Daily Bread 日々の御言葉

聖書の御言葉をあなたに

「聖書各駅停車」
創世記からはじめて黙示録までをゆっくり走ります。


今日の御言葉 20170711 エゼキエル17:1~24「二羽の鷲のたとえ」

2017-07-11 | Weblog
7月11日(火)
現在のテーマ「エルサレムへの裁きの預言」
今日のテーマ「二羽の鷲のたとえ」
■聖書 エゼキエル17:1~24 (24)
■聖句 「そのとき、野のすべての木々は、主であるわたしが、高い木を低くし、低い木を高くし、また生き生きとした木を枯らし、枯れた木を茂らせることを知るようになる」。主であるわたしがこれを語り、実行する。(24)
■解説
17章は、捕囚となったヨヤキン(口語・新改訳ではエホヤキン)に代わりネブカドネツァルによって指名された、傀儡の王ゼデキヤの反逆についての預言です。この反逆の結果、バビロン軍はエルサレムに進軍、エルサレム崩壊(BC586)となります。大きく3つの段落に分けられ、1-10節が「たとえ」、11-21節が「その意味」、22-24節が「来るべき大いなる日の約束」となります。3節の「大鷲」はネブカドネツァル、「若い枝」はヨヤキン王で、王がバビロンに捕囚となる(BC597)ことが記されています(4)。5節の「その地の種」がゼデキヤで、彼はバビロンと契約を結びながら「もう一羽の大鷲(エジプト)」を頼ろうとします(7)。その結果エルサレム崩壊となるのですが、このゼデキヤの背信行為は、これまでのイスラエルの主(ヤハウェ)への背信行為を象徴し、その報いとしての裁きは主権者たる神によることが19-21節に記されています。このような悲劇の中に、そのかなたにある回復の預言が示されているのが22-24節です。「柔らかい若枝」(22)は、捕囚の中にある残りの者のことで、時が満ちると、その民を「高くそびえる山(エルサレム)」に連れ戻すという預言で、メシア的回復の預言へと発展します。23節は、エルサレムがメシア的回復の時には再び世界の中心となることが示され、それは主(ヤハウェ)の主権的業によることが今日の聖句に記されています。その時、すべての人が主権者である神を知るようになるというのです。
■祈り
主権者たる神、語り実行される神を、わたしの主、わたしの神と信じ、主にのみ信頼を置き、やがて来る新しいエルサレムの到来を待ち望みつつ、主の御前を誠実に歩む者としてください。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 今日の御言葉 20170710 エゼ... | トップ | 今日の御言葉 20170712 エゼ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事