トイチで」

「まぁ、自業自得ですよね」

 同居人のふたり、ゆーたんとせたなは冷淡な反応。同情するなら金をくれ、ってドラマがあったけど、ふたりともお金はもちろん、同情すらビタ一文やらん、って態度にゃ。

「買い食いばかりしてるからですよ」

「ゲーセンにもよく行ってるだろ。クレーンゲームなんて、金を吸い込まれるだけなのに」

「通販で洋服買ってましたよね。いくらするのか知りませんが」

「買ってすぐ飽きるのはめろんの悪い癖だよな」

 あまつさえ、お小言のステレオ攻撃。

 汗ばむような陽気の昼下がり。だけど、海道家のダイニングには、冷やかでドライな空気が吹き抜けていたにゃ。

「節約するにしても、限界あるにゃ。お小遣いをもらえるまで、いち、にぃ……半月近くあるにゃ」

「十三円で半月は確かに厳しいですよねぇ。アルバイトとかしたらどうですか?」

「むー。労働なんて低劣な言葉はめろんには似合わないにゃ」

 せたなの言葉に反論はしてみたけれど……。現実問題として、ないなら稼ぐしか、この窮地を乗り切る方法はなさそうだったにゃ。

「しかし手っとり早く稼げるバイトとか何かあったかにゃ?」

 めろんが呟くと、せたなが返して来たにゃ。

「飛鳥さんは同人誌を作って結構売れてるようですし、メイさんは翻訳のアルバイトをされてますよね。連ちゃんはアルバイトどころか、もう立派な女優さんですし」

「でも、めろんに、そんな生かせるような才能、ないだろうな」

 ゆーたんはじとっとした目で、めろんを見下ろしたにゃ。

「そ、そんなことないにゃ。めろんにだって、生かせる才能、あるにゃ。ゆーたん、ちょっとこっちに来るにゃ」

「な、なんだよ?」

 戸惑うゆーたんの手を引いて行ったのは、玄関から庭に続く廊下。ここには蒸し暑い今日も、ひんやりと湿っていたのにゃ。

「どうにゃ? ゆーたん?」

「どう……って、何が?」

「ここはダイニングよりずっと涼しいにゃ。めろんには、家で一番涼しいところを嗅ぎ当てる才能があるのにゃ。涼しい場所を教えたんだから、情報料をよこすにゃ」

 だけどゆーたんは、大きくため息をついて踵を返し、ダイニングへと戻ったにゃ。めろんは慌ててゆーたんに追いすがったにゃ。

「ゆーたん、何が不満にゃ? 今の情報には五百円、いや五千円の価値があるはずにゃ。なんだったら一万円でもめろんは構わないにゃ」

「んなわけあるか。涼しくなりたいなら窓を開けりゃいいだけのことだし、扇風機も、リビングに行けばエアコンだってあるんだからな」

「……ふ、不覚」

 ゆーたんの深謀遠慮に、めろんは戦慄を禁じ得なかったにゃ。

 だけど。

 これではめろんの窮地が救われないにゃ。なんとかゆーたんにめろんの才能を認めさせて、バイト料を払わせるにゃ。

「なら、ゆーたん。めろんとデートするにゃ。一日三千円でデートしてあげるにゃ。そしたらゆーたんはかわいいめろんとデート出来てハッピー、めろんはおいしいものがただで食べられた上に、お金もゲット出来てハッピー。ふたりとも幸せになれるにゃ」

「援助交際かっ。しかも自分で自分のこと『かわいい』なんて言ってるし。脳内だだもれだし。さらにデートするのは構わないが、割勘だからな」

 ゆーたんはマシンガンのような四連ツッコミでめろんのアイディアを木っ端微塵に粉砕したにゃ。

「そ、それなら、せたなの代わりにめろんが晩御飯を作るにゃ」

「なぁ、せたな。今晩は外食にしようぜ」

「ひどすぎるにゃ。間髪入れない切り返しにゃ」

「じゃあ、晩飯に何作るつもりだったんだ」

「めろんの好きな、まぐろとささみのフレークに、極みだしスープ仕立ての蒸し魚舌平目添えにゃ」

「カ○カンじゃねーか」

「ゆーたん、食わず嫌いはいけないにゃ」

「せめて人間の食えるものでそれを言ってくれ」

 ゆーたんはこめかみを指で抑えると、

「だいたい同居人から金を巻き上げようという魂胆がヌルいよ」

 大きくため息をついたにゃ。

「そうですよ、めろんさん。アルバイトをするなら、外でやればいいじゃないですか」

「むー。めろん、働くの嫌いにゃ。働かないでお金を手に入れたいにゃ」

 めろんは至極まっとうなことを言って抗議したけど、せたなは、

「働かざるもの食うべからずですよ」

と、江戸時代みたいなことを言って首を振ったにゃ。

「まぁ、でも、めろんがマッ○でバイトなんて想像できないしな。何が向いてるんだろうな」

「そうですね。めろんさんは客商売ってタイプじゃないでしょうし……」

 ゆーたんに話題を振られたせたなは、しばし言葉を区切った後、

「どうせなら、その身ひとつでサーカスなり動物園なり研究機関なりに行けば、珍獣として高く買い取ってもらえるんじゃないでしょうか」

 めろんを耳の先から爪先まで眺め回して、ぽつりと怖いことを呟いたにゃ。

「にゃっ!」

 思わず体中の毛という毛が逆立ってしまったにゃ。

「まさか、そんなことが出来るわけないだろ」

「そうですね。奥様がお許しにならないでしょうから」

 せたなは、まるでゆーたんママがいいと言えば、即座にめろんを売り飛ばしかねない口ぶりで言い切ったにゃ。

 だけど、その時。

 ゆーたんの足許を、小さな影が駆け抜けたのにゃ。

「う、うわっ。ネ、ネズミ?」

 ゆーたんが上擦った声を上げ、

「きゃーーーーーーーーーーーーーっ」

 せたなの絹を裂くような悲鳴が、ダイニングに響いたにゃ。

「めろんの出番にゃ!」

 その瞬間、めろんの闘争本能に火がついたにゃ。

まだ、めろんはこの家で役に立つことが出来るのにゃ。

「頼む、めろん!」

「ゆーたん、一匹三千円にゃ」

「うっ……。わ、分かった、仕方ない」

「交渉成立にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 めろんは身を低くして、スライディングするように、ネズミに飛びかかったにゃ。

「きゃああああ?」

 風圧でせたなのスカートがめくり上がり、薄水色のなにかが見えたような気がしたが気にしないにゃ。

「み、見てない、見てないからな、せたな」

 ネズミのやつはめろんの一撃を紙一重のところで躱し、テーブルにジャンプ。さらに流し台へと跳躍したにゃ。

「待てぇ!」

 めろんは爪を剥き出し、それを追って跳躍。

 小麦粉と塩と砂糖がまとめてぶちまけられ、ボウルが床に散乱し、蛇口から水が勢いよく吹き出たけど、気にしないにゃ。

 怯んだネズミは、台所から逃走。洗面所に逃げ込んだけど、ターゲットをロックオンしためろんから逃れられるわけがないにゃ。

 めろんは洗面所に飛び込み、脱衣籠をひっくり返して得物を追跡。なんだかせたなの下着が散乱して、

「ゆ、ゆうさん、見、見ないで下さい!」

「み、見てないぞ、断じて。黒いブラジャーなんて!」

「見、見てるじゃないですかーーーーーーっ!」

 なんだか悲鳴が上がったけど、今のめろんはそんなことに構っている余裕はないのにゃ。

「し、しぶといヤツにゃ」

 ネズミは反転すると、階段を駆け上がって2階へ。

「待てェ、三千円!」

 当然めろんもそれを追って、ゆーたんの部屋に飛び込んだにゃ。

 ベッドの下に飛び込むと、やたらと肌色が目立つ雑誌が出てきたり、ネズミがパソコンの上を駆け回ると、半裸の女のヒトの写真がディスプレイに出たりしたけど、構うことはないにゃ。

「うわあああ、なんてことを!」

「ゆ、ゆうさん、不潔ですっ!」

「違、せたな、こ、これはっ!」

 なんだか背後で、ゆーたんとせたなが切羽詰まってたけど。

 ネズミは我関せずと、開いた窓から屋根へと飛び出したのにゃ。

「待てーーーーーーーっ」

 もちろん、めろんも窓から屋根へと跳躍。

 空中で反転し、一気に急降下して、ネズ公めがけて爪を振り下ろしたにゃ。

「仕留めたにゃ!」

 しかし、そう思ったのは錯覚で。

 見下ろすと、下には屋根はなく。

「跳びすぎたにゃああぁぁーー………っ!」

 めろんは断末魔の悲鳴をあげて、庭までまっさかさまに落下したのだったにゃ。

 melon

 そして。

「猫のクセに、屋根から落ちて脚を骨折とは……」

 めろんは、病院送りになってしまったにゃ。

 ゆーたんが「私は屋根から落ちたドジな猫です」ってギプスにマジックで書いてる。……屈辱にゃ。

「打ち所が悪かったら死んでましたよ。骨折で済んだのは不幸中の幸いです」

 せたなは心配してるように見せかけて、ベッドの脇に鉢植えを置いたにゃ。

「でも、おかげで無駄遣いする心配がなくなりましたよね」

「お見舞いも結構もらったしな」

 せたなとゆーたんが、めろんを見て苦笑いしてるにゃ。いちいちむかつく同居人にゃ。 

「…………納得いかないにゃ~」

真っ白な病室に、めろんの叫び声が響いて。

もう無駄遣いはしないと、めろんは心に堅く誓ったのにゃ。

(著者:びぜんや様)


26時のメイドさん(びぜんや様)

2012-02-05 | せたな

 金曜の夜2時。

 いつもなら、明日に備えて眠りに就いている時刻。

 ゆうさんは部屋にこもってライトノベルを読んでいて、めろんさんはこたつで丸くなっていびきをかいていて、旦那様と奥様は、いつものように仕事でいらっしゃいません。

 私はお気に入りのマグカップにたっぷりのココアを作り、キッチンの灯を消して、リビングに向かいます。

「間に合いましたね」

 ひとり呟き、ソファに腰掛けて、テレビをつけると、ちょうど見たかった番組が始まりました。

『月刊 メイドダイレクト』

 サティのピアノ曲をバックに、女性の柔らかい声が番組のタイトルを告げます。

 月に1度だけ流れる、メイドさん向けの通信販売番組。ダイニングキッチンにある小さなテレビでももちろん見られるんですが、やはりこの手の番組は、大きい画面でチェックしたいんですよね。

 そんなわけで、旦那様と奥様がいらっしゃらないときは失礼して、リビングでこの番組を見るというのが、私の楽しみになっているのです。

『今回最初の商品はこちら。三段式のサービスワゴンです』

 さっそく紹介された商品は、キッチンからダイニングへ食事や食器を運ぶための、サービスワゴン。う~ん、雪さん祭さん姉妹のお邸ならともかく、この家では使えませんね。

 マホガニー調の飾り板とステンレスで格調高いデザインの上に、ワゴンの上で簡単な調理も出来る仕様。ちょっとメイド心がそそられるデザインなんですが。残念です。

『続いてはこちら。ご主人様にひときわ格調高い夜のひとときをお届けする、ウィスキーグラスのセットです』

 こちらも残念ながら、縁のない商品ですね。旦那様はアルコールを口にされませんし、奥様はビール党、しかも黒ラベルに限る、という方ですから。

『続いては、出来るメイドの必須アイテム! 十徳カチューシャです。なんとこの商品、カチューシャに裁縫セットや救急セット、さらに方位磁石や缶切りまで内蔵されているという優れものなんです!』

 確かに七つ道具を常に持ち歩くのって大変なんですよね。だからってカチューシャに内蔵してしまうというのはどうなんでしょう。でもちょっと気になりますから、商品番号と値段は控えておきましょうか……

 そう思ってメモに手を伸ばそうとしたとき。

 私は、リビングのドアが開いて、廊下の灯が忍び込んでいるのに気づきました。

 はっとして顔を上げると。

「ゆうさん……」

 そこには、パジャマにセーターを羽織ったゆうさんの姿がありました。

「こんな遅くまで仕事か? 大変だな」

「いえ、ちょっと夜更かしして、テレビを見ていました……」

 私は少し早口になって、ゆうさんに説明します。

「ふぅ~ん。『月刊 メイドダイレクト』?」

 ゆうさんはテレビのアイキャッチを見て、軽く首を傾げます。

「ええ、メイド向けの通販番組なんです」

「へぇ。世の中にはこんな番組もあるんだな。……ってーか、こんな番組に需要があるほど、日本にメイドさんっているのか……」

 ゆうさんの声には半分呆れが混じっていました。

 ……実際、私もそう思いますけどね。

『続いての商品はデオドラント機能付の剥製です。こちら、一見よくある鹿の頭の剥製なんですが、実は口の中の部分にデオドラントスプレーが隠されていまして、リビングの匂いを一気に消臭してしまえる優れものなんです。お客様の煙草の臭いも、ご主人様の加齢臭も、気づかれることなくさりげなく、スプレー一発で瞬時に消臭。ご好評にお応えして、今までの鹿タイプの他、虎タイプ、ライオンタイプの剥製ヘッドもご用意しました』

「…………ご好評なんだ」

 ゆうさんの声が、心底呆れていました。

「これを使っているメイドさんって、なにげに失礼ですよね……」

 私もそれに頷きます。

「まぁ、せたなが仕事熱心なのはありがたいけどさ。どうせなら服とかアクセサリーとか女のコらしいものを買えばいいのに。みさきやメイも通販使ってるみたいだしさ。せたな、親父からもらった給料、あんまり使ってないだろ」

 ゆうさんは私のことを気づかって優しい言葉をかけてくれます。

 うーん。

 でも、50点ですねぇ。

 ここでさりげなく、洋服やアクセサリーを買ってくださるようなら、満点なんですけど。

 ……なんて。

 メイドの身でそんな贅沢なことを考えちゃいけないですね。

 私は少しだけ熱くなった頬をごまかそうとココアのカップに手を伸ばし、肩を竦めます。テレビではなおも、

『ピンチのときはこれで賊を撃退! カフス内臓スタンガン! カフスを相手に押し当ててスイッチを入れるだけで、高圧電流が発射されます。これであなたも無敵のメイドさん!』

 商品の説明が続いていました。

「これ、一歩間違えたらメイドさんも感電するよな……」

 呆れながらも、律儀にリアクションを取ってくれるのが、ゆうさんのいいところなんですよね。

「一歩間違えなくても、やけどくらいしますよね、きっと」

 でも、商品のあまりの微妙さに、リビングにちょっといたたまれないような、微妙な空気が流れます。

「あ、あの、ゆうさんにもココア入れましょうか? それともコーヒーでも」

 私はその雰囲気に耐えられなくなって、ソファから立ちかけましたが、ゆうさんは、

「いいよいいよ。せたなが楽しみにしてるの、これ以上邪魔するのは悪いし。部屋でコーラ飲んでたから喉も渇いてないしな」

 そう言って、手を振ります。

「邪魔したな。そろそろ引っ込むわ」

 ゆうさんがそう言ったとき、テレビではまた新しい商品が紹介されていました。

『ご好評をいただいています、フードプロセッサーの紹介です。ご主人様やお客様においしいお料理を食べていただきたい! でも、下ごしらえのみじん切りや、すりおろし、それにキャベツや大根のの千切りは時間もかかりますし、面倒ですよね。そんなとき、このフードプロセッサーの出番です』

「……まともな商品も紹介するんだな」

 ゆうさんが、ちょっと拍子抜けしたような調子で、感想を言いました。

「それはもちろんですよ。全国のメイドから支持を受けている通販番組なんですから」

 私は番組の肩を持ちたい気持ちになって、言葉にちょっと力が入ります。

「……そういやせたな、料理のときはタマネギのみじん切りとか、キャベツの千切りとか、全部自分で包丁で切ってるよな。こういうの買ったらどうなんだ? この方が楽だろ」

 今ならセラミック包丁もついてお得な九、九八〇円、という表示を見て、ゆうさんは続けます。

「このくらいの値段なら、お袋も買っていいって言ってくれるだろうし」

「……ですね。でも、贅沢は敵ですよ、ゆうさん。みじん切りや千切りぐらい、苦じゃないですし。札幌家のように大勢が住んでいるお邸ならともかく、ここは旦那様や奥様が帰って来られたときでも、5人しかいないんですから」

「そうか。せたながそう言うなら……」

 ゆうさんが腕を組んで頷きます。

 贅沢は敵、なんて言いましたけど。

 フードプロセッサーを買わない理由はそれ以上に、タマネギやキャベツをひとつひとつ手で切る方が、料理を作っている、ゆうさんや旦那様、奥様、それにめろんさんに食べてもらう料理を作っているんだ、って実感できるからなんですよね。

 タマネギを細かく刻みながら、ゆうさんが「おいしいよ」と言ってハンバーグを食べてくれる、それを想っただけで、包丁を握りながら頬が緩んでしまう。

 そんな私を、ゆうさんは知らないのでしょう。

「さて、俺は部屋に戻ってラノベの続きでも読むかな」

 ゆうさんはテレビを見飽きたとばかりに欠伸をひとつして、背伸びをしました。

「せたなはまだ見てるのか?」

「はい、3時までの番組ですから」

 頷いた私にゆうさんは、羽織っていたセーターを脱ぐと、私の肩にかけてくれました。

「夜更かしも結構だけど、風邪、ひくなよ」

 ぶっきらぼうに言って、背を向けます。

「あ、そうだ」

 そして去り際、身体を半分廊下に出してから、振り返って言いました。

「俺、明日は昼まで寝てるからな。起こすなよ」

 ゆうさんの言葉は、明日はゆっくり寝てていいという、私へのぶっきらぼうな気遣い。

 それが分かるから私は、テレビからゆうさんのほうに向き直り、立ち上がって頷きます。

「分かりました。お休みなさい」

「おう、おやすみ」

 ゆうさんの声の余韻が消えない内に、ぱたん、とリビングのドアが閉まりました。

 ゆうさんの姿が、声がリビングから消えて、テレビショッピングの騒がしい声が部屋を埋めます。

 だけど、ゆうさんがかけてくれたセーターにはまだ、ゆうさんの温もりが残っていて。

 私はそれを確かめながら、呟きます。

「ゆうさん、それは逆効果ですよ。そんなに優しくされたら……ゆっくりするどころか、ますますゆうさんのためにがんばろうって気持ちになるじゃないですか」

 さて、番組はもう少し続きますけど、そろそろ休むとしましょうか。

 明日のお昼、ゆうさんが起きてきたときに、とびきりのブランチを作って待っていたいですからね。


著者:びぜんや様


overture~3月の願い(びぜんや様)

2012-01-24 | みさき

「じゃあな、みさき」

 1年B組の教室前で、ゆうちゃんはいつものように右手を上げて、そう言った。

「うん、またね」

 わたしもいつものように答えて。

 だけど、自分の教室には入らず、隣の教室に向かう3人の背中を見送った。

 大樹と、メイと、ゆうちゃん。

 一緒に通う幼なじみの3人は、そろって隣の1年C組。

 わたしだけが、1年B組で。

 仕方ないことだと分かってるけど、朝のひととき、取り残されたような気持ちになる。

 B組の前にはちょうど、幼なじみの桜ちゃんがいて、ゆうちゃんはわたしのことには気づかず、桜ちゃんと話し込みながら教室に入って行った。ただひとり、メイだけがわたしに気づいて手を振る。

 わたしはそれに手を振り返し、それから教室に入ろうとして。

「ふ~ん、また『ゆうちゃん?』」

 後ろから声をかけられた。

「ちちち、違うよ。ちょ、ちょっとぼ~っとしてただけ、だよ?」

 クラスメイトのからかう声に、わたしは慌てて顔の前で両手を振って否定したけど。

 顔が熱い。

 やっぱり、バレバレなんだろうな。

「襟裳っちは、2年生になったらあたしとクラスメイトでいるより『ゆうちゃん』と一緒のクラスになりたいんだよ。女の友情なんて、そんなもんだよね~」

 分かってる。

 そう言いたげな顔でにやにや笑われてしまった。

「そんなんじゃないってば」

 わたしの否定は届いたのかどうか。

 彼女はなにもなかったように自分の席に向かい、わたしも自分の席についた。

 正面の黒板には、「3月3日(火)」の文字と、日直の名前が書かれてる。

 3月3日、今日はゆうちゃんの誕生日。

 家がお隣同士で、幼稚園に入る前から幼なじみのわたしとゆうちゃんだけど、幼稚園から今まで、一度も同じクラスになったことはない。

 いつもこの季節、来年は同じクラスになれるといいと願うけど。

 4月が来ればいつも、その願いは雪と一緒に、むなしく天に還った。

 月が明ければ、萌留学園に入って、最初で最後のクラス替えがある。

 ゆうちゃんと一緒のクラスになりたい。

 ただそれだけの願い。だけど、きっと叶えられない願い。

 それをわたしは、誰に祈ればいいんだろう。

 

 

「また降ってきちゃったね、雪」

 ゆうちゃんたちのクラスの窓際で、机を向かい合わせにしてのランチタイム。

窓の外では、粒の大きな、綿のような牡丹雪が舞っている。

「ミサキのオベントは……どれどれ……」

 隣に座ったメイが、さっそくわたしのお弁当箱を覗き込んできた。

「pork piccataにホーレンソーのおひたし、macaroni saladか。さすが、オイシソーだネ」

 メイは言うけど。

 わたしの家は床屋さんをやってて、両親とも朝は忙しいから、わたしがお弁当を作ってる。自分の分だから、手抜きもいいとこだ。

「そんなことないよ。ほうれん草のおひたしは冷凍ものだし」

 私はお弁当箱の蓋でお弁当を隠すようにしながら、笑って手を振った。

「それを言ったらあたしの弁当の鮭なんか、昨日の晩御飯の残りだよ。母さんに作ってもらってるあたしと違って、みさきは自分で作ってるんだから、立派立派」

「ワタシのとこなんか、3日連続でキリボシダイコンのニモノが入ってるヨ。ワタシがニモノ苦手だってこと、知ってるハズなのに……」

 大樹とメイが、そう言って苦笑いする。

「でも、ユースケの家はそんなことないよネ」

 メイが今度は、ゆうちゃんのお弁当箱を覗き込んだ。

 ゆうちゃんの家では、幼なじみで、1年A組にいるせたなちゃんが住み込みでメイドをやっている。お弁当はいつも、せたなちゃんが丁寧に作ったものがランチボックスに詰められていた。

「お。hamburg steakだ。birthdayだから、ユースケの好物を作ったんだネ。さすがセタナ」

「ハンバーグが好きなんて、小学生の頃の話なんだけどな」

 ゆうちゃんは苦笑いして、せたなちゃんが手作りしたミニハンバーグを、口の中に放り込んだ。

「じゃ、今は別にいらないよね」

 大樹がゆうちゃんの言葉尻をとらえて、ゆうちゃんのランチボックスからミニハンバーグを1個、掠め取った。

「ん、うまい」

「ひ、ひでぇ」

 ゆうちゃんが半泣きになって抗議している間に、今度はメイが端を伸ばして、ゆうちゃんのハンバーグを奪取する。

「さすがセタナ。サイッコーのhamburg steakだヨ」

「メ、メイまで? 返せ、ふたりとも。俺のハンバーグを返せ!」

 ゆうちゃんはうろたえて抗議したけど、ハンバーグはふたりの口の中。もう取り返せない。

「悠介。いい年した男がケツの穴の小さいこと言ってんじゃないよ」

 大樹は悠然とハンバーグを咀嚼し終えると、女のコが口にするのが相応しいとも、食事中に口にするのが相応しいとも思えない言葉を口にした。

「そーだヨ、ユースケ。birthdayは他人からpresentをもらうだけじゃなく、自分をここまで育ててくれた周囲の人に感謝して、presentを贈ってもいいんだヨ」

 メイはそう言って、わざとらしく胸の前で十字を切る。

「デモ、ただもらうだけじゃ、オカズが足りなくなってユースケが気の毒だからネ、ユースケにはお返しにコレをpresentするヨ」

 そして、切り干し大根の煮物を器ごと、ゆうちゃんのランチボックスへと押し込む。

「メイ、お前さっき切り干し大根の煮物が嫌いだって言ってたじゃねーか」

 そう言いながら、それでもゆうちゃんはメイから煮物を受け取って、箸をつけていた。

「ゆうちゃん、わたしのおかず、分けたげるよ」

 わたしは言って、ゆうちゃんのランチボックスにピカタをひと切れ入れてあげる。

「悪いな、みさき」

 ゆうちゃんは言って、さっそくわたしが作ったピカタを口に運んだ。

「ん。うまいよ」

 ゆうちゃんは本当にうれしそうに、満面の笑顔でそう言ってくれて。

 わたしは胸が一杯になってしまう。

「んー、この流れで行くと、あたしも悠介に何かあげないといけないよねぇ。悠介、消しゴムとシャーペンの芯とメモ帳、おかずにするならどれがいい?」

「なぜ俺が文房具を食わにゃならんのだ?」

 ゆうちゃんの笑顔をもう少し見てたかったけど、大樹の冗談にゆうちゃんが噛みついてしまう。

 仕方ないよね。

 わたしたちはこんなふうにして、笑い合いながら、子供の頃から一緒に月日を重ねてきたんだから。

 家路につくころには、雪は止んでいた。

 大樹は部活で、帰りはゆうちゃんとわたし、メイの3人になっている。

「今晩、ウチに来るんだろ?」

 ゆうちゃんが確認するように、わたしたちに訊ねてきた。

「もちろんだよ」

 今日はゆうちゃんちに幼なじみが集まって、バースデイパーティをすることになってる。ゆうちゃんは、

「このトシになって、今さらお誕生会でもないだろ」

と照れてたけど、なんだかんだ言って、結局楽しみにしてるみたい。

「fufufu...ユースケ、今年もワタシのpresent、楽しみにしててネ」

「あ゛ー。メイのプレゼントは毎年、センスがアヴァンギャルドすぎて、どうしたらいいのか分らないんだよな」

 メイの言葉に、ゆうちゃんが溜息をつく。わたしは、

「去年は何だったっけ?」

と、ゆうちゃんに訊いた。

「カナダから送られてきたって言う、ラッコのストラップ。デザインがアメコミ調で奇抜このうえない上に、色が真っ黄色と来たもんだ。あれを携帯につけてたら、間違いなくキ○ガイと思われるだろうな」

「hahaha! そんなに褒められると、照れるネ」

 くすんだ赤毛のお下げを揺らして、楽しそうに笑うメイ。ゆうちゃんはすかさず突っ込む。

「褒めてねーよ。日本語分かるか、メイ?」

「今年もCanada直送のステキなpresentを用意してるから、楽しみにしててネ」

「聞いてねーし」

「Canadaのグランパが気合入れてselectしたpresentなんだヨ♪」

「なんで俺のことを見たこともないカナダのじーちゃんが、俺のプレゼントに気合入るんだよ?」

「グランパはユースケのコト気に入ってるんだヨ。いっぺんCanadaに連れてこい、ってよく言われるし」

「なにゆえ?」

「お金持ちで、スポーツ万能で、生徒会長で、みんなのアイドルで、歌って踊れてマンガも描ける。そんなユースケを、ワタシのhusbandにしたいって言ってるんだヨ。きゃ、照れるネ♪」

「雪と大樹と会長と静内と連と飛鳥と俺がごっちゃになってるじゃねーか。メイ、じーさんにどんな紹介の仕方してるんだ?」

 薔薇色に染まったすずかけの坂道で、漫才みたいなやりとりをする、ゆうちゃんとメイ。

 私はそれを見て笑いながら、少しだけ、寂しい気持ちに胸の奥を突つかれていた。

 幼稚園の頃から続いてきたこの楽しい日も、あと2年、わたしたちが学園を卒業するときに、きっと、終わる。

 それまでにゆうちゃんとの距離を縮めたいけど。

 縮めなきゃいけないけど。

 今の穏やかな関係が崩れるのが怖くて、わたしは一歩を踏み出せずにいる。

 今日までも。

 きっと、明日からも。

 そして、

「ゆうちゃん、逆玉の輿だね」

 わたしはそう笑って、ふたりの会話に混じった。

「逆玉? メイのカナダの実家って、金持ちだったっけ?」

「いやー。ありふれた、しがないグリズリー撃ちの猟師だヨ」

「熊撃ちがありふれてんのかよ? 恐ろしいな、カナダ」

「ダイジョーブ。ユースケなら立派にグランパの跡を継げるよ」

「継ぎたかねーよ!」

 茜雪の並木道に笑い声をこだまさせながら。

 今日という日も暮れようとしていた。

 

 

「じゃーね、ユースケ! ミサキ! また明日!」

 坂道の中程にある、点滅信号機がある交差点で、メイは、私たちに手を振った。

 メイはここでわたしたちと分かれて、右の街区へと帰っていく。

 わたしとゆうちゃんは、まっすぐ坂を上る。

 ゆうちゃんの家まで、26歩。私の家まで、37歩。

 帰り道はもうすぐ終わる。

 ゆうちゃんはさっきより少し歩く速度を緩めて、わたしに合わせてくれる。

 わたしのカバンの中には、ゆうちゃんにあげるバースデイプレゼントが入ってる。

 読書家のゆうちやんが喜びそうな、透明なアクリルの栞。

 今夜のバースデイパーティで渡すつもりだけど……

 ……今渡したら、びっくりするかな。

 そんなことを考えているうちに、26歩を歩いて、ゆうちゃんの家に着いてしまった。

「それじゃ、また今夜だね、ゆうちゃん」

 わたしはそう言って、ゆうちゃんの家の隣、坂をもう少し上ったところにあるわたしの家に帰ろうとして。

「あ、ちょっと待ってくれ、みさき」

 ゆうちゃんに呼び止められた。

「ん? なぁに?」

「これ、みさきにやるよ。前、欲しがってただろ。だから、バースデイプレゼントだ」

 ゆうちゃんが少し照れた顔で、コートのポケットから取り出したのは、少し前に、コンビニ限定でペットボトルのお茶についてきていたビーグルの携帯ストラップだった。

 欲しいと思ってたけど、わたしがコンビニに行ったときには、もう売り切れていて、あきらめていた。それを、ゆうちゃんはわたしに腕を真っ直ぐ突き出して、渡そうとしてくれていた。

「どうしたの? これ?」

「昨日小樽たちとポーカーやってな。巻き上げた」

 照れくさそうに、白い歯を見せてゆうちゃんが笑う。

「ありがと。でも、今日はわたしの誕生日とかじゃないよ?」

「知ってるよ、当たり前だろ」

 ゆうちゃんは、その笑顔を夕陽に染めながら、続ける。

「メイが言ってたろ。誕生日には他人からプレゼントをもらうだけじゃなく、自分をここまで育ててくれた周囲の人に感謝して、プレゼントを贈ってもいいんだ、って」

「……あ、う、うん」

 わたしが戸惑っている間に、ゆうちゃんは玄関に向けて歩きだす。

「あの、えと」

 ゆうちゃんがくれたストラップをカバンにしまおうとして。

 カバンの中にあるプレゼントを今、ゆうちゃんに渡そうか迷って。

 ふたつのことを一遍にやろうとしたわたしは、ちょっとパニクってしまう。

 そうこうしている間にゆうちゃんは、完全にわたしに背を向けていた。雪の舗道に落ちた、背の高い影が遠ざかってく。

 だけどゆうちゃんは。

 思い出したように、わたしの方を振り向いて言った。

「みさきのプレゼントも楽しみにしてるぜ。あと、」

 少し置いて、続ける。

「来年こそ、同じクラスになれるといいな」

「………………!」

 ゆうちゃんのそんなひとことで。

 わたしの頬は赤くなる。

 体温が上がって、胸がどきどきしてしまう。

 夕焼けのおかげで、きっとゆうちゃんは、 気づいていないけど。

 

「じゃあな、みさき」

 最後にゆうちゃんはいつものように右手を上げてそう言った。

「うん、またね」

 わたしもいつものように答えて、ひとつ大人になったゆうちゃんの背中を見送った。

 ゆうちゃんの言葉は、不思議。

 なんでもない言葉なのに、それだけで未来を信じられる。

 きっと素敵な春が来る、そう信じられる。

 

気づけば足許を、雪解け水が流れだしていた。

(著者:びぜんや様)


虹を掴みに行こうよときみは言った(びぜんや様)

2012-01-24 | 

 

 虹を掴みに行こうよ。

 ゆうくんが突然、そう言った。

 

 まだ子供の頃。たぶん、小学4年生くらいの時だったと思う。

 夏の、夕立が早く上がった夕方。萌留の街を覆うように鮮やかな虹が架かって、それを見上げたゆうくんは突然、そんなことを言い出した。

 私もゆうくんも、虹がどうやって出来るかなんて、学校の授業や学習雑誌で知っていた。

 虹を掴むことなんて、出来ないことを知っていた。

 なのに、そう言うことを言い出したのは、男の子らしい好奇心のせいだったのか。

 それとも、もう少し私と一緒にいたいと思ってくれたからなのか。

 それは分らないけど。

 

 雨上がりの朝、街に架かった虹を見て、私はそんなことを思い出していた。

 

 

 サッカー部の朝練を終えて教室に行くと、ちょうどゆうくんたちが登校してきたところだった。

「おはよう」

 あいさつをすると、

「はよ」

「Hi,サクラ」

 大樹とメイの挨拶のあとに、

「っす」

 ゆうくんが右手を小さく上げて、短い答えを返してきた。

 少し瞼が腫れてるみたい。また夜遅くまで本を読んでいたのかな。

 私がそんなことを思ってるうちに、ゆうくんは大樹やメイと話し込みながら、教室を窓際の席へと歩いていく。

 私の方は私の方で、

「マネージャー。今朝の朝練、平取のやつ休んでただろ。あいつ、食中毒で入院しちまったんだってさ」

「えーっ。入院なんて、大変。お見舞い行った方いいかな」

「静内さん、会長が次の休み時間に生徒会室に来てほしいって言ってます」

「生徒会室? 何だろ。まさか早弁したいからじゃないよね……」

「ん~。桜ちゃん、今日もかわいいねぇ~。今度デートしよ~」

「あはは、ありがと。また今度みんなでカラオケでも行こうね」

 サッカー部の副キャプテンや、生徒会役員、小樽くんに次々と声をかけられて朝から忙しい。

 挙げ句の果てには、

「うわ~、やばっ。数学の宿題あるの、忘れてたよ」

「おまけに1時間目だし、サイアク。ね、サクラ、宿題写させてヨ~」

 大樹とメイまでやって来た。

「しょうがないなぁ」

 ま、ある程度予測してたけどね。

 いつもなら宿題を忘れるとゆうくんのを写すふたりだけど、ゆうくん、理数系が苦手だから。

「お、桜ちゃん。数学の宿題、俺にも見せてよ。才色兼備、萌留学園に咲く一輪の鈴蘭。麗しき萌留の一等星、桜ちゃん。俺にお慈悲を~」

 さらに小樽くんまで加わってくる。

「大げさだなぁ」

 私は苦笑いしながら、三人に宿題のノートを渡した。

「神様仏様桜様。助かるよ!」

 大樹は顔の前で両手を合わせたあと、ぱーん、と思い切りよく私の背中を叩く。

 あ痛ぁ。

 スポーツで男子と互角に渡り合う大樹に叩かれたら、呼吸が一瞬止まった。痕にならなきゃいいけど。

「ワタシもサクラみたいになりたいヨ。ベンキョーが出来て、sportも出来て、かわいくて、人望厚くて、優しくて」

 メイはそんなことを言って、私の顔を自分の胸に押しつけるようにハグして来た。

 ハーフカナディアンのメイらしいとは思うんだけど。

 ちょっ、メイ。あなたの胸は凶器だからっ。

 そんなふうにハグされたら、呼吸できないからっ。

 大樹もメイも、感激の表現の仕方がオーバーなんだよね。

 ま、そこがふたりのいいところだと思うし、悪い気はしないんだけど。

 数学の真狩先生は宿題忘れた生徒に厳しいから、気持ちは分らないでもないしね。

 

 でもね。

 メイは私みたいになりたいなんて言ったけど、私もみんながうらやましいんだよ。

 スポーツ万能で、水球部をたった1年で全国レベルに押し上げた大樹。

 バイリンガルな上に、周囲のひと誰もを笑顔に出来る魅力のあるメイ。

 みさきは良妻賢母タイプで……ゆうくんと半ば公認カップルみたいになってるから誰もなにも言わないけど、フリーだったら男子がほっとかないと思う。

 小樽くんだって、商店街では結構顔なんだよね。

 

 みんな、飛び抜けた才能を持っていて、人の心を動かす力を持ってる。

 何事もそつなく出来る、それだけの私とは違う。

 ひとには辿り着けない自分だけの虹を持っていて、その虹を掴み取る力を持ってる。

 

 だけど。

 私もいつか、ひとには辿り着けない自分だけの虹を探して、その虹を掴めるようになりたいって思ってる。

 あるいは、みさきや、大樹や、みさきや、あるいは天馬や、

 そしてゆうくんが。

 虹を掴みに行こうよ、って言ったとき。

 私も一緒に行って、その虹を掴みたいと思ってる。

 

 そんな気持ちが、幼なじみに負けたくないっていう、私のモチベーションなんだよね。

 もちろんみんな、知らないだろうけど。

 

「サンキュー、桜。間に合ったよ」

 ホームルームが終わると、大樹が写し終えた宿題のノートを返してきた。

 窓の外では強い風が吹いて、雲を押し流していく。

 ようやく、晴れてきたみたい。

 気づくと朝の虹は、すっかり消えかかっていて、初夏の空が広がろうとしていた。

 

(著者:びぜんや様)