青い花

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カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険

2017-10-06 08:12:33 | 日記
マイケル・シェイボン著『カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険』

従兄弟同士のジョー・カヴァリエとサミー・クレイは、黄金期を迎えたコミック業界で名を上げることを夢見て、究極のヒーロー”エスケーピスト“を生み出した。
ナチスの魔手迫るプラハから、ゴーレムの棺に隠れてニューヨークに逃れてきたジョーの体験を投影した”エスケーピスト“は全米を席巻し、二人は頂点を極める。しかし、非常な戦争が最強のコンビだった二人の絆を引き裂いていく…。

小道具にゴーレムが使われていることから解るように、主人公のジョー・カヴァリエとサミー・クレイはユダヤ人である。


1939年10月。
ブルックリンに住む17歳のサム(サミー)・クレイマン(クレイ)は、『スーバーマン』のヒットで黄金期を迎えたコミックス誌に熱中し、漫画家デビューを目指して試作に励んでいた。しかし、現実には、エンパイア新型商品会社の倉庫係の身で、アナポール社長の許可を得て、たまに商品のイメージイラストを描かせてもらっている程度。夢の実現は厳しそうだ。

ある夜、クレイの家にボロボロに疲れ切った従兄のジョゼフ(ジョー)・カヴァリエが転がり込んでくる。
ジョーは19歳。美術学校で絵を学ぶ一方、マジックの大家コルンブルムのもとで脱出マジックの修行も積んでいた。ジョーはコルンブルムの助力で、 ナチスの魔手迫るプラハから、伝説の自動人形ゴーレムの納められた棺に隠れて亡命してきたのだ。

サミーはジョーの描いた絵を見て、すぐにその才能に気づいた。
自分には画才がないと悟ったサミーは、アナポールにジョーの絵を見せて、コミック雑誌の出版の内諾を取り付ける。ジョーが作画担当、サミーがストーリー担当で、コミックスのことをあまり知らないジョーにコマ割りなどの助言をする。彼らはほかにも仲間を集い、コミックス誌を立ち上げ、新たなヒーローを生み出した。 ヒトラーと戦い、迫害されている人々を解放するヒーロー“エスケーピスト”である。独裁者の魔手から善良な市民を救出する “エスケーピスト”の活躍は、家族をアメリカに亡命させたいと必死なジョーの心情とシンクロしている。

“エスケーピスト”は、大成功をおさめ、ラジオ・ドラマやキャラクター・グッズとなり、映画化もされることになった。二人は人気漫画家になった。
最初の契約の時には、殆どアナポールの言いなりだった二人も、周囲のアドバイスで、自分たちの権利を主張出来るようになった。アナポールとの権利をめぐる争いはハードだった。『スーパーマン』の出版社から著作権の侵害だと訴えられたことも大きな試練だった。
そんな諸々の試練を超えて、二人は『エスケーピスト』以外の作品も発表し続ける。その一方で、ジョーは、“驚異のカヴァリエ―リ”として、脱出マジックのショーに出演することになった。

しかし、ヒトラーを非難する作品を発表したことで、二人はアメリカ在住のナチス信奉者から悪質な攻撃を受けるようになってしまう。
ジョーは自分たちの作品を愛しているが、心の大部分は故国に残してきた家族に向いている。ジョーにとってコミックスとは、自己表現の手段であるよりも、家族を救出するための手段なのだ。しかし、ナチスの勢力が拡大していく中、家族を呼び寄せることも送金することもうまくいかない。焦燥に駆られるジョーには、ナチスシンパの嫌がらせを看過できなかった。ついには、物静かな彼らしくもなく、親ナチ団体のオフィスで大立ち回りを演じてしまう。

そんな中、ジョーは、イラストレーターのローザと恋仲になる。
仲睦まじい様子のジョーとローザを見たサミーは、自分が二人のうちのどちらに嫉妬しているのかで悩む。サミーは、同性愛者なのだ。同性愛が刑事罰の対象だった当時のアメリカで、サミーも警官から惨い目にあわされる。

ジョーの収入は月ごとに増えて行ったが、この1年間で彼の家族の銀行預金は凍結されてしまったので、送金することが叶わない。
亡命の見通しも立たなかった。
ジョーは、書類で膨らんだ鞄を肩に、〈HIAS〉や〈難民および海外支援のためのユダヤ人合同嘆願〉のオフィス、旅行代理店各社、〈大統領直属行動委員会〉等、力になってくれそうな団体に足を運び続けたが、事態を進展させることは出来なかった。さらには、ドイツ領事館にまで掛け合ったが、書類に何か問題があると言われたり、書類そのものを紛失されたりで、埒が明かなかった。それどころか、父が肺炎で三週間前に死亡したという知らせを聞かされることになってしまった。

自分だけが安全な場所にいるという自責と焦燥は、仕事や恋愛で癒すことは出来なかった。
『エスケーピスト』の活躍など、所詮は作り事にすぎない。また、“驚異のカヴァリエ―リ”として脱出マジックの舞台に立ち続けたところで、迫害の嵐吹き荒れる祖国から家族を逃がすことは出来ない。
そうして、最愛の弟トーマスの乗った船が魚雷で沈没したことをきっかけに、ジョーはローザに一言も告げずに海軍に入隊し、世界中を転々とすることになるのだった。

ジョーが出立した後で、ローザの妊娠が発覚した。
サミーは同性愛者であるが、ローザと仮初の結婚をし、生まれてきた子供にジョーの亡弟トーマス(トミー)の名をつけ、我が子として育てる。

そのトミーが12歳になったころ。
彼の前にジョーが姿を現す。二人は、自分たちが親子であることをまだ知らない。トミーがマジックに興味を持っていることを知ると、ジョーはカード・マジックを披露してみせるのだった。
サミーとローザは、トミーに真実を告げる時が来たことを悟る。
そんな折、ジョーのもとにあのゴーレムの棺が届けられるのだった。


ゴーレムとは、ユダヤのラビが粘土から創造した伝説の自動人形である。
脱出マジシャンのジョーが、このゴーレムの棺に隠れて、プラハからリトアニア(リトアニア領事杉原千畝氏の献身的な仕事ぶりについても触れられている)、日本を経由して、アメリカへと脱出するくだりは、なかなか躍動的。この後、彼は従弟のサミーとヒーロー・コミックスの作者になるというのだから、作品自体もエンターテイメント性抜群なワチャワチャした雰囲気になるのだと思っていた。

しかし、この後の展開は予想外にシリアスだった。
二人が作り上げた『エスケーピスト』は、巨悪相手に大活躍し、人気作品となって二人に富をもたらすが、その裏腹に二人の運命はそれぞれ苦難に見舞われていく。

ジョーは、プラハに残してきた家族の救出に奔走するが、めぼしい団体からは協力が得られず、ドイツ領事館の妨害にもあって、亡命させるどころか、送金することすらことができない。そして、己の無力を嚙み締めているうちに、祖父、父、母、弟、家族全てを失ってしまう。
彼は絶望のあまり恋人ローザを捨てて海軍に入隊し、グリーンランド、キューバ、南極の基地を転々とする。ローザが妊娠し、サミーと結婚した事は手紙で知らされるが、その子供が実は我が子であることを知るのはずっと先のこと。そして、真実を聞かされることは、サミーとの別れも意味していた。

サミーは、ジョーのように戦争で家族を失ったり世界中を彷徨ったりという過酷な経験をすることはない。画才が無い事を自覚したことで、自らが作画して漫画を作ることは諦めたが、ストーリー担当として活躍することはできた。
ジョーが出征した後は、ジョーの子供を身籠ったローザと結婚し、生まれてきたトミーを我が子として育てる。いくつかの事業に着手する一方で、あらゆる種類のコミックス誌に原作を提供した。家族のためにブルームタウンの家を購入した。しかし、それはいつか手放さなければならない仮初の幸福だった。たんなる習慣――誇らしい気持ちはいつの間にか消えていた。

ゴーレムは土くれに還り、サミーは去った。
置手紙とかそれ以外の別れの挨拶はなかった。ただ、キッチン・テーブルに小さな名刺だけが残されていた。
それは、彼が1948年にローザとトミーと住むために現在の地所を買った時に、開発業者から貰ったものだった。住所の上に印刷された家族の名前は、線で消されていた。三人は最後まで形式上の家族でしかありえなかった。
その代わりに書かれていたのは、黒い長方形の枠で綺麗に覆われた “カヴァリエ&クレイ”という言葉。
明るく社交的で多くの人々と関りを持ったサミーだけど、同性愛が取り締まりの対象である時代に同性愛者として生きることの苦悩など、様々なことを隠して生きてきたのだ。家族でさえ偽りだった。“&”の強い絆で結ばれていたのは、ジョーだけだった。ジョーとコミックス作りに熱中していた時だけが、サミーの本当の人生だったのだ。
だけど、彼にはまだ時間がある。デイシーの言うように、彼は幸せを諦なければならないほど老いてはいないのだ。

終始ジョーに比重が置かれているように感じたこの作品の、最後の最後で二人は並び立った。別れなくてはならなかったけど、もう会えないかもしれないけど、二人は最強のコンビ。
この結びには目頭が熱くなる。淡々としているが余韻は深い。良い物語とは、読者を泣かせよう泣かせようと、余計な言葉を綴らないものだとつくづく感じ入った。
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