青い花

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ガストン・ルルーの恐怖夜話

2015-04-23 07:12:40 | 日記
『ガストン・ルルーの恐怖夜話』は、『黄色い部屋の謎』、『オペラ座の怪人』などでおなじみのフランス・ミステリ界の巨匠ガストン・ルルーが贈る怪奇短編集。

老船乗りたちがツーロンのヴェエイユ・ダルスのカフェで、互いにとっておきの恐怖体験を語り聞かせ合うというスタイルをとっている。話者の体温や息遣いまで感じられて、彼らの恐怖が伝染してくるようだ。クラシカルな雰囲気が心地よい。
斧を見て怯える老婦人が語る悲しい過去…『金の斧』、旧友との再会がとんだ恐怖の晩餐会になってしまう『胸像たちの晩餐』、悪天候のため偶然泊まった宿は、かつて宿泊客が拷問の末に殺害された事件を客寄せにしている曰くつきの宿だった…『恐怖の宿』など全8話が収録されている。
8話とも外れなしの面白さだけど、私が特に気に入ったのは、『ビロードの首飾りの女』と『ノトランプ』だ。美女とホラーの親和性は高い。あまりにも美しい顔には不穏な空気を感じてしまう。これほどの美女が平穏な人生を全う出来るわけがないと、下世話な期待をしてしまうのだ。
『ビロードの首飾りの女』は、不倫の代償としてはあまりにも高すぎるヴェンデッタ(復讐譚)だが、共倒れするまで復讐をやめないコルシカ人の情熱に眩暈がしてしまう。アンジェルッチアが籠の底の紙切れを見つけた時の戦慄と絶望が計り知れない。行き過ぎた情熱が齎した太陽の似合う悲劇だと思った。
『ノトランプ』もまた復讐がテーマだが、『ビロードの首飾りの女』の鮮やかさとは異なり、胸の悪くなるような陰湿で粘着質なサイコホラーだった。オランプは並外れた美貌以外は取り立てて変わったところの無い陽気な女だった。ただ、彼女はちょっと軽はずみだったのだ。その軽はずみさ故に途方もない憎しみを買ってしまい、謂われなき罪を着せられ惨殺されてしまう。意味ありげなセリフには実は深い意味などなく、さりげない会話の中に実は深い悪意が秘められている。

いずれの物語も、舞台となる場所の背景や建築物、小道具などの細やかな描写と生々しい心理描写の積み重ねで、バッド・エンドの瞬間までじわじわと盛り上げていく。短いながらも二回転も三回転も捻りが効いた手の込んだ構成だ。本当に怖いのは、モンスターでもなく、シリアル・キラーでもなく、普通の人たちが一線を越えた瞬間だ。愛憎に振り回される人々の織り成す惨劇は、グロテスクだが寂寥感に満ちている。
人間の心の暗部と生きることの悲しみを丁寧に描いているので、ホラー小説に興味のない方にも、心理小説として楽しめるのではないだろうか。超常現象や心霊現象は一切出てこないので、そっち系をお求めの方にはお勧めできないのだけど…。
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