青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

町でいちばんの美女

2015-04-18 07:13:22 | 日記
チャールズ・ブコウスキー著『町でいちばんの美女』を初めて読んだのは、大学生の時だった。気持ちの良い人だ、一緒に酒を飲んだら楽しそうだ、と思った。

末のキャスが5人姉妹のなかでいちばん美しかった。町でいちばんだった。インディアンの血が半分流れたしなやかな軀は、蛇のように冷たくなったかとおもえば火のように熱くなった。キャスは、人の型に収まりきらない精霊のような女の子だった。キャスの心は、ほどほどを知らなかった。誰かが傷つくと我がことのように深く悲しみ、自分を傷つけるのが好きだった。多くの男たちを魅了するのに、男たちを利用しない。どこか普通ではない…狂気と言われる精神の持ち主だった。
ブコウスキーはキャスと知り合った夜に、彼女を自分の部屋に誘った。「いつするの」と聞くので、「朝」と言って背を向けたら、「おいでよ」と言った。キャスは、ブコウスキーがバスタブに入っているときに、大きなベゴニアの葉っぱを手にして入って来た。そんなことがほとんど毎日続いた。
何度目かに寝た夜、キャスの首筋に傷がついていた。「ばかやろう」とブコウスキーが言った。「割れたガラス瓶でやったのよ」と言う。「頼むからやめてくれ。おまえみたいにいい女はこの世にいないんだ」とブコウスキーは哀願した。
翌日、浜辺に行って二人でサンドイッチを食べた。「一緒にくらしてみないか」と言ったら、ゆっくり「やめとく」と言う。次の日から、ブコウスキーは工場に通っていた。金曜の夜にバーでキャスが来るのを待っていたら、バーテンダーが「かわいそうなことしたね、彼女」と言う。「何のことだ?」と聞くと、「そうか、知らなかったのか、自殺したよ」。
喉を切ったという。町でいちばんの美女は20歳で死んだ。

あれから20年近くたって再び読み返してみても、ブコウスキーは、やはり気持ちの良い人だった。『町でいちばんの美女』は表題作を含めて全部で30の短編が入っている。いずれも社会の底辺に生きる人の物語だ。まともな人は出てこない。ブコウスキーの彼らを見る目は淡々としている。アウトローを変に美化することもなければ、貶めることも無い。どうしようも無い人生をどうしようも無く生きている人たちと同じ視線で世界を見つめている。作品の底辺に乾いた悲しみが広がっている。こういう描き方、日本の無頼派には不可能だろう。彼らは娼婦ややくざ者を美化しすぎるのだ。その心底には差別意識が透けて見える。
ブコウスキーの作品は女性には向かないという意見もあるが、そうだろうか?確かに下品な内容だ。全編から酒と反吐の匂いがする。でも、私には彼のフラットな視線が心地良い。何というか、一緒にいて肩のこらない人だと思う。意味も無く持ち上げられたり、貶められたりすることに飽き飽きしている人にはおすすめの作家ではないだろうか。
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