Ruins Pilgrim

旅をしながら各地の建物を中心とした日々の記録を掲載します。

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鹿行中央病院

2007-08-10 18:07:30 | Weblog
2007ー8ー5

関東も梅雨があけると強烈な真夏の日ざしが戻ってくる。朝、空を見て探訪
の意欲が湧いてきた。今日は身軽にE-410に22mm-44mmの広角ズーム
をつけて、サブにリコーのG100に19mm広角アタッチメントを着けての
出発であった。年をとるとカメラは軽いのがいい。特にデジタルは一眼レフ
の重いのは敬遠したい。G7ぐらいで気軽にいきたいのだが、G7の描写力
はすばらしいとしても広角がついていない、このクラスのカメラなら
最低でも35mm換算で28mmはつけて欲しいものとキャノンにお願いしたい
と思う。先日、テレビでIAEAの査察官がイランへの出張でキャノンの
コンパクトデジタルカメラを仕事で持って行っていた映像を見たが、キャノンの
コンパクトカメラは自分的には好きだしG3から愛用している。今のマーク
?は重すぎてとてもじゃないが携帯に便利ではないのだ。といいながら、
銀塩ではいまだにブロニカの6x6を使っていたりするのだ。
そんなことはどうでもいいので、上野から特急で1時間で水戸へ着いた。
そこから鹿島臨海鉄道に乗り換えて30分で新鉾田へ到着した。路線が廃線
になるまでは鉾田という駅があったが廃線と同時に駅舎も壊され今は地名だけで
路線バスの停留所があるくらいだ。新鉾田駅からタクシーで10分で消防署
へ着いたがその向いが廃墟となっている鹿行中央病院である。相当廃業して
から時が経つのか正面2階の壁は落ちて崩壊寸前である。正面は木造なので
傷みがひどいのだろうか。側面はそれでも鉄筋でしっかりしているように見える。
玄関には<岡村整形外科病院>のちいさな看板がかかっていたが、理由は
わからない。兼務という事か、それとも経営が困窮して間貸ししたのかその
へんのわけはわからないのだ。ドアというドアには裁判所のはり紙がしてあり
中への侵入を拒むように完全に入口は封鎖されていた。要は株式会社 整理
回収機構の申し立てにより裁判所が売却のため平成19年3月某日、法的に
保全したという内容であった。経営者は借金のため夜逃げしたという事だが
その真偽は不明だ。若者達の心霊スポットとか肝試しの場所であったらしいが
このように封鎖されてしまっては本館へはもう入る事はできないだろう。
比較的新しい別棟はがらんとして事務所だったのか、ここはオープンになって
いる。待合室であったような感じでもあるが本館の老朽化にくらべ新しい感じ
がした。
近くに総合病院があり、ここを買い求めた人は病院経営は無理かも知れないが
ここがどう変身して行くにせよ長年放置され荒れ放題に任せた廃墟の一つが
なくなっていく、その存在の役割を終えて消えていく。なんともいいようのない
不思議な気持ちだ。このところ、各地の廃墟が解体され跡形もなく消えていく
現実にまだ存命のうちに多くを探訪したいものだある。写真は正面からのもの。



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