赤丸米のふるさとから 越中のささやき ぬぬぬ!!!

「勧進帳」の真実、富山県高岡市福岡町赤丸村の消された歴史⇒「越中吉岡庄」から「五位庄」へ

🔷🏯「石黒氏の歴史の研究」と「林一族」に見られる加賀、越中の「藤原一族」 ⇒ 「越中吉岡庄 領主 藤原頼長」と加賀林氏、越中石黒氏

2018-04-14 | æ—§ç”ºå 富山県西礪波郡福岡町赤丸
「赤丸浅井城」(イメージ)







「越中吉岡庄」(赤丸村)の「浅井城」は「利波臣(志留志)」の末裔の「越中石黒氏が累代居城とした」と伝えられる。
「石黒氏の歴史の研究」に拠ると、「赤丸浅井城」は「石黒光景」が居城として、福岡町木舟の「木舟城」はその息子の「石黒光弘」が居城にしたとされる。

加賀林氏と越中の石黒氏の二氏族は度重なって縁組をして「藤原一族」としての結束を固めている。
「越中吉岡庄」は藤原摂関家長者で左大臣を勤めた「藤原頼長」の庄園で在ったが、「林一族」の記載に拠ると、「加賀林氏」の「三代目 林光家」は山伏の「白山宮」と争い遂には延暦寺の訴えで逮捕されたが、藤原頼長の働き掛けで時の鳥羽法王は「大赦」を与えて「林光家」は釈放されたと記載されている。
【白山比咩神社(石川県白山市);白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)=菊理媛尊(くくりひめのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の三柱を祀る「白山修験道」の総本山】
(※加賀林氏はこの白山の麓の鶴来町を発祥とする様だ。)

■奥州平泉周辺や北陸(越中吉岡庄、能登一青庄)等の全国に広大な庄園を所有した「藤原摂関家長者 左大臣藤原頼長」
⇒奥州では奥州藤原氏に庄園を管理させ、馬、金、反物等を送らせて、北陸からは米等を送らせていた。藤原頼長は「保元の乱」で後白河上皇に敗れて死亡し、その後に「越中吉岡庄」は後白河上皇の「後院領」に成り、後鳥羽上皇から南北朝時代の後醍醐天皇迄伝領した。








■『藤原氏長者 藤原頼長』の全国の藤原氏統治と藤原一族加賀林氏・越中石黒氏。













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