
文化的歴史あるまち日本と世界
文化が潜在的価値を発揮することで、新たな論争に火がついた、いくつくの国の政府の中には、雇用の保護という根拠だけでなく、文化的根拠に基づいて、文化活動に国家的性格があることを擁護しようと試みた。「文化的例外」や「文化的多様性」に関する議論は、充てられるコストが巨額であり、著作権を承認することで既得権がきわめて長期化することになるにつれて、激化した。
同じ理由から、文化が持つ効果に対する期待は拡大し、そうした機体は文化産業にとどまらずに、すべての創造産業を包含するようになった。多くの国は、生産品の質を高め多様性を増すことによって、グローバルな競争に勝てると考えている。kの競争にあたって文化は2通りの貢献をなしうる。もう一つは、文化によって創造的態度に対する注意が払われる。
いくつかの国において、創造経済あるいは現代文化経済は、新たな雇用と収入を生み出している。現代文化経済では、相対的に実用的価値と同じ水準にま引き上げられた象徴的意味あるいは象徴的価値を製品すべてが含むと考える。極端な例は芸術作品であり、象徴的価値は実用的価値よりも無限に大きい(Scott,2000)!.、文化経済は、グローバル経済、あるいは知識経済の最先端をなしている。
アメリカ合衆国の映画、日本のマンガ、マリのハイブリッド音楽、チェコのボヘミア(Cechy)製のグラス、イタリアの料理、フランスのリモージュ(Limoges)製の陶器、これらの全てが最も有名な記念建造物や祭りと少なくとも同じくらい重要な先行例となっている。
多くの国際的組織が関わっている文化的多様性についての議論から明らかになるのは、これらの生産性の経済的価値と成調的価値が密接に結びついているという事実である。
全国レベルから地方レベルへ
発展に対する文化の貢献という議論は、全国レベルだけのものではなく、地方レベルにも認められる。文化施設が、地域の生活の質のために、健全な都市構成を維持するために、地域の「ブランド」を強化するために、さらには記念建造物や展覧会、祭りに人を集めることによって仕事や収入を総出するために、重要であることを誰もが否定しないであろう。
しかしここでもまた、文化と地域の発展との間の結びつきが理解されるのには時間がかかった。
*1980年代の初めにしばしば議論されたことは、地域は一般的に原材料や製産業というn輸出基盤または成長拠点を持たない限り発展はできないということだった。いったん輸出基盤を失ったら、別の基盤を見つけなければならなかった。したがって、文化は観光を通うじて地域の発展の基盤とみなされるようになった。
さらに、文化的な場所やイベントを総出することによって地域イメージを向上せざるという考え方が加わった。スペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館(Museo Guggenhein Bilbao)がその好例である。
いずれにせよ、文化と地域開発を結びつける考え方は、観光に視点を当てたままであり、結局はかなり脆くなった。地域に対する文化の貢献は、しばしば、多くの来訪者を引き寄せることができる歴史的地区や祭りに関連した小さなサクセスストーリーに矮小化してしまった。サクセスストーリーは、しばしば誇張され、投稿が期待された収入を生まない、あまり成功とは言えない事業を背後に覆い隠していた。
さらに、機械的な思考法は、乗数の概念に基づいてサクセスストーリーの有効性を過大にみせる傾向があった。このような活動は、たとえ地方の住民の暮らしの助けとなとなったとしても最終的には、発展の真の原動力とはならなかった。
ついには、文化による観光というアプローチは、懐古趣味の香り、あるいは地方偏狭の香りさえも帯びた。地域の発展における文化の役割が限られたものであって、他のものを身下していると言われるのはこれらの理由による。
*しかし、実質的には、地域の発展は輸出基盤を作ることに限られるわけではない。地域の発展のためにはまた、地方レベルのプレイヤー間の関係を適切に組織することも求められれている。輸出基地の存在が、地域の持続可能な開発をいくつも約束するとは限らない。
輸出基盤を失った後に、再びなんとか発展を遂げた地域もあった。プロジェクト、パートナーシップ、準契約、ソーシャル・キャピタルなどに基づくアプローチは、地域の発展が、地方のプレイヤーたちの、と地域の強みや弱みを見出す能力にもかかっていることを示した。
地域のプレイヤーが適切に組織されるためには、それぞれのプレイヤーが、最終限の価値観や目標を共有しているべきであり、この点でも文化の役割が強調される。ここで言う文化とは広義にとらえたものである。
*こうした、全国レベルでみられる趨勢と同じような形で、地方の各地域特有の資源とノウハウが、新たな文化経済を構成する財やサービスの生産に影響を及ぼすことが明らかになった。
これらの製品は、生産地の「商標」を持つことがよくある。なぜなら、こうした製品は、地域の芸術的技術とノウハウを統合したものであり、それゆえに「特産品」と考えられるからである。
こうして文化は旅行者をもたらすだけでなく、こうした文化的生産物が次第に認知を得るにつれて、その産地はある制限された地域、一般的には都市あるいは大都市圏に集中する傾向がある。
イギリスでは、文化関連の仕事のほぼ27%がグレイター・ロンドン(Gr eater London)に集中している。一方、アメリカ合衆国では、そのほとんどがニューヨーク(New York)市とロサンゼルス(Los Angeles)市に集中している(Scott.2000)。
これは1つの発見である。多くの経済学者は、文化活動の生産機能が資本ではなく芸術家の活動場所が分散することによって、文化活動の立地は地理的要素と無関係であり、どこの地域でも恵みを享受できると考えていた。
明らかになった事実によれば、そうした考えとは反対に、文化活動の立地は巨大な文化都市圏・創造都市圏または文化地区・創造地区という姿になって現れる。
長年にわたって最もよく知られている事例がハリウド(Hollywood)である。文化と地域の発展のせいの関連は、このように当然に生じるものではなく、地方の政策決定者の過大な期待を抑制することもある。
なぜ、文化的企業が相互に近接するこによって得るところがあるのかを説明することができれば、産業地区のアポローチは、分析のためのより現実的な背景を提供するだろう。
文化は以下の3点で地域開発に影響を与える。
*プレイヤー間の相互効果とプロジェの実施を促進する目標を広めることによって。
*来訪者や旅行者はもちろん、地域住民にとっても魅力ある環境を創出することによって。
*美的側面と実用的側面をきみ合わせ製品を生産する手段として役立つことによって。
また文化は、枠組みとして、最終消費財としても、あるいは中間消費財としてもきのする。
これらの効果を認めるとしても、すべての地域が同じように恩恵を受けるわけではないので限定をつけなければならない。地域の大きさや特質によって、望まれる効果を達成できる度合いが違ってくる。
したがって、高密度に存在している文化資源を受け継いだちいきが芸術都市や文化地区として現れる。他方、荒廃地区や田舎は、この方法で恩恵を受けるのは難しい。






