歩き日記

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前田三介男氏絵記録を読み解く(P5/23~P8/23)

2013年01月04日 | Weblog

 山の案内 歩き日記 前田三介男氏絵記録を読み解く(P1/23~P4/23)

 私は、前田用水路の沿革を、一冊の本にまとめた時、指導を頂いた、坂元徳郎先生から、前田三介氏の絵記録を見せてもらい、興奮したのを覚えています。詳しくは→前田三介氏絵記録 を見てください。その時、読み解かないと、いけないと、思っていました。やっと、思い腰をあげ、今回の公開となった次第です。くずし文字は、難読な文字が多く、苦労しました。勝手に解釈した文字もあります。また判読不能文字は、???で表現しました。絵日記は全23ページですので、ぼちぼち公開したいと思います。前田三介氏は、東京在住で、一歩園管理のため、度々、宮崎県庄内町を訪れています。絵記録の日付は、記録した日付と思われます。 

上段(ウエンダン)の三本杉 昭和三年十二月十九日 P5/23

 別に由緒ある杉ではありません 唯、面白く三本生ゑてゐるので 或いは軈(ヤガ)て他人が三本杉を称して 目印にでもなろうに想へなので描いて見たばかりの話です

 日向には延岡杉とか飫肥杉とか杉で名高いものがあるのみならず 狭野神社の杉等は其の大きなことで有名で一本壱万円の価格と見積もられてゐます。 唯、人が伐らないで年数の流れに任せて置けば何時の間にやらスクゝと大きくなるわけです

四号トンネル 昭和三年十二月十九日 P6/23

 水門を開けてから水路を下って来ましたが 水の流れはのろいもので 到底、人の歩みには追いつきません 四号トンネルの処に水の先鋒は未だ届いてはいません  トンネルの石畳の上にツタの葉が赤く輝き 右手の葱の色が緑青色に尖り 桑の枝が日紫に揺れてる風趣に冬の暖日の香りを匂はせてゐるとき 写生しないで通過することが出来ませんでした  

崎田(右)盛田(左)分水口 昭和三年十二月十九日 P7/23

 午前に庄内から上の水路を歩いた 午後は此より下の水路を歩きました 此処で水路の幹線が分かれて二つの支線となります 図の右の方を崎田分水と称し 左の方を盛田分水と言います

 此度水利組合が成立すると同時に 部分的に兼耕地整理組合を作此の支線の幅を少し横長にし 夏水の少ない時に交互換水を行ふ場合に充分の水量を下流まで容易に達するやうに工事をする心兼にしてあります  交互換水(こうごかんすい):交互に水を交換し融通することと思うが。此度(このたび)

唐瀬原一歩園の家 昭和三年十二月廿日 P8/23

 九時谷頭発
 十一時川南駅下車
 馬車にて垂門(タレカド)まで三十分 

 帰りは唐瀬原から川南駅迄一里余四十五分お徒歩・・・・・・・・・・ 鉄道の出来る前は庄内から 馬車を乗り継(ツ)いで行かなければなりませんでした 庄内を未明に出発して 日没後漸く到着する程の距りでしたが 今では日帰りが出来ます・・・・・・ 此の家はモトは県庁の苗圃の事務所であったのを苗圃を??した後一歩園が譲り受けた物です

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